甘ったれな魔術師と堅物騎士の滑稽な交わり

七天八響

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26.情熱的ともいえる長さ

 途中、ルーファスが「あそこだ」と声を上げ示した先は、たしかに高原の名に相応しく、山から続く新緑が地平線を見せるほど広がっている場所だった。
 見たところ、魔族の姿はない。
 そこへ木箱を着陸させたパーシヴァルは、やおらリアムへ目を向けた。すると目が合い、口を開こうとする前にわかっているとでもいうように頷かれた。

「昨日魔族が攻撃してきた魔術を覚えているか?」
「……お、俺じゃなくて魔族がってこと?」
「そうだ。あれを真似できないか? 一度も見たことのない魔術だった。色が……」
「……黒かった?」
「そう。あんなインクのような光は見たことがない。もし魔族と人間の魔術師で違いがあるとするなら、味方の術と勘違いさせることができるんじゃないか?」

 リアムの言葉に、スタンリーとルーファスは「確かにな」と感嘆の声を上げた。
 
「さすがだアラム。おびき寄せるってことか」
「そう。もし可能なら目立つやつがいい。空を暗転させるとか、魔族がやりそうな術を使うんだ」

 意気揚々と盛り上がる三人をまえに、パーシヴァルはといえば絶句していた。
 パーシヴァルにとって理屈は理解できても、無茶振りが過ぎることだった。
 人間は無知がゆえにしばしばこのようなことを口にする。魔術とはかくも不思議なものであり、なんでも可能と考えてしまう。魔術師からすれば思い込みも甚だしく、呆れる話なのである。
 それに魔術とは目的のために発動させるものであって、その影響で起きる音や光に着目する者はいない。
 わざとその効果のみを見せるなんて、とパーシヴァルは一応首をひねってみたものの、これといったアイデアが浮かぶわけもなく、黙り込んだままだった。

「どうした? できないのか?」

 リアムからまさかというように訊かれて、パーシヴァルは不服に口を尖らせた。
 
「俺はまだすべてを習っているわけじゃないし……」
「……成人年齢に達する頃には、独り立ちできるだけの能力を修得するんじゃないのか?」
「普通はそうだけど、俺はその……学び途中っていうか……」
「……じゃあ幻覚魔術は?」
「幻覚?」
「ああ。ここに大勢の人間がいるように見せかけるってのはどうだ?」

 それならできる。誰と指定されないのであれば、自分たち四人の幻を大量に投影させればいい。
 パーシヴァルは返答する代わりにすぐさま発動させてみた。

「うお!」

 するとスタンリーは尻もちをついてしまった。兵士としてあるまじきと苦渋の顔をしているが、いきなり現れた幻術たちは、地平線を覆い隠すほどの規模である。ただ四人を増殖させただけでも、なかなかに圧巻で、ひどく不気味な光景だった。
 
「なるほど、確かにこの方法でも魔族をおびき寄せられるかもしれないな。さすがパーシヴァル」
「いえ、リアムが……」
「これ、俺らの動きをそのまま映し出しているんだろ?」

 リアムは手を振って自身の分身を観察している。

「そう。別の動きをさせることもできるけど、正直なところ疲れるっていうか、集中して周りに意識を向けられないし、魔力もたくさん消費する」
「だったら、このままでいい。遠目に誤魔化せる程度でいいわけだから、逃げているように見せかけよう」

 それもそうだ、と同調したルーファスたちもリアムに続いて歩き出した。パーシヴァルも遅れを取らないようにと後ろへつきながら、胸中複雑に滲む涙を必死で堪えていた。
 呆れられると思った。
 敵を一蹴できるほどの魔力を持っているのに、技術は未熟で、アイデアを出すこともできず、できないことばかりの未熟者だ。
 そう見下されるはずが、感心されるとは思わなかった。
 どう反応していいやらわからず、なぜとも考えられない。パーシヴァルはせり上がる涙を堪えるのが精一杯だった。
 十分ほど歩き続けたころ、リアムが「きたぞ」とつぶやいた。

