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番外編
ふたり、星空の下で
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アステとフォールスは、喧嘩する事があるのだろうか?そんな事をふと思って、そこからこんなお話を書きました。
最近あまり執筆に時間を割けない日々が続いていますが、思いのほかすらすらと書けたので、公開する事にしました。
お楽しみいただけると嬉しいです。
ーー
きっかけは些細なことで、そんなに声を荒げるような事でもなかった。でもその日の僕は、仕事が忙しい日が続き、身も心もくたくたで、相手を思いやる気持ちが尽きてしまっていた。
「言わなくても分かるだろ!?」
気づけば僕は、感情にまかせてアステに怒鳴っていた。直後、それが絶対に言ってはいけなかった事だと理解し、一気に血の気が引いていく。そして、必死でショックを抑えようとするアステの表情を見て、大きな後悔に襲われた。
でも、すぐにでも言わなければならないはずのごめんの一言が、まるで喉に貼り付いてしまったように出てこない。
アステは必死で感情を堪えるように、胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、絞り出すように小さい声で、僕が真っ先に言わなければならなかったはずの言葉を口にした。
「ごめん……なさ……」
そして、アステはふらふらと数歩後退りをし、踵を返して部屋を出ていこうとする。
「待ってアステ!ごめん!」
僕は慌てて彼女の手首を掴み、必死で引き留める。でも彼女は僕に背を向けたままこちらを見てくれない。
「ごめん……」
僕の謝罪の言葉に、アステはただ首を横に振るだけ。小さい肩が震えているのが見える。
(今、この手を離したら、もう二度と取り返しがつかない気がする)
僕は、もう片方の手でもアステの手首を掴み、再び謝罪の言葉を伝える。
「本当に……ごめん……」
頭を下げ、アステの手に額で触れる。こちらを見ていない彼女に、言葉以外でも謝罪をしている事を何とか伝えたかった。
「怖がらせたよな……怒鳴るつもりなんてなかったんだ。君は何も悪くない、全部僕のせいだ」
言い終えて、アステの反応を待つ。しばらくして、彼女の指先が小さく動き、僕の手にそっと触れた。
「私……あなたが悪いなんて思ってない。あなたが疲れてるのを分かっていた……のに。それなのに、私……あなたを……怖いと思ってしまった……」
アステの震えが伝わる。僕は、彼女の手を引き、腕の中に閉じ込める。大切な宝物を、僕以外の全てから隠すように。そしてそのまま、彼女が落ち着くのを待つ。時折僕の手に降る温かいものが止まり、体の震えも落ち着いたところで、僕は彼女に話しかけた。
「アステは、僕に怒ったわけじゃないの?」
「怒ってなんか……いないわ。ただ、あなたを怖がった自分が……嫌に、なったの」
アステは、何かあっても僕を責める事はほとんどない。僕が悪くても、自分に何か非があったのではないか、そんな事ばかり考える子なのだ。その優しさが、僕の胸を苦しくさせる。
「怖がらせて当然な事をしたんだ。君は何も悪くない」
「そんなわけない……だって私、あなたを怖いって思う気持ちを全部過去に置いていくって決心したのに……これからはずっと……あなたを好きって気持ちだけでいようって」
「違う。君はそんな努力しなくていい。君にずっと好きでいてもらえるように、僕が努力しないといけないだけなんだから」
「努力なんて……必要ないわ。あなたに無理させる方が嫌よ。今日だって疲れているのに、こんな……私がもっと強かったら、あなたを困らせたりする事なかったのに」
抱きしめる腕に、アステがそっと触れる。その触れ方ひとつにも、彼女の優しさが伝わってくる。
「……フォールス、お願い。あなたの力で、あなたを怖いと思う私を消して。あなたの事を好きって思う気持ちだけで、頭をいっぱいにして」
そう言うとアステは、そっと僕の腕に頬をすり寄せ、そして僕の方に向き直る。
「そんなのは……だめだ」
「いいの。お願い。私を、この世であなたを一番愛している存在にして?」
体はこちらを向いているのに、アステの瞳は、涙で濡れたまつ毛で隠れて見えない。僕をまっすぐ見れない彼女に、申し訳なさ、そして、彼女を僕で満たせていないという焦燥感が襲う。でも、このまま彼女の望み通りにしていいのだろうか。
(彼女の望みだっていうなら、叶えてやるべきだろう?)
