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番外編
砂糖まみれの指を
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本編第17話、閑話「器の小さい男」に関連したお話です。
――
(アステに紅茶を入れるのも、何度目だろう)
そんな事を考えながら僕は、砂時計の中で砂が流れていく様子をぼんやり眺めていた。
アステと再会する事をきっかけに、なんとか彼女の緊張を解す方法はないかと紅茶の入れ方を教わった。紅茶の香りで彼女の表情が和らぐのが可愛くて、魔王城の女性陣にからかわれるという代償を払った甲斐があったと思う。
砂が完全に落ち切ったところで、カップに紅茶を注ぐ。白いカップの中に揺れる鮮やかな紅色が綺麗だ。
「はい、お待たせ」
「ありがとうフォールス…………うん、やっぱり私、あなたが入れてくれる紅茶が一番好き」
ふんわりと優しい絵顔を浮かべながら言うアステに、僕もつられて笑顔になる。
お互いに気持ちが通じ合ってから、アステは素直に気持ちを言葉にしてくれる事が増えた。そんな彼女を見るたびに押し倒したくなる衝動に駆られ、そしてそんな自分の性欲の果てしなさに頭を抱えたくなる。
でもアステは、そんな僕の葛藤に気づく事なく、美味しそうに紅茶を飲んでいて、だから僕はこうしてまともな自分をなんとか保てている……それもベッドに入るまで、ではあるが。
「あ……そういえば。この間ね、魔王様に紅茶を入れていただいたの。魔王様、紅茶を入れるのがすごくお上手だったわ」
アステの言葉に、僕は眉を顰める。僕はまさか彼女が、自分からその話題を出すとは思いもしなかった。
魔王様に無茶な要望を通しに行き、命も惜しくないという態度を取った……そう魔王様から聞いている。でもアステは、僕がその事を知っているなど思ってもないのだろう。
(まるで自ら罠にかかりにいくウサギのようじゃないか)
僕はソファに腰掛けると、足を組む。
「仕事の話をしに行ったって聞いたけど……もしかしてその時?」
「……え?何で、あなたが知ってるの?」
「魔王様から聞いた」
アステの顔が、そこで初めて焦り始める。でももう手遅れだ。
(閉ざした扉の鍵を開いたのは、君だよ)
「ええと……あの……聞いたって……具体的には?」
「仕事の話としか聞いてない。何?まさか君、僕に知られて困るような事でもしでかしたの?」
慌てて首を何度も横に振るアステ。
「……な、何も!?何もしでかしてなんか……ない……わ……」
「ふーん……ならいいけど」
追求の手が緩んだと思ったのか、安堵の表情を浮かべるアステ。話が終わったと思っているのか、僕から目を逸らし、焼き菓子をつまむと、無言で少しずつかじり出した。
(話はまだ終わってないよ……アステ)
僕は、砂糖漬けをわざわざ砂糖が指にたくさんつくようにしてから摘み上げて、口に放り込む。そして。
「あーあ……指が砂糖まみれになっちゃったよ」
僕は、心底困った顔をして、その砂糖まみれの指をアステの顔の前に持っていく。
「……ねえ、これ舐めて?アステ」
「あ、あなた……なんて事言い出すの!?」
「いいじゃないか、少しくらい」
「少しでもよくないわ!そんなお行儀の悪い事……」
一緒に暮らして知ったのは、アステは行儀が悪い事には厳しいという事。だからこそ、あえてそういう事をさせようとしている。
幸いにも、僕にはとっておきの切り札がある。
「ふうん……ところでアステ」
僕は、アステの顔を覗き込み、まっすぐ彼女の目を捉える。
「僕に地獄から詫びるって、一体どういう意味?」
その瞬間、アステの顔から一気に血の気が引いていくのが分かった。彼女のその反応に、僕の口の端が醜く上がる。そして、彼女の口元に砂糖まみれの指を沿わせた。
「ね、僕の指……きれいにしてくれるだろ?」
頑なだったはずのアステの唇が少し開いたのを、僕は見逃さなかった。僕はその隙間を、指でなぞる。
「僕はね、君の無茶を聞かされて、心臓が止まるかと思ったんだよ?」
アステは目をつぶり、そして、さらに唇を開く。
「……いい子」
僕はアステの唇の隙間に、指を滑り込ませた。そして彼女の舌を、指で撫でる。
