あの夏の日に戻れない

瀬戸森羅

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前編

言葉

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 また僕のつまらない1週間が始まる。
 …と言うのがお決まりになっていたわけだが、春ちゃんがシフトに入るようになってからはその思い込みは一変した。
 すべてのシフトが一緒になる訳では無いが春ちゃんと一緒になる時は自分でもわかるくらいにやる気が出た。
 何を目標に生きるか?そんな自問をしていたわけだがその答えを探すのも馬鹿らしくなってしまった。憂鬱な気持ちさえなければそんなこともを考える隙すらなかったのだ。
 こんな風に春ちゃんに希望を抱いたのは実は僕だけではなかったらしく春ちゃんの入るシフトに申請が殺到したらしい…。

「なぁなぁ。噂の女子高生、どんな感じなの?」
「あぁ…どうといわれても…」
「いやこう…あるじゃん?かわいいとか元気とか」
「良い子、ってところじゃないすか?」
「良い子…か」
「ちゃんと話聞きますし一生懸命仕事するんすよ」
「へぇ…今度朝帯も来てくれないかなぁ」
「高校生っすからね。朝は無理なんじゃないすか」
「よし、俺も夕方申請するわ」
「夕方の申請かなり増えたみたいっすよ…。多分先輩みたいな人が多いんじゃないすかね」
「なぁ悠くん。シフト変わって…」
「嫌ですよ…。朝と夕方丸々変えるなんて流石に無理です。それに先輩、彼女いるじゃないすか…」
「あぁ…それは…はは。あいつにはナイショな?」
「はいはい…」
 この通り彼女のいる先輩の気さえ引いている始末。春ちゃん大丈夫か…?

「悠先輩っ!今日も頑張りましょうっ!」
 そうして今日は春ちゃんと同じシフトの日だ。
「うん。頑張ろうか」
 春ちゃんも別の先輩に色々と教わったのだろう。初日と比べるとかなり動きが洗練されている。
「仕事、かなり覚えたみたいだね?」
「あ、わかります?へへ。褒められたくて頑張っちゃいました」
「それは…偉いね」
「えへへっ!」
 ……天使はここにいた。
「あ…そういえば先輩…SNSやってますか?」
「え…っ?」
「もし良かったら連絡取れるようにしておきたいなぁって」
「あ…あぁ、あれだよね?シフトとか…」
「それもそうですけど…色々と」
「ま…まぁうん、いいよ」
「やった!じゃああとでID見せますね!」
「う、うん」
 まさか春ちゃん…僕のこと…?いや、流石にそれは思い込みが過ぎる。女子高生というのは僕のような年齢の男には特効なのだ…。思わせぶりな態度のひとつひとつにドキドキしてしまっていては僕の身がもたない。

「それじゃあこのコードをスキャンしてもらって…」
「あ、出た。マハル…ってこれ?」
「あ、そうなんです。小野山 春だから…マハル…はは」
「僕もなんかそういう名前付ければよかった」
「普通に悠、なんですね」
「つまんないよね」
「人それぞれだと思います!」
「はは」
 SNSのアイコンから見て取れる若々しさは風景をトプ画にしている僕とは大違いだった。複数人の友達とジャンプする春ちゃんの写真…。肩を組んで跳んでいるのは女友達だけではなかった……おい、そこ変われ。
「どうかしました?」
「あ…いや、なんでも…。」
「じゃあ今日はお疲れ様でした!またお願いします!」
「うん、お疲れ様」
 流石にあの日以降は夜道を送り届けることはなかった。僕がいない日にシフトに入ることは多いわけだしずっと送り届けるわけにはいかない。しかしやはりあの夜が楽しかったのは真実だった。
「あの…春ちゃん。今日、送ってこうか?」
「え…いいんですか?」
「う、うん。僕暇だし時間あるからさ…。」
「じゃあ…お願いします!」
「うんっ!」
 僕は心の中で拳を掲げた。

「学校とか…どう?」
 暗い夜道の静けさに飲み込まれないように春ちゃんに話しかけてみた。
「やっぱり楽しいですよ。勉強は好きじゃないですけどね」
「春ちゃんは…どうしてバイトしてるの?」
「あぁ…遊ぶお金が欲しかったんです。だっておこづかいだけじゃどこも行けないじゃないですか?コーヒー買うだけでも結構するんですよ」
「それは確かに…なんであんなに高いのに行列なのかわかんないんだけど…」
「先輩飲んだことないんですか!?色んな味が出て飽きないですよ!甘いものが好きなので生クリームたっぷりのあの味はお金を払う価値ありますよ!」
「そういうものか…」
「1回飲んでみてください!そしたらきっとわかります」
 じゃあ一緒に……と言おうかと思ったけれど、僕はそこまでこの子に踏み入るべきではないと思った。
 なんというか、あのコーヒー店というものは、若さという切符がなければ入れないような気さえする。もし僕があそこに並んでいたら、冷ややかな目で見られはしないだろうか?
 ……思い過ごしならいい。確かに僕ほどの年齢の者が並んいるのを違和感なく目にしたことはある。しかしどうしても自分が並んでいるイメージはできない。若さ、以外に何があそこまで僕を拒むのだろうか……。
「気が向いたら飲んでみるよ」
「そうですね!」
「あ、そういえば部活とかってどうしてるの?バイトだと大変じゃない?」
「私、文芸部なんです。あんまり部活の時間も長くないのでバイトしても大丈夫です。あ…でも詰まった時は流石にシフト自粛しますけど…」
「なんか意外…文芸部って言う割には活発なイメージっていうか…」
「そんなことないんですよ。私って、学校じゃあんまり相手にされないっていうか…だから、ここだとみんな気にかけてくれて、すごく…嬉しいんです」
「そうなんだ…」
「だから…もしよかったら、仲良くしてくださいね。悠先輩」
「う…うん。僕で良かったら…」
 どこか僕に近い雰囲気を感じたものだが……先程のトプ画とこの発言は矛盾しているような気もする…。それをここでいちいち確認するのは流石にかっこ悪いだろうか…。
「あ、じゃあ今日はここらへんで…。ありがとうございました!」
「あ…うん!また…」
 胸元で小さく手を振るあの仕草をして春ちゃんは僕に背を向ける。僕もまた先日のように帰路に着いた。

 ポコポペン……。
 先日と違ったことはその帰り道、春ちゃんからのメールが届いたことだった。
『先輩、今日はお疲れ様でした。送ってくれてありがとうございます!またお仕事頑張りましょう!』
「……女の子からメールって…いつぶりだろ…」
 いつぶりどころか、グループチャットの連絡事項以来だ…。
『こちらこそ楽しく仕事できてるよ。また頑張ろう』
「こんなもんでしょ…」
 それから数秒の後、再び通知音が鳴る。
『はい!』
「……これはもう、返さないでいいかな。」
 これで会話が終わってしまうのも少し寂しい気もするけれど…あまりしつこすぎても引かれてしまうに違いない。
 僕は携帯をポケットに突っ込んで夜道を1人家に向かうのだった。

『先輩、おはようございます!今日も一日張り切っていきましょう!』
「ん…え、春ちゃん!?…この子もマメだなぁ…。ただの先輩相手にもこんな風にメール送るなんて…」
『おはよう。春ちゃんも学校頑張って!』
『はーい!行ってきまーす!』
 これが僕だけに送られているんだという自惚れは流石にない。しかし今までの生活に欠落していたこの元気の出る言葉が日常に加わったことは、僕の中に大きな変化を与えているような気がしてならなかった。
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