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本編
エピローグ
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あれから、時はあっという間に、目まぐるしく過ぎた。
私達の新居……これは思ったより早く見つける事ができた。魔王城からそう遠くない場所に、あまり古くない一軒家が売りに出されるのを聞いたのだ。本当は長く住む予定で建てた家だったそうなのだが、急に実家の都合で同居する事になり、手放さなくてはならなくなったそうだ。
新居を探している事を、色んなひとに言ってあったおかげで、その話を早く知ることができたのだ。
少し値は張ったが、広さも十分で、設備もまだ新しく、フォールスと私で半分ずつ出し合ってなんとか購入できる額だったのもあって、そこに決めた。
お金を使う事なく、貯める一方だった過去の自分に感謝である。
そういえばフォールスは、最低でも四部屋は個室が欲しいという希望があり、それが叶ってとても満足そうだ。私は「何で四部屋?」と聞いたものの、彼は「いずれ分かるよ」と笑うだけで、それ以上何も教えてくれなかった。
……それが、悪い意味でない事を祈るばかりだ。
新居も決まり、フォールスは再び魔王城で働き始める事になった。
復帰した先は、彼が魔王城で最初に勤めた相談室という部署。そこは、フォールスもログさんも抜けてしまい、まさに猫の手も借りたい状態だったらしく、彼の復帰は大いに喜ばれたそうだ。
以前、相談室で私の歓迎会をしてくださったのもあって、フォールスが私と結婚した事も、とても喜んでくれたそうだ。「かなり冷かされたけどね」と言いつつも、嬉しそうに彼は教えてくれた。
私も挨拶に行かなくてよかったのかと聞いたけれど、フォールスは「大変な目に遭うのは僕だけで十分だよ?」と真顔になったので、私はそれ以上何も言わない事を選択した。
もう一度やろうと言っていた結婚式も、お互い仕事に追われる中、少しずつ決めていった。
ふたりで話し合った結果、ごく限られたひとだけを呼ぶこじんまりとした式にする、そして場所は、嘘の結婚式を挙げたところにとそれぞれ決めた。
「もう一度同じ場所でやり直して、今度こそ本当の思い出に塗り替えよう」と、フォールスが言ってくれたのだ。
式に招待するのは、フラスさん、エディさん、スクル、私の叔父、フォールスの家族であるエルさんとトールさん。そしてログさんと魔王様。
立会人は当然、招待した方々とは違うひとにお願いするつもりだった。でも、以前「立会人だけはやらんぞ」と言っていたはずの魔王様がなぜか急に「余がやらないで誰がやる」と言い出し、結局断れるわけもなく、お願いする事になった。
ちなみに……魔王様の発言を聞いた時の、ログさんとフォールスの心底呆れた表情は、今思い出しても笑いが込み上げてきてしまう。
ちなみに、最初は式だけをするつもりだった。けれどそれを聞いたフラスさんが「まあ、式だけ?そんなの寂しいじゃない……そうだわ!パーティーを開きましょう!ふふ、アステさんは何も心配しないでいいのよ?わたくしに全てまかせてちょうだい……ふふ……楽しくなりそう……」と、話をあっという間に進めてしまった。
さすがフラスさん、魔王様に一番近い秘書課で長年働いているだけあってあっという間にあれこれと決まっていった。私はそんなフラスさんの華麗な手腕に圧倒されつつも、見習わないと……と強く思ったのだった。
結婚式のドレス選びは、以前からの約束通りフォールスとふたりで行った。
前と同じドレスショップに行って、お店のひとは私の事もしっかりおぼえていたけれど、私達が言い訳を言う必要もなく、何も聞かずに丁寧に対応してくれた。……もしかすると、その辺りもスクルがうまくやっておいてくれていたような気もするけれど、それはまたいつか彼に聞いてみようと思う。
フォールスは私のドレスを、そして私が彼のスーツを、たくさんたくさん悩んで決めた。彼はよほど嬉しかったのか、試着をした私を見て目を潤ませていた。
「試着でこうなら、当日は新郎様、号泣してしまいますね」というお店のひとの言葉に、私は笑いが止まらなくなってしまった。
でも、そういう私もきっと、当日は泣いてしまうだろう。だって、本当に、本当の結婚式なのだから。
ドレスを決めた頃には、ちょうど結婚指輪も出来上がった。私達はそれを式当日に交換する事に決めて、その日まで互いに預け合う事にした。
