抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

文字の大きさ
5 / 49
第一章 憂鬱なる辞令

5.募る苛立ち

しおりを挟む
「ロジオン・アルテュール=キリコフ様に拝謁いたしますは、特任魔術師のクジマ・ジャルロスキー及び騎士団長ベックストレーム、そして第二師団師団長ベネフィンであります」

 クジマがまとめて口上を述べている間、ロジオンは困惑の顔でクジマとベックストレームに視線を向け、最後に俺と目を合わせてぷいと顔を背けた。

「ああ、そう、うん。わかった……じゃ、帰るわ」

 ロジオンは答えたあと顔を伏せながら部屋の壁際をつたって、ドア近くにいる俺たちのほうへと向かってきた。
 なんだあの動き。
 皇族でかつ、この中の誰よりも上の立場であるというのに、まるで蟹のようなその動きに唖然としてしまう。俺を避けているのは明白で、あからさますぎる態度に苦笑もできない。
 まさか裏路地近くのバーで深夜にひとり酒をしていた男がロジオン・アルテュール=キリコフとは夢にも思わなかった。というかベータじゃないじゃないか。俺の変装を見破りながら自分は明かさないとは、いや皇族であると知られるわけにはいかないのだから当然だが、それでも……くそ。皇族が行きずりの相手と寝てんじゃねえよ。しかも男のアルファなんて、無用にもほどがある俺なんかと。
 知らぬ存ぜぬの態度を取り繕わねばと焦っていたのに、バカバカしい反応を見て苛立ちが募ってきた。

「本日は、ハンナ行きのスケジュールについての確認をしていただくためにお越しいただいておりますので」

 クジマが困惑した様子でロジオンに歩み寄る。

「うん、そのハンナ行きなんだけど、やっぱやめにしていいかな? 別に今のままでも気楽だし、わざわざあんなところにまで行く必要ないしさ」

 そそくさとした足取りで、ロジオンはドアを通り抜けようとした。その手をクジマは掴み、行かせまいと立ちふさがった。

「ロジオン様、今回の旅程でどれだけの人員的金銭的予算を割いているのか、ご存じないわけではありませんよね? 今さら中止なされたら、それらの損失はどうなさるおつもりでいらっしゃるのですか?」
「損失? 俺の金でなんとか賄えないの?」
「お金の問題ではありません。ロジオン様のために多くの者が急務の合間を縫って日程を調整し、出立の準備を進めているのです。こちらにいらっしゃるベネフィン卿は騎士団長の任命を押してまで同行の任務に就くのでありますから、水を差すような真似はお控えいただきたい」
「え……」

 金で解決するだろうし、中止にしたところで問題はなさそうだが、クジマの無茶苦茶な説明で、ロジオンは迷い始めている。

「ロジオン様のお言葉ひとつで、どれほど多方面に迷惑をかけるのか、お考えになられているのですか?」
「迷惑……かけんの? 俺のせいで?」
「おっしゃるとおりです」

 ロジオンは顔色を青くし、挙動不審にもうろたえ始めた。

「じゃ、じゃあ、護衛の騎士抜きにしてくれ」
「だめです」
「そもそも護衛なんて要らないじゃん?」
「ロジオン様お一人でステーションまで行き着けるのですか?」
「……スヴェトキンがいるし」
「スヴェトキンは従者でありましょう? あなたのおそばから離れない者が、外の世界を案内できるとお思いですか?」

 クジマは先程俺やベックストレームといたときとは別人のようだ。居丈高に振る舞い、目上の立場であるロジオンを圧倒している。いや、皇族と魔術師とすれば立場は違えど、クジマの話が事実なら二人は同じ年で、そして同種の人間でもある。同列と言ってもいいかもしれない。

「じゃあ、こいつはやめて。他の騎士にしてくれ」
「だめです」
「なんでだよ?」
「ベネフィン卿が適任です。わたしがそう判断しました」
「クジマの判断なんて……」
「問題でも?」

 つんとした顔でロジオンを見据えるクジマは、どちらが上の立場なのか、すっかり逆転したように威圧的だった。
 ロジオンのほうは文句のネタが切れたらしく項垂れ、しぶしぶと言った様子でソファのほうへ向かい出した。引きこもりで人嫌いと聞いたそのままに、会話に不馴れで押しに弱く、他者との関わりを厭う。迷惑をかけることを恐れ、不都合があれば止めてしまえばいいという短絡思考はまさにの態度だ。

