ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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13.主人公登場

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 考えが甘かった。イリスのやばさを知っていたのに、忘れかけていたばかりか、ややもすれば油断してしまっていた。
 毎夜愛おしむように抱かれ、好きだとささやかれ、変わってきてくれたものと期待していたらしい。
 なんて馬鹿なのだろう。
 サイコパスは後天的なものじゃない。歪んでいるのは、生まれながらなのだ。
 イリスは本来死ぬはずだった。だからゲームの制作会社は、考えなしに設定を盛るだけ持った。完璧すぎる人間は歪むとか、リアルに生まれた人格がどんなふうに成長するかなんて、想像すらしなかったに違いない。

「クリステル様、このような場所へいらっしゃらないでください」

 午後になったため、お茶の用意のため城の調理場へとやってきた。すると入るや否や古参のメイドからトレーを奪われ、部屋へ戻るよう促されてしまった。

「わたしの仕事ですから」
「とんでもない……何度も申し上げておりますが、クリステル様を働かせてしまっては、イリス殿下からお叱りを受けることになります」
「そんなこと……イリス様は──」
「お願いします」

 必死な顔で頭を下げられ、反論の口を塞がれてしまった。
 ここ最近、いつ来ても止められる。またかと肩を落とし、俺はしぶしぶ調理場を出た。
 事件のあと、周りの俺を見る目ががらりと変わってしまった。仕事をしようとすると止められ、これまで当たり前にやってきた仕事はすべて先回りされるようになった。空気のごとくだったというのに敬語を使われるようになり、様までつけられてはきまりが悪い。
 瀕死のアウレリウスの横で犯された話が誇張された形で広まったせいだった。イリスの愛人だと見做されるようになり、近づいたら殺されるといって恐れられるようになってしまった。性奴隷でしかないのに、空気扱いのほうがよほどマシだったと気が滅入る。

「あっ、すみません」
 
 廊下を曲がったところで騎士たちとかち合った。十人ほどいた彼らは俺を見た途端に、やばいといった様子で目を伏せ、化け物でも見たかのように顔色を変えた。

「失礼いたします」

 俺から顔を背けながら、そそくさといった様子で横を通り過ぎていった。
 やられたのが次期騎士団長と謳われていたアウレリウスだったことがよほど堪えたらしい。無理もないとは思うものの、そもそもが公平な勝負ではなかったのだから、そこまで気にする必要はないと思う。
 結局、事件は大ごとにならずに収束した。イリスは言い逃れなどせず、すべて自分の責任だとして事実を話したのだが、なんのお咎めもなかった。王子だからというわけではない。アウレリウスの上司や騎士団の上層部は、現役の騎士が護衛すべき王子に負けたという点のほうを問題視したからだった。互いに剣を持っていたのだから一方的ではなかったと見なし、いくらイリスが戦争の英雄とはいえ、鍛え直さねばならないとして、感謝していたくらいだった。
 そもそもが、イリスの評判が高すぎたせいかもしれない。王子が身勝手にも騎士に傷をつけたなど、誰の頭にも浮かばなかったのだ。
 合法的にサイコパスを断罪する機会は失われたが、アウレリウスが順調な回復を見せていることは救いだ。出血量に反してさほど重症ではなかったようで、後遺症も残らないと聞いてほっとした。
 
「あ、いたいた。ようやく見つけたわ」

 ふいにどこからか甲高い若い娘の声が聞こえてきた。
 聞き慣れない声で、なんだろうと気になった俺は、何気ない様子を取り繕いつつ足を止めた。
 ちらとあたりを窺い見えたのは、エデュアルドだった。
 
「……おい、声が大きいって」
「大きくないわよ。彼と話してみたかったの。ちょっと声をかけてくる」

 上等とはいえない綿のドレスを着た娘と一緒にいる。彼女は笑顔でエデュアルドに言うと、俺のほうへ駆け出した。
 おいおいおいおい。
 みるみる俺のほうへ向かってくる娘を見て、俺は驚愕に固まった。
 栗色の髪と理知的な眉、ぱっちりとした目に薔薇色の頬は見間違うはずがない。乙女ゲーム『名探偵カトリーナのエウレリア国殺人事件』の主人公、カトリーナだ。

「こんにちは、クリステル。わたしはカトリーナ・リンダール。あなた、もしかして転生者?」
「はぇあ?」

 素っ頓狂な声が出た。

「イリス王子のこと、なんで殺さないの?」

 なんだこいつ。突然なんなんだ?

「失礼ですが、わたしはイリス様の従者でありますので」
「従者だから犯人なんじゃん。毒針受け取ったでしょ? でも殺してないのはおかしいなって……もしかしたら、転生したら悪役だったから、断罪されないために改心したとかそういうラノベみたいなことしてるのかなって考えたんだけど、違う?」

 違わない。そのとおりだ。この女はなぜかこの世界のあるべきだった姿を知っている。てことはつまり、こいつも転生者ってこと?
 ……まじで?

「……なにを、おっしゃっているのかわかりません」
「動揺がもろに出てる。相手の本音を見抜くにはゲリラ的に質問をぶつけるのが有効なのよ。改心したってことは、このゲームをプレイした経験があるってことでしょ? てことは推理ゲームとしてじゃなく乙女ゲームとしてプレイしていたタイプ? もしかしてイリス王子が推しで、助けたかったとか? それでセックスして楽しんじゃってるの?」

 うるせえ、こいつ。なんなんだ。転生者っぽいのに、中身もカトリーナみたいだ。
 好奇心旺盛であけすけなくずばずばと聞いちゃう痛い子。ただ本物は、心優しくて明るい性格をしていて、ギャップに萌えるのか仕様なのか、攻略対象者たちはもれなくメロメロになる。

「それとも処刑を免れたかったとか? だったらわからないでもないけど、イリス王子やばくない? 部屋でアウレリウス斬っちゃうとか頭おかしいでしょ。てか、せっかく恋愛メーターあげてたのに、ベッドで寝たきりにしてくれちゃって、ちょっとムカついてるっていうか……まあ、今のところはエデュアルドといい感じだからいいんだけど」

 訊ねてきたくせに、答えを聞かずに俺が転生者だと思い込んでいる。
 事実なんだけど、違ってたらどうすんだよ。自分が転生者だし、イリスが暗殺されなかったから確信しているのだろうか。

「カトリーナ、時間に遅れるから」

 不安げな顔のエデュアルドがあたりを気にしながら近づいてきた。

「まだ余裕あるって。イリス王子の目を気にしてるんなら、平気よ」
「なにが平気なんだよ……彼は兄上の愛……従者なんだから」
「そう。愛人で従者だから、彼が唯一イリス王子の隙をつけるの。……一応、これを渡しておくわ」

 ほら、とカトリーナから差し出されたのは、見覚えのある針だった。え?と見上げると、カトリーナの口元がにやーっと悪い笑みに歪んだ。

「前のやつ、もしかしてまだ持ってる? でも時間が経つと毒の効力は失せちゃうから、前のはただの針になってるよ。ウルヤナはどっかに消えちゃったから、これから用意できるのはわたしだけだからね」

 ウキウキと言いながら、カトリーナは呆然とする俺の手をとり、その上に針を乗せてきた。いやいや、こんなの持ってたらまずいって。イリスに見つかったら殺される。

「必要ありません」

 カトリーナに突っ返したが、彼女は手を引っ込めて受け取ろうとしない。

「迷いがあるんなら、今夜エデュアルドの部屋に来て。イリス王子が寝たあとでいいから」
「はあ?」
「カ、カカカカカトリーナ、そ、そそそそ」

 俺以上に驚いた様子のエデュアルドは顔を真っ赤にして、カトリーナは笑い声をあげた。

「変なことはしないわよ。ただ、わたしがクリステルと話したいだけ。王城内にいないと会えないでしょ? だめ?」

 カトリーナが覗き込むと、エデュアルドはぷるぷると顔を横に振り、次にぶんぶんと縦に振って了承の意を示した。

「うん。じゃあ、クリステル、それまで持っていて。なんなら今夜決行してもいいけど、その様子じゃ疑問だらけだろうからとりあえず話しましょ」
「いえ……話すことなんて……そもそもイリス様がご就寝されても抜け出せませんし……」
「抜け出せないことを気にしてるってことは話す気があるってことね。じゃあ、一応これも渡しておく」

 カトリーナは指でつまんだ袋を俺の前にひらひらと掲げた。

「持っていて損はないと思うよ? ……睡眠薬」

 なんでそんなもん持ってるんだ? 毒針といい、探偵というより犯人じゃねえか。
 呆気に取られていた俺は、二度目はないとの抵抗で手を出さなかった。するとカトリーナは袋を足元にぽんと投げ、くるりと踵を返した。

「じゃ、行きましょ」

 エデュアルドの腕に手を絡め、立ち去っていった。
 なんなんだあいつ。どうしよう。
 呆然と去る二人を目で追っていた俺は、遠目にイリスらしき人物の姿を見て、反射的に袋を拾い上げた。針とともにポケットの中へ押し込み、なんでもない振りをしてイリスのほうへと足を踏み出す。

「どうしたの?」
「いえ、イリス様が戻ってこられる時分だと思いまして……」
「……お出迎え? かわいいな」

 廊下だろうとお構いなしに抱きしめられ、頬が熱くなる。サイコパスのくせに愛着表現がやたらに熱烈で、愛されているのではと勘違いしてしまうのだ。

「抱いてあげる時間はないけど、お茶くらいなら一緒にできるよ」

 イリスから額にキスを受け、部屋への道を戻り始めた。
 ぎくしゃくとしないよう気を張りながら、しかし、内心のほうはまったくもって落ち着かない。
 カトリーナも転生者であることは認めるとしても、なぜイリスを暗殺させようとしているのか。
 なぜ俺は受け取った毒針を捨てず、しかも睡眠薬までポケットに入れてしまったのか。
 考えがまとまらないままに、楽しげなイリスの話に相槌をうち、ポケットの中の袋を指でなぞっていた。
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