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3,トウシさんの家(2)
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「じゃあ俺、2階に行ってくる」
みんなで思わず、えぇ!? と悲鳴を上げて、そんな発言した人物を見た。
声を出したのはもちろん、一杭少年。階段は確かにあるけど、先が見えないし暗いし、得体が知れないし、幽霊がいるという話だしで、誰も上がる気はなかったのに。
「みんなは帰っていいよ」
しかもそんなことを言う。
でも、と、僕らは全員で顔を見合わせた。
一杭壱夏はこの集落の宝だと、ここにきて日の浅い僕でも理解できた。こんな幽霊屋敷に残してなにかあれば、怒られるどころではすまない。
しかし僕らの葛藤はどうでもいいらしく、彼はなにも言わずに階段の方に向かった。
「あ、の」
その手を、思わず掴んだのはきっと、目の前を通り過ぎようとしたからだろう。
壱夏が振り返る。
ひっと、後ろで誰かの悲鳴が聞こえた。
何か思ってのことじゃない。咄嗟の行動だったけど、僕は彼が足を止めてくれたことにほっとした。
「やめようよ。危ないから」
視線が絡んだ。
無言で掴まれた場所を見た壱夏は、僕の手を振り払ってぷいっと顔を逸らした。
そのまま、華奢な体が階段を上がって、暗い影に隠れる。
さすがにそこまで追いかける勇気はなく、僕と同級生達はその場に取り残された。
「どうする?」
「………さすがに残して帰るのもなぁ。まあすぐ帰ってくるだろ。あのつきあたりの部屋でも見て時間潰そうぜ」
言って、タツが廊下の一番奥に向かって歩いて行った。
そこには色ガラスのはまった木の扉があって。日の光の入らない、暗闇がガラスの向こうから透けて見えた。
それに僕は、ふと違和感を覚えた。
(……、……?)
必死に違和感の正体を探る。その間にも、タツや同級生が廊下を最奥に向かって進んでいく。
扉?
違う、廊下の一番奥にあんな扉はなかった。あれは、壁だったはずだ。
さっきまで確かに行き止まりだった。それが、いつの間にあんな―――まるで、誘うように綺麗な。だってどこもかしこも壊れているのに、あれだけ。
「駄目だ!」
とっさに同級生を追い越してタツの肩を引くと、彼はのんきそうに振り返って、首をかしげた。
「んあ?」
「帰ろう。もう帰ろう! なぁ!」
「なぁにびびってんだよ、大丈夫だ」
「違う! あの扉、変だ!」
カリ……。
そこで、かすかな音が混じった。慌てて回りを見る僕の動きにつられて、クラスメイトたちも不安そうに顔をめぐらせた。
カリ、カリ……。
その間も、音がする。なにかを爪でひっかく音。夏にもそろそろ入ろうという頃なのに、鳥肌がたった。そこかしこ、屋敷中から音が響いていた。
「お、おい悪ふざけやめろよ」
「違うって、俺じゃない」
音は絶え間なく続いている。
集団でいたって、小学生だ。異様な雰囲気に、みんな逃げ腰になる。
キィ。
思ったよりも近くで聞こえた扉の開く音。
見てはいけないと思うのに、まるで引き寄せられるように、全員の目が屋敷の奥へと向く。
ほんの少し開いた扉の向こうから、女が顔を出した。
女には目玉がない。その二つの窪んだ穴の奥はガラスの向こうと同じくらい真っ暗なのに、こちらを嬉しそうに見ているのが直感的にわかった。
悲鳴が上がる。僕も知らぬ間に叫んでいた。
それを合図に、恐怖が吹き出した。考えるよりも先に玄関に向かって駆け出す。同級生が、ドアを開けて外に飛び出すのを追いかけた。
けれど、廊下の途中まできて隣にあるはずの人影がなくて、思わず振り返れば。腰が抜けたのか、タツはあの扉の前でへたり込んでいた。その間にもう1人も泣きながら家から逃げていった。
僕も、逃げようと思わなかったと言うと嘘になる。
けれど。
「あぁああああ!」
叫びながら、タツのところまで戻った。怖いけど、無我夢中だった。
尻もちをついた彼の腕を引っ張ると、彼は泣きべそ顔で見上げてきた。
「なにしてんだよ! いくぞ!」
「む、むりむり、体が動かない……っ」
扉の向こうの女は、上半身を勢いよく伸ばして、こちらを見下ろしていた。やけに胴が長い人なのだろうか。なんであんなに高い、天井近いところに顔があるのか。
「逃げるぞ、ほら!」
ぐいぐい引っ張るけれど、タツは動かない。体格はタツのほうが勝っていて、僕の力じゃ動かせなかった。
そうこうするうちに、寒そうに女が震える。口が、縦に開いた。
紫の唇が鼻のところまで持ち上がる。空洞の視線は僕たちから一秒も外さない。白い手は、ひどく爛れていた。
みんなで思わず、えぇ!? と悲鳴を上げて、そんな発言した人物を見た。
声を出したのはもちろん、一杭少年。階段は確かにあるけど、先が見えないし暗いし、得体が知れないし、幽霊がいるという話だしで、誰も上がる気はなかったのに。
「みんなは帰っていいよ」
しかもそんなことを言う。
でも、と、僕らは全員で顔を見合わせた。
一杭壱夏はこの集落の宝だと、ここにきて日の浅い僕でも理解できた。こんな幽霊屋敷に残してなにかあれば、怒られるどころではすまない。
しかし僕らの葛藤はどうでもいいらしく、彼はなにも言わずに階段の方に向かった。
「あ、の」
その手を、思わず掴んだのはきっと、目の前を通り過ぎようとしたからだろう。
壱夏が振り返る。
ひっと、後ろで誰かの悲鳴が聞こえた。
何か思ってのことじゃない。咄嗟の行動だったけど、僕は彼が足を止めてくれたことにほっとした。
「やめようよ。危ないから」
視線が絡んだ。
無言で掴まれた場所を見た壱夏は、僕の手を振り払ってぷいっと顔を逸らした。
そのまま、華奢な体が階段を上がって、暗い影に隠れる。
さすがにそこまで追いかける勇気はなく、僕と同級生達はその場に取り残された。
「どうする?」
「………さすがに残して帰るのもなぁ。まあすぐ帰ってくるだろ。あのつきあたりの部屋でも見て時間潰そうぜ」
言って、タツが廊下の一番奥に向かって歩いて行った。
そこには色ガラスのはまった木の扉があって。日の光の入らない、暗闇がガラスの向こうから透けて見えた。
それに僕は、ふと違和感を覚えた。
(……、……?)
必死に違和感の正体を探る。その間にも、タツや同級生が廊下を最奥に向かって進んでいく。
扉?
違う、廊下の一番奥にあんな扉はなかった。あれは、壁だったはずだ。
さっきまで確かに行き止まりだった。それが、いつの間にあんな―――まるで、誘うように綺麗な。だってどこもかしこも壊れているのに、あれだけ。
「駄目だ!」
とっさに同級生を追い越してタツの肩を引くと、彼はのんきそうに振り返って、首をかしげた。
「んあ?」
「帰ろう。もう帰ろう! なぁ!」
「なぁにびびってんだよ、大丈夫だ」
「違う! あの扉、変だ!」
カリ……。
そこで、かすかな音が混じった。慌てて回りを見る僕の動きにつられて、クラスメイトたちも不安そうに顔をめぐらせた。
カリ、カリ……。
その間も、音がする。なにかを爪でひっかく音。夏にもそろそろ入ろうという頃なのに、鳥肌がたった。そこかしこ、屋敷中から音が響いていた。
「お、おい悪ふざけやめろよ」
「違うって、俺じゃない」
音は絶え間なく続いている。
集団でいたって、小学生だ。異様な雰囲気に、みんな逃げ腰になる。
キィ。
思ったよりも近くで聞こえた扉の開く音。
見てはいけないと思うのに、まるで引き寄せられるように、全員の目が屋敷の奥へと向く。
ほんの少し開いた扉の向こうから、女が顔を出した。
女には目玉がない。その二つの窪んだ穴の奥はガラスの向こうと同じくらい真っ暗なのに、こちらを嬉しそうに見ているのが直感的にわかった。
悲鳴が上がる。僕も知らぬ間に叫んでいた。
それを合図に、恐怖が吹き出した。考えるよりも先に玄関に向かって駆け出す。同級生が、ドアを開けて外に飛び出すのを追いかけた。
けれど、廊下の途中まできて隣にあるはずの人影がなくて、思わず振り返れば。腰が抜けたのか、タツはあの扉の前でへたり込んでいた。その間にもう1人も泣きながら家から逃げていった。
僕も、逃げようと思わなかったと言うと嘘になる。
けれど。
「あぁああああ!」
叫びながら、タツのところまで戻った。怖いけど、無我夢中だった。
尻もちをついた彼の腕を引っ張ると、彼は泣きべそ顔で見上げてきた。
「なにしてんだよ! いくぞ!」
「む、むりむり、体が動かない……っ」
扉の向こうの女は、上半身を勢いよく伸ばして、こちらを見下ろしていた。やけに胴が長い人なのだろうか。なんであんなに高い、天井近いところに顔があるのか。
「逃げるぞ、ほら!」
ぐいぐい引っ張るけれど、タツは動かない。体格はタツのほうが勝っていて、僕の力じゃ動かせなかった。
そうこうするうちに、寒そうに女が震える。口が、縦に開いた。
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