「出発は三日後でありますから、ルートの確認と、他に必要なものがないか最終チェックをいたしましょう」

 クジマの仕切りで話し合いはしゃくしゃくと進んだ。どうやら計画自体が数日前に立てられたばかりだったようで、急ピッチに準備が進められているらしい。
 
「では、わたしとベックストレームは下の者に指示を出して参ります。ロジオン様はベネフィン卿と細かい点について打ち合わせてください。お帰りになる際も、ベネフィン卿に送っていただくように」

 あらかた話し合いを終えたあと、クジマははきはきと言いながら立ち上がり、ベックストレームに目配せをしてドアへと向かい出した。

「……は? いや、俺ももう帰るよ」
「だめです」
「なんで、もう話は終わりだろ?」
「わたしとの打ち合わせに関しては、です。ベネフィン卿とのほうはこれからです」
「……いいって。話すことなんてないし」

 俺もない。寝耳に水の辞令で、資料なんて受け取っていないし、確認すべきこともぱっと思いつかない。
 するとクジマは俺のほうを見て、動揺を察してくれたのか、意味ありげな顔つきで頷いた。

「ベネフィン卿の端末に関連資料をすべて送信いたしました。確認すべき要項も揃えておきましたので、お二人で確認するようお願い申し上げます」

 なるほどと思い、胸ポケットから端末を取り出すとクジマから極秘マークのついたメールが届いていた。開くのに生体認証の必要なものだ。どれどれ、と操作し始めた間にドアの閉まる音が聞こえ、顔をあげると泣きそうな顔でロジオンが立ち尽くしていた。

「……か、確認することなんて、ない……よな」

 目を合わせず、ぎくしゃくと言われて、俺のほうも緊張してきた。

「あります。クジマ様から要項をいただきましたので、ご確認をお願い致します」

 だとして、平静を装う以外にない。二度と会わないつもりのはずが、二日と経たずに顔を合わせたうえに、長旅へ出なければならない。あのときのことはなかったこととして、今初めて対面したようにしなければいけないのだ。なにがなんでも、絶対に。
 
「なん……」
「お茶のおかわりは必要ですか?」

 俺はソファに座り直し、ポットの中身を見て、必要とあらば人を呼ぶという仕草で端末を掲げた。ロジオンは顔を真っ赤にしたままやってきて、どかっと対面側のソファに腰を下ろした。

「酒にしてくれ」

 飲まなきゃやってられないのはわかる。俺も同じ気持ちだ。しかし、酔って口を滑らすなんてことになったら事なので、それだけは勘弁願いたい。

「ロジオン様、ここはバーではありません」
「……わかってるよ」
「騎士団本部であります」

 ビル内は隅々監視されているんだ。わかってくれよとの思いでやや強めに睨みつけた。

「……じゃ、黒豆茶にしてくれ」

 ロジオンは、ますます顔を赤くしたうえで、ぼそりとつぶやいた。
 わかってくれたのか、わからなかったのか。先が思いやられるとのため息をこぼしながら、俺は端末を操作した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けに愛を囁く

ノルねこ
BL
平民のアルベルトに試験で負け続けて伯爵家を廃嫡になったルイス。 しかしその試験結果は歪められたものだった。 実はアルベルトは自分の配偶者と配下を探すため、身分を偽って学園に通っていたこの国の第三王子。自分のせいでルイスが廃嫡になってしまったと後悔するアルベルトは、同級生だったニコラスと共にルイスを探しはじめる。 好きな態度を隠さない王子様×元伯爵令息(現在は酒場の店員) 前・中・後プラスイチャイチャ回の、全4話で終了です。 別作品(俺様BL声優)の登場人物と名前は同じですが別人です! 紛らわしくてすみません。 小説家になろうでも公開中。

【完結】異世界はなんでも美味しい!

鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ  異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。  頭は良くない。  完結しました!ありがとうございますーーーーー!

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが

カシナシ
BL
聞いてくれ。 騎士科学年一位のアイツと、二位の俺は同じ部屋。これまでトラブルなく同居人として、良きライバルとして切磋琢磨してきたのに。 最近のアイツ、俺のシャワー中に絶対入ってくるんだ。しかも振り向けば目も合う。それとなく先に用を済ませるよう言ったり対策もしてみたが、何も効かない。 とうとう直接指摘することにしたけど……? 距離の詰め方おかしい攻め × 女の子が好きなはず?の受け 短編ラブコメです。ふわふわにライトです。 頭空っぽにしてお楽しみください。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。 ――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。 「私の結婚相手は、彼しかいない」 一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。 仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。 「当たりが出るまで、抱いてみる」 優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。 ※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」 最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。 そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。 亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。 「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」 ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。 彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。 悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。 ※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。   ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

処理中です...