清廉な騎士のはずが魔王の俺に激重感情を向けてくる意味がわからない

七天八狂

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03.騎士団長

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 念の為に変化の術をかけたうえでそっと隠れ家を出ると、目の前には二十名ほどの騎士団と、オレンジ色の髪のイケメン騎士の姿があった。
 そりゃそうだ。むしろあんなにもぐずぐずしていて、現れないほうがおかしい。

「助けてください」

 俺は躍り出るがいなや、さも魔族に追われた神官といった演技で、騎士に向かって駆け出した。

「……いかがされました?」

 はっと驚いた顔で、駆け寄る俺を抱きとめてくれた騎士は、ミヒャエル・ラスベンダーである。
 ヒロインの攻略対象者であり、旅のパーティの一人であるミヒャエルは、真面目過ぎると揶揄されるほど実直な性格で、清廉な騎士として名高い。
 主人公のアグネスが聖女として召喚され、魔王討伐を目指して旅に出ることになったとき、ミヒャエルはその高潔な精神で騎士団を抜け、自らパーティへと加入した、という設定だ。
 そして戦いを終えた今、剣の腕前は世界一にまで至り、その実直な性格は、下から慕われ、上から認められと国民から愛されていたため、若くして騎士団長となったのである。

「薬草を探していたんです。陽の光の届かぬ場所に生育しているものでしたから、この洞窟にあると考えて……」
「それで、どうなされたんですか?」

 ミヒャエルは心配げな顔で肩を抱いてくれている、それは想定どおりだが、返答のほうは予想外だった。

「……ですから、そこに魔族がいて、驚いて……」
「魔族? そこに魔王の姿はありましたか?」

 思わぬ驚きといった顔を見てまさかと怒りが頭をもたげる。
 俺の後ろから魔族が四人も出てきたはずなのに、まるで見ていなかったかのような口ぶりだ。
 さすがに世界一の騎士が見逃すはずはないから、もしかしなくても、エペギュウス中尉以下四人の魔族たちは逃げたに違いない。おそらく真っ先に飛び出した俺を囮にして、透過術を使ったうえで逃亡したのだろう。
 あいつら、まじ殺す。
 魔を生贄に自分たちの身を守るとは、許しがたい。
 ぎりっと拳を握りつつ、怒りのあまり暴れまわるような真似などするわけにはいかないのだからと、落ち着くべく深呼吸をした。
 俺はこのミヒャエルたちに打ち負けて捕まり、死刑の寸前までいった。その当のミヒャエルを前にしては逃げ出すのも当然のことである。
 そう考えて、仕方がないと頭の中で繰り返した。繰り返しながら、途中で、いや待てよと気づく。
 魔族やつらと別れたことは、むしろラッキーなんじゃないか。
 そもそも魔族と合流したところで、まずの目的に魔族ばかどもを使うつもりはなかった。一度食事なり休養を済ませたあと、変化の術を施して人間たち、いや攻略対象者らの懐へ潜り込む計画だった。不甲斐ない部下あほたちのことを嘆くよりも、簡単に飛び込めたことのほうを歓迎するべきだ。

「いえ、魔王の姿までは……しばらく中へ進んでいったところで魔族を一人見かけたので驚いて、すぐに駆け出てきただけですから」
「そうですか。なにごともなくてよかった。ではお怪我はないのですね?」
「ええ。なんともありません」
「では教会の中へ戻って、戸締まりをしてください。わたしたちがすぐに探し出しますので」
「わかりました。ありがとうございます」

 そうして、ぱたぱたと洞窟へ入っていくミヒャエルたちを見送り、最後尾の騎士に向けて消音にした魔法弾をお見舞いした。
 どさっと音が聞こえないよう抱きとめ、草陰へと引きずり込む。
 がちがちに身体にフィットした制服を脱がしにかかるも、上手くいかずにすぐ諦めて、出番のほとんどない着脱の魔法を使う。変化の術のおまけで開発された技であり、なぜか設定に盛り込まれているのだが、ゲームで普通使用されることはない。なぜこんなものをと担当者のこだわりに首を傾げていたが、今の状況では感謝の念でいっぱいだ。
 ありがとう佐倉さくら、と頭の中で礼を言いながら、パンイチにした騎士の顔を観察し、同じ体躯と顔に変化したあと、その制服を身に包んだ。
 三分程度だろうか。もたついてしまったのは、栄養不足だからだった。聞き耳を立てずともうるさいほど腹が鳴っている。
 それは無視して、ミヒャエルたちの後に続いて洞窟へと向かったところ、入る寸前で当のミヒャエルが出てきてぶつかってしまいそうになった。

