探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

手をこねる

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 支払いの全てを“支配人”が肩代わりしてくれている為、口を挟む義理はなく、枯れ木も山の賑わいのように連れ添うのが常だ。全国に支配的な広がりを見せているチェーン店の牛丼屋は、その性質上、注文から品物を出すまでの速度が要だ。駅構内に於いて、それは顕著に現れており、客もまた私語を挟まずに黙々と箸を進ませている。ワタシは店の気風に背中を押され、甘いタレが絡んだ牛肉と白飯を腹の中に落としていく。新幹線で食べた惣菜パンの上に積み重なる感覚がありありと伝わってくる。嘔吐反射までいかなくとも、迫り上がってくるゲップを必死に噛み殺した。

「安くて美味しいから使い勝手がいい」

 半分近くまで減った牛丼に“支配人”は大量の七味をかけて、味の変化をつけると丼を手に持ち、一気呵成に掻き込み始める。ワタシは箸が本来持つ役割である、「掴む」という行為を無視し、二本の棒として扱えば、食器のヘリに牛丼を滑らせて口へ流す。食事に際して踏むべき工程の咀嚼をひと跨ぎする極めて不健康な身の処し方を許してほしい。悠然と目の前の料理を楽しみ、“支配人”に手持ち無沙汰を味合わせて座持ちを悪くするより、少しでも足並みを揃える努力に励んでいたい。

「ご馳走様でした」

 一足先に完食した“支配人”に続いて、ワタシも最後の一口を駆け込むようにして平らげた。

「ご馳走様です」

 椅子から立ち上がると、腹の重さに思わず前傾姿勢になった。額に浮かび上がる汗が一段と脂を多く含み、蛍光灯の下でキラ星の如く光る。牛丼屋から出てくる顔としては似つかわしくないワタシの面構えは、出入り口の硝子の扉姿見代わりにして確認した。駅構内の人混みは常に流動的で、それほど煩わしく思わなかったが、一歩外へ出ると開放的な空の広さによって、地上の人口密度の高さが身に染みて伝わってきた。絶え間なく形成される人波を見越して建てられたであろう複合商業施設が目と鼻の先に鎮座する駅前は、あらゆる飲食店がこぞって店を出し、互いに客足を分け合う。昼時の掻き入れ時に鉢合わせたワタシ達は、これから入る店を値踏みするスーツ姿の社会人の群れに圧倒された。右往左往する“支配人”の足捌きについて行くのはなかなかに骨が折れた。連結気味にピッタリと背中を追いかけようとしても、一人、二人と割り込まれ、距離を離されていく。幸い、有事の際に大きな助けになる蛍光色の上着が誘蛾灯のようにワタシを助けた。指針を失って齷齪と首を振る必要はなく、ひたすら顎を上げて視線の確保に奮闘する。そうしているうちに、人が列を成すタクシー乗り場にて、ようやく一息つけた。

「なかなかの人混みですね」

 ワタシはここに辿り着く過程に感じた精神的ストレスを共有しようした直後、事も無げに涼しい顔をする“支配人”の様子から、直ぐに誤った言葉の選択をしたと省みる。

「ここは観光地としても一年の間に何万人も人が来るらしいからね」

 社会的常識に欠ける浅薄な人間だと自ら宣言したようなもので、恥ずかしさのあまり俯くしかなかった。

「そうみたいですね……」

 臆面もなく胸を張る猛々しさがあれば、ワタシと“支配人”の関係はもっと違うものになっていたのではないかと、想像することがある。ただこれは、夢のまた夢の話であり、頭の中で思い描いただけ虚しくなるだけであった。
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