「ねえ、舐めて」
アステの舌が、ゆっくりと僕の指を舐めていく。僕の背中はゾクゾクと震え、下腹部に急速に熱が集まる。
「上手だね……アステ」
砂糖などとっくに溶けた。にも関わらず、僕の指はアステの口内を掻き回し続ける。彼女は僕の上腕のあたりの服を両手で掴み、鼻にかかる声を出しながら、邪な気持ちに流されまいと必死で耐えているようだ。
僕はそんな彼女を堪能して、ようやく指を引き抜いた。そして、荒い呼吸で僕をぼんやり見つめる彼女の後頭部に手を添え、唇が触れそうな距離まで引き寄せる。
「いい?もし君が死を選ぶなら、僕もすぐに後を追うから」
アステが目を見開き、やがて、肩を震わせて涙をボロボロと流し始める。
僕は、その涙を親指で拭う。
「君が、僕の命を握っていると思え。僕に死んでほしくないなら、君も生き続けろ」
たまらずしゃくりあげながら、アステは何度も頷く。
「……いい子だ」
とめどなく流れるアステの涙。それに僕は唇を寄せる。彼女の涙は、まるで砂糖のように甘く、情欲を掻き立てる。涙の流れる先を、唇で追う。首筋、鎖骨、そして胸元。しゃくりあげる中、次第に吐息が混じり、僕はそれも味わいたくて、彼女の唇に深くキスをした。
「まだだ……もっと……」
僕は有無を言わさず、彼女を寝室へと連れ込む。そして、尽きることのない欲望を彼女に刻み込んだ。
――
魔王様に呼ばれ、僕は魔王様の執務室に来ていた。何のために呼ばれたのか分からない僕に、魔王様はいつものからかうような表情も見せず言った。
「アステにはもう話したのか?」
以前、妻であれば打ち明けてもいいと言われた件の事を言っているのだろう。僕は首を横に振る。
「彼女が自ら辿り着くのならともかく、わざわざ僕から打ち明けるつもりはありません」
最初は、打ち明けてしまいたいと思っていた。それに、きっとアステなら受け止めてくれる。
でも……僕は、残りの人生を、彼女の幸せのために使うと決めたのだ。
「そうか」
魔王様はそう言うと、ふっと笑う。そして、いつものように、揶揄うような表情を見せる。
「もし背負いきれなければ、その時は余の胸を貸してやろう」
「はは……遠慮しておきます」
――
(アステに紅茶を入れるのも、何度目だろう)
そんな事を考えながら僕は、砂時計の中で砂が流れていく様子をぼんやり眺めていた。
アステと再会する事をきっかけに、なんとか彼女の緊張を解す方法はないかと紅茶の入れ方を教わった。紅茶の香りで彼女の表情が和らぐのが可愛くて、魔王城の女性陣にからかわれるという代償を払った甲斐があったと思う。
砂が完全に落ち切ったところで、カップに紅茶を注ぐ。白いカップの中に揺れる鮮やかな紅色が綺麗だ。
「はい、お待たせ」
「ありがとうフォールス…………うん、やっぱり私、あなたが入れてくれる紅茶が一番好き」
ふんわりと優しい絵顔を浮かべながら言うアステに、僕もつられて笑顔になる。
お互いに気持ちが通じ合ってから、アステは素直に気持ちを言葉にしてくれる事が増えた。そんな彼女を見るたびに押し倒したくなる衝動に駆られ、そしてそんな自分の性欲の果てしなさに頭を抱えたくなる。
でもアステは、そんな僕の葛藤に気づく事なく、美味しそうに紅茶を飲んでいて、だから僕はこうしてまともな自分をなんとか保てている……それもベッドに入るまで、ではあるが。
「あ……そういえば。この間ね、魔王様に紅茶を入れていただいたの。魔王様、紅茶を入れるのがすごくお上手だったわ」
アステの言葉に、僕は眉を顰める。僕はまさか彼女が、自分からその話題を出すとは思いもしなかった。
魔王様に無茶な要望を通しに行き、命も惜しくないという態度を取った……そう魔王様から聞いている。でもアステは、僕がその事を知っているなど思ってもないのだろう。
(まるで自ら罠にかかりにいくウサギのようじゃないか)
僕はソファに腰掛けると、足を組む。
「仕事の話をしに行ったって聞いたけど……もしかしてその時?」
「……え?何で、あなたが知ってるの?」
「魔王様から聞いた」
アステの顔が、そこで初めて焦り始める。でももう手遅れだ。
(閉ざした扉の鍵を開いたのは、君だよ)
