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期待に裏腹
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そんな喧騒を横目に、私の肩の上に孤独が降り積り、歯の根が合わない凍えきった感覚を覚える。居酒屋を出て行こうとする激しい人流のまにまに、私はぽつねんと立ち尽くす。天井に着くシミの数を一つ一つ数えながら、出入り口の暖簾をくぐる機会をひたすら待っていれば、学生時代にどれだけ人徳を蔑ろにしてきたかが浮き彫りとなる。数少ない友人である彼女と過ごした日々は、きわめて有意義で退屈しない時間であったことを再認識する。
クラスメイトの口から枚挙に暇がない数の悪評を前に機嫌が悪くなったのも、私が彼女に対して少なくない親近感を覚えていたからである。殺人犯に成り下がった彼女と旧知の仲であると公然に言い憚るのは気が引けたものの、ありもしないことをさも事実であると語られれば、苛立っても仕方ないだろう。
言葉数は少なくとも、心情を掬い取ることが得意な彼女の慧眼に甘えて、人間関係の正しい築き方を習い損ねたと、来し方の人生に於いて場当たり的にそう悟ってきた。しかし実のところ、私が把握する彼女の人物像と他者が築く人物像との乖離を慮ると、“慧眼”に例えて有り難がった会話の数々は、此方が勝手に解釈していただけで、もしかしたら的外れなやりとりをしていたのかもしれない。密かに感じていた彼女との縁を私は覆す必要が出てきた。
「ありがとうございました」
集団の最後尾を務める私へ感謝を伝えてきた店員は、社会に準ずる人間として満面の笑みを拵える。私はそんな虚飾に対して好感を抱くことはない。社会不適合者らしい負の感情が掠め、伏し目がちに退店する。暖簾をくぐって外気を浴びた途端、非現実的な世界から地に足の着いた現実の世界に戻ってきたようだった。それほど私にとって、同窓会は浮世離れしていたのだ。
「……」
店の前で移動手段について相談し合う集団の横を私は素知らぬ顔で通り過ぎる。あたかも赤の他人のように。
「……!」
背後から声を掛けられた気がした。判然としないまま、足を止めて振り返れば、気受けに迎合した微笑を皆の前に晒すことになる。空耳を装って首を傾げたとしても、その間抜けさは拭い切れない。だから私は、難聴を決め込み、前進を続けた。そうして、後ろ髪を引かれる間も無く同窓会の集団から脱した。
夜風が妙に肌寒く感じ、天敵を前にした昆虫さながらの防衛本能が、両腕を畳んで丸めさせた。体温の上昇を図る所作に従ったものの、深部に根を下ろす寒さの前ではまるで意味を為さない。道草を食う時間すら惜しいと思い、帰路を歩く足は忙しない。ただ、三和土で靴を脱いで家に上がった瞬間、形容し難い沈鬱な雰囲気が全身から醸成されだし、そぞろに嘆息を吐くほど嫌気が差した。
私が家に帰ってから先ず始めにすることは、家中の至る所で点けっぱなしになった照明を消す所から始まる。まことに無駄な動作となるこの工程は、日常に組み込まれた一環として根付いており、今となって「辛い、辛い」と声を上げるのは些か遅いような気がしたが、底打ちした気分のおかげでなかなかに堪えた。一つ照明を消すたびに息が漏れてしまい、最後となる二階の物置き部屋に後にした時、私は腹を括った。
今から起こすことに関して、介護疲れによる殺人だとし、世間は私に同情の目を向けるだろうか。それとも、環境や人間関係を度外視して殺人を等しく酷いものと判断した上で、厳しく責め立てるだろうか。一体誰が私のことを正しく認識でき、事態の経緯と結末を即物的に善悪を区別する。裁判長などという、たった一人の頭で裁量を推し測られるのは我慢ならない為、私は自ら命を絶つつもりだ。
「なんだ、帰ってたのか」
