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第一章 憂鬱なる辞令
5.募る苛立ち
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「ロジオン・アルテュール=キリコフ様に拝謁いたしますは、特任魔術師のクジマ・ジャルロスキー及び騎士団長ベックストレーム、そして第二師団師団長ベネフィンであります」
クジマがまとめて口上を述べている間、ロジオンは困惑の顔でクジマとベックストレームに視線を向け、最後に俺と目を合わせてぷいと顔を背けた。
「ああ、そう、うん。わかった……じゃ、帰るわ」
ロジオンは答えたあと顔を伏せながら部屋の壁際をつたって、ドア近くにいる俺たちのほうへと向かってきた。
なんだあの動き。
皇族でかつ、この中の誰よりも上の立場であるというのに、まるで蟹のようなその動きに唖然としてしまう。俺を避けているのは明白で、あからさますぎる態度に苦笑もできない。
まさか裏路地近くのバーで深夜にひとり酒をしていた男がロジオン・アルテュール=キリコフとは夢にも思わなかった。というかベータじゃないじゃないか。俺の変装を見破りながら自分は明かさないとは、いや皇族であると知られるわけにはいかないのだから当然だが、それでも……くそ。皇族が行きずりの相手と寝てんじゃねえよ。しかも男のアルファなんて、無用にもほどがある俺なんかと。
知らぬ存ぜぬの態度を取り繕わねばと焦っていたのに、バカバカしい反応を見て苛立ちが募ってきた。
「本日は、ハンナ行きのスケジュールについての確認をしていただくためにお越しいただいておりますので」
クジマが困惑した様子でロジオンに歩み寄る。
「うん、そのハンナ行きなんだけど、やっぱやめにしていいかな? 別に今のままでも気楽だし、わざわざあんなところにまで行く必要ないしさ」
そそくさとした足取りで、ロジオンはドアを通り抜けようとした。その手をクジマは掴み、行かせまいと立ちふさがった。
「ロジオン様、今回の旅程でどれだけの人員的金銭的予算を割いているのか、ご存じないわけではありませんよね? 今さら中止なされたら、それらの損失はどうなさるおつもりでいらっしゃるのですか?」
「損失? 俺の金でなんとか賄えないの?」
「お金の問題ではありません。ロジオン様のために多くの者が急務の合間を縫って日程を調整し、出立の準備を進めているのです。こちらにいらっしゃるベネフィン卿は騎士団長の任命を押してまで同行の任務に就くのでありますから、水を差すような真似はお控えいただきたい」
「え……」
金で解決するだろうし、中止にしたところで問題はなさそうだが、クジマの無茶苦茶な説明で、ロジオンは迷い始めている。
「ロジオン様のお言葉ひとつで、どれほど多方面に迷惑をかけるのか、お考えになられているのですか?」
「迷惑……かけんの? 俺のせいで?」
「おっしゃるとおりです」
ロジオンは顔色を青くし、挙動不審にもうろたえ始めた。
「じゃ、じゃあ、護衛の騎士抜きにしてくれ」
「だめです」
「そもそも護衛なんて要らないじゃん?」
「ロジオン様お一人でステーションまで行き着けるのですか?」
「……スヴェトキンがいるし」
「スヴェトキンは従者でありましょう? あなたのおそばから離れない者が、外の世界を案内できるとお思いですか?」
クジマは先程俺やベックストレームといたときとは別人のようだ。居丈高に振る舞い、目上の立場であるロジオンを圧倒している。いや、皇族と魔術師とすれば立場は違えど、クジマの話が事実なら二人は同じ年で、そして同種の人間でもある。同列と言ってもいいかもしれない。
「じゃあ、こいつはやめて。他の騎士にしてくれ」
「だめです」
「なんでだよ?」
「ベネフィン卿が適任です。わたしがそう判断しました」
「クジマの判断なんて……」
「問題でも?」
つんとした顔でロジオンを見据えるクジマは、どちらが上の立場なのか、すっかり逆転したように威圧的だった。
ロジオンのほうは文句のネタが切れたらしく項垂れ、しぶしぶと言った様子でソファのほうへ向かい出した。引きこもりで人嫌いと聞いたそのままに、会話に不馴れで押しに弱く、他者との関わりを厭う。迷惑をかけることを恐れ、不都合があれば止めてしまえばいいという短絡思考はまさにの態度だ。
「出発は三日後でありますから、ルートの確認と、他に必要なものがないか最終チェックをいたしましょう」
クジマの仕切りで話し合いはしゃくしゃくと進んだ。どうやら計画自体が数日前に立てられたばかりだったようで、急ピッチに準備が進められているらしい。
「では、わたしとベックストレームは下の者に指示を出して参ります。ロジオン様はベネフィン卿と細かい点について打ち合わせてください。お帰りになる際も、ベネフィン卿に送っていただくように」
あらかた話し合いを終えたあと、クジマははきはきと言いながら立ち上がり、ベックストレームに目配せをしてドアへと向かい出した。
「……は? いや、俺ももう帰るよ」
「だめです」
「なんで、もう話は終わりだろ?」
「わたしとの打ち合わせに関しては、です。ベネフィン卿とのほうはこれからです」
「……いいって。話すことなんてないし」
俺もない。寝耳に水の辞令で、資料なんて受け取っていないし、確認すべきこともぱっと思いつかない。
するとクジマは俺のほうを見て、動揺を察してくれたのか、意味ありげな顔つきで頷いた。
「ベネフィン卿の端末に関連資料をすべて送信いたしました。確認すべき要項も揃えておきましたので、お二人で確認するようお願い申し上げます」
なるほどと思い、胸ポケットから端末を取り出すとクジマから極秘マークのついたメールが届いていた。開くのに生体認証の必要なものだ。どれどれ、と操作し始めた間にドアの閉まる音が聞こえ、顔をあげると泣きそうな顔でロジオンが立ち尽くしていた。
「……か、確認することなんて、ない……よな」
目を合わせず、ぎくしゃくと言われて、俺のほうも緊張してきた。
「あります。クジマ様から要項をいただきましたので、ご確認をお願い致します」
だとして、平静を装う以外にない。二度と会わないつもりのはずが、二日と経たずに顔を合わせたうえに、長旅へ出なければならない。あのときのことはなかったこととして、今初めて対面したようにしなければいけないのだ。なにがなんでも、絶対に。
「なん……」
「お茶のおかわりは必要ですか?」
俺はソファに座り直し、ポットの中身を見て、必要とあらば人を呼ぶという仕草で端末を掲げた。ロジオンは顔を真っ赤にしたままやってきて、どかっと対面側のソファに腰を下ろした。
「酒にしてくれ」
飲まなきゃやってられないのはわかる。俺も同じ気持ちだ。しかし、酔って口を滑らすなんてことになったら事なので、それだけは勘弁願いたい。
「ロジオン様、ここはバーではありません」
「……わかってるよ」
「騎士団本部であります」
ビル内は隅々監視されているんだ。わかってくれよとの思いでやや強めに睨みつけた。
「……じゃ、黒豆茶にしてくれ」
ロジオンは、ますます顔を赤くしたうえで、ぼそりとつぶやいた。
わかってくれたのか、わからなかったのか。先が思いやられるとのため息をこぼしながら、俺は端末を操作した。
クジマがまとめて口上を述べている間、ロジオンは困惑の顔でクジマとベックストレームに視線を向け、最後に俺と目を合わせてぷいと顔を背けた。
「ああ、そう、うん。わかった……じゃ、帰るわ」
ロジオンは答えたあと顔を伏せながら部屋の壁際をつたって、ドア近くにいる俺たちのほうへと向かってきた。
なんだあの動き。
皇族でかつ、この中の誰よりも上の立場であるというのに、まるで蟹のようなその動きに唖然としてしまう。俺を避けているのは明白で、あからさますぎる態度に苦笑もできない。
まさか裏路地近くのバーで深夜にひとり酒をしていた男がロジオン・アルテュール=キリコフとは夢にも思わなかった。というかベータじゃないじゃないか。俺の変装を見破りながら自分は明かさないとは、いや皇族であると知られるわけにはいかないのだから当然だが、それでも……くそ。皇族が行きずりの相手と寝てんじゃねえよ。しかも男のアルファなんて、無用にもほどがある俺なんかと。
知らぬ存ぜぬの態度を取り繕わねばと焦っていたのに、バカバカしい反応を見て苛立ちが募ってきた。
「本日は、ハンナ行きのスケジュールについての確認をしていただくためにお越しいただいておりますので」
クジマが困惑した様子でロジオンに歩み寄る。
「うん、そのハンナ行きなんだけど、やっぱやめにしていいかな? 別に今のままでも気楽だし、わざわざあんなところにまで行く必要ないしさ」
そそくさとした足取りで、ロジオンはドアを通り抜けようとした。その手をクジマは掴み、行かせまいと立ちふさがった。
「ロジオン様、今回の旅程でどれだけの人員的金銭的予算を割いているのか、ご存じないわけではありませんよね? 今さら中止なされたら、それらの損失はどうなさるおつもりでいらっしゃるのですか?」
「損失? 俺の金でなんとか賄えないの?」
「お金の問題ではありません。ロジオン様のために多くの者が急務の合間を縫って日程を調整し、出立の準備を進めているのです。こちらにいらっしゃるベネフィン卿は騎士団長の任命を押してまで同行の任務に就くのでありますから、水を差すような真似はお控えいただきたい」
「え……」
金で解決するだろうし、中止にしたところで問題はなさそうだが、クジマの無茶苦茶な説明で、ロジオンは迷い始めている。
「ロジオン様のお言葉ひとつで、どれほど多方面に迷惑をかけるのか、お考えになられているのですか?」
「迷惑……かけんの? 俺のせいで?」
「おっしゃるとおりです」
ロジオンは顔色を青くし、挙動不審にもうろたえ始めた。
「じゃ、じゃあ、護衛の騎士抜きにしてくれ」
「だめです」
「そもそも護衛なんて要らないじゃん?」
「ロジオン様お一人でステーションまで行き着けるのですか?」
「……スヴェトキンがいるし」
「スヴェトキンは従者でありましょう? あなたのおそばから離れない者が、外の世界を案内できるとお思いですか?」
クジマは先程俺やベックストレームといたときとは別人のようだ。居丈高に振る舞い、目上の立場であるロジオンを圧倒している。いや、皇族と魔術師とすれば立場は違えど、クジマの話が事実なら二人は同じ年で、そして同種の人間でもある。同列と言ってもいいかもしれない。
「じゃあ、こいつはやめて。他の騎士にしてくれ」
「だめです」
「なんでだよ?」
「ベネフィン卿が適任です。わたしがそう判断しました」
「クジマの判断なんて……」
「問題でも?」
つんとした顔でロジオンを見据えるクジマは、どちらが上の立場なのか、すっかり逆転したように威圧的だった。
ロジオンのほうは文句のネタが切れたらしく項垂れ、しぶしぶと言った様子でソファのほうへ向かい出した。引きこもりで人嫌いと聞いたそのままに、会話に不馴れで押しに弱く、他者との関わりを厭う。迷惑をかけることを恐れ、不都合があれば止めてしまえばいいという短絡思考はまさにの態度だ。
「出発は三日後でありますから、ルートの確認と、他に必要なものがないか最終チェックをいたしましょう」
クジマの仕切りで話し合いはしゃくしゃくと進んだ。どうやら計画自体が数日前に立てられたばかりだったようで、急ピッチに準備が進められているらしい。
「では、わたしとベックストレームは下の者に指示を出して参ります。ロジオン様はベネフィン卿と細かい点について打ち合わせてください。お帰りになる際も、ベネフィン卿に送っていただくように」
あらかた話し合いを終えたあと、クジマははきはきと言いながら立ち上がり、ベックストレームに目配せをしてドアへと向かい出した。
「……は? いや、俺ももう帰るよ」
「だめです」
「なんで、もう話は終わりだろ?」
「わたしとの打ち合わせに関しては、です。ベネフィン卿とのほうはこれからです」
「……いいって。話すことなんてないし」
俺もない。寝耳に水の辞令で、資料なんて受け取っていないし、確認すべきこともぱっと思いつかない。
するとクジマは俺のほうを見て、動揺を察してくれたのか、意味ありげな顔つきで頷いた。
「ベネフィン卿の端末に関連資料をすべて送信いたしました。確認すべき要項も揃えておきましたので、お二人で確認するようお願い申し上げます」
なるほどと思い、胸ポケットから端末を取り出すとクジマから極秘マークのついたメールが届いていた。開くのに生体認証の必要なものだ。どれどれ、と操作し始めた間にドアの閉まる音が聞こえ、顔をあげると泣きそうな顔でロジオンが立ち尽くしていた。
「……か、確認することなんて、ない……よな」
目を合わせず、ぎくしゃくと言われて、俺のほうも緊張してきた。
「あります。クジマ様から要項をいただきましたので、ご確認をお願い致します」
だとして、平静を装う以外にない。二度と会わないつもりのはずが、二日と経たずに顔を合わせたうえに、長旅へ出なければならない。あのときのことはなかったこととして、今初めて対面したようにしなければいけないのだ。なにがなんでも、絶対に。
「なん……」
「お茶のおかわりは必要ですか?」
俺はソファに座り直し、ポットの中身を見て、必要とあらば人を呼ぶという仕草で端末を掲げた。ロジオンは顔を真っ赤にしたままやってきて、どかっと対面側のソファに腰を下ろした。
「酒にしてくれ」
飲まなきゃやってられないのはわかる。俺も同じ気持ちだ。しかし、酔って口を滑らすなんてことになったら事なので、それだけは勘弁願いたい。
「ロジオン様、ここはバーではありません」
「……わかってるよ」
「騎士団本部であります」
ビル内は隅々監視されているんだ。わかってくれよとの思いでやや強めに睨みつけた。
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