いや。それは本当に、アステと僕のためになるのか。
(……違う。そんなのは)
僕は、アステと出会った頃を思い出す。彼女を傷つけた事を謝りたかった時の僕も、彼女を女性として好きになった時の僕も、決してこの力を使わなかった。だって、力ではなく彼女の中から生まれ出た気持ちで、僕を愛して欲しかったから。
「力は、使わない」
「どう……して?」
「どうしても」
「……お願いよ……フォールス」
「そんな顔したってだめ。絶対に使わない」
「いや……嫌よ……」
「僕だっていやだ」
そう言って僕は、アステを強く抱き寄せる。
「今も僕を、怖いと思う?」
「怖く、ないわ」
「不安なだけ?」
「……ええ。また昔みたいに、あなたを怖がってしまったらどうしよう……って」
「いいよ、怖がっても」
「……え?」
ぽかんとした顔で、僕を見上げるアステ。僕は、ようやく目が合った事に、嬉しくなる。
「その代わり、その時は正直に話してほしい。そしたら、それ以上に君を甘やかす」
「甘やかすって……」
「僕の愛がどれだけしつこいか、君が理解するまで、ね」
そして僕は、アステを抱き上げる。突然の事で驚いたのか、小さい悲鳴を上げる彼女。
「さて、と。今回は、僕のお姫さまをどうやって甘やかそうかな」
これから一体何が起きるのか分からず困惑し、おろおろするアステ。そんな彼女が可愛くて、僕は目尻が下がり、そんな僕と真逆に彼女は困り果てた顔をする。
「だ、だめよフォールス!疲れてるんでしょう!?も、もういいから!私の事なんかより、お願い、早く休んで!」
「いやだ」
「もう!」
折れない僕に、珍しくアステが怒る。でも僕からすればますます可愛いその様子に、僕の目尻は限界まで下がる。それどころか、顔が溶けてしまっているのではないだろうか。
疲れていたはずなのに、いつの間にかそんなものはどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「ねえ、何がいいかな?もらった焼き菓子があるから、食べさせてあげようか?そうだ、今夜は雲がなくて、月や星がとても綺麗に見えるよ。バルコニーに出て、美味しい紅茶と焼き菓子を食べながら、天体観測をしようか?」
怒っていたアステの顔が、ぴくりと反応する。どうやら、僕の提案に興味が隠せないでいるようだ。
だってアステは、星空を見るのが好きなのだ。僕に話してくれた事はないけれど、夜空をよく見上げては楽しそうにしている姿を何度も見ている。
「……星空を見るなんて、退屈じゃ、ない?」
きっと過去に、そう言われた事があるのだろう。だから、僕の前でも好きだと語る事がなかったのかもしれない。
「退屈なんてしないよ。むしろ、僕はあまり詳しくはないから、君に色々と教わりたい」
「本当……?」
「本当だよ。君の好きなものを、僕にも分けて」
そう言うと、アステの表情が、まるで星空のようにきらきら輝き始めた。それはずっと昔の、僕と初めて出会った頃の、無邪気なアステの面影なのかもしれない。僕が忘れてしまった、幼い頃のアステの。
「じゃあ……一緒に、見てくれる?」
嬉しそうに、でも少し遠慮がちに聞くアステに、自然と笑みがこぼれる。
「喜んで」
――そうして僕たちは、一緒に紅茶や菓子の準備をし、バルコニーに敷物を敷いて、そこに座る。
地上に縛られる僕らとは違う、空に輝く星々。寄り添うアステは、空を見上げ、僕に星々の世界を語る。僕は時折、彼女に質問をして、それに彼女が嬉しそうに答えてくれる。きっと僕が、自分と同じ物に興味を持ってくれたのが嬉しいのだろう。
こうやって、別々だった僕たちの世界は、少しずつ重なっていくのだろう。
紅茶も菓子もなくなった頃、僕はとうとう、あくびがひとつ出てしまう。そんな僕に、アステはクスッと小さく笑う。
「やっぱり、疲れているのね。私は大丈夫だから、もう休みましょう?」
「君も一緒?」
「そうよ。きちんと寝かしつけをしてあげるわ」
「なんだそれ、僕は子供じゃないぞ」
「ふふ、そうね」
そう言ってアステは立ち上がり、僕を見下ろす。月の光に照らされた彼女の輪郭が、ほんのり輝いて見えるようだった。
