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第7話『クオンのお茶』
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モーリスは壁際にある小脇の作業テーブルにティーセットを置いた。
「なにか気になることでもおありですか」
モーリスが声をかけると、主人が手招きをする。側に寄ると地図を指した。
「このあたりにはどれくらいで行けるのだろうか」
地図はレイトンの街を中心とした郊外までが描かれている。街を含んだ領内の地図だった。
主人は街の南にある三つの村を、円を描くように指でなぞった。
「馬車ですと半刻とちょっと、最も南にある村は二刻ほどかかります」
「歩くとなると」
「一番近い村で一刻半ですね」
主人が押し黙ったので、モーリスは続けて言った。
「行かれるのでしたら、馬車を用意しますが」
「いや、いい」
主人は広げていた地図を巻いた。
モーリスは生まれ育ったレイトンの街を愛している。しかしこの屋敷の主人として宮廷から寄越される者は、この街を田舎だと馬鹿にし、毛嫌いした。恨み言も多かった。
それでもここに居座らなければならない理由は、この屋敷が宮廷から疎まれ、遠ざけられた者を受け入れるために存在する屋敷だからだ。
不本意な処遇であったとしても、できればこの街を好きになってほしいと思う。
モーリスが蒸らした香草茶をカップに注ぐと、ほのかに香りがたった。地図が除けられ、空いたテーブルにカップを差し出す。主人は香りを嗅いで口をつけた。
ひとくち飲み、カップを揺らしながら「おいしい」とつぶやいた。
「香草茶なんだが、紅茶の味がする」
主人は吟味するようにまた飲んだ。
開けていた窓から心地よい春の風が入ってきた。カップを置き、モーリスに顔を向ける。
「クオンという人が作ったらしい。知っているか?」
モーリスは首を振った。
「最近、女性に人気のお茶だそうだ」
「それは存じ上げませんでした」
「モーリスも飲んでみるといい」
「ありがとうございます。あとでいただきます」
モーリスは新しい主人がこの街のものを気に入ってくれたことをうれしく思った。
ほんの数日前まで、主人には覇気がなかった。訳あってこの屋敷に来たのだから当然ではあるが、王子でありながら、田舎街に閉じ込められるのは不憫だった。
しかし昨日、街に下りてから雰囲気が変わった。それまでも有り余る時間を潰すかのように出かけていたが、今日は目的があって街に下りた感じだった。
執務室にある地図を引っ張り出してくるような何かがあったのだ。モーリスは若い主人が希望を持って暮らしていけるよう、手助けしたいと思った。
「旦那様」
呼び方を変えて声をかけると、嫌そうな顔をされた。
「私はこの屋敷の主人じゃない」
「では、なんとお呼びすれば……」
高貴な人の名前を直接呼ぶのは畏れ多い。だからこそ敬称で呼ぶのだが、「ご主人様」と呼ぶのも気に入らないらしい。これまでは、「あの」と言ったりして、やり過ごしてきたが、それも長くは続けられない。
困った顔をしていると、主人は言った。
「レヴィンでいい」
それはなんとも畏れ多いことだと、モーリスが首を振ろうとしたが、「咎める者は誰もいない」と言われてしまった。こうなれば仕方がない。モーリスはひと息吸って、言った。
「では、レヴィン様。何かあればなんなりとお申し付けください」
一礼をし、部屋を出て行こうとすると「モーリス」と早速呼び止められた。振り返ると若い主人は神妙な顔をして言った。
「財布がほしい」
モーリスはにっこり笑い、優雅に腰を折った。
「なにか気になることでもおありですか」
モーリスが声をかけると、主人が手招きをする。側に寄ると地図を指した。
「このあたりにはどれくらいで行けるのだろうか」
地図はレイトンの街を中心とした郊外までが描かれている。街を含んだ領内の地図だった。
主人は街の南にある三つの村を、円を描くように指でなぞった。
「馬車ですと半刻とちょっと、最も南にある村は二刻ほどかかります」
「歩くとなると」
「一番近い村で一刻半ですね」
主人が押し黙ったので、モーリスは続けて言った。
「行かれるのでしたら、馬車を用意しますが」
「いや、いい」
主人は広げていた地図を巻いた。
モーリスは生まれ育ったレイトンの街を愛している。しかしこの屋敷の主人として宮廷から寄越される者は、この街を田舎だと馬鹿にし、毛嫌いした。恨み言も多かった。
それでもここに居座らなければならない理由は、この屋敷が宮廷から疎まれ、遠ざけられた者を受け入れるために存在する屋敷だからだ。
不本意な処遇であったとしても、できればこの街を好きになってほしいと思う。
モーリスが蒸らした香草茶をカップに注ぐと、ほのかに香りがたった。地図が除けられ、空いたテーブルにカップを差し出す。主人は香りを嗅いで口をつけた。
ひとくち飲み、カップを揺らしながら「おいしい」とつぶやいた。
「香草茶なんだが、紅茶の味がする」
主人は吟味するようにまた飲んだ。
開けていた窓から心地よい春の風が入ってきた。カップを置き、モーリスに顔を向ける。
「クオンという人が作ったらしい。知っているか?」
モーリスは首を振った。
「最近、女性に人気のお茶だそうだ」
「それは存じ上げませんでした」
「モーリスも飲んでみるといい」
「ありがとうございます。あとでいただきます」
モーリスは新しい主人がこの街のものを気に入ってくれたことをうれしく思った。
ほんの数日前まで、主人には覇気がなかった。訳あってこの屋敷に来たのだから当然ではあるが、王子でありながら、田舎街に閉じ込められるのは不憫だった。
しかし昨日、街に下りてから雰囲気が変わった。それまでも有り余る時間を潰すかのように出かけていたが、今日は目的があって街に下りた感じだった。
執務室にある地図を引っ張り出してくるような何かがあったのだ。モーリスは若い主人が希望を持って暮らしていけるよう、手助けしたいと思った。
「旦那様」
呼び方を変えて声をかけると、嫌そうな顔をされた。
「私はこの屋敷の主人じゃない」
「では、なんとお呼びすれば……」
高貴な人の名前を直接呼ぶのは畏れ多い。だからこそ敬称で呼ぶのだが、「ご主人様」と呼ぶのも気に入らないらしい。これまでは、「あの」と言ったりして、やり過ごしてきたが、それも長くは続けられない。
困った顔をしていると、主人は言った。
「レヴィンでいい」
それはなんとも畏れ多いことだと、モーリスが首を振ろうとしたが、「咎める者は誰もいない」と言われてしまった。こうなれば仕方がない。モーリスはひと息吸って、言った。
「では、レヴィン様。何かあればなんなりとお申し付けください」
一礼をし、部屋を出て行こうとすると「モーリス」と早速呼び止められた。振り返ると若い主人は神妙な顔をして言った。
「財布がほしい」
モーリスはにっこり笑い、優雅に腰を折った。
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