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第三章 その娘、金の薔薇にて

少女の未来は銅貨一枚で買われた

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 金ですべてが買えると言われているラストベガ島。
 地上ではゴルドーが経営する豪勢なホテルやレストランが建ち並び、カジノで散財する貴族たちが大勢いる。
 文字通り金さえあれば愛も、夢も、女も、男も、何でも買うことができる。

 人間の醜い部分を強調するかのように乱痴気らんちき騒ぎが連日行われていた。
 ……ただし、スリルだけは買えない。
 現在、アルケイン王国では奴隷や、それを使った闘技場は禁止されているからだ。

「しかし、実は地下にとっておきの気晴らしになるモノがあるのですよぉ」
「……気晴らしができるのなら、何でもいいですわ。連れて行きなさい」

 肥満体型で、頭に黄金の月桂樹を装着している中年――ゴルドー・ブラッシは、偶然にもやってきていたローズを一目見て気に入っていた。
 どこか鬱々とした彼女と距離を縮めるために、地下闘技場へ誘ったのだ。

(落ち込んでいる女なんてチョロいチョロい……。この年齢で金の薔薇と呼ばれるほどの美貌、今は手を出す気も無いが……成長したらどうなるか楽しみだぁ……)

 ゴルドーは内心ほくそ笑みながら、ローズに気に入ってもらうために闘技場の一番良い席へとやってきた。
 今やっている試合は、一番人気である獣人とモンスターを戦わせるものだ。

「な、なんてことを……!? 獣人とモンスターを戦わせるだなんて!!」

 ゴルドーは首を傾げた。
 奴隷に人権などないのに、と。

「ああ、言い忘れましたねぇ。ここで戦わせているのは奴隷ですよぉ。いくら死んでも構いません」
「奴隷とか、そもそも関係ないですわ! それに奴隷は王国では禁止されているはず! お父様に言いつけ――」
「おやおや、宰相様のお嬢様がお一人でカジノへやってきて、しかも闘技場にいたとなれば……ご評判に響かれるのではないですかぁ?」
「ふんっ、そのくらいの脅しなんて通じないですわ」

 ゴルドーは内心焦っていた。十一歳の少女の一人くらい、ちょっと誘ってサクッとどうにかなると思っていたからだ。
 どうにかして他の方向から脅していくしかない。

「ふぅ~む。これは困りましたなぁ……。この闘技場を廃止してもいいのですが、そうした場合は奴隷全員を殺さなければなりません」
「こ、殺す……ですって……」
「ええ、彼らはその役割のみですし、私としても残しておくとリスクがあるので。ローズ様が宰相閣下に黙ってくだされば別ですがねぇ~」
「そ、それは……」

 ローズは不思議と何か怯えるような仕草をしてから、悔しげな表情で頷いた。

「わかりましたわ……。お父様には言わない……」
「うほほぉ、ありがとうございますよぉ!」

(あっぶねぇ~……。それにしても、獣人を殺されるのがそんなに嫌なのか? これは使えそうだぁ……)

 ゴルドーはニヤリとしてから、現在の試合を指差した。

「さて、では試合を楽しみましょう。あのモンスター――シルバーゴーレムは相手を殺すまでは止まりません。果たして獣人闘士は勝てるのでしょうか? まぁ、獣人側は過去全敗ですがねぇ」
「そ、そんなのただの殺人ショーじゃない……!?」
「我々貴族はそれを見たいんですよぉ」
「わ、わたくしは見たくないですわ……! こんなこと、お止めなさい!」

 やはり、何やら必死の表情だ。
 ゴルドーは勝負を持ちかけた。

「おやおや、お気に召しませんでしたかぁ~。それならモンスターとの戦いを中止させてもいいのですが……私と賭けをしませんかぁ?」
「……いいですわ」

 かかった、とゴルドーは勝利を確信した。

「どちらが勝つか賭けましょう。ローズ様が勝った場合は獣人とモンスターを戦わせることは廃止しましょう。私が勝った場合でも獣人とモンスターを戦わせることを廃止して――」
「あなたに得がないじゃない……?」
「ローズ様の未来を買う権利を得る、というのはどうでしょうかぁ?」
「……わたくしの未来を買う権利?」

 ローズは、あまりにもおぞましい言葉に聞き返してしまう。

「ええ、ローズ様のこれからの人生を銅貨一枚で買う権利を頂きたいです」
「……なんで回りくどく、銅貨一枚なのかしら……? 直接、賭けの対象にしてしまえばいいじゃない……」
「人は金によって支配されるべきです。なので、賭けで手に入れるなど無粋。きちんと相手に金を支払って、その人生を手に入れるのが筋でしょう。それにたった銅貨一枚という値段で、あの〝金の薔薇〟を屈服させられるという快感を得られますぅ~!」
「……悪趣味、最悪、ウジ虫以下の性格。でも、受けて立ちましょう」

 その後、Aランクの獣人同士の戦いが行われ、ローズは賭けに負けた。



 ***



「――ということらしいぜ、兄弟。聞いた奴の憶測も入ってるがな。ま、その賭け試合はイカサマされてたんで、ローズっつーお嬢ちゃんは絶対に勝てなかったみたいだけどな」
「あの性格クソ悪いローズが、誰かのために身を差し出すような行為をしたというのか!? まさか別人か……」
「おいおい、オレたち獣人を助けようとした女神様を悪く言わないでくれよ。でも、噂だが……最近になって人が変わっちまったようだとか。なんか誰かが死んだりするのを極端に恐れたりするって話だ」
「もしや――」

 それを聞いてノアクルはピンときた。

「何か悪い物でも食べたか!」
「オレ様じゃねーんだから……あ、ちょっとまだ腹の具合が……トイレ行ってくる」

 トラキアはそそくさとトイレへ向かった。
 ちなみに鉄格子で囲まれただけの部屋なので、トイレも割と丸見えである。
 他の獣人たちもマナーとして、使用中はあまりそちらを見ない。
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