「バルシュミーデ!」
「申し訳ありません。急いで報告をと焦ってしまいまして」
「どうした?」
「はい。あたりを探索してみましたが、草地へと分け入った跡なども見られませんでした」
「……そうか、おまえの姿がないと思っていたら、外のほうを確認してくれていたのか」
「ええ。飛翔魔獣の姿がありましたので、もしかすると召喚して乗っていったのかもしれません」
「となると、追うことは不可能だな。……ライナーがいなければ空を飛ぶ手立てなどない」
「いえ、近くに魔法の使える友人がおりましたので、彼に追尾魔法を放ってもらいました」
「……どういうことだ?」

 俺はミヒャエルに順を追って説明し、友人のダグラスが教会の中で待機しているので、彼とともに飛翔魔獣を追うべきだと進言した。
 今ここへ連れてまいりますと訴えると、納得した様子のミヒャエルは、洞窟の中を探している騎士団員たちを呼び戻しに向かってくれたため、俺は草陰に戻り、バルシュミーデなる騎士に服を着せて表の道へ引きずり出した。
 またも、草の中へと舞い戻り、今度は全裸になって、水と風の魔法で身体に付着していた細菌や垢を落とした。
 三ヶ月も身体を洗っていなかったからだ。変化の術を使いながらも囚人のごとくの匂いを放っていたら説得力に欠ける。それに前世では毎日入れるなら風呂に入りたい性分でもあったから、気持ち悪くて仕方がなかった。
 そしてエルンストから借りたダルマティカを再び身につけ、草陰をこそこそと移動し、数十メートルほど進んだところで道のほうへ飛び出て、倒れているバルシュミーデを発見しているだろうミヒャエルの元へと、さも教会のほうから現れた風を装いながら向かった。

「あれ、バルシュミーデ?」

 狼狽しつつ、ミヒャエルの姿を見て目を丸くした演技を見せた。

「……あなたが、バルシュミーデのご友人ですか?」
「ええ、トイファーと申します。ここユーアで神官をしながら魔法の勉強もしておりまして……バルシュミーデはどうして……何があったのでしょうか?」
「わかりません。戻ってきたら倒れていました……彼の話では、追尾魔法を使っていただけたということですが……」
「ええ。おっしゃるとおりです。現在飛翔魔獣の動向を把握しております」
「そこに魔王が乗っているというのは感知できるのですか?」
「いえ、そこまではわかりませんが……強い魔力は感じます」
「承知いたしました。飛翔魔獣はどちらの方へ?」
「えっと……北東の方角ですね。双子山のあたり」
「双子山?」
「ええ……あ、滑空して……降り立ったようですね」

 俺が適当に言うと、ミヒャエルは神妙な表情で頷き、騎士団員たちのほうへ目を向けた。
 
「確かに双子山は魔族が目撃されるという話をよく耳にする。もしかしたらやつらの隠れ家があるかもしれない」

 ミヒャエルは言いながら騎士団員たちの輪へと近づき、何事かを相談し始めた。
 双子山には確かに魔族の隠れ家があったが、既に撤退は完了している、はずである。万が一俺が負けた場合、現状ある隠れ家は順次移動しろとヨハネスに命じてあった。
 この隠れ家に関しては、エバーアフターモードの一つであるため残されていただけだ。ユーア教会が悪役神官に治められ、魔族と取引しているのは、アルカディアーヤの裏にはびこる腐敗を撤廃し、内外ともに平定させるクエストを機能させるための設定なのである。
 
「あの、ラスベンダー騎士団長……」

 俺は不安げな表情を浮かべながら、ミヒャエルたちのほうへ歩み寄った。

「もし双子山のほうへ向かわれるのであれば、わたしもご同行してよろしいでしょうか?」
「それは、お断りいたします。魔族と交戦する可能性もありますので、護衛をしながらですと我々も危険を伴います」
「ええ、ですから同行を願い出ているのです」

 訝しげに眉根をひそめたミヒャエルに、俺は続けて訴えた。魔族によって肉親を失ったこと、そのため神官でありながら魔法を習い、人々を救おうと努めていることなどを、真剣に涙ながらに、情熱的にも聞こえる過度な演技で熱弁した。
 ミヒャエル・ラスベンダーは、清廉潔白という表現がまさにと言えるほどの男であり、友人と結婚することになった聖女を愛してしまった自分を責め続けるような心根の持ち主である。
 誰かのために尽くしたいと涙ながらに乞い願う相手を、無下にできる男ではない。

「……承知いたしました。その身はわたしが必ずお守りいたします」

 よしよし。攻略対象者ミヒャエルが一緒に行ってくれたら話が早い。
 呆れ果てんばかりだった部下のバカさ加減が帳消しになるほどの展開に、俺はほくそ笑んだ。
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