私は、ケースを開けてその指輪を眺めるのが、寝る前の日課になっていた。そして、そうやって指輪を眺める私に、フォールスが優しく寄り添ってくれる……そんな時間が、愛おしくて仕方なかった。
――
結婚式の日は、それまでずっと続いていた雨が嘘のように、綺麗に晴れた。
入場のエスコートは、叔父様にお願いした。私は、扉の前で、緊張で顔を強張らせる叔父を見上げた。
「叔父様。今日だけは……父様と、呼んでもいいですか?」
「アステ……」
驚きと戸惑いの表情の叔父に、私のなけなしの勇気は萎びてしまいそうになる。
「……駄目なら、やめておくわ」
「私で、いいのかい?」
そう聞かれて、私は迷いなく頷く。
「叔父様でなければ、嫌なの」
そんな私を、叔父様はそっと抱き寄せる。そして、耳元で私に優しく話しかける。
「アステ。君はもう、僕の娘も同然だ。でも、兄が君にしてやれなかった事を、本当に私がしてしまっていいのだろうか……」
私は、叔父の背にそっと手を回す。
「叔父様は、私が知らない間も、ずっと見守ってくれていたんでしょう?そんなの、もう、立派に父親だわ」
「……分かったよ」
叔父は私から体を離すと、私の顔をまっすぐ見つめて、優しく微笑む。
「アステ……愛しているよ。私の大切な……娘」
「……ありがとう。私も愛しているわ……父様」
そして私は、もうひとりの父様の腕に自分の腕を重ね、一生を共にすると誓う相手の元へと足を踏み出した。
そこからは、まるで、夢のような時間だった。誰かに嘘をつく必要もない、後ろめたさなどない、ただフォールスへの本当の気持ちを誓う、幸せに満ちた時間。
こぼれ落ちそうな涙を堪えて、でも、フォールスがベールを上げ、彼と目が合った瞬間、私の努力など吹き飛んでしまった。止まらない涙を、フォールスの唇が掬い取り、そして、私の唇に重ねられた。それは永遠にも思える一瞬で。
「愛してる、アステ」
「……私も、愛してる、フォールス……あなただけ」
そしてもう一度、私たちはどちらともなく、唇を重ねた。
おとぎ話と違って、めでたしめでたしの先も、ずっと続いていく。辛い事や悲しい事も、この先きっとあるだろう。
でも、私はその度に、この日の幸せを思い出し、そしてそれを糧にして、まっすぐ前へと進むのだ。ひとりではなく、愛するひとと手を取り合って……。
私達の新居……これは思ったより早く見つける事ができた。魔王城からそう遠くない場所に、あまり古くない一軒家が売りに出されるのを聞いたのだ。本当は長く住む予定で建てた家だったそうなのだが、急に実家の都合で同居する事になり、手放さなくてはならなくなったそうだ。
新居を探している事を、色んなひとに言ってあったおかげで、その話を早く知ることができたのだ。
少し値は張ったが、広さも十分で、設備もまだ新しく、フォールスと私で半分ずつ出し合ってなんとか購入できる額だったのもあって、そこに決めた。
お金を使う事なく、貯める一方だった過去の自分に感謝である。
そういえばフォールスは、最低でも四部屋は個室が欲しいという希望があり、それが叶ってとても満足そうだ。私は「何で四部屋?」と聞いたものの、彼は「いずれ分かるよ」と笑うだけで、それ以上何も教えてくれなかった。
……それが、悪い意味でない事を祈るばかりだ。
新居も決まり、フォールスは再び魔王城で働き始める事になった。
復帰した先は、彼が魔王城で最初に勤めた相談室という部署。そこは、フォールスもログさんも抜けてしまい、まさに猫の手も借りたい状態だったらしく、彼の復帰は大いに喜ばれたそうだ。
以前、相談室で私の歓迎会をしてくださったのもあって、フォールスが私と結婚した事も、とても喜んでくれたそうだ。「かなり冷かされたけどね」と言いつつも、嬉しそうに彼は教えてくれた。
私も挨拶に行かなくてよかったのかと聞いたけれど、フォールスは「大変な目に遭うのは僕だけで十分だよ?」と真顔になったので、私はそれ以上何も言わない事を選択した。
もう一度やろうと言っていた結婚式も、お互い仕事に追われる中、少しずつ決めていった。
ふたりで話し合った結果、ごく限られたひとだけを呼ぶこじんまりとした式にする、そして場所は、嘘の結婚式を挙げたところにとそれぞれ決めた。
「もう一度同じ場所でやり直して、今度こそ本当の思い出に塗り替えよう」と、フォールスが言ってくれたのだ。
式に招待するのは、フラスさん、エディさん、スクル、私の叔父、フォールスの家族であるエルさんとトールさん。そしてログさんと魔王様。
