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『私と君をつなぐ涙は流星のように。』

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ボーッ。
やっぱり、カッコイイな。

「あ、未羽みう。また先輩のこと見てる」
隣にいた日奈ひなが私を横目にして、
ニヤニヤしながらそう言った。

「だって、有川ありかわ先輩が好きだもん。
ずーっと見てたい」
「あらまー。未羽ったら、
バカみたいに惚れてるねぇ」
日奈に惚れてると言われて、
照れ臭くなった。

今は授業の合間にある十分休憩。
次の授業の準備をしたり、
友達と何気ない会話をしたり。
みんな、思い思いの時間を過ごす。

一年の教室に来ていたらしい
三年の有川先輩も廊下にいた。
他の男子と笑い合う彼を見ながら、
私は窓際にある自分の席に座って
日奈と話し込んでいた。

「あ、未羽ってば聞いてよ。
またうちの好きな男性アイドルが
熱愛報道でさー。
ガチ恋の私としては、
ショックでしかないんだよね」
日奈はこういう話をなると、
口を閉じることがない。

「分かったから。
私、ちょっとトイレ行ってくるね」
危険を感じた私は、
旧校舎にあるトイレへ向かった。

誰の目にも入らないここのトイレは、
私にとって唯一の居場所だ。
ここなら思う存分、泣ける。
家でも泣けない、塾でも泣けない。
そうなると、学校の誰も来ないトイレが一番だった。

コロン。コロコロン。
泣けば泣くほど、涙の音が鳴る。
涙は星となって、流星のように落ちていく。
あぁ、苦しくて辛い。

私の好きな人は、
有川まことくん。
三年の先輩だから
有川先輩と呼んでいるけれど、
彼はカッコ良くて女子に人気だ。

こんなにも私は好きなのに、
有川先輩は、私に目も向けてくれない。
私の気持ちに気付かない。
告白すればいいだけなのに、
有川先輩は恋もしないし彼女も作らないらしい。
それがとてもとても辛い。

ねぇ、未羽。
どうして好きになったの?
どうして有川先輩なの?

好きになんてならなかったら、
涙も流すことなく、
私はこの「奇病」を患うことはなかったのに。

私は「星涙病」を患っている。
小説の世界で生まれた
架空の病気だと言われてるけれど、
現実にいる私が実際になってる。
それはとても不思議で、恐怖でしかなかった。

原因は好きな人ができることで、
治療法はただ一つ。
その好きな人と両思いになること。
その他に治療法はない、とネットに書かれてあった。

でも、有川先輩は誰かを好きにはならないという。
じゃあ、どうしたらいい?
私はこのまま、星涙病と共に生きていけというの?

そう思ったとき、授業開始のチャイムが鳴った。
急がなくちゃと思い、個室の扉を開けて歩き出す。
トイレから出る寸前、ポケットにあったスマホが
ブルブルっと震えた。

取り出すと、
そこには母からのメッセージ。
『今日も遅くなります。
夕食はまたコンビニ弁当で
お願いします』

確認してから電源を切る。
ふとトイレにあった鏡を見た。
目が腫れてる。

相変わらず、私は泣き虫だ。
昔も今も、何一つだって変わらない。
成長、してない。
強くなりたくても失敗ばかりだ。

そんな自分が、大っ嫌い。

息を切らしながら走って、すぐに授業を受けた。
私が教室に入ると、先生は黒板に大きな紙を貼り付けて、
クラスメイトに説明していた。

黒板に貼られた紙には
「星座を見つけてみよう!七夕観測会」
と書かれてあった。
あ、そうか。明日、七夕なんだ。
黒板の端にある今日の日付を見て、
明日が七夕であることを思い出した。

「明日の土曜日の夜、
授業の一つとして観測会を行います。
絶対に全員参加で。
来なかった人は成績を下げます」
と先生が告げると、
クラスメイト達が「えぇー」と嘆いた。


翌日の夜。

私は星涙病だから星なんて嫌いだけど。
もし、有川先輩が私を好きになって、
この病気が治るのなら
今夜の星を見ながら願いたいと思った。
「有川先輩が私を好きになりますように」と。

先生が説明していた通り、
学校の屋上に来てみた。
そこには、仕方なくと言った感じで
全員のクラスメイトがいた。
みんな、夜空を見上げてる。

「望遠鏡もあるので、
ぜひ使ってくださいねー」
と先生からもらった望遠鏡を
夜空に向けてレンズを覗き込んだ。

そこには、深い藍色の上に
無数に散らばる多くの星があった。
その中には、夜の街を照らす月や
ダイヤのように輝く天の川もある。

ふと気配を感じて、後ろを振り返る。
有川先輩がいたような気がした。
気のせいだろうか。

いや、気のせいに決まってる。
三年生である有川先輩が一年の授業、というか
夜の学校にいるわけがない。

そんな現実に気付いた時、
コロンと小さく音が鳴った。
望遠鏡を下ろして、頬を撫でた。
すると、私の思った通り濡れていた。

クラスメイトのみんなは友達と話していたり、
夜空に夢中で泣いてる私には気付いてないよう。

でも、私の涙が月明かりに照らされると
きっと気付かれてしまう。
早く先生に言い訳をして、トイレに行かないと。

そう考えていると、いきなり手首を掴まれて
私は誰かに引っ張られ、走り出した。

私の手首を掴む力はとても強くて、なぜか優しかった。
誰なんだろうと思っていると、
廊下の真ん中で相手が立ち止まって振り返る。

ほんのりと月明かりが優しく相手の顔を照らしていく。
私の顔も照らされると、相手は確信したようにこう言った。

「お前って未羽、だっけ?
俺、同じ一年の加賀(かが)なんだけど」
顔も見たことない。名前だって聞いたことがない。
きっと違うクラスで、私が会ったことの無い人だ。

「あ、はい。未羽……です」
「敬語じゃなくて別にいい。それよりさ、お前の涙……」
「き、聞きたくない…!」

気持ち悪いって言われる。なにそれ?って言われる。
偏見を持たれる。
何を言われるか分からない。
きっと嫌われる。

不安だけが積もる。
聞くのを嫌がってしまったから、
すでに嫌われているような気もする。
……辛い。
やっぱり、星涙病なんて……。

そう思ったとき、彼はこう言った。

「すっごくキレイだな」

「え……?」
そんなことを言われるなんて思いもしなかった。
私の涙ってキレイなの?
気持ち悪くないの?

加賀くんは照れているようで、
頭をかきながら続ける。
「いや、流星みたいだなって。
月明かりに照らされて、星空の下で見る未羽の涙は
ほんとに流星みたいにキラキラしてた」

コロン。コロン。コロコロン。
音は止むことなく、鳴り続け
涙は止まることなく、流れていく。
「ありがとっ……」

嫌われると思ってた。
架空の病気なのに、なんで?って言われる。
なにそれ。気持ち悪って言われると思ってた。

でも、加賀くんは違った。
私の涙をキレイだと言った。流星みたいだと言った。

どんどん涙は溢れてく。
加賀くんと目を合わせると、
私の涙を拭ってくれた。
すると、ニコッと優しく微笑んだ。


もし、小さくて儚い私の願いでも
きっと叶えてくれるだろう。

今日は七夕の日だから。
温かくて優しい君と出会えたから。
そして、流星が流れた日だから。

これから、また有川先輩への思いが
私を苦しめてしまうかもしれない。

けれど、君が言ってくれた言葉を思い出して、
私は成長していくだろう。



END
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