ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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1.暗殺計画

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 油断をつくには信頼を得ることが最も容易いという。しかし、信頼というものは時間をかけて積み重ねていくもので、得るために必要な労力は計り知れない。要は割に合わないほど手間のかかるものだった。
 そのため多くは一撃必殺の技術を磨く。護衛の隙をつく技能を磨いたり、侵入方法に頭を捻ったり、身体的な技術を高めるなど、大勢に有効な手段のほうに焦点を絞る。

 エウレアという国の王城にクリステルという従者がいた。
 姓もなくただクリステルという名だけで生きてきた少年は、暗殺の腕を磨く機会なんてものはなかった。ただ、十数年という年月の間、一人の要人に仕えていただけだった。
 クリステルは、信頼という最も簡単かつ得るのが難しい武器を手にしていた。しかし、本人は知らなかった。知らぬまま、自分に暗殺などというだいそれたことできるのかを不安に感じながら、エウレリア国の第一王子、イリス・ガルムステッドの部屋へと向かっていた。

「……失礼いたします。湯浴みの準備に参りました」

 ノックをし、頭を下げてから入室した。
 中には、ソファにもたれて本を読んでいるイリス王子がいる。いつものように、クリステルが入室しても空気が入れ替わったごとく気に留めない。ドアの前や外にいる護衛も眉一つ動かさず、クリステルなどいないも同然の扱いだ。

「あーあ、そろそろ入浴しようかな」

 しばらくしてイリスが本を閉じ、伸びをしながら言った。部屋の隅で息を殺して待機していたクリステルはどきりと心臓を跳ねさせて、イリスの元へ向かう。
 
「……支度は整っております」

 話しかけても答えないし、視界にも入れない。しかし聞こえていはいる。
 浴室へ行き、足を止めたイリスは両手を広げて静止した。クリステルがついてきていることをわかっていて、衣服を脱がされるのを待っているのだ。毎夜何度も繰り返しているように一糸まとわぬ姿にしたあと、イリスがおもむろにバスタブへと向かう。少しぬるくなっているため、クリステルは湯に手をつけながら熱湯を注ぎ、温度を調整した。

「整いました」

 クリステルの言葉に、イリスは頷くでもなく湯船に浸かった。花の香のする石鹸を手に泡立て、イリスの身体を洗っていく。

「今夜は誰を呼んだんだっけ……」

 まるでクリステルに訊ねているようだが、独り言だ。長年仕えていても、話しかけられたことはほとんど……いや、まったくない。
 誰を呼んだかというのは、今夜の相手のことだろう。風呂の世話を終えればクリステルの仕事は終了となる。だから見たことはないが、このようにイリスが独り言を繰るので、無知なクリステルでも情報としては知っている。

「キースネン伯爵夫人は最近わがままになってきて嫌なんだよな……ブリットにしようか……」
  
 今年二十二になるイリスは、第一王子として次期国王の座にある。彼に声をかけられて袖にする女性はこの国に一人もいない。
 幼いころから利発で優秀かつ国一番の剣技の腕を誇り、馬の扱いも上手く、小競り合い程度だが隣国ともめたときは先頭を切って出陣し、武勲をあげた。国政の場でもすでに頼られており、現国王の治世に不満などないといっても、イリスが戴冠したあとは歴史に残るであろうと今から期待されている。
 そんな優秀な王子は、見目も麗しい。王妃の美貌をそのまま受け継ぎ、エウレリアの至宝と呼ばれる端正な顔立ちをしている。白に近ければ近いほど人気がある髪の色はプラチナブロンドで、瞳は淡いグレーだ。まるで天上から遣わされたごとく美しさで、凛々しくも強靭な身体を持っている。
 誰もが信頼し、次期国王と見做して憚らない、絶大な人気を誇る王子だった。
 
 ──イリス王子を暗殺できるのはクリステルしかいない。
 
 二ヶ月前に囁かれた言葉が頭の中でぐるぐる回る。
 ばちゃばちゃと水を跳ねさせながらイリスの足を洗い、太ももから腰、腹から胸へとタオルを滑らせていく。クリステルは動くたびに耳の後ろがひんやりとして、意識が散ってしまいそうになる。
 
 ──これで身体のどこかを突く。爪の先ほどの厚みしかないから刺されても気づかないし、毒は遅効性だから回るのに時間がかかる。いつ誰が、どのように殺したのかわからない仕掛けになっているから大丈夫だよ。
 
 手渡されたのは二週間前。その日から頭の中で何度もシミュレーションはしていた。
 しかし、本当にこんな毒針で第一王子が死ぬのだろうかとの不安は拭えない。武勲をあげるほどの腕を持つ剣豪が、たかが空気のように存在感がないというだけで、本当に油断するのだろうか。
 どきどきとしつつも、緊張で強張りそうな手を必死に動かす。いつも通りの平常心を保とうと規則的な呼吸を意識した。

「そういえば、最近入ってきたアルマは肉付きがよかったな。味見してみようか……しかし、女には飽きてきたんだよな。みんな似たような反応だし。処女なのにどうやって学ぶのか……」
 
 独り言を繰り出しているイリスが、バスタブに預けていた背を少し起こした。洗いやすいようにするためだ。首から背中へと洗う位置を変え、クリステルはイリスの死角にきた。
 チャンスだ。いまならできる。
 クリステルは息を呑み、タオルを動かす手を震わせないよう続けながら、持っていないほうの手を慎重に耳の後ろへと回そうとした。

「はっ……」
 
 その瞬間、頭の中にイリスの死に顔が浮かんだ。
 はっきりと、鮮明に。
 青ざめた顔は穏やかな表情をしているが、人形のように動かず、間違いなく事切れている。
 
 ──犯人は、あなたです。
 
 聞いたことのない女の声が頭に響いた。犯人はあなた……目を見て指で差されたのだからクリステルのことだ。いまから殺すのだし、厳重な警備と本人の強さを考えれば、この国でイリスを殺せるのはクリステルしかいない。
 だから、犯人となるのは当然のことだが、このイメージはなんだ? まるで実際に起きたことのように鮮明だ。起きていないことであるはずが、すでに見た光景のように感じる。
 
 ──犯行は暴かれ、犯人は必ず裁かれるのです。
 
 クリステルの頭に、自分が国民の前で断首刑を言い渡され、罵声と怒号を浴びながら処刑台に立つイメージが再生された。
 裁かれる。処刑台に立つとはつまり、死ぬということだ。
 
 ──いやだ。

 強く思ったとき、この先起きる様々なイメージが津波のように押し寄せた。騎士団のアウレリウスから不審な目で見られ、エデュアルド第二王子が痛ましそうな表情を向ける。神官のバルテルスがまさかと驚き、ユングストレーム若公爵が怒りの咆哮をあげる。そして、見知らぬ女がクリステルを追い詰める。
 見知らぬ女ではない。カトリーナ・リンダールという名だ。平民ながらに頭脳明晰で、第一王子は病気ではなく毒殺と指摘し、捜査を進め、証拠である毒を発見し、関係者の証言を集め、最後には犯人を見つけ出す。
 その裏で、エデュアルドやアウレリウスたちの好感度をあげ、恋愛メーターをあげていく。クリステルが追い詰められている横で、愛を育んでいく。
 『名探偵カトリーナのエウレリア国殺人事件』だ。

 押し寄せた膨大な記憶に、クリステルは呆然となった。
 呆然としていた目に、グレーの淡い色が見えた。遠目や横からではない。イリスの瞳に、ぽかんとした自分の顔が映っている。
 イリスが、クリステルを見ている──

「……そうだ。思い出した。確かクリステル、って名前だよね?」
 
 クリステルは全身をわななかせた。すがめられたグレーの目は、確かにクリステルを見ている。
 見ているとはつまり、彼は生きている。死ぬはずのイリスがまだ生きている。ということは、まだ事件は起こっていない。殺さなければ起きない。死ななければ、自分も断罪されない。
 混乱のさなかにあったクリステルは、シンプルな答えにたどり着き、安堵した。

 あぶねー! 殺したら、俺が死ぬとこだった。あぶねー。危機一髪すぎ。

「なあ……おい……クリステル」

 どきどきとしていたところに大きな声で呼びかけられ、俺は、えっ?と意識を現実に戻した。拍子にタオルを湯の中にぽちゃんと落としてしまう。

「はい!」
「どうした?」
「え……」
「不届きなことでも考えてる?」

 イリスは俺と目を合わせながら、おかしげに口の端を吊り上げた。汗がどっと噴き出し、心臓がばくばくと踊り狂い始めた。
 不届きなことってなんだ?
 
「滅相もございません! あの……申し訳ありません……あ、ただいま続きを……」

 俺はタオルがないことに気づいて、慌てて湯に手をつっこんだ。
 気づかれたのだろうか。イリスが俺の目を見るなんて、出会ったとき以来だ。声をかけてきたことも。不審にも動揺したのだから、なにごとかと思うのも無理はない。とはいえ、十数年の信頼がある。無防備な状況で二人きりになれるほどの信頼だ。俺にイリスを殺す利害なんてない。頭のいいイリスが俺に動機なんてないことに気づかぬはずはないのだから、大丈夫だ。
 俺は動揺を悟られまいと平静を装い、タオルを必死に手探りした。

「俺を殺そうとでもした?」

 湯に突っ込んでいた手に、なにかが触れた。ぎゅっと握られ、ぐいと引かれた。

「えっ?」

 ものすごい力で引き寄せられ、まったく身構えていなかった俺は湯船の中に落ちた。落ちたというか、イリスのうえに乗りかかってしまった。
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