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第49話『疑惑』

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 クオンは飲みっぷりはよかったが、酒に強いというわけではないようだ。
 
 レヴィンは眠りに入ったクオンを見つめた。
 
 兄弟星の話はレヴィンの好きな話だった。自分も弟星のようになりたいと思った。
 
 この話はハーゼン王国の古い神話の一節だ。統治者としてのあるべき姿、理想の統治を教えるため、幼少時に帝王学で習うものだった。王位継承権を持つレヴィンも当然教わる。一般に知られているものではないはずだ。
 
 それをなぜ、クオンが知っているのか。

 脳裏に一度捨てた可能性がよぎった。
 
 レヴィンはこの話をリウにしたことがある。彼は物語が好きだった。語って聞かせると、目を輝かせて聞いてくれた。レヴィンはうれしくて、彼に喜んでもらいたくて、多くの本を読んで話して聞かせた。
 
 煌びやかな星空の下、秋の夜長の虫の声が響く。それは微かなざわめきのようでもあった。
 
 レヴィンは己の心を見つめた。
 
 クオンが好きだ。仮にリウが現れたとしても、その気持ちは変わらないと思う。
 
 だが、もしクオンがリウだったら?
 
 背筋がスッと寒くなった。
 
 レヴィンには訊きたいことがあった。なぜ、自分の前から消えたのか。
 
 それがわからないと、また同じ事を繰り返すと思った。レヴィンは想像した。
 
 いつものように森の家に行ったら、クオンがいなくなっていた―
 
 とたん、胸が苦しくなった。打ち消すように頭を振る。
 
 クオンは父親と一緒にいろいろな国を回ったと言っていた。もしかしたら、そのときどこかで、博識な人から聞いたのかもしれない。
 
 そうだ、きっとそうに違いない。
 
 クオンはリウではないのだから、いなくなったりしない―
 
 嫌な想像を必死で振り払った。

 クオンがリウだったらいいのに、と思っていた日があったというのに。

 レヴィンが暗い想像に囚われていると、急に左肩が重くなった。クオンは完全に寝てしまったようだ。
 
 レヴィンは眠っている彼をじっと見つめた。起きそうにない寝顔を見ていて、ふと思った。
 
 いまなら、キスできるだろうか―
 
 無防備に寄り掛かるクオンを起こさないように、そっと顔を近づけてみた。すうすうと寝息が聞こえる。
 
 唇が触れそうになったとき、パチリ、と火が爆ぜた。
 
 その音でレヴィンは体を止めた。ゆっくりと瞬きをし、顔を離す。肩から落ちそうな毛布を掛け直し、焚火に薪を放った。くべられた枯れ木が燃え上がる。
 
 ゆらゆら揺れる火を、ただ見つめた。
 
 レヴィンの心はクオンでいっぱいだった。
 
 この想いは、いつか溢れてしまうのではないかと思った。
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