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18杯目.本心は他人に見えない

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昨日、謹慎を言い渡され僕は自分の家にいた。
会社に出勤することは出来ない。

普通の平日に部屋でのんびりしている。
クビになる覚悟ができていた僕にとっては、案外気楽なものらしい、後悔はないのだ。

逆にどんな事をしようかと考える。
転職サイトを見るもよし、漫画を全部読み返すもよし、溜まっていたドラマを観るもよし。

そんな中ふと思い出す、“真っ昼間に飲むビールは背徳的で最高に美味しい”と。
こんな時にしか出来ないのだ、やってみよう。
明日からのご飯も、買い溜めしておきたい。

早速寝巻きから着替え、外へと繰り出す。

外は生憎の雨だが関係ない。
いつもなら雨の日は外出しないが、今日は違う。
部屋にいては、嫌な事を思い出すからだ。

傘を差し、肌寒い空の下を歩く。
そういえば、旅行の最後には雨が降っていた。
そんな事を思い出してしまう。

静かに一人になると、本城さんのことを考える。
楽しかった思い出や、からかわれたこと、笑顔や怒った顔など…短い時間だったが、沢山の思い出が残る。

前に、一人は嫌いって言ってた意味が分かった。

心に抱いてしまった、特別な感情も。

そんな事を考えていると、いつもの喫茶店に繋がる道の前で足が止まる。
そこにはいつもの看板が置かれていた。

僕は、そこに入ることは出来ないでいた。

本城さんがいたらどうしよう、いなかったとしても何を想うだろうか。
少し怖くなり、その道を避けて通る事にする。

最寄りのスーパーに到着すると、買い物を済ます。
数日分の食料と、缶ビールを二本ほど。
お酒はあまり得意ではない、今回も興味本位だから。

かなりの重さになったが、持てない程ではない。
両手に大きな袋を抱えて雨の中、家に帰る。

ふと顔を見上げると、黒髪を揺らしながら歩く前の女の人に目がいく。
後ろ姿だか、面影を感じる。
間違えるはずがない、そう思った時。
体は動いていた。

「あ、あの、本城さん!」

振り返る事はない、無視されているのだろう。
僕の方を気にすることもなく、歩いていく。

僕は駆け出し、通り過ぎる。
そのまま振り返り、もう一度告げる。

「本城さん!僕です、真田です!」

が、本城さんでは無かった。
後姿がよく似た別人だったのだ。
気持ち悪い人を見た目をしながら、去っていく。

よく見ると、その後ろ姿は似ても似つかなかった。
思い返せば今はまだ、授業中だった。

何で勘違いをしたのだろう。
どれだけ未練が残っているのか。
自分からは何も動かないのに、未練だけが募る。

僕は、袋を持ち直して家に帰る。


家に帰ると、足元は絞れるほどに濡れていた。
早速部屋着に着替えて準備をする。
時刻はお昼を指していたので、丁度いい。
ビールの蓋を開け、ご飯を食べようとする。

すると、インターホンが鳴る。

買い物もしていないし、ちょっと疑う。
勧誘か宗教か、まともな訪問ではないだろう。
居留守を使おうと思ったが、万が一のこともあるのでインターホンに答える。

「…はい」

「よう、真田…俺だよ、廣瀬だ」

「へ?なんで?」

「いや、ちょっと…いいかな?」

こんな昼間に、仕事のはずだが。
刈谷部長に何か言われて来たのだろうか。
嫌な予感がするが、部屋に案内する。

「おじゃましま~お、片付いてんな」

「たまたまだよ…」

「ははっ、昼間っからやってんな」

「背徳的で美味しいっていうじゃん?」

「確かに」

座椅子は一つしかないので、僕がベットに座る。
廣瀬に座椅子を渡して、お茶も用意する。

やはり仕事中なので、ビールはダメらしい。
外回りの間に寄ったそうだ。
何の用事だろう。

「それで、急にどうしたの」

「元気にしてるかなって」

「元気にはしてるよ……ってそれだけ?」

「いや、それだけっつーか、それだけか」

「珍しく歯切れが悪いな、どうした?」

「あの、さ…」

どうやら悩みがあるそうだ。
こんな状況の、こんな僕に言われても正直困るが。

「今の会社を辞めようかと思ってる…」

「僕に言うか、それ」

「確かに、前に話そうとしたんだが、タイミングが合わなくてな……」

「あ、この前昼食べた時か」

「そう、その時にな」

「理由は?」

その理由は意外なものだった。
僕をこんな状況にした先輩が原因らしい。
後から入って来て、成績を追い抜かれたのが気に食わなかったのか、陰でいじめを受けていたと。
初めはイタズラメールを送られたりと、そんなに困るものでは無かったが、次第にやることが過激になる。

上司へのありもしない陰口、噂話。
ひどい時には書類を捨てられたりなど。

そんな状況に耐えれなかっただそうだ。

「でも,昨日のお前を見て少し気が晴れた」

「なんだそれ」

「だから、“ありがとう”って言いに来た」

「いらないよ、勝手にやったことだ」

「それでもありがとうを言いたかった、それに…苦しんでいるのに気づいてやれなくてごめん」

「いいよ…」

「俺たち、同じような境遇にいたのにな…」

僕にしてみれば意外だった。
勝ち組の、成功街道を一本道で歩んでいる奴だと思っていたからだ。
いつも明るく、こちらを気にかける余裕がある。
周りとも上手くやれているように見えていたし。
悩みなどなく、何事も上手くいく奴だと。

話してみないとわからないもんだと思う。

本城さんも抱えていたものがあったのだ。
僕には、本城さんも廣瀬も、抱えて苦しんできた事に何も気づいていない。

気づこうとすらしていなかったのだ。
何も分かるはずがない、理解できないからと思い。
僕とは違うのたがらと。

「なんか、ごめんな、こんな大変な時に急に押しかけて来てしまって」

「いいよ、ありがとう、気分転換になったよ」

「こちらこそ、変な話を持ち込みました」

「今は辞めたい気持ちは?」

「正直、完全になくなったわけじゃない、ただ前よりかは無くなったかな」

「そっか、それなら良かった」

「お互いに頑張ろうな」

「会社に復帰して、席があればな」

「それは大丈夫だよ」

どうやら、和田垣先輩がかなり庇ってくれたそうだ。
その勢いに刈谷部長も、たじろいでいたと話す。
意外なことではあった、何故なのかとも考える。

とりあえず復帰次第、最初にお礼しないとな。
廣瀬とそう話している。

「そろそろ、戻るわ」

「おう」

鞄を手にもつ、僕は玄関まで見送る。
革靴を履き、立ち上がって扉を開ける。

「また会社で」

「また会社で」

そう言い交わすと扉が閉まっていく。
一人になったが、少し気持ちが軽い。

廣瀬の悩はみは、僕にとっては同じことでもある。
成績を上げた廣瀬と、成績が上がらない僕とでは、標的にされた原因は違えど、同じだったのだ。

会社での居場所がわからなくなり、誰にも相談できず、ただただ自分自身の中で消化していこうとする。
そうして、消えるはずもない黒い感情が残る。
それはやがて積み重なり、自分を潰してしまう。
本城さんや廣瀬が、そうだったように。

幸いな事に、僕には本城さんがいてくれた。
彼女と過ごす日常は、明るく暖かかった。
抱えていた黒い感情を消し去るほどに。

そんな日常が壊れてしまったのだと、改めて感じる。
あの日々はもう戻らないのか。
戻したとして、どうありたいのか。
ずっと考えてはいるが、答えは出ない。

ぬるくなったビールを片手に、呑み干していく。
買った二本はそのまま一気に呑み尽くす。
元々酒に弱いからか、急激に眠たくなる。
これで忘れられたらどれだけ楽だろうか。
そう考えながら、ベットに横たわる。

深い眠りの中では、何も見えない。
ただただ、真っ黒な景色が僕を埋め尽くす。
寝てる自覚はあるのに、真っ暗なまま。
その黒さが、何も入り込む隙がないと思う。
そう思うと、少しだけ楽になる。

これ以上は入る隙間もなく、色も入らない。
ここだけが自分だけの世界なんだと。
誰に邪魔されることもなく、静かに漂うと。
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