17 / 18
第一部
徒労
しおりを挟む
安堵の息を吐きつつも、“支配人”との風体の差から生まれる一抹の疑心を留意する。
「じゃあ、行こうか」
数えきれない人の足跡が轍となって残る山道は、急な斜面を迂回し、なるべく歩きやすい道筋を辿っている。“支配人”の歩調に合わせるのに無理を強いられることはなく、そのペースはワタシにとって心地良いものであった。だが、時間の概算も立てられないワタシからすると、体力の如何については未だ半信半疑なところはあり、なるべく早い到着をひとえに願う。
「はぁはぁ」
ワタシは少々、虚弱体質な面がある。山登りの経験は言うまでもなく、運動の類いに長年関わってこなかったことが、このような状況に際して憂いへ変わるとは露も思わず、膝の弱々しさに嫌気が差す。
「マハラくん、少しは体力も付けた方がいいんじゃない?ま
“支配人”はワタシを慮る余裕があるようだ。全くもって解せない。しかし、これを受け入れなければこれから先、吐き気を催し地面と向き合った時にうだつの上がらなさに泣きを見る。
「えぇ。今度、山を登るとなれば、それ相応の準備はさせてもらいますよ」
ワタシは自ら今の状態が極めて登山に向かない身体にあり、服装も合わせて“支配人”の隣に立っても齟齬がない身持ちを作り上げると公言した。
「楽しみにしとく」
互いにその展望が成就する気配がないことを弁えた空々しいやりとりである。ただ、軽口が叩けていることが唯一の救いであった。ワタシはみだらに人を信じることはあまりないが、「汗だく」にならないと明言した“支配人”の言葉は信じたい。つらつらと額を走り始めた汗の雫からすると、もう間もなく山荘が目の前に現れても不思議ではない。身体が左右に小さく揺れだし、頭も俯き加減に傾き始め、“支配人”の厚底な靴の踵に注視する。プツリと切れてしまいそうな薄弱を意思を辛うじて保とうとするワタシなりの足掻きだ。拭い切れない疲労は足運びに軽微ながら現れ出し、進行方向につむじを向ける稲穂の如く頭を垂れれば、懸念していた登山に対する不安を額面通りに演じることになる。ワタシは雑然とした思考を払い除けるように、顎を持ち上げてもう一度、“支配人”に尋ねようとした。
「あれだ」
図ったかのように“支配人”がそう発し、ワタシは「あれ」と形容された物の行方に視線を動かした。すると、斜面をつづら折りに登るワタシ達の目指す先に、木材を材料に組み上げられた建物の屋根がら垣間見え、鬱血して鈍重さを帯びていた両足に晴れやかな心地を覚えた。それは、花曇りから晴天へと瞬く間に変わったかのような開放感から、前進する力がこんこんと湧き上がった。幾分軽くなった“支配人”の足取りにも、ワタシは苦にせずついて行った。
「先客はもう来ているみたいだね」
景観に即した木造建築らしい山荘の軒先には駐車場があり、もう既に何台も車が止められていた。つまり、登山道はいくつもあって、その中の一つは車での移動を可能にしていた。どこまで登れるかは定かではないが、山荘までの道中は徒歩で登る必要がなかったのである。行儀良く山の入り口でタクシーを乗り捨てた“支配人”の思し召しにワタシは、口をついて出そうな悪態を必死に抑えた。
「じゃあ、行こうか」
数えきれない人の足跡が轍となって残る山道は、急な斜面を迂回し、なるべく歩きやすい道筋を辿っている。“支配人”の歩調に合わせるのに無理を強いられることはなく、そのペースはワタシにとって心地良いものであった。だが、時間の概算も立てられないワタシからすると、体力の如何については未だ半信半疑なところはあり、なるべく早い到着をひとえに願う。
「はぁはぁ」
ワタシは少々、虚弱体質な面がある。山登りの経験は言うまでもなく、運動の類いに長年関わってこなかったことが、このような状況に際して憂いへ変わるとは露も思わず、膝の弱々しさに嫌気が差す。
「マハラくん、少しは体力も付けた方がいいんじゃない?ま
“支配人”はワタシを慮る余裕があるようだ。全くもって解せない。しかし、これを受け入れなければこれから先、吐き気を催し地面と向き合った時にうだつの上がらなさに泣きを見る。
「えぇ。今度、山を登るとなれば、それ相応の準備はさせてもらいますよ」
ワタシは自ら今の状態が極めて登山に向かない身体にあり、服装も合わせて“支配人”の隣に立っても齟齬がない身持ちを作り上げると公言した。
「楽しみにしとく」
互いにその展望が成就する気配がないことを弁えた空々しいやりとりである。ただ、軽口が叩けていることが唯一の救いであった。ワタシはみだらに人を信じることはあまりないが、「汗だく」にならないと明言した“支配人”の言葉は信じたい。つらつらと額を走り始めた汗の雫からすると、もう間もなく山荘が目の前に現れても不思議ではない。身体が左右に小さく揺れだし、頭も俯き加減に傾き始め、“支配人”の厚底な靴の踵に注視する。プツリと切れてしまいそうな薄弱を意思を辛うじて保とうとするワタシなりの足掻きだ。拭い切れない疲労は足運びに軽微ながら現れ出し、進行方向につむじを向ける稲穂の如く頭を垂れれば、懸念していた登山に対する不安を額面通りに演じることになる。ワタシは雑然とした思考を払い除けるように、顎を持ち上げてもう一度、“支配人”に尋ねようとした。
「あれだ」
図ったかのように“支配人”がそう発し、ワタシは「あれ」と形容された物の行方に視線を動かした。すると、斜面をつづら折りに登るワタシ達の目指す先に、木材を材料に組み上げられた建物の屋根がら垣間見え、鬱血して鈍重さを帯びていた両足に晴れやかな心地を覚えた。それは、花曇りから晴天へと瞬く間に変わったかのような開放感から、前進する力がこんこんと湧き上がった。幾分軽くなった“支配人”の足取りにも、ワタシは苦にせずついて行った。
「先客はもう来ているみたいだね」
景観に即した木造建築らしい山荘の軒先には駐車場があり、もう既に何台も車が止められていた。つまり、登山道はいくつもあって、その中の一つは車での移動を可能にしていた。どこまで登れるかは定かではないが、山荘までの道中は徒歩で登る必要がなかったのである。行儀良く山の入り口でタクシーを乗り捨てた“支配人”の思し召しにワタシは、口をついて出そうな悪態を必死に抑えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
秘書と社長の秘密
廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。
突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。
ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?
【新作】1分で読める! SFショートショート
Grisly
ファンタジー
❤️⭐️感想お願いします。
1分で読める!読切超短編小説
新作短編小説は全てこちらに投稿。
⭐️忘れずに!コメントお待ちしております。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる