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19杯目.秋の雨は寒くて寂しい
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目が覚めた時には日付が変わっていた。
ビールを飲んでそのまま寝てしまっていたようだ。
でも、どこか頭は冴え渡っている。
とりあえず、シャワーを浴びる事にする。
身体中からお酒の匂いを感じていた。
このままでは気持ち悪いと思うから。
シャワーから上がると、ベットの上に置きっぱなしになっていたスマホに目が移る。
昨日から悩んでいた、電話をかけようかと。
あの別れ方は嫌だと思っていたから、もう一度だけでいいから話をしたい。
ただ、話す内容は何も決まっていない。
何を話したら、何を伝えたらいいかさえ分からない。
それでも、電話をかけずにはいられなかった。
濡れる髪をそのままに、スマホを持ち上げる。
着信履歴を開き、一番上の名前に目をやる。
[ 本城 百合 ]
となっている。
画面を触れる指が震えてくる。
緊張か、恐怖か…武者震いでない事は確かだ。
意を決して指を画面に触れる。
本城さんへ電話をかける為に。
即座に耳に当て、神経を耳に集中させる。
コール音が鳴る、コール音だけが鳴り続ける。
電話に出る気配もない、留守電にも切り替わらない。
僕は諦めて電話を切る。
折り返してくれるのを、祈るように待つ事にする。
夜も遅いし、仕方がないと言い聞かせながら。
「今日はこの後、眠れそうにないな…」
そう呟くと、夕食を食べてない事に気づく。
昼もまともに食べていないので、腹が減っていた。
冷凍庫に、今日買った冷凍チャーハンを入れていたので取り出しレンジで温める。
深夜に食べる、こう言った食べ物は美味しい。
昔からそんなことを思っていた。
受験の時や、夜通しゲームをした時など。
深夜に食べる冷凍チャーハンや、カップラーメンなどが妙に美味いと感じる。
カップラーメンを買ってない事が悔やまれた。
おなかが満たされたのか、少し眠気が出てくる。
それでも折り返される事はなかった。
スマホはずっと静かなものだった。
気を紛らわせようとテレビをつける。
この時間だ、碌なものはなにもやってない。
逆に気が散ってくる。
なんとなく、外に出てみる事にした。
外はとても静かだ。
真っ暗で街灯の灯りだけが、照らしている。
雨上がりの夜はどこか幻想的だ。
肌寒く、誰もいない夜道を歩く。
音のない世界に、僕の足音だけが鳴り響く。
アスファルトを踏む音、水が跳ねる音。
人もいなければ、車も通らない。
冷静に色々な事を考えるには十分だった。
近くに公園を見つけ、濡れたベンチに腰掛ける。
雨上がりだと気づいた時には遅かった。
諦めてそのまま居座る。
「何がいけなかったんだろうか……」
本城さんと出逢ってからは、幸せな日々だった。
あの日のコーヒーが今も鮮明に覚えている。
初めての喫茶店に、焦りながら頼んだっけ。
飲めないコーヒーを何も分からずに。
今となっては、コーヒーの苦味が丁度良く感じる。
それも本城さんのおかげだったと思う。
僕と一緒で、飲めないのに無理をして頼んで。
「ははっ…」
思わず笑みが溢れる。
大人になりたいからって言いながら、コーヒーをあたかも好きですよって雰囲気で飲む姿に。
思えば、あの日から惹かれ始めていたのかも。
目が離せなくなり、僕も見栄を張って真似をした。
氷の華の絵を見せられた時、妙に納得した。
初めて会ったあの日から、氷の華ように美しい人だと、そう思っていたからだ。
触れると壊れそうな、想いを込めると溶けそうな。
そんな脆くも繊細で、美しい氷の華に。
本城さんにとっては別の意味らしいが。
氷のように冷たく、華のように美しい。
どこがだ、どこが冷たい要素がある。
冷たくしているのは周りのくせに。
いや、僕も同じか。
同じく冷たくさせてしまったのだから。
でも、僕にとっては氷の華でありながら、花のような咲き誇る笑顔を魅せる素敵な女性だった。
学生でありながら、大人になりたいと願う。
僕よりも大人らしい雰囲気をまとった少女だ。
会えるならもう一度会いたい。
話せるならもう一度話したい。
伝えるならもう一度伝えたい。
たが、時はすでに遅かった。
明日になれば折り返しがあるだろうか。
また“真田さん”って呼んでくれる日が…
「あれっ……」
そういえば旅行の日から名前を呼ばれてない。
呼ばなくても伝わることもあったが、一度だけ呼ばれた時は“あなた”だったような気がする。
いつからおかしくなった?
