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第5章 動乱の王宮⑳『西方山岳の竜』

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 山岳の奥深いところにある洞窟を根城にしている竜は、数日前から新たな仲間の気配を感じていた。小さき竜が付近にいるようだ。

 生まれたばかりなのか、とても儚く、今にも消え入りそうだった。

 しかし、小竜こりゅうのそばに親竜おやりゅうの気配がない。

 竜という生き物はお互い思念を飛ばし合い、意志疎通することができる。そうやって己の存在を認識しあっている。

 どの竜がどこを住処としているのか、己は知っていた。

 だからこそ、生じたばかりの小竜のことは不思議でならなかった。

 山岳の洞窟にいる竜は思念を飛ばしてみた。

 ―ワレハ 西方山岳アルミルト ノ 火ノ竜
  オマエノ 親ハ イズコ ―

 思念を送るが、返事はなかった。

 東方草原ルテアニアに竜が住めるような場所はない。

 百年に一度しか生まれない竜が何かの間違いで東方草原ルテアニアにいるのなら、放っておくことはできない。
 
 火竜は気配を辿り、東方草原ルテアニアまで来てみた。
 
 ところが驚いたことに小竜はいない。たしかに気配はするのに、人間どもの集落があるだけだ。

 気配のする場所に魔法障壁が張られている。

 強欲な人間が小竜を生け捕り、隠しているのかもしれない。火竜は障壁を破り、小竜を救け出そうと思った。

 炎を二度吐いたとき、小竜の気配が真下にきていた。火竜は小鳥の羽ばたきも数えることができる鋭敏な眼で見下ろし、驚いた。いたのは竜の力をまとった人間だった。

 その気配もその眼で見るまでわからなかったが、人間ふたりだった。

 火竜はどういうことだと、旋回しながら考えた。そして一目で見抜いてもいた。

 ―アレハ 『竜玉』 ダ ―

 竜に力を与えるといわれる宝珠、『竜玉』。

 竜王だけが持つことが許されたという、伝説の宝珠だ。

 現存する竜の中で竜王と名乗るものはいない。いるのは長老だけだ。

 火竜は五百年生きているが、長い時の流れの中で不思議と竜玉の力を感じることがあった。だがそれは幻想であろうと思っていた。

 しかし、己の眼で見た今ならわかる。

 竜玉が人間のなりをしているのだ。

 いつから竜玉は人の形になっていたのか。
 
 たまに感じていた竜玉の力は、人間だったのか。

 いったい、なぜ。

 ところが思考を巡らしているうちに、火竜は理由などどうでもよくなってきた。

 突然、何かに憑かれたかのように、アレが強烈に欲しくなった。
 
 火竜は目の色を変えていた。

 ―竜玉 竜玉 ホシイ ―

 目の前にある、光りのたまを手にしたくて仕方がなかった。
 
 ―アレヲ モタバ
  ワレコソガ 竜王ダ —
 
 ところが、すぐ手の届きそうなところにあるのに、邪魔ばかり入る。
 
 灰燼かいじんにできる炎を吐いても、強靭な尾で叩いても魔法障壁が破れない。
 
 破ったと思ったらうっとうしい魔法をくらい、飛び上がった隙にまた障壁を作られてしまった。

 火竜は苛立っていた。

 大した力もない人間に手こずっている。
  
 気がつけば、眼下には己と同じ竜の瞳を持つ人間がいた。

 だがこいつは竜ではない。ただの人間だ。

 だから面白くない。
 
 己と同じ瞳をなぜ人間が、と思うが、もっと面白くないことがあった。

 あそこにひとりで立つ人間が、竜玉の力を与えられている。

 小賢しい人間が我が物のように竜玉を使っているのだ。
 
 火竜は怒りで咆哮した。

 ―ソレハ ワレノ モノダ! ―

 思念を飛ばすと、竜の瞳を持った人間が応えた。

 ―カイト ハ ワタサナイ! ―

 琥珀の瞳同士がぶつかりあう。
 
 そのとき、ばりん、と邪魔な障壁が消えた。

 今だ、と火竜は思った。
 
 いまならこの足であの光る力のたまを我が物に―
 
 と、思うと同時に気がついた。
 
 全霊脈が竜の瞳をもつ人間に集結している。

 魔法障壁に阻まれ、その中で霊脈が編まれていることに気が付かなかった。
 
 とてつもない力で編まれた魔力が解放されようとしている。
 
 火竜は本能で逃げようとした。大きく羽ばたき、上昇しようとしたとき。
 
 竜同士の闘いでも見たことのない、白光の大塊たいかいが襲ってきた。

 ―コレガ 竜玉ノちから ―

 逃げきれないと悟った火竜は、無念の雄叫びを上げた。
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