探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

「市川太郎」について

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 “市川太郎”五人の中で年長者となり、近所付き合いの一環で如月と関係を持ち、兄のように慕われている。風呂場で頭を刈るほど、理容室ないし美容室を利用するのを毛嫌いし、柔和さの欠片もない鋭く吊り上がった目尻は、重苦しい目蓋の蒙古斑と合わせて人相が悪く、気軽に声を掛けるような容姿ではなかった。あまつさえ、口数の少なさが災いし、幼少の頃から周囲の人間から腫れ物のように扱われてきた。土着的な近所付き合いによって形成された人間関係は親の顔色を伺って築き上げられ、往々にして深くも浅くもない極めて不均衡なものとなりがちだ。だがそれでも、如月とは今日に至るまで友人関係を維持し続けて、不埒な殺人事件に巻き込むことになった。

 たしかに、路上に佇む市川太郎は、まともな職業に属していない、「反社」と呼ばれる括りに一瞥して区別される風体ではあった。意図せずに発生する非礼にも、厳格に立ち回り、人目のつかない路地裏にて折檻を施す恐ろしさがあり、江藤に見舞った「衝突」は気が引けた。柏木の時と同じように、身に覚えのない落とし物を押し付けるやり方もあったが、にべもなく弾き返されて、壁のシミにも劣る記憶の残滓に落ち着く不安が付き纏う。この際、頬を差し出すつもりで、一悶着も厭わない慮外な振る舞いに甘んじるのも覚悟すべきだろう。

 市川は携帯電話に首ったけだ。その愛しさのあまり、目線は常に下がり気味で町中を闊歩する。本来なら、余所見をする通行人と額をぶつけ合う瞬間がいつ来てもおかしくなかったが、モーゼの海割りさながらに人流は市川を忌避する。醜聞を煮詰めた人間が文明社会に取り残されているかのような、二目と見られない立場にある市川は、自身の相貌に嫌気が差すことも多分にあるだろう。ただ久遠の昔に、市川はそれを受け入れているようだった。威風堂々と町中を歩ける環境を享受し、ひたすら携帯電話と求愛する。そこらの柄の悪い輩すら恭しく避けるものだから、如月は市川を御守り代わりにして、幼少の頃は公園などを占拠してきたそうだ。だからこそ、正面から意にも介さず歩いてくる人間がいれば、それは明らかに異物として捉えられ、白眉の驚きを生むことだろう。私は今し方、数メートル先に市川を把捉している。

 携帯電話と仲睦まじく見つめ合い、目の前の景色には目もくれない市川の無防備さや、西陽によって背後に伸びる影の方向に私は大いに助けられた。足音に耳を貸す了見がなければ、私の気配に気付く謂れはない。目と鼻の先にまで接近すると漸く、市川は気配を察し、猪突猛進ぎみな足が止まった。

「おっ?!」

 狐に化かされたかのような間抜けさを声として発するばかりか、大層に飛び退く動作もおまけに行い、私が如何に胡乱な存在であるかを全身で体現してみせる。

「携帯、見過ぎですよ」

 今まで受けてこなかったであろう当然の注意を及びも付かない闇夜の礫のように扱う市川は、「滑稽」以外に例えようがなかった。

「あ、嗚呼」

 ぶつけ合った肩の衝撃から、会話もままならない気の動転具合を露見させる。見目は私の期待を遥かに凌駕していた。そぞろに溢れた笑みを疚しさから手で覆い隠す。義憤に駆られた通行人として市川の記憶に根差すことは明白であり、今をもって漸く仕事の第一段階を終えられた。麻生忍、柏木真、江藤まどか、市川太郎。以上四名の男女を「殺人事件」の登場人物として正しく配置し、それぞれの証言を如月ツカサの名のもとに作らせてもらう。
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