22 / 44
22.不機嫌あらわな騎士
しおりを挟む
俺の望みは、もう一度世界を征服をして、魔族たちと人間を共存させることである。
正体を隠して攻略対象者たちに近づくのは危険極まりないが、やつらの懐に入れば最短を辿ることができる。
ミヒャエルからの愛に応えたのはその目的のためであり、利用するためなのである。
だから、どんなにキレ散らかしていようが、目的のほうが重要なので諦めてもらうしかない。
とは言え、騙し討ちのような真似をしたのは事実で、さすがに、多少の後ろめたさはある。
なだめてやれるのなら、できる限りのことはしてやりたい気持ちはあるのだが……
「は? こんなところで何十分も休憩する必要なんてないだろ。馬は元気だし道もいい。このまま順調に行けば日が暮れる前に宿のある村にまでたどり着ける」
「ああ。しかし飲水が心もとないから、沢でも探して……」
「水なら、もう汲んできた」
ミヒャエルは、馬車の道中で休憩を取ったタイミングを見計らって、俺と二人きりになるべくどこぞの物陰へ連れ込もうと画策していた。
しかし、仕切り屋のイジドーアは正論でそれを引き止め、他人に無関心であるはずのライアーが珍しくもお節介な真似をしたせいで、叶わずじまいに終わった。
天気がよく快適な気温だったこともあり、馬も疲労を見せず、旅程は順調過ぎるほどだった。
村にたどり着き、宿をとることになっても、部屋割りは当然とばかりにパーティの三人と、同じ教会の神官たちでまとまることになり、否応もない。
今、宿に荷物を置いたあと村長のところへ挨拶に行くために六人で歩いていたのだが、以前としてミヒャエルは殺気立っている。
約束と違うなどと詰め寄ろうとしないのは、誰にも気づかれないようにと頼んだ俺に、承諾してくれた手前があるからだろう。
そのように実直にも気遣ってくれて、馬車で俺が離れた席に座っても、強引に隣へ来るようなことはしない。
ありがたくはあり、なんとか慰めてやりたい気持ちは強くなっている。
ただ、下手なことをして関係を気づかれてしまうほうが怖いので、結局のところは放置するしかない状況が続いていた。
「あいつは何を苛ついてるんだ?」
「イジドーア、無視しておけ」
「無視って言っても、あんなんじゃいざってときに連携を取りづらいだろ」
「だったらわたしたちだけで組めばいい」
「そんなことしたら怪我人が出るかもしれない」
「ミヒャエルは神官たちを命に変えても守るはずだ」
「は……まあ、神祇官がいるから、してもらわなきゃ困ることだが」
ミヒャエルから遅れてイジドーアとライナーが並んで歩いていて、俺を含む神官トリオはさらに十メートルほど後ろについている。
「フランツ様が抜いておあげになれば一発で機嫌が直るんじゃないですか?」
「ああっ?」
「ええ、ヨハネスの言うとおりです。何か用事でもつけてどこかで済ませてきてください」
「おま、神官のくせに何を言いやがる?」
「悪徳神官とやらなので、倫理観のほうもですよ。ですが愛は神も推奨している高尚なものですから」
「……俺とミヒャエルはなんでもない」
「まだそんなこと言ってるんですか? さすがに無理がありますよ」
「ええ。ヴォーリッツたちが気づくのも時間の問題でしょう」
「うそ?」
「そうですよ。それにこのままだと、俺らのまえでフランツ様に飛びかかるかもしれませんよ」
それはさすがにまずい。気遣ってくれているからと安心しているそれが、油断となってしまっては手遅れになりかねない。
「目の前にいるのにやれないってのは、離れているよりもつらいんですよ」
ヨハネスがしみじみと言った。エルンストに気がある様子のこいつが言うと、なんとも説得力がありやがる。
「抱きしめておあげになって、愛を囁くだけでも十分心が休まると思いますよ」
なにやら穏やかにエルンストが助言めいたことを言ってくれた。それくらいならできるかもしれない。数分でも二人きりになればいいのだから。
村長宅での挨拶を終えて再び宿へと戻ってきた。
宿屋の一階には飯屋があり、村人たちが訪れるそこで、宿泊客も食事をとることができる。
食事を終えたあと、念のため付近を捜索すると言ったイジドーアを見て、これだと思いつき俺は立ち上がった。
「でしたらわたしもご同行いたします」
「トイファー神官が?」
「ええ。多少は魔法も使えますし、足手まといになることはないと思います」
「いいえ。危険です。観光じゃないんですから」
しかし、ライナーから冷ややかにも一蹴されてしまう。
ミヒャエルも俺の意図に気づいたらしく、久しぶりに笑みを見せたというのに、一転して顔が曇ってしまった。
「ええ。ですがわたしも一応は魔法を使えますので、二人組で二手に分かれたら効率がいいかと」
「おお、トイファー神官は勇気がおありの方だ。ローデンヴァルトが潜んでいるとは思えませんが、何があっても俺が全力でお守りしましょう」
「いえ、わたしは騎士だん……」
「気概のある男は大好きです。その意気は俺が買いますよ」
イジドーアは、がはは、と豪快に笑いながら俺の肩を抱き、飯屋の出口へと連れて行かれてしまった。
浮き浮きとした様子のイジドーアは、あの物凄い殺気を感じないのだろうか。
いや、感じて気づかれたりでもしたらむしろ困るのだが、結局のところせっかくのチャンスが水泡に帰してしまった。
「北のほうを見てみましょう。小さい村ですからすぐに済みます」
宿屋を出たあと、右手を進み始めたイジドーアと並んで歩いている。
「承知いたしました」
「そういえばライナーが言ってましたね。神官が神の加護に守られていると」
「……ええ」
「神官ながらも魔術を身につけるなんて、努力をなされていらっしゃるんですね」
「いえ、家族が魔族に殺されて、それで……」
ミヒャエルにもしたトイファーの設定を話したら、さらに関心を買ったらしく、あれこれと楽しげに話しかけてくるようになった。
そんなイジドーアと会話をしていたら、敵ではなく攻略対象者として見えてきて、なんとも言えぬ感慨が湧き、俺のほうも楽しみ始めていた。
「そうなんですよ、鍛えればいいというものではなく、ちゃんと頭を使って順序立てて鍛錬しないと機能しません」
「肉や魚などを多めに取らなければならないんですよね」
「おっしゃるとおりです。鍛えても食事が足りなければ肉がつきませんから」
「そう言ったことを賄ってくださる方はいらっしゃるんですか?」
「……ええ、お恥ずかしながらまだ両親と暮らしておりますから、してもらっているという状況です」
「家督を継がれるのですか?」
「いえ、末息子のうえに養子なので出ていかねばなりません。ですが、一人暮らしとなるとそういった細々とした家事ができるか不安で」
「差し出がましいことではありますが、ヴォーリッツ様であれば、女中なりをお雇いできるのでは?」
「はい。皆はそうやって独立しておりますが、わたしは他人が家にいるというのはどうも落ち着かない性分でして。実家の使用人たちは生まれた頃から世話になっているんで、まだいいのですが」
「でしたらやはり、奥様など……あ、それこそ差し出がましいことでした。申し訳ありません」
「いえいえ、年齢的にもそろそろ身を固めねばならない年ですので、当然すべき話です……なんですが、恋愛というものはどうも苦手で」
当然のことながら、会って間もない神官にアグネスへの想いを吐露するはずがない。そう思っていたのだが、考えていた以上に心を開いてくれたようで、誰か叶わぬ相手を想っているという話はしてくれた。
諦めてはいるから、ただ陰ながらに想っているだけではあるものの、他の人に目が向くこともなく、見合いなどをする気も起きないのだと言う。
ミヒャエルの機嫌を直すはずが、イジドーアと数時間ほど食後の散歩をしただけになってしまったが、意外にも実のある時間だった。
しかしながら、成果にほくそ笑みつつ宿に戻ったところ、ミヒャエルの機嫌は悪化どころじゃなかった。
「どこまで行っていたんだ?」
俺たちが帰るなり、ミヒャエルはイジドーアを壁に押しつけて、脅すかのごとく詰め寄り始めた。
「どこって、北から東のほうを見て回っていただけだ」
「それに三時間もかかるか?」
「かかるだろ。おまえらはいつ戻ったんだ?」
「一時間で済む」
「一時間? ちゃんと確認したんだろうな?」
「俺が見逃すとでも?」
ヤンキーじゃなくてヤクザだこれ。暴行ではなく殺害の意志を感じる。
「……なんだよ」
突然不可解にも殺意を向けられては、イジドーアが苛立つのも無理はない。
こんな宿屋で血を見るような事態になってはならないと焦り、ミヒャエルをなだめるべく近づいた。
「騎士団長……」
「イジドーアと何をしていたんですか?」
あ、俺にも殺意が向いている。しかも問答無用なほどのキレっぷりだ。
この状況ではいちゃいちゃして気を逸らすこともできない。言い聞かせるしかないとなると、めんどくさくなってきた。
「ヴォーリッツ様がおっしゃられていたとおりです。では、おやすみなさい」
「トイファー神官?」
うるせえ。追ってくんな。
部屋のまえまですがるかのごとく追ってくるミヒャエルを振り払い、中に入って鍵を閉めた。
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
ヨハネスとエルンストはカードで遊んでいたらしく、勢いよく部屋に入ってきた俺に、きょとんとした顔を揃って向けてきた。
「トイファー神官」
ミヒャエルの呼びかける声が聞こえてきた。部屋に入っても諦めてくれないらしい。
「フランツ様……」
「名前を呼ぶな」
「……失礼しました」
「トイファー神官、お話したいことがあるんです」
しかも、だ。まだ誰も寝静まっていないこんな時間だっていうのに、憚らずでかい声を出すなんてバカじゃないだろうか。
「トイファー神官、ドアを開けてください」
「……ラスベンダーに呼ばれていますよ」
「それがなんだ」
「開けてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「ええ。騎士団長もそろそろ限界のようですし」
「嫌だ……」
「いい加減、相手してあげたらどうですか? ちょちょいと抜いてあげるだけでいいんですよ」
「ざけんな。そんなことするか!」
「……なんなら俺らの部屋使ってもいいですし。俺は透過術で姿を消しますから」
「ええ。わたしは一時間ほど散歩をして参ります」
味方であるはずの二人が、敵に自分の身を差し出せと訴えてきやがる。
反論すらも面倒になった俺は、すべてを無視して寝台にもぐりこみ頭から布団をかぶった。呼びかけるミヒャエルの声はやむことを知らず、しつこさに辟易してしまうほど続いている。
無視を決め込んだことで、さすがに諦めてくれたものの、去ったあともいまだ呼ばれているような気がして、その夜はまるで寝た気がしなかった。
正体を隠して攻略対象者たちに近づくのは危険極まりないが、やつらの懐に入れば最短を辿ることができる。
ミヒャエルからの愛に応えたのはその目的のためであり、利用するためなのである。
だから、どんなにキレ散らかしていようが、目的のほうが重要なので諦めてもらうしかない。
とは言え、騙し討ちのような真似をしたのは事実で、さすがに、多少の後ろめたさはある。
なだめてやれるのなら、できる限りのことはしてやりたい気持ちはあるのだが……
「は? こんなところで何十分も休憩する必要なんてないだろ。馬は元気だし道もいい。このまま順調に行けば日が暮れる前に宿のある村にまでたどり着ける」
「ああ。しかし飲水が心もとないから、沢でも探して……」
「水なら、もう汲んできた」
ミヒャエルは、馬車の道中で休憩を取ったタイミングを見計らって、俺と二人きりになるべくどこぞの物陰へ連れ込もうと画策していた。
しかし、仕切り屋のイジドーアは正論でそれを引き止め、他人に無関心であるはずのライアーが珍しくもお節介な真似をしたせいで、叶わずじまいに終わった。
天気がよく快適な気温だったこともあり、馬も疲労を見せず、旅程は順調過ぎるほどだった。
村にたどり着き、宿をとることになっても、部屋割りは当然とばかりにパーティの三人と、同じ教会の神官たちでまとまることになり、否応もない。
今、宿に荷物を置いたあと村長のところへ挨拶に行くために六人で歩いていたのだが、以前としてミヒャエルは殺気立っている。
約束と違うなどと詰め寄ろうとしないのは、誰にも気づかれないようにと頼んだ俺に、承諾してくれた手前があるからだろう。
そのように実直にも気遣ってくれて、馬車で俺が離れた席に座っても、強引に隣へ来るようなことはしない。
ありがたくはあり、なんとか慰めてやりたい気持ちは強くなっている。
ただ、下手なことをして関係を気づかれてしまうほうが怖いので、結局のところは放置するしかない状況が続いていた。
「あいつは何を苛ついてるんだ?」
「イジドーア、無視しておけ」
「無視って言っても、あんなんじゃいざってときに連携を取りづらいだろ」
「だったらわたしたちだけで組めばいい」
「そんなことしたら怪我人が出るかもしれない」
「ミヒャエルは神官たちを命に変えても守るはずだ」
「は……まあ、神祇官がいるから、してもらわなきゃ困ることだが」
ミヒャエルから遅れてイジドーアとライナーが並んで歩いていて、俺を含む神官トリオはさらに十メートルほど後ろについている。
「フランツ様が抜いておあげになれば一発で機嫌が直るんじゃないですか?」
「ああっ?」
「ええ、ヨハネスの言うとおりです。何か用事でもつけてどこかで済ませてきてください」
「おま、神官のくせに何を言いやがる?」