いつから変わってしまった?
僕が変わってしまったのか?
何も分からない。
本心も、心のうちに秘めていたことも、今となってはこの電話だけが繋ぎ止めている。
電話が繋がらなければ、何も出来ないのだから。
すると、声をかけられる。
思わず我に返り、顔を見上げる。
『お兄さん?大丈夫?』
「眩しっ」
『あぁ、ごめんごめん、こんな雨の日に、こんなとこで何してんの?』
警察官に声をかけられた。
ふと周りに意識を向けると雨が降っていた。
全身がずぶ濡れになっている。
「あ、いや…その…考え事を……」
『ほんとに?身分証とかある?』
「あ、はい」
僕は、財布から免許証を取り出し見せる。
雨の中ライトで照らしながら確認をしていく。
念の為と、持ち物検査もされる。
色々聞かれて、問題ないと分かると解放される。
『じゃあ、いくから風邪ひかないように気をつけて』
「はい、すみませんでした」
この時期の雨は体に悪い。
前に体調を崩したばかりだったから。
急いで家に戻り、次は風呂を沸かす。
また熱を出すのは勘弁したい。
「あ、あぁ~あぁぁぁあ……」
冷え切った体に、温かい風呂は効く。
全身の強張りが解きほぐされていると感じる。
「このままじゃ駄目だ、本城さんも、仕事も」
お風呂に身を溶かし、そう考える。
何もしない事には何も起きない。
何も起きない事は、何も変わらない。
まずは連絡を待つ事にする。
ショートメッセージも送り様子を見る。
これ以上に出来ることは無いのだから。
「明日は喫茶店に行くか…」
風呂から上がり、身体の雫を拭き取る。
湯冷めしないように、髪もしっかりと乾かす。
そして、暖かい布団に身を包み眠りにつく。
翌朝、目が覚めると熱は出ていなかった。
今日は土曜日なのでもしかしたらと期待をする。
いつもの服装に着替え、外に出る。
雨はまだ降っていた。
傘を差し、あの喫茶店へと向かうことにする。
昨日は、足が止まった看板の前に立つ。
深呼吸をし、通路へと入っていく。
慣れた道のはずが、いつもより遠く感じる。
喫茶店の前に着き、扉の取手に手をかける。
いつもの光景が待っていると信じて。
そして、いつものベルが鳴り店内に入る。
迎えてくれる店主はいるが奥には誰もいない。
「いらっしゃい、いつもの席だね?」
「はい、失礼します」
店内を見渡すが、本城さんの姿は見えない。
「ご注文は?」
「あ、ナポリタンと食後にコーヒーを」
「いつものですね、かしこまりました」
いつもの注文だが、いつもの人はいない。
通い慣れた喫茶店がどこか他の店に感じる。
奥の席を何度見ても誰もいない。
不思議と、店内は賑わうのに座っていない。
あの奥の席には、誰も。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
僕はナポリタンを食べ進める。
美味しいはずなのに何かが足りない。
そんな気持ちになる。
「あの子、今日は一緒じゃないんですね」
「えっ、あ…はい…」
「なにかありましたか?」
「いえいえ、たまたまですよ、それに待ち合わせしてたわけじゃないですからね」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「何もないなら良かったです…」
「それってどういう…」
「ん?前に話しましたよね、大人なんだからって」
「また…ですか…」
またここでも聞かせる事になるとは。
大人なんだから。
僕が今、一番聞きたくない言葉だ。
「すみません、何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないです」
ナポリタンを食べ終わり、コーヒーを飲む。
苦さが口の中に広がる。
好きになったはずのコーヒーが辛く感じる。
何故か全部飲み干せなかった。
半分ほどの残し、会計にする。
最後ほどの会話と、コーヒーを残した事が申し訳なくなり、下を俯いたまま店を後にする。
外はまだ雨が降っていたか。
落ち込んだ僕に冷たく刺さっていく。
この雨が周りの音を消し、僕を孤独にさせる。
傘を刺しているが、雨が頬を伝う。
穴が空いているのだろう、買い替えないと。
俯いたまま体が起こせない。
視界がぼやけている。
傘を買い換えようが、この雨は頬を伝う。
僕の心から溢れ出しているものだから。
手に握られたスマホは、未だ音が鳴らない。
待ち望んだけど連絡はない、ここにもいない。