居間の扉を開けた瞬間、長らく浴室に立ち入っていない身体から漏れる悪臭が鼻をつく。私はまっすぐ台所に向かい、すっかり刃こぼれした包丁を手に持った。私は想像する。夕方のニュース番組で、視聴率を獲得しようと下品に赤い文字を用いてテレビの前の人間を扇情する様を。
「家族の空洞化に於ける最悪な末路」
そんな題目をもとにコメンテーターは、言葉の定義ばかりに気を取られ、軽薄な口先を動かすばかりだ。私が期待した人物像の分析を置いてけぼりにして。
クラスメイトの口から枚挙に暇がない数の悪評を前に機嫌が悪くなったのも、私が彼女に対して少なくない親近感を覚えていたからである。殺人犯に成り下がった彼女と旧知の仲であると公然に言い憚るのは気が引けたものの、ありもしないことをさも事実であると語られれば、苛立っても仕方ないだろう。
言葉数は少なくとも、心情を掬い取ることが得意な彼女の慧眼に甘えて、人間関係の正しい築き方を習い損ねたと、来し方の人生に於いて場当たり的にそう悟ってきた。しかし実のところ、私が把握する彼女の人物像と他者が築く人物像との乖離を慮ると、“慧眼”に例えて有り難がった会話の数々は、此方が勝手に解釈していただけで、もしかしたら的外れなやりとりをしていたのかもしれない。密かに感じていた彼女との縁を私は覆す必要が出てきた。
「ありがとうございました」
集団の最後尾を務める私へ感謝を伝えてきた店員は、社会に準ずる人間として満面の笑みを拵える。私はそんな虚飾に対して好感を抱くことはない。社会不適合者らしい負の感情が掠め、伏し目がちに退店する。暖簾をくぐって外気を浴びた途端、非現実的な世界から地に足の着いた現実の世界に戻ってきたようだった。それほど私にとって、同窓会は浮世離れしていたのだ。
「……」
店の前で移動手段について相談し合う集団の横を私は素知らぬ顔で通り過ぎる。あたかも赤の他人のように。
「……!」
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夜風が妙に肌寒く感じ、天敵を前にした昆虫さながらの防衛本能が、両腕を畳んで丸めさせた。体温の上昇を図る所作に従ったものの、深部に根を下ろす寒さの前ではまるで意味を為さない。道草を食う時間すら惜しいと思い、帰路を歩く足は忙しない。ただ、三和土で靴を脱いで家に上がった瞬間、形容し難い沈鬱な雰囲気が全身から醸成されだし、そぞろに嘆息を吐くほど嫌気が差した。
私が家に帰ってから先ず始めにすることは、家中の至る所で点けっぱなしになった照明を消す所から始まる。まことに無駄な動作となるこの工程は、日常に組み込まれた一環として根付いており、今となって「辛い、辛い」と声を上げるのは些か遅いような気がしたが、底打ちした気分のおかげでなかなかに堪えた。一つ照明を消すたびに息が漏れてしまい、最後となる二階の物置き部屋に後にした時、私は腹を括った。
今から起こすことに関して、介護疲れによる殺人だとし、世間は私に同情の目を向けるだろうか。それとも、環境や人間関係を度外視して殺人を等しく酷いものと判断した上で、厳しく責め立てるだろうか。一体誰が私のことを正しく認識でき、事態の経緯と結末を即物的に善悪を区別する。裁判長などという、たった一人の頭で裁量を推し測られるのは我慢ならない為、私は自ら命を絶つつもりだ。
「なんだ、帰ってたのか」
居間の扉を開けた瞬間、長らく浴室に立ち入っていない身体から漏れる悪臭が鼻をつく。私はまっすぐ台所に向かい、すっかり刃こぼれした包丁を手に持った。私は想像する。夕方のニュース番組で、視聴率を獲得しようと下品に赤い文字を用いてテレビの前の人間を扇情する様を。
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