68 / 89
第68話『緑の石のペンダント』
しおりを挟む
森の家に行ったのは一週間後だった。
ずっと行けなかったのは、そのとき決定的な何かを言われそうで、怖かったからだ。
あれから何度かクオンを犯す夢を見た。凌辱する夢はあのときの一回きりで、それからはレヴィンを求めてくれる幸せな夢だった。目が覚めるとため息が出た。
現実だったらどれほどよかったか。鬱々とする朝を迎えては、森の家に行く勇気が出ない自分に自嘲した。
しかし、このまま屋敷にいてもクオンとの距離は縮まらない。むしろこのまま忘れ去られてしまうかもしれない。
自分はどうしたいのか。クオンに振り向いてもらいたいのだろう、と自答しているうちに、自分の気持ちを伝えてしまおうという思いに至った。
クオンはレヴィンを突き放すつもりなのかもしれないが、好きだと言ったら、意識してくれるかもしれない。ロッドのことが好きでもいいから、そばにいたいと言ったら、なにかが変わるかもしれない。
その覚悟をするのに一週間もかかってしまった。
レヴィンは彼への想いを伝える決意をして、屋敷を出た。
太陽は天頂を過ぎ、よく晴れていた。
枝葉をかき分け、森の家が見えると、薬草畑にクオンがいた。雑草抜きをしていたようだ。
レヴィンが姿を現すと、手に草を持ったまま立ちあがった。
レヴィンが一週間行かなかったので、芽が出てしまったのだろう。雑草は早いうちに刈り取るに限る。レヴィンがこの一年で学んだことだった。
訳も言わず一週間も来なかったことに対して、彼は何も言わなかった。ただ一言、こう言った。
「やっと来たか」
その顔はいつもと変わらず、今にもレヴィンに「雑草抜いてくれ」と言いそうだった。
一週間ぶりのクオンの前に立つと、緊張で鼓動が速くなった。
レヴィンはこれから生まれて初めての告白をする。こく、と唾を呑んだ。
「クオン。話があるんだ」
「…………」
レヴィンの真剣味が伝わったのか、クオンは「中で聞くよ」と家に入るよう促した。彼は井戸脇に置いてある桶の水で手を洗った。
いやが上にも緊張が増す。
先に家の中に入ったレヴィンがテーブルにつくと、クオンもすぐに入ってきて、座った。お茶を入れたりはしなかった。目顔で「なんだ」と言っていた。
レヴィンは大きく息を吸った。
まずはあの日、ロッドとの会話を立ち聞きしたことを謝った。
黒い瞳はまっすぐレヴィンを見たが、その瞳に非難の色は浮かんでいなかった。
クオンは淡々と言った。
「どこから聞いてたんだ?」
「最初から」
川を見ていたクオンにロッドが呼びかけたところから、レヴィンはいた。
そのことを正直に言うと、クオンは「そうか」と、目を伏せ、深刻な顔をした。
会話の内容を追求されると思っているのかもしれない。だがレヴィンにそのつもりはなかった。それを聞いてしまったから、何か言われる前に告白してしまおうと思っただけだ。
レヴィンが告白しようと口を開きかけたとき、先手を取るようにクオンは立ち上がった。
「見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」
そう言って、二階に上がってしまった。
レヴィンは後ろ姿を見送り、長い息を吐いた。
鼓動はずっと速いままだ。告白がこんなに緊張するものだとは思わなかった。
クオンの言った『見せたいもの』については、頭の片隅にも残っていなかった。
自分の想いを伝えたいことで頭がいっぱいだった。
ところがである。
二階から下りてきたクオンは、レヴィンの前にそっと『それ』を置いた。
軽く目をやったレヴィンだったが、置かれた物を見て、目が釘付けになった。
「これは……!」
そこにあったのは、革紐に緑の石が通されたペンダントだった。
緑色の飾り石は透き通っているわけでもなく、お世辞にも高価なものとは言い難かった。
だがレヴィンはこれを知っていた。
リウと出会って三年後、彼らが十三歳のとき、王都で祭りがあった。レヴィンは宮廷の者たちには内緒でこっそり街に下りた。
多くの人で賑わう露店を見て回っていたら、路面に装飾品を並べている店があった。ブローチや指輪、ペンダントが目に留まった。どれも天然石を加工したアクセサリーだった。
なんとはなしに眺めていると、露天商が緑の石は身を守ってくれるので、ひとつどうかと言ってきた。レヴィンはそれを聞いて、リウにあげたいと思った。
彼は親に売られて東国からやってきていた。お守りにプレゼントしたくなった。
貨幣を持っていなかったので、自分の袖口のボタンと交換してもらえないか尋ねてみた。
ボタンは銀細工の精緻な作りで、露店で売るような石とは比べ物にならないくらい高価なものだった。露天商はそのことを告げずに、ペンダントと交換した。
レヴィンにとっては値段が釣り合わなくてもよかった。緑の石のペンダントが欲しかったのだ。
「お守りだ」と言ってリウにあげたら、とても喜んでくれた。そしてどんなときも付けてくれていた。
そのペンダントがここにあった。
レヴィンは大きく息を吸った。
「なんで、ここに……」
声が掠れた。
クオンの顔を見たら、彼は意味ありげに笑った。
「さあ? なんでだと思う」
レヴィンは勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「リウ‼」
座っている彼の腕を取り、力づくで引き寄せ、抱きしめた。
ずっと行けなかったのは、そのとき決定的な何かを言われそうで、怖かったからだ。
あれから何度かクオンを犯す夢を見た。凌辱する夢はあのときの一回きりで、それからはレヴィンを求めてくれる幸せな夢だった。目が覚めるとため息が出た。