もう会えないのかと、話す事も出来ないのかと、押し寄せる気持ちを抑えれなくなっていた。
行き場のない気持ちが、僕の中を乱している。
もう、何もできないのだから。
ビールを飲んでそのまま寝てしまっていたようだ。
でも、どこか頭は冴え渡っている。
とりあえず、シャワーを浴びる事にする。
身体中からお酒の匂いを感じていた。
このままでは気持ち悪いと思うから。
シャワーから上がると、ベットの上に置きっぱなしになっていたスマホに目が移る。
昨日から悩んでいた、電話をかけようかと。
あの別れ方は嫌だと思っていたから、もう一度だけでいいから話をしたい。
ただ、話す内容は何も決まっていない。
何を話したら、何を伝えたらいいかさえ分からない。
それでも、電話をかけずにはいられなかった。
濡れる髪をそのままに、スマホを持ち上げる。
着信履歴を開き、一番上の名前に目をやる。
[ 本城 百合 ]
となっている。
画面を触れる指が震えてくる。
緊張か、恐怖か…武者震いでない事は確かだ。
意を決して指を画面に触れる。
本城さんへ電話をかける為に。
即座に耳に当て、神経を耳に集中させる。
コール音が鳴る、コール音だけが鳴り続ける。
電話に出る気配もない、留守電にも切り替わらない。
僕は諦めて電話を切る。
折り返してくれるのを、祈るように待つ事にする。
夜も遅いし、仕方がないと言い聞かせながら。
「今日はこの後、眠れそうにないな…」
そう呟くと、夕食を食べてない事に気づく。
昼もまともに食べていないので、腹が減っていた。
冷凍庫に、今日買った冷凍チャーハンを入れていたので取り出しレンジで温める。
深夜に食べる、こう言った食べ物は美味しい。
昔からそんなことを思っていた。
受験の時や、夜通しゲームをした時など。
深夜に食べる冷凍チャーハンや、カップラーメンなどが妙に美味いと感じる。
カップラーメンを買ってない事が悔やまれた。
おなかが満たされたのか、少し眠気が出てくる。
それでも折り返される事はなかった。
スマホはずっと静かなものだった。
気を紛らわせようとテレビをつける。
この時間だ、碌なものはなにもやってない。
逆に気が散ってくる。
なんとなく、外に出てみる事にした。
外はとても静かだ。
真っ暗で街灯の灯りだけが、照らしている。
雨上がりの夜はどこか幻想的だ。
肌寒く、誰もいない夜道を歩く。
音のない世界に、僕の足音だけが鳴り響く。
アスファルトを踏む音、水が跳ねる音。
人もいなければ、車も通らない。
冷静に色々な事を考えるには十分だった。
近くに公園を見つけ、濡れたベンチに腰掛ける。
雨上がりだと気づいた時には遅かった。
諦めてそのまま居座る。
「何がいけなかったんだろうか……」
本城さんと出逢ってからは、幸せな日々だった。
あの日のコーヒーが今も鮮明に覚えている。
初めての喫茶店に、焦りながら頼んだっけ。
飲めないコーヒーを何も分からずに。
今となっては、コーヒーの苦味が丁度良く感じる。
それも本城さんのおかげだったと思う。
僕と一緒で、飲めないのに無理をして頼んで。
「ははっ…」
思わず笑みが溢れる。
大人になりたいからって言いながら、コーヒーをあたかも好きですよって雰囲気で飲む姿に。
思えば、あの日から惹かれ始めていたのかも。
目が離せなくなり、僕も見栄を張って真似をした。
氷の華の絵を見せられた時、妙に納得した。
初めて会ったあの日から、氷の華ように美しい人だと、そう思っていたからだ。
触れると壊れそうな、想いを込めると溶けそうな。
そんな脆くも繊細で、美しい氷の華に。
本城さんにとっては別の意味らしいが。
氷のように冷たく、華のように美しい。
どこがだ、どこが冷たい要素がある。
冷たくしているのは周りのくせに。
いや、僕も同じか。
同じく冷たくさせてしまったのだから。
でも、僕にとっては氷の華でありながら、花のような咲き誇る笑顔を魅せる素敵な女性だった。
学生でありながら、大人になりたいと願う。
僕よりも大人らしい雰囲気をまとった少女だ。
会えるならもう一度会いたい。
話せるならもう一度話したい。
伝えるならもう一度伝えたい。
たが、時はすでに遅かった。
明日になれば折り返しがあるだろうか。
また“真田さん”って呼んでくれる日が…
「あれっ……」
そういえば旅行の日から名前を呼ばれてない。
呼ばなくても伝わることもあったが、一度だけ呼ばれた時は“あなた”だったような気がする。
いつからおかしくなった?