「ええと……あの……聞いたって……具体的には?」
「仕事の話としか聞いてない。何?まさか君、僕に知られて困るような事でもしでかしたの?」
慌てて首を何度も横に振るアステ。
「……な、何も!?何もしでかしてなんか……ない……わ……」
「ふーん……ならいいけど」
追求の手が緩んだと思ったのか、安堵の表情を浮かべるアステ。話が終わったと思っているのか、僕から目を逸らし、焼き菓子をつまむと、無言で少しずつかじり出した。
(話はまだ終わってないよ……アステ)
僕は、砂糖漬けをわざわざ砂糖が指にたくさんつくようにしてから摘み上げて、口に放り込む。そして。
「あーあ……指が砂糖まみれになっちゃったよ」
僕は、心底困った顔をして、その砂糖まみれの指をアステの顔の前に持っていく。
「……ねえ、これ舐めて?アステ」
「あ、あなた……なんて事言い出すの!?」
「いいじゃないか、少しくらい」
「少しでもよくないわ!そんなお行儀の悪い事……」
一緒に暮らして知ったのは、アステは行儀が悪い事には厳しいという事。だからこそ、あえてそういう事をさせようとしている。
幸いにも、僕にはとっておきの切り札がある。
「ふうん……ところでアステ」
僕は、アステの顔を覗き込み、まっすぐ彼女の目を捉える。
「僕に地獄から詫びるって、一体どういう意味?」
その瞬間、アステの顔から一気に血の気が引いていくのが分かった。彼女のその反応に、僕の口の端が醜く上がる。そして、彼女の口元に砂糖まみれの指を沿わせた。
「ね、僕の指……きれいにしてくれるだろ?」
頑なだったはずのアステの唇が少し開いたのを、僕は見逃さなかった。僕はその隙間を、指でなぞる。
「僕はね、君の無茶を聞かされて、心臓が止まるかと思ったんだよ?」
アステは目をつぶり、そして、さらに唇を開く。
「……いい子」
僕はアステの唇の隙間に、指を滑り込ませた。そして彼女の舌を、指で撫でる。
「ねえ、舐めて」
アステの舌が、ゆっくりと僕の指を舐めていく。僕の背中はゾクゾクと震え、下腹部に急速に熱が集まる。
「上手だね……アステ」
砂糖などとっくに溶けた。にも関わらず、僕の指はアステの口内を掻き回し続ける。彼女は僕の上腕のあたりの服を両手で掴み、鼻にかかる声を出しながら、邪な気持ちに流されまいと必死で耐えているようだ。
僕はそんな彼女を堪能して、ようやく指を引き抜いた。そして、荒い呼吸で僕をぼんやり見つめる彼女の後頭部に手を添え、唇が触れそうな距離まで引き寄せる。
「いい?もし君が死を選ぶなら、僕もすぐに後を追うから」
アステが目を見開き、やがて、肩を震わせて涙をボロボロと流し始める。
僕は、その涙を親指で拭う。
「君が、僕の命を握っていると思え。僕に死んでほしくないなら、君も生き続けろ」
たまらずしゃくりあげながら、アステは何度も頷く。
「……いい子だ」
とめどなく流れるアステの涙。それに僕は唇を寄せる。彼女の涙は、まるで砂糖のように甘く、情欲を掻き立てる。涙の流れる先を、唇で追う。首筋、鎖骨、そして胸元。しゃくりあげる中、次第に吐息が混じり、僕はそれも味わいたくて、彼女の唇に深くキスをした。
「まだだ……もっと……」
僕は有無を言わさず、彼女を寝室へと連れ込む。そして、尽きることのない欲望を彼女に刻み込んだ。
――
魔王様に呼ばれ、僕は魔王様の執務室に来ていた。何のために呼ばれたのか分からない僕に、魔王様はいつものからかうような表情も見せず言った。
「アステにはもう話したのか?」
以前、妻であれば打ち明けてもいいと言われた件の事を言っているのだろう。僕は首を横に振る。
「彼女が自ら辿り着くのならともかく、わざわざ僕から打ち明けるつもりはありません」
最初は、打ち明けてしまいたいと思っていた。それに、きっとアステなら受け止めてくれる。
でも……僕は、残りの人生を、彼女の幸せのために使うと決めたのだ。
「そうか」
魔王様はそう言うと、ふっと笑う。そして、いつものように、揶揄うような表情を見せる。
「もし背負いきれなければ、その時は余の胸を貸してやろう」
「はは……遠慮しておきます」
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