とけちゃうよ メルトペンギン

瀬戸森羅

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メルトペンギンのいる町

空飛ぶペンギン

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  私は仕事帰り、すっかり暗くなってしまった街中を歩いていた。
  身体の感覚もわからないくらいの極寒の空にはそれすらもどうでもくなるくらい綺麗な星が輝いていた。
「綺麗…」
  疲れた身体からすっと力が抜けるような感覚があった。
  明日も頑張ろうと思い空から目を離そうとした時、違和感に気づく。
「ん?今なにか…」
  星が消えた気がした。
  しばらく空を見ていると、やはり消えた。
  それは消えたというより闇で見えない何かが星を隠したという方が正しい。
  一定の振れ幅で上空になにかが揺れているようだった。
「ん~?」
  目を凝らして空を見上げていると…。
「わぶっ!?」
  何かが顔にぶつかった!
「て…冷たっ!冷たいっ!」
  非常に冷たい物体が顔にぶつかってきたのだった。
「なにこれっ!?え?ペンギン…?」
  それは頭が丸いアイスクリームで、胴体がペンギンの形をしたアイスクリームでできた生物のようなものだった。
「動いてるから…生き物…だよね?」
  そのペンギンのようなものは確かに動いていて、私の手の中で踊り出した。
「…楽しそうね」
  無邪気なペンギンを見ていると、なんだか少し羨ましくなった。
  …妬ましくなった。
「私はきっと疲れてるんだよね。あんたみたいなかわいいかわいい動物に、こんな嫌なキモチを持つなんてさ…」
  今しがた思ったことが酷く恥ずかしいことに感じられて、私は自分がまた嫌になった。
「空飛ぶペンギンか…私とは真逆ね。私は飛べない。ずっと地面を這っている…」
  自由なペンギンを見ていると、なんだか悲しくなって、泣いてしまった。
  踊り続けていたペンギンは、そんな私をみて踊るのをやめた。
  心なしか目元が悲しそうに歪んだ気がした。
「あんた…私の気持ちがわかるんだ?」
  ペンギンは丸いアイスクリームを縦に揺らした。
「……うち、こない?」
  私はペンギンを連れて帰ることにした。


  家につくと、ペンギンを床に放した。
  ペンギンはまた踊り始めたが、外よりかなり暖かいせいか、ペンギンの足元には水たまりができ始めた。
「あれ?もしかして…溶けてる?」
  自分の身体が溶けるのなんて気にせずに、ずっと踊る。
「なんで踊るんだろ…これがこの子の生きがいみたいなものなのかな?それとも…仕事…なのかな」
  私はそう思うとこのペンギンが私と同じような気がして少し同情した。
「働き者なんだ、あんた」
  私は私に言い聞かせるようにペンギンに言って、ふふっと笑った。
「でもこのままじゃ溶けちゃうな…」
  私は部屋をキョロキョロと見回すと、使ってないクーラーボックスがあることに気づいた。
「これだ!」
  私はクーラーボックスに氷を入れてその中にペンギンを入れた。
  心地よさそうにクーラーボックスに入ったペンギンはまた踊り始めた。
「ほんと飽きないね」
  ペンギンは放っておいてもずっと踊った。
  そのシャクシャクという音が、私にはたまらなく気持ちの良いものだった。
「そうだ、名前をつけたげる」
  そのペンギンはアイスクリームで…色的に多分ミルク味だ。
「よし!あんたはアイクだ!」
  アイクは踊るのを一旦やめて片手をあげた。
「アイクー!」
  かわいくなってアイクを撫でると、手がべっとりしてしまった。気をつけないと…。


  アイクはそれからも私を癒し続けてくれた。
  月日が巡っても、冷たいクーラーボックスの中にいるアイクは溶けることはなかった。
  ちょこちょこ氷を替えてあげないといけないのはちょっと手間だけど…流石にこの子の温度に合わせてたら私が凍ってしまうからね。
  そんなある日。
「ねぇねぇアイク!私ついに彼氏ができたんだ!」
  仕事に生きてきた私だったが、アイクと出会ってから自由を優先するようになった。
  踊っているこの子を見ると、なんだか何もかも許されるような気がしたから。
「それでね、今度この家に1回呼ぼうと思って!」
  私はとても楽しみだった。
  私を勇気づけてくれたアイクを彼にも見てもらいたい。
  アイクにも彼を見てもらいたい。
「アイクが私と彼を巡り合わせてくれたんだよー!」
  私は濡れるのも構わずにアイクを抱きしめた。


  そして彼氏が家に来る日。
「こんにちは」
「はーい!」
  私は緊張とともに扉を開けた。
「ささ、どうぞ」
「へぇ…これがシアちゃんの部屋か」
「なんか恥ずかしいね…」
「あれ?これって…」
  やっぱり気になるよね…!
「メルトペンギンじゃん!」
「メルト…ペンギン…?」
「そうそう!学生時代によく食べたなぁ!」
「ひっ…あの…アイクは食べないでね…?」
「アイク?もしかしてそのメルトペンギンの名前?へぇ!飼ってるんだ!」
「かれこれ何年だろ?今までずっと私を元気づけてくれたんだよ!」
「確かにこいつらの踊りはなんかずっと見てられるもんね」
「そうそう!」
「でも外だと踊りながら溶けちゃうからあんまり見てられないんだけどね」
「やっぱり…溶けちゃうんだ…」
「よくわかんないんだよ。溶けることを気にしないみたいな。昔僕の先生が言ってたんだけど食べられるのをむしろ喜ぶのだとか…或いはそれを理解する知能すらないのだとか…」
「そんなことない!」
  アイクをバカにされたようで私はちょっとカッとなってしまった。
「ごめんごめん…別に食べようなんて思ってないから」
「いや…こっちこそ…でも知能が低いなんてことはないと思う…。だってこの子…言葉がわかるんだよ?」
「言葉が…?」
「言葉に反応して頷いたり手を上げたりするの」
「科学的にいえば反射のようなものだと思うけど…でもそう考えた方がいいと思う」
「そうだよね!」
「実は僕もメルトペンギンには思い入れがあってね」
「ロイもそうなの?!」
「まあね。だからシアちゃんの気持ちもわかるよ」
「やっぱりロイが彼氏で正解だった~」
  アイクを受け入れてくれないんじゃないかとヒヤヒヤしていた私は緊張がとけて力が抜けてしまった。
「そう言って貰えて嬉しいよ」
  ロイはにっこりと笑った。

  それからロイはたびたび家に来るようになった。
  アイクもロイが来る時はなんだか嬉しそうにしているように見えた。
  そんな日が続いたある日。
「シア、きいて欲しいことがある」
  ロイが真剣な顔で私に話を持ちかけてきた。
「な…なに…?」
  雰囲気的にもうわかっていた。
「僕と…結婚してくれ」
  やっぱり。
「ロイ…」
  私はもちろん結婚したかった。
  仕事に生きてきた。
  楽しいことなんてなかった。
  いつまでも1人だと思っていた。
  だからこそ、不安だった。
  この幸せな日々が、いつまでも続いていて欲しい日々が、またあの時みたいに崩れてしまいそうで。
  仕事だって、初めは幸せだった。楽しかった。
  でも続けていくうちに、楽しかったことからどんどん嫌いなことに変わっていった。
  もしロイとの日々に慣れていってしまったら?
  或いはロイが飽きてしまったら?
  私は覚悟していたにも関わらず、泣いてしまった。
「シア…」
  ロイが困惑している。
  当たり前だ。
  幸せに違いない日々を前に臆している私は、きっと異常に違いないんだから。
「ごめん…ちょっとだけ…1人にさせて…」
  泣きながらそう言うと、ロイは何も言わずに家を出た。
  アイクが踊るのをやめてこちらを見つめていた。
  あの時と同じように、悲しそうに目元を歪ませて。
「ごめんねアイク…心配させて…。あんたがくれた幸せなのに、全部受け取るのが怖くなっちゃうよ」
  そう、これは紛れもなくアイクが運んできた幸せなんだ。
  私なんかじゃ決して掴めなかった。
  私なんかじゃ絶対に愛して貰えなかった。
  アイクが教えてくれたから。
  自由に生きる勇気をくれたから。
  そうじゃなければ私はどうしていた?
  そう考えると、 この幸せが余りに私に相応しくない。
  そう……考えてしまうのだ…。
「私はあの人を愛しきる資格がない…」
  そう言ってまた泣いた。
「そんなことないよ!」
  後ろから急に誰かに抱きしめられた。
  いつの間にか部屋に入ってきていたロイが私を抱きしめたのだった。
「僕が愛したのは、他の誰でもないシアなんだ!変わったとか変わらないだとか関係ない!君が生まれてくれて、僕と出会ったことに意味があるんだ!」
「ロイ…」
「いつまでも愛すると誓うよ」
  そう言うとロイは私にそっと口付けした。
  私はその時から、この人は生涯私を愛してくれると、迷いなく思えるようになった。


  あれから随分経ったけれど、メルトペンギンのアイクはまだうちにいるのです。
  氷を替えてあげないといけないのはちょっと手間だけど、我が家の天使はあの日と変わらずにそこにいます。
  空から落ちてきた、私と彼のキューピットです。
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