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強くなりたくて

資格なんて…

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 学園長室で光から現れたエトンは、グリぐりのタイトルにあるような緑色のエトンだった。
「このエトンは……」
「学園長…」
「緑色だな」
「見ればわかりますが…」
「エトンは生徒によって色が違う。それ以上でもそれ以下でもない」
 …そうか。第3天使アカデミー編の2部ではまだ緑のエトンが出てきていないんだ。だから学園長でさえこのエトンのことをわかっていない。物語の始まりで大天使メロウ様にのみ伝えられたからだろう。
「あの…」
「何か知っている様子だが…私が知らぬことを君はあまり言わない方がいい」
 やはり学園長も私の発言が影響を与えることをわかっているようだ。
「いいかいリリィくん。君がもしそのエトンに大きな使命を感じたなら、是非全うして欲しい。それがどうしても困難ならば私や君の仲間たちも頼ってくれ」
「学園長…」
「その答えも全て、今はただ君の胸の内に秘めておくといい。ただ、ここで過ごす日々は必ず君を成長させるからね」
「……はい!」
 そうして私はエトンを抱えて学園長室を後にした。

「…まさか、私が緑のエトンの所有者になるなんて…」
 緑色のエトン。この物語の根幹に関わる…というのは前にも言ったが具体的には何なのか。それはまだ完結していないグリぐりの最終呪文を使うことの出来るエトンと言われている。このエトンを持つ者が集まり全員で魔法を使うらしいのだ。私は図らずもこの物語の最後の切り札を担うことになってしまった。…責任は重大だ。
「何をしょぼくれてるのさ~」
「はっ!」
 不意に声をかけられた。しかし周りに人なんていなかったはずだ。ということは…。
「そう。ボクだよ。エトンの精霊アミィちゃんだよ!」
 ぼわんっと音を立ててエトンの近くに魔女みたいな格好をした小さな女の子が出てきた。緋色の帽子を被りマントを羽織った紫色の髪と翠色の瞳を持つ、少女…というにはかなり小さい見た目だ。ただそれは幼いという小ささではなく私と同じくらいの年齢の子がサイズ感だけぬいぐるみみたいな大きさになっているような感じだ。
「アミィ?」
「うん!これからはキミと行動を共にするよ!」
 なんともかわいらしい精霊の登場に私はさっきまでの不安を一瞬忘れるくらい嬉しくなった。
「よろしくね!アミィ!」
 小さな魔女っ子はにんまりと笑うとエトンとともに消えた。

 用を終えたので私も特訓に参加することにした。
「みんな、お待たせ」
「おーう、おつかれリリィ。ストレッチは入念にやって途中から訓練に参加してくれ」
「はーい」
「じゃあモカが手伝うよ!」
「ありがと!」
 モカちゃんと一緒にストレッチを始めた。
「ねぇねぇ、エトンはどうだった?」
「かわいい精霊が出てきたよ」
「そっかぁ!リリィねぇねの精霊だもん。きっとかわいいにきまってるよね!」
「あはは。ありがと」
「さ、押すよ?」
「う…うん」
「はい、ぎゅ~!」
「うわわわ…」
「なんだ、まだ慣れないのかリリィは」
「いやぁ…でも前よりはいくようになったかな」
「十分な進歩だ」
「この調子で頑張ろう!」
「うん!」
 ストレッチを終えた。
「はい、リリィも追いついたね」
「いらっしゃい~」
「今日はこの後はいぱーデコイくんを使おうと思ってるんだ」
「はいぱーデコイくん…訓練用の木人みたいなやつか」
「お、知ってるなら話ははやい。そう!はいぱーデコイくんは半端な攻撃では傷もつかない特殊な防御魔法がかけられた訓練用設備!ぶっ飛びやすくしたり固定したり細かい調整が可能なのも魅力的だよな!」
「素手で殴ったらやっぱり硬いのかな」
「触ってみ?」
「あ、やわらかい!すぐ破れちゃいそうだよね?」
「そこがその防御魔法のすごいところだよ!質感は怪我をしないくらい柔らかいのに傷がつかないんだ!」
「ちなみにこれ物質にしかかけられない魔法らしいよ」
「まぁ人にかけられたらムテキになっちゃうもんね」
「というかこの魔法、防御魔法って言われてるけど形状を保つ魔法らしいから人にかけると身体がかけた姿勢のままになっちゃうらしいよ」 
「こわ…」
「まあとりあえずこいつを使って武器の扱いを練習してくれ。切り裂いてもとぅるんってなるから大丈夫だよ」
「えいっ!」
 とぅるんっ!
「武器の流れは阻害されない!すごいよね!」
「ついでに魔法を受けても全然大丈夫だし一時的に撃った矢も留まるから当たったかわかるぞ」
「なんて便利!」
「それじゃあやろう」
 私たちははいぱーデコくんを用いて特訓を開始した。

「よし、今日はここまで!」
 日が落ちる頃に訓練は終わった。
「はぁ疲れた」
「よし、二ーディも入ったし今日はみんなで食って帰ろう」
「賛成~!」
「あ…私500二ーディしかなくて…」
「十分だろ」
「500二ーディあれば大抵食べられますよ」
「それじゃあ行く!」
 そして私たちは学校の外の街に向かった。
「そういえば私学校の外出たの初めてかも」
「どういうこと!?」
「あ、学校きて…ってこと!」
「だ…だよね」
「でもここらへんは全く知らないなぁ」
「どこらへんからきたの?」
「あー…あはは。地名に疎くてサ…ちょっと遠くの方」
「へ~んなの」
「じゃあ私がおすすめの店に行かない?」
「お願い!」
 スパーダが教えてくれた店に向かうことになった。

「マスター!やっほー!」
「おや、いらっしゃい」
 そこはスパーダいきつけの、物語にもよく出てくる喫茶店だった。
「なぁんだ。結局ロザリアなのね」
「こら!なんだとか言うんじゃない」
「ごめんなさ~い」
「リリィとモカは初めてだろ?ここのコーヒー美味しいのよ」
「1度飲んでみたかったんだ!」
「お、知ってたんだ」
「う、うん」
「じゃあマスター!とりあえずコーヒー!あとはみんな適当に料理を頼もう」
「はーい」
「楽しみです。私、ここのチーズオムライスが大好きなんです!」
「私もそれ食べてみたかったんだー!それにしよう!」
「あら、ハートの好みまで知ってたの?熱心なファンなのね」
「そこまでいくとちょっと怖くない?」
「あ…いや…」
「そんなことありません!私は嬉しいですよ!ね、リリィさん。私、今までそんなに人に注目されたことなかったですからとっても嬉しいんです」
「ハートぉ…!」
「やってなさいな」
「2人がいいならそれでいいんだよ」
「でもハートばっかりずるくない?リリィねぇね~私たちのことはー?」
「あ、もちろんわかるよ?スパーダはナポリタン。ダイヤはフレンチトースト。クローバーはパンケーキ。そしてモカちゃんはチキンライスでしょ?」
「ひぇっ…」
「な…なんではじめて来たモカの食べたいものまで…」
 …調子に乗りすぎたか…?
「リリィねぇねすごい!みんなの好みを把握して予測してるんだね!」
「ま…まぁね」
「じゃあ頼もうか」
「マスター!今言ってたやつよろしく!」
「はいよ」
 しばらくして店内に食べ物の焼ける心地よい音といい香りが充満する。
「うわぁ…いい匂い…。お腹すいたねぇ」
「マスターのお料理はこの町で1番美味しいんです」
「おいおい、この国だろ?」
「マスターおもしろ~い」
「冗談じゃねぇんだがな」
「えへへ」
「料理の前にコーヒーを飲んでくれ」
「ありがとうございます!」
「それにしても今日は大所帯だな?」
「これからはこうなるんだよ!なんとチームを組んだんだ!」
「へぇそうかい。4人でもチーム組んでなかったんだな」
「そう!エデンズカフェっていうんだよ!」
「カフェ?面白いな。お前らもコーヒー出すのか?」
「違うよ~。私たちの名前に因んでるらしいよ」
「ほう」
「美味しそうなコーヒー!」
「美味しいぞ」
「少し冷まそうかしら」
「いやだめだ!マスターのコーヒーはいれたてでないと!」
「別にいいよ。好きに飲んでくれ」
「私はいくぞ!うおおおぉあちぃぃいい!」
「言わんこっちゃない…」
「スパーダってたまにアホだよね」
「傷つくっ!」
「あ、今のちょっとロメオっぽかった」
「あんなのと一緒にしないでくれっ!」
「照れるなッ!」
「うわっ!勝手に出てくんなっ!」
「あはは、ロメオほんとに出てきちゃった!」
「リリィとモカは初対面じゃないか?」
「あ、実はさっき会ったよ」
「そうなんだ。でも新しいエトンも手に入ったわけだしちょっと顔合わせしとく?」
「マスター、大丈夫?」
「構わんよ」
「よーし、じゃあロメオっ!お前はちょっと控えめにしとけよっ!」
「当たり前ッ!」
「うるさいってのっ!」
「じゃあみんな出すよ!」
「きなさい、イブキ」
「ぱんぱかぱ~ん!イブキくんの登場だぞ~!」
 やけに目立ちがりそうなハリネズミが出てきた。
「あんまりはしゃがないで」
「出てきていきなりそれはちょっと…」
「ダイヤの深層はこんな感じなのね」
「変な分析しないでちょうだい」
「じゃあ次は私っ!おいで~!ティーナ!」
「……ども」
 今度はすごく控えめそうなウサギが出てきた。
「………なんかさ…いや…まぁ…そういうもんだよね」
「はっきりいいなよ!」
「いやなんか…みんな心の中は違うんだなぁって」
「だから~!別に完全に心を映した存在じゃないんだって!」
「じゃあモカも呼ぶよ!マシュゥ!」
「やっほーモカ!」
 ご機嫌そうな焼きマシュマロみたいなクマが出てきた。
「ちょっと安心したよ」
「えへへー」
「さぁ最後だよ!リリィ!」
「お前の精霊の粗探しは任せろよ!」
「だからそれは違うんです…」
「アミィ!」
「はいは~い!」
 アミィがぽんっと出てきた。
「……え?」
「な…なんで…?」
 唐突に場が静まり返る。
「えっ…ちょっとみんなどうしたの?」
「あぁいや…ちょっと驚いたっていうかさ。…人の形した精霊なんて、初めて見たから」
「もう~そんな珍しいモンでもないよ!ボクはアミィ。この緑のエトンの精霊さんなんだよ~」