現実だったらどれほどよかったか。鬱々とする朝を迎えては、森の家に行く勇気が出ない自分に自嘲した。
しかし、このまま屋敷にいてもクオンとの距離は縮まらない。むしろこのまま忘れ去られてしまうかもしれない。
自分はどうしたいのか。クオンに振り向いてもらいたいのだろう、と自答しているうちに、自分の気持ちを伝えてしまおうという思いに至った。
クオンはレヴィンを突き放すつもりなのかもしれないが、好きだと言ったら、意識してくれるかもしれない。ロッドのことが好きでもいいから、そばにいたいと言ったら、なにかが変わるかもしれない。
その覚悟をするのに一週間もかかってしまった。
レヴィンは彼への想いを伝える決意をして、屋敷を出た。
太陽は天頂を過ぎ、よく晴れていた。
枝葉をかき分け、森の家が見えると、薬草畑にクオンがいた。雑草抜きをしていたようだ。
レヴィンが姿を現すと、手に草を持ったまま立ちあがった。
レヴィンが一週間行かなかったので、芽が出てしまったのだろう。雑草は早いうちに刈り取るに限る。レヴィンがこの一年で学んだことだった。
訳も言わず一週間も来なかったことに対して、彼は何も言わなかった。ただ一言、こう言った。
「やっと来たか」
その顔はいつもと変わらず、今にもレヴィンに「雑草抜いてくれ」と言いそうだった。
一週間ぶりのクオンの前に立つと、緊張で鼓動が速くなった。
レヴィンはこれから生まれて初めての告白をする。こく、と唾を呑んだ。
「クオン。話があるんだ」
「…………」
レヴィンの真剣味が伝わったのか、クオンは「中で聞くよ」と家に入るよう促した。彼は井戸脇に置いてある桶の水で手を洗った。
いやが上にも緊張が増す。
先に家の中に入ったレヴィンがテーブルにつくと、クオンもすぐに入ってきて、座った。お茶を入れたりはしなかった。目顔で「なんだ」と言っていた。
レヴィンは大きく息を吸った。
まずはあの日、ロッドとの会話を立ち聞きしたことを謝った。
黒い瞳はまっすぐレヴィンを見たが、その瞳に非難の色は浮かんでいなかった。
クオンは淡々と言った。
「どこから聞いてたんだ?」
「最初から」
川を見ていたクオンにロッドが呼びかけたところから、レヴィンはいた。
そのことを正直に言うと、クオンは「そうか」と、目を伏せ、深刻な顔をした。
会話の内容を追求されると思っているのかもしれない。だがレヴィンにそのつもりはなかった。それを聞いてしまったから、何か言われる前に告白してしまおうと思っただけだ。
レヴィンが告白しようと口を開きかけたとき、先手を取るようにクオンは立ち上がった。
「見せたいものがあるんだ。ちょっと待っててくれ」
そう言って、二階に上がってしまった。
レヴィンは後ろ姿を見送り、長い息を吐いた。
鼓動はずっと速いままだ。告白がこんなに緊張するものだとは思わなかった。
クオンの言った『見せたいもの』については、頭の片隅にも残っていなかった。
自分の想いを伝えたいことで頭がいっぱいだった。
ところがである。
二階から下りてきたクオンは、レヴィンの前にそっと『それ』を置いた。
軽く目をやったレヴィンだったが、置かれた物を見て、目が釘付けになった。
「これは……!」
そこにあったのは、革紐に緑の石が通されたペンダントだった。
緑色の飾り石は透き通っているわけでもなく、お世辞にも高価なものとは言い難かった。
だがレヴィンはこれを知っていた。
リウと出会って三年後、彼らが十三歳のとき、王都で祭りがあった。レヴィンは宮廷の者たちには内緒でこっそり街に下りた。
多くの人で賑わう露店を見て回っていたら、路面に装飾品を並べている店があった。ブローチや指輪、ペンダントが目に留まった。どれも天然石を加工したアクセサリーだった。
なんとはなしに眺めていると、露天商が緑の石は身を守ってくれるので、ひとつどうかと言ってきた。レヴィンはそれを聞いて、リウにあげたいと思った。
彼は親に売られて東国からやってきていた。お守りにプレゼントしたくなった。
貨幣を持っていなかったので、自分の袖口のボタンと交換してもらえないか尋ねてみた。
ボタンは銀細工の精緻な作りで、露店で売るような石とは比べ物にならないくらい高価なものだった。露天商はそのことを告げずに、ペンダントと交換した。
レヴィンにとっては値段が釣り合わなくてもよかった。緑の石のペンダントが欲しかったのだ。
「お守りだ」と言ってリウにあげたら、とても喜んでくれた。そしてどんなときも付けてくれていた。
そのペンダントがここにあった。
レヴィンは大きく息を吸った。
「なんで、ここに……」
声が掠れた。
クオンの顔を見たら、彼は意味ありげに笑った。
「さあ? なんでだと思う」
レヴィンは勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「リウ‼」
座っている彼の腕を取り、力づくで引き寄せ、抱きしめた。
1
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【8話完結】恋愛を諦めたおじさんは、異世界で運命と出会う。
キノア9g
BL
恋愛を諦め、ただ淡々と日々を過ごしていた笠原透(32)。
しかし、ある日突然異世界へ召喚され、「王の番」だと告げられる。
迎えたのは、美しく気高い王・エルヴェル。
手厚いもてなしと優しさに戸惑いながらも、次第に心を揺さぶられていく透。
これは、愛を遠ざけてきた男が、本当のぬくもりに触れる物語。
──運命なんて、信じていなかった。
けれど、彼の言葉が、ぬくもりが、俺の世界を変えていく。
全8話。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる