44 / 79
第44話
しおりを挟む
街路樹のイチョウが黄色に染まり、葉が落ち始めた。
秋晴れの日曜日、レイは夕刻前にバイトから戻り、ひと息ついていた。
サキの記憶は戻ることなく、八ヵ月が過ぎた。レイとサキは未だに同居しているが、一度同居解消の話が出た。
そのときレイは半ば強引に同居を継続させた。九月の中頃のことだ。
サキが夕食後に同居の解消を申し出てきたとき、レイは微かに動揺した。
「由井浜で、おれが襲ったから?」
あの日、久我に嵌められて発情した。
発情誘発剤を打ったオメガを突き飛ばし、浴室に駆け込んだものの、結局サキを襲ってしまった。その負い目はあった。
何度もうなじを噛みそうになり、サキから止めれらた。サキもまたレイに触発され、ヒートを起こしている。
自分の匂いで発情したサキに、たまらない快感を覚えた。
しかし、お互いが発情した状態で、うなじを噛んでしまったら番になってしまう。
わずかに残った理性が、それだけはだめだ、と本能を押しとどめてくれた。
何度も噛みそうになったが、サキがその都度「噛むな」と首をかばっていた。
そのおかげもあって、噛まずに済んだ。
レイはこれまで、オメガを襲うアルファを軽蔑してきた。
自分はそんなことはしない、と心に誓い、過ごしてきた。
だが、いざ発情を起こしてみたら、サキの匂いは甘美で、狂ったように彼を求めた。
たちが悪いのはオメガの発情と違い、一回欲を吐きだしたくらいでは治まらなかったことだ。
理性を保てるようになるまで、何度も抱いたせいか、サキは翌朝、チェックアウトぎりぎりまで眠っていた。
発情したアルファに耐えられるのはオメガしかいない。それなのに抱き潰してしまったのだ。
レイはそんな自分を嫌悪した。
サキの同居解消の申し出に、レイが落ち込んでいると、サキは首を振った。
「おれがいいって言ったんだから、襲われたのとはちがう」
サキは続けた。
「そうじゃなくて。もともと、生活に慣れるまで同居させてもらうつもりだったんだ。もう半年経ったし、一人で暮らしていけそうだから」
そういえばサキはそんなことを言っていたな、と思い出した。そして、自分の言葉も思い出した。
「おれはサキの記憶が戻るまで、ここにいていいって言ったよね。もう記憶は戻ったの?」
「……いや」
「なら、記憶が戻るまでは、ここにいてほしい。それがおれの責任だと思ってるし」
レイが見据えると、サキはちょっと困った顔をした。レイは顔を曇らせた。
「……おれのことが嫌いになったんなら、しかたないけど」
顔をそらすと、サキは慌てたように言った。
「嫌いになんてなるわけないだろ。おれだってここにいる方が経済的に助かるんだ」
「だったらなんで、出て行くなんていうの」
「それは……記憶はいつ戻るかわからないし……。これ以上レイの負担になるのは、ちょっと、と思って」
「負担なんてない。家事もうまくやってけてるし。サキに不満がないのなら、ここにいてほしい」
サキがわかった、と言ったとき、レイはホッとした。サキのことは以前にも増して気になっていた。
レイのヒートに付き合ってくれたからというだけではない。
話はサキが同居の解消を切り出す前に遡る。
秋晴れの日曜日、レイは夕刻前にバイトから戻り、ひと息ついていた。
サキの記憶は戻ることなく、八ヵ月が過ぎた。レイとサキは未だに同居しているが、一度同居解消の話が出た。
そのときレイは半ば強引に同居を継続させた。九月の中頃のことだ。
サキが夕食後に同居の解消を申し出てきたとき、レイは微かに動揺した。
「由井浜で、おれが襲ったから?」
あの日、久我に嵌められて発情した。
発情誘発剤を打ったオメガを突き飛ばし、浴室に駆け込んだものの、結局サキを襲ってしまった。その負い目はあった。
何度もうなじを噛みそうになり、サキから止めれらた。サキもまたレイに触発され、ヒートを起こしている。
自分の匂いで発情したサキに、たまらない快感を覚えた。
しかし、お互いが発情した状態で、うなじを噛んでしまったら番になってしまう。
わずかに残った理性が、それだけはだめだ、と本能を押しとどめてくれた。
何度も噛みそうになったが、サキがその都度「噛むな」と首をかばっていた。
そのおかげもあって、噛まずに済んだ。
レイはこれまで、オメガを襲うアルファを軽蔑してきた。
自分はそんなことはしない、と心に誓い、過ごしてきた。
だが、いざ発情を起こしてみたら、サキの匂いは甘美で、狂ったように彼を求めた。
たちが悪いのはオメガの発情と違い、一回欲を吐きだしたくらいでは治まらなかったことだ。
理性を保てるようになるまで、何度も抱いたせいか、サキは翌朝、チェックアウトぎりぎりまで眠っていた。
発情したアルファに耐えられるのはオメガしかいない。それなのに抱き潰してしまったのだ。
レイはそんな自分を嫌悪した。
サキの同居解消の申し出に、レイが落ち込んでいると、サキは首を振った。
「おれがいいって言ったんだから、襲われたのとはちがう」
サキは続けた。
「そうじゃなくて。もともと、生活に慣れるまで同居させてもらうつもりだったんだ。もう半年経ったし、一人で暮らしていけそうだから」
そういえばサキはそんなことを言っていたな、と思い出した。そして、自分の言葉も思い出した。
「おれはサキの記憶が戻るまで、ここにいていいって言ったよね。もう記憶は戻ったの?」
「……いや」
「なら、記憶が戻るまでは、ここにいてほしい。それがおれの責任だと思ってるし」
レイが見据えると、サキはちょっと困った顔をした。レイは顔を曇らせた。
「……おれのことが嫌いになったんなら、しかたないけど」
顔をそらすと、サキは慌てたように言った。
「嫌いになんてなるわけないだろ。おれだってここにいる方が経済的に助かるんだ」
「だったらなんで、出て行くなんていうの」
「それは……記憶はいつ戻るかわからないし……。これ以上レイの負担になるのは、ちょっと、と思って」
「負担なんてない。家事もうまくやってけてるし。サキに不満がないのなら、ここにいてほしい」
サキがわかった、と言ったとき、レイはホッとした。サキのことは以前にも増して気になっていた。
レイのヒートに付き合ってくれたからというだけではない。
話はサキが同居の解消を切り出す前に遡る。
5
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる