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第1話
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遠くで誰かが喚いていた。
「……! ……キ!」
その必死な声に、徐々に頭がはっきりしてくる。眉間に力を入れ、ゆっくりと目を開けた。
飛び込んできた日射しに思わず顔をしかめる。昼間のような明るさだった。
「サキ! 大丈夫⁉」
今度はしっかり聞こえた。顔を上げると、目の前に日本人のような若い男がいた。長めの前髪が目にかかっている。中腰で心配そうにのぞき込んでくるのを見て、自分が尻餅をついていることに気づいた。
まだぼうっとする頭で、身体を動かしてみる。両手で胸のあたりを触り、足を触った。感覚はある。両腕を見ると、なんだか細かった。
「立てる?」
若い男は手を差し伸べてきた。その手を取り、立ち上がってみると視界が低く感じた。男の鎖骨あたりが視線の高さだった。
近くを自動車が通り過ぎていく。辺りを見回すと住宅街のようだった。二階建ての家が並んでおり、マンションも目に入った。
「ごめん」
若い男が謝った。白いパーカーに青のデニムという出で立ちは、端整な顔をしているのに地味に見える。
学生だな、と思った。
見た目が若いというだけでなく、仕事の厳しさを知らないような、ゆとりのある顔つきをしている。経験を積んだ社会人の顔ではなかった。
他人事のように顔を眺めていると、男が上目遣いで見てきた。何か言葉を待っているような目だ。そこで謝罪を受けていたことを思い出した。覚醒したばかりの頭だったが、返事をしなければ、と口を開ける。
「あ、の」
声を出してみると、記憶にあるよりも高い声音で、内心驚いた。若い男が見つめてきたので、その目を見返しながら言った。
「すみませんが、あなたとおれは知り合いなんですよね?」
男はわずかに首を傾げた。
何を言われたのかわからないという顔だ。しかし、かまわず続ける。
「おれは……その、記憶を失くしてしまったので、自分のことがわかりません。もし、おれのこと知っているなら、おれが誰なのか教えてくれませんか」
男は黒い瞳をぱちくりさせた。
「サキ。本気で言ってるの?」
疑わしそうな声に、生真面目にうなずく。
たったいま思いついた理由だったが、記憶喪失ということにしておくのが無難だと思った。
「サキというのが、おれの名前ですか」
真顔で訊くと、彼はみるみる蒼白になっていった。
「うそでしょ⁉」
両肩を掴まれた。大きく見開かれた目を、見つめ返す。彼の瞳は少し茶色がかっていた。
「うそじゃありません。ほんとに、自分のことが」
そこまで言ったとき、男は叫んだ。
「病院‼」
通りかかった母子連れが驚いたようにこちらを見た。
男は大慌てで、ズボンの後ろポケットから四角い物体を取り出した。
携帯端末だろうか。どこかに連絡しようとしている。
その姿を見て、安堵した。
何をしようとしているのか、彼の行動の意味がわかるからだ。
男が耳に端末を当て、「頭を打ったみたいで」「意識はあります」「ここは……」と早口で現在地を言っている。
病院に行ったからとて、記憶が戻るわけでもないのだが、口は出さなかった。
成り行きを見守っていると、ふと柔らかな風が吹いた。薄い長袖の服を着ているが、暑くも寒くもない。季節は春か秋と思われた。
連絡は終わったのか、男は手に持った端末を見つめたまま、深刻な表情をしている。
じっと彼を見つめていると、男はハッとしたように言った。
「具合は悪くない?」
本気で心配している様子に、若干申し訳ない気がした。
大丈夫だと答えながら、思考を巡らせる。
(目覚めたときに知り合いがいたのは、ラッキーだったな)
この男には悪いが、少々つきあってもらおう。
こんなことになってしまって、こちらもいささか困惑しているのだ。
なんせ自分はこの星の人間ではない。
