探偵小説の正体とその内訳

駄犬

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第一部

徒労

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 安堵の息を吐きつつも、“支配人”との風体の差から生まれる一抹の疑心を留意する。

「じゃあ、行こうか」

 数えきれない人の足跡が轍となって残る山道は、急な斜面を迂回し、なるべく歩きやすい道筋を辿っている。“支配人”の歩調に合わせるのに無理を強いられることはなく、そのペースはワタシにとって心地良いものであった。だが、時間の概算も立てられないワタシからすると、体力の如何については未だ半信半疑なところはあり、なるべく早い到着をひとえに願う。

「はぁはぁ」

 ワタシは少々、虚弱体質な面がある。山登りの経験は言うまでもなく、運動の類いに長年関わってこなかったことが、このような状況に際して憂いへ変わるとは露も思わず、膝の弱々しさに嫌気が差す。

「マハラくん、少しは体力も付けた方がいいんじゃない?ま

 “支配人”はワタシを慮る余裕があるようだ。全くもって解せない。しかし、これを受け入れなければこれから先、吐き気を催し地面と向き合った時にうだつの上がらなさに泣きを見る。

「えぇ。今度、山を登るとなれば、それ相応の準備はさせてもらいますよ」

 ワタシは自ら今の状態が極めて登山に向かない身体にあり、服装も合わせて“支配人”の隣に立っても齟齬がない身持ちを作り上げると公言した。

「楽しみにしとく」

 互いにその展望が成就する気配がないことを弁えた空々しいやりとりである。ただ、軽口が叩けていることが唯一の救いであった。ワタシはみだらに人を信じることはあまりないが、「汗だく」にならないと明言した“支配人”の言葉は信じたい。つらつらと額を走り始めた汗の雫からすると、もう間もなく山荘が目の前に現れても不思議ではない。身体が左右に小さく揺れだし、頭も俯き加減に傾き始め、“支配人”の厚底な靴の踵に注視する。プツリと切れてしまいそうな薄弱を意思を辛うじて保とうとするワタシなりの足掻きだ。拭い切れない疲労は足運びに軽微ながら現れ出し、進行方向につむじを向ける稲穂の如く頭を垂れれば、懸念していた登山に対する不安を額面通りに演じることになる。ワタシは雑然とした思考を払い除けるように、顎を持ち上げてもう一度、“支配人”に尋ねようとした。

「あれだ」

 図ったかのように“支配人”がそう発し、ワタシは「あれ」と形容された物の行方に視線を動かした。すると、斜面をつづら折りに登るワタシ達の目指す先に、木材を材料に組み上げられた建物の屋根がら垣間見え、鬱血して鈍重さを帯びていた両足に晴れやかな心地を覚えた。それは、花曇りから晴天へと瞬く間に変わったかのような開放感から、前進する力がこんこんと湧き上がった。幾分軽くなった“支配人”の足取りにも、ワタシは苦にせずついて行った。

「先客はもう来ているみたいだね」

 景観に即した木造建築らしい山荘の軒先には駐車場があり、もう既に何台も車が止められていた。つまり、登山道はいくつもあって、その中の一つは車での移動を可能にしていた。どこまで登れるかは定かではないが、山荘までの道中は徒歩で登る必要がなかったのである。行儀良く山の入り口でタクシーを乗り捨てた“支配人”の思し召しにワタシは、口をついて出そうな悪態を必死に抑えた。
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