「やっぱり、君は綺麗だな」
僕の言葉に照れたのか、急に何言うの、と両手で顔を覆うアステ。僕は立ち上がり、そんな彼女をそっと抱きしめ、顔を隠す手にキスをした。何度も、何度も。
「隠れないで、出てきてよ。僕の可愛いお姫さま」
「もう……急にあんな事……言わないで……」
あんな言葉、何度も伝えている事なのに、アステは相変わらず慣れてくれない。でもそれは、僕の言葉ひとつひとつをこぼさずに、ちゃんと受け止めてくれているようで、僕はその度に嬉しくなる。
「じゃあ、いつ言えばいいんだよ。こんなにいつも君の事を想ってるのに」
嬉しい気持ちと裏腹に、ついからかうような事を言う。そんな僕に、アステは小さく唸って、指の隙間から僕を見る。
「……恥ずかしいのは本当だけれど、でも、嬉しいのも……本当よ?」
ああ、僕は完全にアステの罠に落ちてしまった。彼女は、仕掛けたつもりなどこれっぽっちもないだろうけれど。
僕は、アステの頭を何度か撫でて、それからもう一度、彼女の手にキスをする。
「あんまりたくさん言うと、君の目が冴えて眠れなくなりそうだし、この辺にしておこうかな。片付けて、寝る準備をして、一緒に楽しい夢でも見よう?」
「一緒の夢なんて、見れるかしら……でも、見てみたいわ。あなたと、楽しい夢」
「見たいと願えば、きっと叶うよ」
顔を覆う事などすっかり忘れたのか、アステの楽しそうな笑顔が見える。僕もつられて笑う。
バルコニーを片付けて、部屋の中に戻る時、僕らはもう一度だけ星空を見る。
「また、こうやって星空を見よう」
「ええ。またあなたと一緒に見たいわ。……そうだ、もうすぐ流星群が見れるのよ」
「流星群か、楽しみだな」
「ええ。あなたと一緒に見れるの、とても楽しみ」
僕らはバルコニーへの窓を閉める。
そしてふたり寄り添って、同じ夢を見れますようにと願いながら、僕らは眠りにつくのだった。
最近あまり執筆に時間を割けない日々が続いていますが、思いのほかすらすらと書けたので、公開する事にしました。
お楽しみいただけると嬉しいです。
ーー
きっかけは些細なことで、そんなに声を荒げるような事でもなかった。でもその日の僕は、仕事が忙しい日が続き、身も心もくたくたで、相手を思いやる気持ちが尽きてしまっていた。
「言わなくても分かるだろ!?」
気づけば僕は、感情にまかせてアステに怒鳴っていた。直後、それが絶対に言ってはいけなかった事だと理解し、一気に血の気が引いていく。そして、必死でショックを抑えようとするアステの表情を見て、大きな後悔に襲われた。
でも、すぐにでも言わなければならないはずのごめんの一言が、まるで喉に貼り付いてしまったように出てこない。
アステは必死で感情を堪えるように、胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、絞り出すように小さい声で、僕が真っ先に言わなければならなかったはずの言葉を口にした。
「ごめん……なさ……」
そして、アステはふらふらと数歩後退りをし、踵を返して部屋を出ていこうとする。
「待ってアステ!ごめん!」
僕は慌てて彼女の手首を掴み、必死で引き留める。でも彼女は僕に背を向けたままこちらを見てくれない。
「ごめん……」
僕の謝罪の言葉に、アステはただ首を横に振るだけ。小さい肩が震えているのが見える。
(今、この手を離したら、もう二度と取り返しがつかない気がする)
僕は、もう片方の手でもアステの手首を掴み、再び謝罪の言葉を伝える。
「本当に……ごめん……」
頭を下げ、アステの手に額で触れる。こちらを見ていない彼女に、言葉以外でも謝罪をしている事を何とか伝えたかった。
「怖がらせたよな……怒鳴るつもりなんてなかったんだ。君は何も悪くない、全部僕のせいだ」
言い終えて、アステの反応を待つ。しばらくして、彼女の指先が小さく動き、僕の手にそっと触れた。
「私……あなたが悪いなんて思ってない。あなたが疲れてるのを分かっていた……のに。それなのに、私……あなたを……怖いと思ってしまった……」
アステの震えが伝わる。僕は、彼女の手を引き、腕の中に閉じ込める。大切な宝物を、僕以外の全てから隠すように。そしてそのまま、彼女が落ち着くのを待つ。時折僕の手に降る温かいものが止まり、体の震えも落ち着いたところで、僕は彼女に話しかけた。
「アステは、僕に怒ったわけじゃないの?」
「怒ってなんか……いないわ。ただ、あなたを怖がった自分が……嫌に、なったの」
アステは、何かあっても僕を責める事はほとんどない。僕が悪くても、自分に何か非があったのではないか、そんな事ばかり考える子なのだ。その優しさが、僕の胸を苦しくさせる。
「怖がらせて当然な事をしたんだ。君は何も悪くない」
「そんなわけない……だって私、あなたを怖いって思う気持ちを全部過去に置いていくって決心したのに……これからはずっと……あなたを好きって気持ちだけでいようって」
「違う。君はそんな努力しなくていい。君にずっと好きでいてもらえるように、僕が努力しないといけないだけなんだから」
「努力なんて……必要ないわ。あなたに無理させる方が嫌よ。今日だって疲れているのに、こんな……私がもっと強かったら、あなたを困らせたりする事なかったのに」
抱きしめる腕に、アステがそっと触れる。その触れ方ひとつにも、彼女の優しさが伝わってくる。
「……フォールス、お願い。あなたの力で、あなたを怖いと思う私を消して。あなたの事を好きって思う気持ちだけで、頭をいっぱいにして」
そう言うとアステは、そっと僕の腕に頬をすり寄せ、そして僕の方に向き直る。
「そんなのは……だめだ」
「いいの。お願い。私を、この世であなたを一番愛している存在にして?」
体はこちらを向いているのに、アステの瞳は、涙で濡れたまつ毛で隠れて見えない。僕をまっすぐ見れない彼女に、申し訳なさ、そして、彼女を僕で満たせていないという焦燥感が襲う。でも、このまま彼女の望み通りにしていいのだろうか。
(彼女の望みだっていうなら、叶えてやるべきだろう?)
いや。それは本当に、アステと僕のためになるのか。
(……違う。そんなのは)
僕は、アステと出会った頃を思い出す。彼女を傷つけた事を謝りたかった時の僕も、彼女を女性として好きになった時の僕も、決してこの力を使わなかった。だって、力ではなく彼女の中から生まれ出た気持ちで、僕を愛して欲しかったから。
「力は、使わない」
「どう……して?」
「どうしても」
「……お願いよ……フォールス」
「そんな顔したってだめ。絶対に使わない」
「いや……嫌よ……」
「僕だっていやだ」
そう言って僕は、アステを強く抱き寄せる。
「今も僕を、怖いと思う?」
「怖く、ないわ」
「不安なだけ?」
「……ええ。また昔みたいに、あなたを怖がってしまったらどうしよう……って」
「いいよ、怖がっても」
「……え?」
ぽかんとした顔で、僕を見上げるアステ。僕は、ようやく目が合った事に、嬉しくなる。
「その代わり、その時は正直に話してほしい。そしたら、それ以上に君を甘やかす」
「甘やかすって……」
「僕の愛がどれだけしつこいか、君が理解するまで、ね」
そして僕は、アステを抱き上げる。突然の事で驚いたのか、小さい悲鳴を上げる彼女。
「さて、と。今回は、僕のお姫さまをどうやって甘やかそうかな」
これから一体何が起きるのか分からず困惑し、おろおろするアステ。そんな彼女が可愛くて、僕は目尻が下がり、そんな僕と真逆に彼女は困り果てた顔をする。
「だ、だめよフォールス!疲れてるんでしょう!?も、もういいから!私の事なんかより、お願い、早く休んで!」
「いやだ」
「もう!」
折れない僕に、珍しくアステが怒る。でも僕からすればますます可愛いその様子に、僕の目尻は限界まで下がる。それどころか、顔が溶けてしまっているのではないだろうか。
疲れていたはずなのに、いつの間にかそんなものはどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「ねえ、何がいいかな?もらった焼き菓子があるから、食べさせてあげようか?そうだ、今夜は雲がなくて、月や星がとても綺麗に見えるよ。バルコニーに出て、美味しい紅茶と焼き菓子を食べながら、天体観測をしようか?」