「歩みは止めるな」

 聞こえた直後に、森で見た閃光と轟音が襲いかかってきた。防衛魔術はすでに張ってある。衝撃波も目の前で霧散し、四人はびくともしなかった。

「うまくいったな」
「はい。ルーファス殿下とスタンリーは、ここで待機してもらえますか?」
「……わたしたちは、って、リアムとパーシヴァルはどうするんだい?」
「俺たちは上空から攻撃します。パーシヴァル、殿下たちの防御は離れていても効果があるんだろ?」
「えっ? ……あ、あるよ」
「よし。行くぞ」

 リアムは言いながらパーシヴァルの近くへと歩み寄り、後ろから羽交い締めにした。
 
「行くって……」
「飛べ」
「あ、うん」

 リアムからあれこれ命じられ慣れてきたせいか、聞いてすぐにパーシヴァルは飛翔した。

「ど、どこに行けばいいの? 魔族のところ?」
「そのまえに殿下たちから見えないところへ行け」
「なん……」

 なぜ?と聞き返そうとした途中で、パーシヴァルは気がついた。どこへ行くべきかもわからず、愚直に上空へと飛翔していたせいで雲の上にまで到達していた。慌てて停止した瞬間、リアムは後ろから器用にもパーシヴァルを自分のほうへと寄せ、おもむろに口づけた。

「んっ……」

 またたくまに、口内へと魔力が注がれる。リアムの甘い匂いと暖かく湿った舌の感触、魔力のうっとりとする味も同時にパーシヴァルの五感を刺激した。

「んんっ」
 
 パーシヴァルは焦れったくなり、身体をひねってリアムと向かい合う格好になった。するとリアムも応えてくれ、二人は抱き合う形となって口づけを深めた。
 腰を抱くリアムの手つきが、不思議と優しく感じられる。落下しないためだとわかっていても、パーシヴァルの鼓動はいや増しに早くなった。

「……向こうへ移動しろ。……影が見える」

 二分足らずのことだった。魔力の補給という目的でいえば短くとも、愛を確かめるためというなら情熱的なほどの長さだった。

「移動って魔族のほうに?」
「ああ。多少は補給できただろ? 見えたらとにかく撃ちまくれ」
「撃ちまくる……」
「消費量は計算しなくてもいいだろ……俺がいるんだから」

 パーシヴァルは、リアムを見た。正面から抱き合っていたリアムは、寸前までパーシヴァルの右肩にあごをのせていたはずだった。
 そのはずが、パーシヴァルが顔を向けたとき、リアムも同じタイミングでパーシヴァルに目を向けていた。ふいに合ってしまった視線を絡めながら、パーシヴァルは頬に溜まった熱をさらに高くした。リアムの目はいつかのときのように恥ずかしげに潤んでいて、忌々しげに吐き捨てたときのリアムとは重ならなかった。

「……なんだよ、移動中もしろっていうのか?」

 パーシヴァルは、単に不思議に感じただけだった。しかしリアムは、驚くべく意味に捉え間違えたようだった。
 魔力は七割以上残ってる。短いといえる程度にしか供給できなかったが、それでも十分だった。移動中に意識をそらしてしまっては危険極まりない上に、必要ともいえない。

「うん。……もう一回」

 それなのに、パーシヴァルの口から出てきたのは、考えとはまるで逆の言葉だった。リアムは苛ついたように舌打ちをして「仕方ないな」と不満げに言ったのちに、再び魔力の供給を始めた。
 パーシヴァルはリアムの苛立った態度を少しも腹立たしく感じなかった。
 なぜならパーシヴァルの頭には、初めて意識のあるときに供給された記憶が蘇ったからだ。
 もしかしたら、リアムのほうも感情を共有しているのではないか。羞恥だけでなく陶酔の感覚を。
 もしくはそのとき以上の、今パーシヴァルが抱き始めていたものまでをも共有しているかもしれない。自覚するには気恥ずかしく、真っ向から受け止めるには耐え難い。しかし確かに抱き始めたものを、リアムも、と感じたからだった。
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