つい先ほどまで現代日本にいた、仕事帰りのただの会社員なのだから。
「……! ……キ!」
その必死な声に、徐々に頭がはっきりしてくる。眉間に力を入れ、ゆっくりと目を開けた。
飛び込んできた日射しに思わず顔をしかめる。昼間のような明るさだった。
「サキ! 大丈夫⁉」
今度はしっかり聞こえた。顔を上げると、目の前に日本人のような若い男がいた。長めの前髪が目にかかっている。中腰で心配そうにのぞき込んでくるのを見て、自分が尻餅をついていることに気づいた。
まだぼうっとする頭で、身体を動かしてみる。両手で胸のあたりを触り、足を触った。感覚はある。両腕を見ると、なんだか細かった。
「立てる?」
若い男は手を差し伸べてきた。その手を取り、立ち上がってみると視界が低く感じた。男の鎖骨あたりが視線の高さだった。
近くを自動車が通り過ぎていく。辺りを見回すと住宅街のようだった。二階建ての家が並んでおり、マンションも目に入った。
「ごめん」
若い男が謝った。白いパーカーに青のデニムという出で立ちは、端整な顔をしているのに地味に見える。
学生だな、と思った。
見た目が若いというだけでなく、仕事の厳しさを知らないような、ゆとりのある顔つきをしている。経験を積んだ社会人の顔ではなかった。
他人事のように顔を眺めていると、男が上目遣いで見てきた。何か言葉を待っているような目だ。そこで謝罪を受けていたことを思い出した。覚醒したばかりの頭だったが、返事をしなければ、と口を開ける。
「あ、の」
声を出してみると、記憶にあるよりも高い声音で、内心驚いた。若い男が見つめてきたので、その目を見返しながら言った。
「すみませんが、あなたとおれは知り合いなんですよね?」
男はわずかに首を傾げた。
何を言われたのかわからないという顔だ。しかし、かまわず続ける。
「おれは……その、記憶を失くしてしまったので、自分のことがわかりません。もし、おれのこと知っているなら、おれが誰なのか教えてくれませんか」
男は黒い瞳をぱちくりさせた。
「サキ。本気で言ってるの?」
疑わしそうな声に、生真面目にうなずく。
たったいま思いついた理由だったが、記憶喪失ということにしておくのが無難だと思った。
「サキというのが、おれの名前ですか」
真顔で訊くと、彼はみるみる蒼白になっていった。
「うそでしょ⁉」
両肩を掴まれた。大きく見開かれた目を、見つめ返す。彼の瞳は少し茶色がかっていた。
「うそじゃありません。ほんとに、自分のことが」
そこまで言ったとき、男は叫んだ。
「病院‼」
通りかかった母子連れが驚いたようにこちらを見た。
男は大慌てで、ズボンの後ろポケットから四角い物体を取り出した。
携帯端末だろうか。どこかに連絡しようとしている。
その姿を見て、安堵した。
何をしようとしているのか、彼の行動の意味がわかるからだ。
男が耳に端末を当て、「頭を打ったみたいで」「意識はあります」「ここは……」と早口で現在地を言っている。
病院に行ったからとて、記憶が戻るわけでもないのだが、口は出さなかった。
成り行きを見守っていると、ふと柔らかな風が吹いた。薄い長袖の服を着ているが、暑くも寒くもない。季節は春か秋と思われた。
連絡は終わったのか、男は手に持った端末を見つめたまま、深刻な表情をしている。
じっと彼を見つめていると、男はハッとしたように言った。
「具合は悪くない?」
本気で心配している様子に、若干申し訳ない気がした。
大丈夫だと答えながら、思考を巡らせる。
(目覚めたときに知り合いがいたのは、ラッキーだったな)
この男には悪いが、少々つきあってもらおう。
こんなことになってしまって、こちらもいささか困惑しているのだ。
なんせ自分はこの星の人間ではない。
つい先ほどまで現代日本にいた、仕事帰りのただの会社員なのだから。
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