怒っていたアステの顔が、ぴくりと反応する。どうやら、僕の提案に興味が隠せないでいるようだ。
だってアステは、星空を見るのが好きなのだ。僕に話してくれた事はないけれど、夜空をよく見上げては楽しそうにしている姿を何度も見ている。
「……星空を見るなんて、退屈じゃ、ない?」
きっと過去に、そう言われた事があるのだろう。だから、僕の前でも好きだと語る事がなかったのかもしれない。
「退屈なんてしないよ。むしろ、僕はあまり詳しくはないから、君に色々と教わりたい」
「本当……?」
「本当だよ。君の好きなものを、僕にも分けて」
そう言うと、アステの表情が、まるで星空のようにきらきら輝き始めた。それはずっと昔の、僕と初めて出会った頃の、無邪気なアステの面影なのかもしれない。僕が忘れてしまった、幼い頃のアステの。
「じゃあ……一緒に、見てくれる?」
嬉しそうに、でも少し遠慮がちに聞くアステに、自然と笑みがこぼれる。
「喜んで」
――そうして僕たちは、一緒に紅茶や菓子の準備をし、バルコニーに敷物を敷いて、そこに座る。
地上に縛られる僕らとは違う、空に輝く星々。寄り添うアステは、空を見上げ、僕に星々の世界を語る。僕は時折、彼女に質問をして、それに彼女が嬉しそうに答えてくれる。きっと僕が、自分と同じ物に興味を持ってくれたのが嬉しいのだろう。
こうやって、別々だった僕たちの世界は、少しずつ重なっていくのだろう。
紅茶も菓子もなくなった頃、僕はとうとう、あくびがひとつ出てしまう。そんな僕に、アステはクスッと小さく笑う。
「やっぱり、疲れているのね。私は大丈夫だから、もう休みましょう?」
「君も一緒?」
「そうよ。きちんと寝かしつけをしてあげるわ」
「なんだそれ、僕は子供じゃないぞ」
「ふふ、そうね」
そう言ってアステは立ち上がり、僕を見下ろす。月の光に照らされた彼女の輪郭が、ほんのり輝いて見えるようだった。
「やっぱり、君は綺麗だな」
僕の言葉に照れたのか、急に何言うの、と両手で顔を覆うアステ。僕は立ち上がり、そんな彼女をそっと抱きしめ、顔を隠す手にキスをした。何度も、何度も。
「隠れないで、出てきてよ。僕の可愛いお姫さま」
「もう……急にあんな事……言わないで……」
あんな言葉、何度も伝えている事なのに、アステは相変わらず慣れてくれない。でもそれは、僕の言葉ひとつひとつをこぼさずに、ちゃんと受け止めてくれているようで、僕はその度に嬉しくなる。
「じゃあ、いつ言えばいいんだよ。こんなにいつも君の事を想ってるのに」
嬉しい気持ちと裏腹に、ついからかうような事を言う。そんな僕に、アステは小さく唸って、指の隙間から僕を見る。
「……恥ずかしいのは本当だけれど、でも、嬉しいのも……本当よ?」
ああ、僕は完全にアステの罠に落ちてしまった。彼女は、仕掛けたつもりなどこれっぽっちもないだろうけれど。
僕は、アステの頭を何度か撫でて、それからもう一度、彼女の手にキスをする。
「あんまりたくさん言うと、君の目が冴えて眠れなくなりそうだし、この辺にしておこうかな。片付けて、寝る準備をして、一緒に楽しい夢でも見よう?」
「一緒の夢なんて、見れるかしら……でも、見てみたいわ。あなたと、楽しい夢」
「見たいと願えば、きっと叶うよ」
顔を覆う事などすっかり忘れたのか、アステの楽しそうな笑顔が見える。僕もつられて笑う。
バルコニーを片付けて、部屋の中に戻る時、僕らはもう一度だけ星空を見る。
「また、こうやって星空を見よう」
「ええ。またあなたと一緒に見たいわ。……そうだ、もうすぐ流星群が見れるのよ」
「流星群か、楽しみだな」
「ええ。あなたと一緒に見れるの、とても楽しみ」
僕らはバルコニーへの窓を閉める。
そしてふたり寄り添って、同じ夢を見れますようにと願いながら、僕らは眠りにつくのだった。
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