いつから変わってしまった?
僕が変わってしまったのか?
何も分からない。
本心も、心のうちに秘めていたことも、今となってはこの電話だけが繋ぎ止めている。
電話が繋がらなければ、何も出来ないのだから。
すると、声をかけられる。
思わず我に返り、顔を見上げる。
『お兄さん?大丈夫?』
「眩しっ」
『あぁ、ごめんごめん、こんな雨の日に、こんなとこで何してんの?』
警察官に声をかけられた。
ふと周りに意識を向けると雨が降っていた。
全身がずぶ濡れになっている。
「あ、いや…その…考え事を……」
『ほんとに?身分証とかある?』
「あ、はい」
僕は、財布から免許証を取り出し見せる。
雨の中ライトで照らしながら確認をしていく。
念の為と、持ち物検査もされる。
色々聞かれて、問題ないと分かると解放される。
『じゃあ、いくから風邪ひかないように気をつけて』
「はい、すみませんでした」
この時期の雨は体に悪い。
前に体調を崩したばかりだったから。
急いで家に戻り、次は風呂を沸かす。
また熱を出すのは勘弁したい。
「あ、あぁ~あぁぁぁあ……」
冷え切った体に、温かい風呂は効く。
全身の強張りが解きほぐされていると感じる。
「このままじゃ駄目だ、本城さんも、仕事も」
お風呂に身を溶かし、そう考える。
何もしない事には何も起きない。
何も起きない事は、何も変わらない。
まずは連絡を待つ事にする。
ショートメッセージも送り様子を見る。
これ以上に出来ることは無いのだから。
「明日は喫茶店に行くか…」
風呂から上がり、身体の雫を拭き取る。
湯冷めしないように、髪もしっかりと乾かす。
そして、暖かい布団に身を包み眠りにつく。
翌朝、目が覚めると熱は出ていなかった。
今日は土曜日なのでもしかしたらと期待をする。
いつもの服装に着替え、外に出る。
雨はまだ降っていた。
傘を差し、あの喫茶店へと向かうことにする。
昨日は、足が止まった看板の前に立つ。
深呼吸をし、通路へと入っていく。
慣れた道のはずが、いつもより遠く感じる。
喫茶店の前に着き、扉の取手に手をかける。
いつもの光景が待っていると信じて。
そして、いつものベルが鳴り店内に入る。
迎えてくれる店主はいるが奥には誰もいない。
「いらっしゃい、いつもの席だね?」
「はい、失礼します」
店内を見渡すが、本城さんの姿は見えない。
「ご注文は?」
「あ、ナポリタンと食後にコーヒーを」
「いつものですね、かしこまりました」
いつもの注文だが、いつもの人はいない。
通い慣れた喫茶店がどこか他の店に感じる。
奥の席を何度見ても誰もいない。
不思議と、店内は賑わうのに座っていない。
あの奥の席には、誰も。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
僕はナポリタンを食べ進める。
美味しいはずなのに何かが足りない。
そんな気持ちになる。
「あの子、今日は一緒じゃないんですね」
「えっ、あ…はい…」
「なにかありましたか?」
「いえいえ、たまたまですよ、それに待ち合わせしてたわけじゃないですからね」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
「何もないなら良かったです…」
「それってどういう…」
「ん?前に話しましたよね、大人なんだからって」
「また…ですか…」
またここでも聞かせる事になるとは。
大人なんだから。
僕が今、一番聞きたくない言葉だ。
「すみません、何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないです」
ナポリタンを食べ終わり、コーヒーを飲む。
苦さが口の中に広がる。
好きになったはずのコーヒーが辛く感じる。
何故か全部飲み干せなかった。
半分ほどの残し、会計にする。
最後ほどの会話と、コーヒーを残した事が申し訳なくなり、下を俯いたまま店を後にする。
外はまだ雨が降っていたか。
落ち込んだ僕に冷たく刺さっていく。
この雨が周りの音を消し、僕を孤独にさせる。
傘を刺しているが、雨が頬を伝う。
穴が空いているのだろう、買い替えないと。
俯いたまま体が起こせない。
視界がぼやけている。
傘を買い換えようが、この雨は頬を伝う。
僕の心から溢れ出しているものだから。
手に握られたスマホは、未だ音が鳴らない。
待ち望んだけど連絡はない、ここにもいない。
もう会えないのかと、話す事も出来ないのかと、押し寄せる気持ちを抑えれなくなっていた。
行き場のない気持ちが、僕の中を乱している。
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