立会人は当然、招待した方々とは違うひとにお願いするつもりだった。でも、以前「立会人だけはやらんぞ」と言っていたはずの魔王様がなぜか急に「余がやらないで誰がやる」と言い出し、結局断れるわけもなく、お願いする事になった。
ちなみに……魔王様の発言を聞いた時の、ログさんとフォールスの心底呆れた表情は、今思い出しても笑いが込み上げてきてしまう。
ちなみに、最初は式だけをするつもりだった。けれどそれを聞いたフラスさんが「まあ、式だけ?そんなの寂しいじゃない……そうだわ!パーティーを開きましょう!ふふ、アステさんは何も心配しないでいいのよ?わたくしに全てまかせてちょうだい……ふふ……楽しくなりそう……」と、話をあっという間に進めてしまった。
さすがフラスさん、魔王様に一番近い秘書課で長年働いているだけあってあっという間にあれこれと決まっていった。私はそんなフラスさんの華麗な手腕に圧倒されつつも、見習わないと……と強く思ったのだった。
結婚式のドレス選びは、以前からの約束通りフォールスとふたりで行った。
前と同じドレスショップに行って、お店のひとは私の事もしっかりおぼえていたけれど、私達が言い訳を言う必要もなく、何も聞かずに丁寧に対応してくれた。……もしかすると、その辺りもスクルがうまくやっておいてくれていたような気もするけれど、それはまたいつか彼に聞いてみようと思う。
フォールスは私のドレスを、そして私が彼のスーツを、たくさんたくさん悩んで決めた。彼はよほど嬉しかったのか、試着をした私を見て目を潤ませていた。
「試着でこうなら、当日は新郎様、号泣してしまいますね」というお店のひとの言葉に、私は笑いが止まらなくなってしまった。
でも、そういう私もきっと、当日は泣いてしまうだろう。だって、本当に、本当の結婚式なのだから。
ドレスを決めた頃には、ちょうど結婚指輪も出来上がった。私達はそれを式当日に交換する事に決めて、その日まで互いに預け合う事にした。
私は、ケースを開けてその指輪を眺めるのが、寝る前の日課になっていた。そして、そうやって指輪を眺める私に、フォールスが優しく寄り添ってくれる……そんな時間が、愛おしくて仕方なかった。
――
結婚式の日は、それまでずっと続いていた雨が嘘のように、綺麗に晴れた。
入場のエスコートは、叔父様にお願いした。私は、扉の前で、緊張で顔を強張らせる叔父を見上げた。
「叔父様。今日だけは……父様と、呼んでもいいですか?」
「アステ……」
驚きと戸惑いの表情の叔父に、私のなけなしの勇気は萎びてしまいそうになる。
「……駄目なら、やめておくわ」
「私で、いいのかい?」
そう聞かれて、私は迷いなく頷く。
「叔父様でなければ、嫌なの」
そんな私を、叔父様はそっと抱き寄せる。そして、耳元で私に優しく話しかける。
「アステ。君はもう、僕の娘も同然だ。でも、兄が君にしてやれなかった事を、本当に私がしてしまっていいのだろうか……」
私は、叔父の背にそっと手を回す。
「叔父様は、私が知らない間も、ずっと見守ってくれていたんでしょう?そんなの、もう、立派に父親だわ」
「……分かったよ」
叔父は私から体を離すと、私の顔をまっすぐ見つめて、優しく微笑む。
「アステ……愛しているよ。私の大切な……娘」
「……ありがとう。私も愛しているわ……父様」
そして私は、もうひとりの父様の腕に自分の腕を重ね、一生を共にすると誓う相手の元へと足を踏み出した。
そこからは、まるで、夢のような時間だった。誰かに嘘をつく必要もない、後ろめたさなどない、ただフォールスへの本当の気持ちを誓う、幸せに満ちた時間。
こぼれ落ちそうな涙を堪えて、でも、フォールスがベールを上げ、彼と目が合った瞬間、私の努力など吹き飛んでしまった。止まらない涙を、フォールスの唇が掬い取り、そして、私の唇に重ねられた。それは永遠にも思える一瞬で。
「愛してる、アステ」
「……私も、愛してる、フォールス……あなただけ」
そしてもう一度、私たちはどちらともなく、唇を重ねた。
おとぎ話と違って、めでたしめでたしの先も、ずっと続いていく。辛い事や悲しい事も、この先きっとあるだろう。
でも、私はその度に、この日の幸せを思い出し、そしてそれを糧にして、まっすぐ前へと進むのだ。ひとりではなく、愛するひとと手を取り合って……。
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