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第4章 いにしえの因果⑩『すまほ』
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王太子が会場を去ったとみるや、イリアスは、ディーテのところに行くぞ、と入口に向かった。
その頃にはお腹いっぱい食べられていたので、文句はない。
会場を出る前にもう一度、ユリウスを振り返った。すると彼もこちらを見ていて、目が合った。
海人はびっくりして慌てて目を逸らした。
先を行くイリアスに置いて行かれそうになり、駆け寄る。
「部屋の場所はわかるの?」
海人は話しかけたが、イリアスは反応しなかった。
「イリアス?」
のぞき込むように声をかけたら、やっと海人を見た。
「なんだ?」
聞こえていなかったようだ。イリアスが上の空というのは珍しかった。
「ディーテさんの部屋! わかるのって聞いたの」
「ああ、大丈夫だ。子どもの頃、何度も行ったからな」
「ふーん」
海人は妙に面白くない気分になった。
イリアスはアフロディーテのことをあまり話さなかったから、イリアスにとっても距離のある存在なのかと思っていた。
だが実際のアフロディーテはイリアスのことを『イル』と愛称で呼び、抱き着いて喜ぶほど親密そうだった。イリアスも親しげに話していた。
海人はモヤモヤする気持ちを抱えながら、イリアスについていく。
アフロディーテの部屋は王宮の離れにあった。イリアスが部屋の扉を叩くと、快く迎えられた。ソファに座ると、
「何か飲む?」
と訊かれたので、海人はお酒以外のものを、と言ったら炭酸水が出てきた。
イリアスが果実酒を頼むと、イルがお酒を飲むなんて~、と笑っていた。
飲み物を用意し、ソファに座ったアフロディーテは海人を見た。
「改めて、はじめまして。僕の名前は佐井賀祥。フジワラカイトくんだったよね」
アフロディーテこと佐井賀はふざけた雰囲気を消すと、落ち着いた大人の男だった。
切れ長の瞳で鼻筋が通っており、知的な顔をしている。
「日本人だよね? 名前、どんな字書くの?」
問われて、海人は少し考えて答えた。
「藤原道長の藤原に、海に人で、海人です」
名前の漢字を訊かれたときは、大概「藤の花の藤に、原っぱの原」と答えていたが、あえて歴史上の人物名で例えてみた。すると、佐井賀はくすりと笑った。
「藤原道長か。久しぶりに聞いたよ。……まさか日本人に会えるなんて」
胸が詰まったような、泣きそうな声で佐井賀は見つめてきた。
海人はこのときになって、初めて彼の境遇を思った。
海人はこの世界に来てすぐにもう一人の異世界人の存在を知った。自分以外にも同じ境遇の人がいると知って、うれしかった。
たったそれだけのことが、海人の心をどれだけ勇気づけてくれていたか。だが、彼はずっと、この世界にひとりでいたのだ。
そのことを思うと、海人も胸が詰まった。
「藤原くんにとっては災難だ。あまり喜んじゃいけないか」
佐井賀は苦笑したが、海人は首を振った。
「いえ。おれも佐井賀さんに会えるのを心の支えにしてました」
佐井賀が微笑んでうなずくと、海人は思い出したようにズボンのポケットを探った。
「実は、佐井賀さんは日本人じゃないかもって思ってたんです。名前からして……。
だから、同じ世界の人間だってわかるような物を持って来たんですよ」
「なに?」
佐井賀が身を乗り出したので、海人はポケットからスマホを取り出して、渡した。
「これは……」
佐井賀は画面も背面も黒いスマホの裏表を確認して、顔を上げた。
「えっと、これはなに?」
きょとんとした顔をされた。
「え⁉」
予想外の反応をされてしまい、海人は焦った。
「なにって、スマホです!」
「すまほ?」
「ケータイですよ!」
佐井賀は驚いた顔をした。
「ケータイ⁉ これが⁉」
佐井賀の話を聞くと、日本ではまだスマートフォンは普及していなかったらしい。携帯電話と言えば、折り畳み式が主流であり、タッチパネルではなかったという。
佐井賀がこちらの世界に跳ばされて、まもなくして流行しはじめたものだとわかった。
海人からすれば、携帯といえばスマホである。まさかスマホを知らないとは思わなかった。
彼はガラケー世代の人間だったのだ。
佐井賀は滑らかな黒い画面を指で撫でた。
「はあ。今の日本って、こんななんだ。僕、いま帰れたとしても、ついていけないかも」
言いながら、海人にスマホを返す。
「佐井賀さんは十五年前にここに来たんでしたっけ」
「そうだね。十六のとき。藤原くんはいま何歳?」
海人でいいです、と付け加え、この世界で十八歳になったことを伝えた。
「似たような年齢か……」
佐井賀は少し考え込むような顔をした。
その頃にはお腹いっぱい食べられていたので、文句はない。
会場を出る前にもう一度、ユリウスを振り返った。すると彼もこちらを見ていて、目が合った。
海人はびっくりして慌てて目を逸らした。
先を行くイリアスに置いて行かれそうになり、駆け寄る。
「部屋の場所はわかるの?」
海人は話しかけたが、イリアスは反応しなかった。
「イリアス?」
のぞき込むように声をかけたら、やっと海人を見た。
「なんだ?」
聞こえていなかったようだ。イリアスが上の空というのは珍しかった。
「ディーテさんの部屋! わかるのって聞いたの」
「ああ、大丈夫だ。子どもの頃、何度も行ったからな」
「ふーん」
海人は妙に面白くない気分になった。
イリアスはアフロディーテのことをあまり話さなかったから、イリアスにとっても距離のある存在なのかと思っていた。
だが実際のアフロディーテはイリアスのことを『イル』と愛称で呼び、抱き着いて喜ぶほど親密そうだった。イリアスも親しげに話していた。
海人はモヤモヤする気持ちを抱えながら、イリアスについていく。
アフロディーテの部屋は王宮の離れにあった。イリアスが部屋の扉を叩くと、快く迎えられた。ソファに座ると、
「何か飲む?」
と訊かれたので、海人はお酒以外のものを、と言ったら炭酸水が出てきた。
イリアスが果実酒を頼むと、イルがお酒を飲むなんて~、と笑っていた。
飲み物を用意し、ソファに座ったアフロディーテは海人を見た。
「改めて、はじめまして。僕の名前は佐井賀祥。フジワラカイトくんだったよね」
アフロディーテこと佐井賀はふざけた雰囲気を消すと、落ち着いた大人の男だった。
切れ長の瞳で鼻筋が通っており、知的な顔をしている。
「日本人だよね? 名前、どんな字書くの?」
問われて、海人は少し考えて答えた。
「藤原道長の藤原に、海に人で、海人です」
名前の漢字を訊かれたときは、大概「藤の花の藤に、原っぱの原」と答えていたが、あえて歴史上の人物名で例えてみた。すると、佐井賀はくすりと笑った。
「藤原道長か。久しぶりに聞いたよ。……まさか日本人に会えるなんて」
胸が詰まったような、泣きそうな声で佐井賀は見つめてきた。
海人はこのときになって、初めて彼の境遇を思った。
海人はこの世界に来てすぐにもう一人の異世界人の存在を知った。自分以外にも同じ境遇の人がいると知って、うれしかった。
たったそれだけのことが、海人の心をどれだけ勇気づけてくれていたか。だが、彼はずっと、この世界にひとりでいたのだ。
そのことを思うと、海人も胸が詰まった。
「藤原くんにとっては災難だ。あまり喜んじゃいけないか」
佐井賀は苦笑したが、海人は首を振った。
「いえ。おれも佐井賀さんに会えるのを心の支えにしてました」
佐井賀が微笑んでうなずくと、海人は思い出したようにズボンのポケットを探った。
「実は、佐井賀さんは日本人じゃないかもって思ってたんです。名前からして……。
だから、同じ世界の人間だってわかるような物を持って来たんですよ」
「なに?」
佐井賀が身を乗り出したので、海人はポケットからスマホを取り出して、渡した。
「これは……」
佐井賀は画面も背面も黒いスマホの裏表を確認して、顔を上げた。
「えっと、これはなに?」
きょとんとした顔をされた。
「え⁉」
予想外の反応をされてしまい、海人は焦った。
「なにって、スマホです!」
「すまほ?」
「ケータイですよ!」
佐井賀は驚いた顔をした。
「ケータイ⁉ これが⁉」
佐井賀の話を聞くと、日本ではまだスマートフォンは普及していなかったらしい。携帯電話と言えば、折り畳み式が主流であり、タッチパネルではなかったという。
佐井賀がこちらの世界に跳ばされて、まもなくして流行しはじめたものだとわかった。
海人からすれば、携帯といえばスマホである。まさかスマホを知らないとは思わなかった。
彼はガラケー世代の人間だったのだ。
佐井賀は滑らかな黒い画面を指で撫でた。
「はあ。今の日本って、こんななんだ。僕、いま帰れたとしても、ついていけないかも」
言いながら、海人にスマホを返す。
「佐井賀さんは十五年前にここに来たんでしたっけ」
「そうだね。十六のとき。藤原くんはいま何歳?」
海人でいいです、と付け加え、この世界で十八歳になったことを伝えた。
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