「緑のエトン…ってのも聞いたことないわね…」
「さ…流石リリィねぇね…ほんとに1番いいの引いちゃったんじゃない…?」
「ちょっとちょっと!そんなこと言ったらキミの精霊さんに失礼でしょ?」
「あ…ごめんなさい」
「でもリリィさん、すごいです。なんだかむしろ私の方が憧れちゃいそうな…」
「や…やめてよっ。まだ私なんにもしてないって」
「そうそうっ。これからしていくんだよ、リリィは。ね~!」
「う…うん」
「もしかして不安なの?大丈夫!このアミィちゃんがいればキミはもう迷わないさ!」
 私が知らないからこそ不安が多いんだけど…。アミィなんて原作に出てこなかったのにやたらに主張が激しいじゃない…!
「でも確かに頼りになりそうな精霊ね。何でも知ってそうじゃない」
「期待してよ!」
「でもなぁ、エトンの精霊だろ?サポート役にできることなんて…」
「ほいっ」
 アミィが指を振ると振った指の軌道に火が走った。
「驚いちゃった?」
「はっ…はぁ?」
「おいおいおい!なんだよそれ!」
「私たちは魔法を自由に使えないのよ!?」
「えっと…エトンの精霊さんたちの動揺を見る限り、これは異常なこと…なのカナ?」
「……異常なんてもんじゃないぞリリィ。こいつは危険だ。お前、最悪死ぬことになるぞ!」
「そ…そんな脅かさないでよダイヤ」
「考えてもみろ。こいつは自由に魔法を使えるんだぞ。エトンに縛られている精霊が自由を求めたかったら真っ先に狙うのはなんだ?」
「本の…持ち主?」
「そうだ。こいつは自分が開放されるためにお前を殺すだろう」
「ちょ…ちょっと待ちなよっ!なんでボクをおいてそんな物騒な話をしてるのさ!ボクがそんなことするはずないでしょ!」
「信じられるかっ!」
 普段冷静なダイヤが信じられないくらいの叫び声を上げた。
「ま…まぁまぁ落ち着きなよダイヤ…。マスターごめんうるさくして」
「いいんだ。料理はもう少し待ってね」
「あ、うん」
「とにかくボクはキミたちに危害を加えるつもりはないよ。人ってのは強い力を見るとそういう考えを持ちがちだよね…。でもね、ボクたちエトンの精霊はキミたちエトンの所持者と契約している以上は、キミたちが死んでしまったら同時にエトン召喚前のように可視化できなくなってしまうんだ。あの状態では気体と同じだよ。意思はあるけど作用はできない。そうなりたくないからみんな使役されるってわけ」
「なるほど…確かにね。どうかな?ダイヤ」
「…確かに頭ごなしに否定してしまったな。…自分がそうされたらと思うと今のアミィの心中は察するに余りある…すまなかった」
「わかってくれればいいんだよ~」
「でもでも!なんでリリィのエトンに?」
「それはね、リリィは資格あるものだからだよ」
「資格なんて…そんなの…」
「ケンソンしなくていいよ。キミは特殊なチカラを持っている。それを導くのがアミィの使命なんだよ」
「…わかったよ」
「まぁでもな!リリィ!何するかわかんないんだろ?だったら私たちと同じよ!」
「スパーダ…」
「一応忠告はしておいたからな。支配だけはされるんじゃないぞ」
「ま…まだ疑ってるのキミ?流石に悲しいよ?」
「あぁ…いや…すまない…だが!私は警戒を怠ってはいかんのだ!」
「…ダイヤ…」
「私はな…自らの不注意で起こした事故で家を追われたんだ。他の誰かが自分のようになって欲しくないんだ。わかるか?」
「うん。わかるよ…」
「アミィ…お前のことも信じて受け入れたい。だが得体の知れない存在なのは確かなんだ。同種じゃない、精霊にしても外見が特殊。おまけに魔法も使える。イレギュラーなんてもんじゃない。…でも、だからこそお前にしかできないことが…きっとあるんだろうな」
「ありがとう…!」
「うんうん、友情を感じたよ。もうアミィとダイヤは大丈夫だね」
「うん!」
「一応…な」
「お嬢さん方もひと段落したところで料理が出来たぞ」
「うわあ!マスター!」
「そら、チーズオムライスを食らえ」
 言葉とは裏腹に優しくことりと目の前に料理ののったお皿が置かれる。
「ありがとうございます!」
「リリィさん!そのチーズオムライスは絶品なんですよ!」
「もうね、立ち上る湯気から香るこの甘い香りが全てを物語っているよ…!」
「ほら、他のみんなも」
 マスターが次々と料理を持ってくる。
「よし、じゃあ食べようか!」
「あ、そういえば精霊たちは食べなくて大丈夫なの?」
「さっきボクはキミが死ぬと消えるみたいな意味合いなこと言ったでしょ?そんな感じでリンクしてるんだ。ボクたちは」
「へー!じゃあ味とかもわかるの?」
「わかるよ。でもキミが感じる味が1/2になったりすることもなければボク自身で遮断することもできるからゴミ捨て場の残飯を食べ始めても大丈夫さ」
「いや流石にゴミ捨て場の残飯なんて食べないけど……」
「はい、じゃあいただきますしよ!」
「いただきます!」
 私たちは料理を食べ始めた。
「これが夢にまで見たロザリアのチーズオムライス…!とろけるタマゴとチーズの織り成すハーモニーはまるで天界で育まれた愛と魂の…」
「よくわかんないこと言ってないで熱いうちに食べな」
「は…はぁい」
「うーん…でもほんとにおいしいね!チキンライスってこんなに美味しくなるもの?」
「言ったろ?この国イチだって」
「偽りないね!」

 数分後、空になった皿を前に腹をふくらませた6人の天使たちは皆だらけきった笑顔を見せていた。
「ふう、おなかいっぱい」
「マスター、ごちそうさま。すごくおいしかったよ」
 珍しくダイヤまでもがさっきまでの剣幕が嘘みたいに機嫌上々だ。
「そいつぁよかった。いつでも歓迎するよ。エデンズカフェのみなさん」
「おぼえてくれたんだ!」
「当たり前だろ?お前らがチーム組んだってのは俺にとってもいいニュースだ」
「ありがとう!」
「じゃあお勘定お願いします」
「あ、今日は私がまとめて払うわ。スモールデッドの討伐報酬結構あったから」
「いいのスパーダ?」
「多分私が1番もらってるよ」
「前衛で守りながら戦ってたもんね」
「じゃあ全員で…30二ーディだな」
「全員で!?」
「何を驚いてるんだいお嬢ちゃん」
「あ、いや…」
 ゲームだと装備品の購入や強化に使ってたからこういう日常的な単価は知らなかった…!500二ーディって大金じゃないの…!
「よし、ごちそうさん!またくるね!」
「待ってるよ」
 私たちは店を出た。
「よし、じゃあ今日は帰ろうか」
「あ、私ちょっと寄るとこあるから」
「じゃあここで解散にしようか」
「おつかれ様です」
「また訓練頑張ろうなぁ」
「じゃあね~」
「私はリリィねぇねについてこ」
「一緒に帰ろっか」
 それぞれ解散したので私はモカちゃんと一緒に帰ることにした。

「ね、リリィねぇね」
「ん?」
 街灯の薄暗い灯りだけが照らす夜道で、ぽつりとモカちゃんが話しかけてきた。
「私今、すごく楽しいよ。友達が出来て、チームまで入っちゃってさ。全部リリィねぇねが来てからなんだ」
 モカちゃんは本当のルートだと4カードとは対立してしまう運命だった。癖のある子どもっぽさからクラスで孤立した彼女は自然と周りを避けるようになり、魔法生物にその心のスキマをつかれ…そして敵として4カードの前に立ち塞がったのだ。
 そんなモカちゃんの運命を知っていた私としては彼女の天真爛漫さが目眩がするほどに眩しい。純粋すぎるからこそそんな顛末になったんだろう。
「モカちゃん。私もだよ。だから、ずっと一緒にいようね」
「……っ!うんっ!」
 モカちゃんが手を握ってきた。
「なにしてるの?」
「えへへっ!これでずっと一緒だよ!」
 寒い夜風が吹いたってへっちゃらだ。だって2人の心は、しっかりつながってるんだから。
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