「悪徳神官とやらなので、倫理観のほうもですよ。ですが愛は神も推奨している高尚なものですから」
「……俺とミヒャエルはなんでもない」
「まだそんなこと言ってるんですか? さすがに無理がありますよ」
「ええ。ヴォーリッツたちが気づくのも時間の問題でしょう」
「うそ?」
「そうですよ。それにこのままだと、俺らのまえでフランツ様に飛びかかるかもしれませんよ」
それはさすがにまずい。気遣ってくれているからと安心しているそれが、油断となってしまっては手遅れになりかねない。
「目の前にいるのにやれないってのは、離れているよりもつらいんですよ」
ヨハネスがしみじみと言った。エルンストに気がある様子のこいつが言うと、なんとも説得力がありやがる。
「抱きしめておあげになって、愛を囁くだけでも十分心が休まると思いますよ」
なにやら穏やかにエルンストが助言めいたことを言ってくれた。それくらいならできるかもしれない。数分でも二人きりになればいいのだから。
村長宅での挨拶を終えて再び宿へと戻ってきた。
宿屋の一階には飯屋があり、村人たちが訪れるそこで、宿泊客も食事をとることができる。
食事を終えたあと、念のため付近を捜索すると言ったイジドーアを見て、これだと思いつき俺は立ち上がった。
「でしたらわたしもご同行いたします」
「トイファー神官が?」
「ええ。多少は魔法も使えますし、足手まといになることはないと思います」
「いいえ。危険です。観光じゃないんですから」
しかし、ライナーから冷ややかにも一蹴されてしまう。
ミヒャエルも俺の意図に気づいたらしく、久しぶりに笑みを見せたというのに、一転して顔が曇ってしまった。
「ええ。ですがわたしも一応は魔法を使えますので、二人組で二手に分かれたら効率がいいかと」
「おお、トイファー神官は勇気がおありの方だ。ローデンヴァルトが潜んでいるとは思えませんが、何があっても俺が全力でお守りしましょう」
「いえ、わたしは騎士だん……」
「気概のある男は大好きです。その意気は俺が買いますよ」
イジドーアは、がはは、と豪快に笑いながら俺の肩を抱き、飯屋の出口へと連れて行かれてしまった。
浮き浮きとした様子のイジドーアは、あの物凄い殺気を感じないのだろうか。
いや、感じて気づかれたりでもしたらむしろ困るのだが、結局のところせっかくのチャンスが水泡に帰してしまった。
「北のほうを見てみましょう。小さい村ですからすぐに済みます」
宿屋を出たあと、右手を進み始めたイジドーアと並んで歩いている。
「承知いたしました」
「そういえばライナーが言ってましたね。神官が神の加護に守られていると」
「……ええ」
「神官ながらも魔術を身につけるなんて、努力をなされていらっしゃるんですね」
「いえ、家族が魔族に殺されて、それで……」
ミヒャエルにもしたトイファーの設定を話したら、さらに関心を買ったらしく、あれこれと楽しげに話しかけてくるようになった。
そんなイジドーアと会話をしていたら、敵ではなく攻略対象者として見えてきて、なんとも言えぬ感慨が湧き、俺のほうも楽しみ始めていた。
「そうなんですよ、鍛えればいいというものではなく、ちゃんと頭を使って順序立てて鍛錬しないと機能しません」
「肉や魚などを多めに取らなければならないんですよね」
「おっしゃるとおりです。鍛えても食事が足りなければ肉がつきませんから」
「そう言ったことを賄ってくださる方はいらっしゃるんですか?」
「……ええ、お恥ずかしながらまだ両親と暮らしておりますから、してもらっているという状況です」
「家督を継がれるのですか?」
「いえ、末息子のうえに養子なので出ていかねばなりません。ですが、一人暮らしとなるとそういった細々とした家事ができるか不安で」
「差し出がましいことではありますが、ヴォーリッツ様であれば、女中なりをお雇いできるのでは?」
「はい。皆はそうやって独立しておりますが、わたしは他人が家にいるというのはどうも落ち着かない性分でして。実家の使用人たちは生まれた頃から世話になっているんで、まだいいのですが」
「でしたらやはり、奥様など……あ、それこそ差し出がましいことでした。申し訳ありません」
「いえいえ、年齢的にもそろそろ身を固めねばならない年ですので、当然すべき話です……なんですが、恋愛というものはどうも苦手で」
当然のことながら、会って間もない神官にアグネスへの想いを吐露するはずがない。そう思っていたのだが、考えていた以上に心を開いてくれたようで、誰か叶わぬ相手を想っているという話はしてくれた。
諦めてはいるから、ただ陰ながらに想っているだけではあるものの、他の人に目が向くこともなく、見合いなどをする気も起きないのだと言う。
ミヒャエルの機嫌を直すはずが、イジドーアと数時間ほど食後の散歩をしただけになってしまったが、意外にも実のある時間だった。
しかしながら、成果にほくそ笑みつつ宿に戻ったところ、ミヒャエルの機嫌は悪化どころじゃなかった。
「どこまで行っていたんだ?」
俺たちが帰るなり、ミヒャエルはイジドーアを壁に押しつけて、脅すかのごとく詰め寄り始めた。
「どこって、北から東のほうを見て回っていただけだ」
「それに三時間もかかるか?」
「かかるだろ。おまえらはいつ戻ったんだ?」
「一時間で済む」
「一時間? ちゃんと確認したんだろうな?」
「俺が見逃すとでも?」
ヤンキーじゃなくてヤクザだこれ。暴行ではなく殺害の意志を感じる。
「……なんだよ」
突然不可解にも殺意を向けられては、イジドーアが苛立つのも無理はない。
こんな宿屋で血を見るような事態になってはならないと焦り、ミヒャエルをなだめるべく近づいた。
「騎士団長……」
「イジドーアと何をしていたんですか?」
あ、俺にも殺意が向いている。しかも問答無用なほどのキレっぷりだ。
この状況ではいちゃいちゃして気を逸らすこともできない。言い聞かせるしかないとなると、めんどくさくなってきた。
「ヴォーリッツ様がおっしゃられていたとおりです。では、おやすみなさい」
「トイファー神官?」
うるせえ。追ってくんな。
部屋のまえまですがるかのごとく追ってくるミヒャエルを振り払い、中に入って鍵を閉めた。
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
ヨハネスとエルンストはカードで遊んでいたらしく、勢いよく部屋に入ってきた俺に、きょとんとした顔を揃って向けてきた。
「トイファー神官」
ミヒャエルの呼びかける声が聞こえてきた。部屋に入っても諦めてくれないらしい。
「フランツ様……」
「名前を呼ぶな」
「……失礼しました」
「トイファー神官、お話したいことがあるんです」
しかも、だ。まだ誰も寝静まっていないこんな時間だっていうのに、憚らずでかい声を出すなんてバカじゃないだろうか。
「トイファー神官、ドアを開けてください」
「……ラスベンダーに呼ばれていますよ」
「それがなんだ」
「開けてあげたほうがいいんじゃないですか?」
「ええ。騎士団長もそろそろ限界のようですし」
「嫌だ……」
「いい加減、相手してあげたらどうですか? ちょちょいと抜いてあげるだけでいいんですよ」
「ざけんな。そんなことするか!」
「……なんなら俺らの部屋使ってもいいですし。俺は透過術で姿を消しますから」
「ええ。わたしは一時間ほど散歩をして参ります」
味方であるはずの二人が、敵に自分の身を差し出せと訴えてきやがる。
反論すらも面倒になった俺は、すべてを無視して寝台にもぐりこみ頭から布団をかぶった。呼びかけるミヒャエルの声はやむことを知らず、しつこさに辟易してしまうほど続いている。
無視を決め込んだことで、さすがに諦めてくれたものの、去ったあともいまだ呼ばれているような気がして、その夜はまるで寝た気がしなかった。
48
あなたにおすすめの小説
完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました
禅
BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。
その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。
そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。
その目的は――――――
異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話
※小説家になろうにも掲載中
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
オメガのブルーノは第一王子様に愛されたくない
あさざきゆずき
BL
悪事を働く侯爵家に生まれてしまった。両親からスパイ活動を行うよう命じられてしまい、逆らうこともできない。僕は第一王子に接近したものの、騙している罪悪感でいっぱいだった。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる