抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第一章 憂鬱なる辞令

6.後悔と後悔

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 黒豆茶とハーブティーが届いたあと、さて始めるかと端末を操作してテーブルスクリーンに書類を呼び出した。モニターが作動し、チェックすべき要項がずらりと表示される。
 まずは基本的な部分からだなと目で追っていると、ちょうどそのど真ん中にロジオンがカップを置いた。

「……申し訳ありませんが……失礼します」

 邪魔だなとカップを持ち上げ、なにしてくれてんだとの思いでロジオンを見上げた。するとロジオンはびっくりしたように身体を震わせ、慌てた様子でカップを奪い取ってきた。
 いちいち過剰な反応をしないでもらいたい。監視されているのだから。睨みつけるとロジオンは今度顔を赤くして、なにかを言いたげに上目で見上げてきた。

「あのさ……」
「……はい」
「辞任しない?」
「は?」
「俺が言っても聞いてくれないみたいだから、そっちが自分で辞めてくれたらどうかなって」

 辞めてくれたらどうかな?じゃねえわ。おまえの立場でできない人事変更を俺ができると思うのか?
 内心の突っ込みはおくびにも出さず、俺は師団長として振る舞うべくの威厳をたたえた顔つきでロジオンを見据えた。

「申し訳ございません。なるべくロジオン様を煩わせないように致しますので、ご了承いただけるようお願い申し上げます」
「え……てことは、本気でハンナまで行くの? 俺と?」
「はい。ご同行致します」
「なんで?」
「辞令がくだりましたので」
「命令だから?」
「……はい」
「顔も見たくないやつの旅行についてくるって?」
「……は……え?」
「黙って帰るくらい嫌だったんだろ? 満足したとか感謝してたのはただの嫌味で、本当は不満だらけだったんだろ? 早すぎたとか、下手だったとか、こんな俺じゃキモかったとか、ふぐっ──」

 俺は慌ててロジオンの口を塞いだ。何を言い出したのかと呆気にとられてしばらく喋らせてしまった。迂闊だった。酒をやめてお茶に替えたから監視されていることを思い出してくれたものと考えたのに、わかっていなかったらしい。

「……ロジオン様、どなたかと思い違いをされていらっしゃるようですね。わたしとロジオン様はたったさっきお会いしたばかりです」
「んーんー」
「お会いしたばかりです」
「んー」
「……以前には、一度もお会いしておりません」

 睨みつけ、凄むようにして言い聞かせた。ロジオンは訝しげにしていた目つきをふっと緩め、離せとばかりに引っ張ろうとしていた俺の手を、わかったというように叩いた。

「……おまえ、仮にも皇族の口を黙らせるとは……」

 俺に負けず劣らずの睨みを向けられ、少し怯む。もしもロジオンが本気で抵抗していたら、俺は今ごろ塵になっていただろう。魔法を使わず腕力だけで対処してくれていたのは、舐められているからか、優しさからか。
 
「皇族との自覚がおありなら、口にされる言葉を慎んでください」

 なんにせよ、あの夜のことはなかったこととして話を合わせてもらわねばならない。

「なにが悪いんだよ……誘ったのはおまえのほうなのに、黙って消えやがって……」

 だめだこいつ。全然わかってくれない。人嫌いっていうか、無神経で配慮が足りないからって避けられてるんじゃないのか?
 
「ロジオン様、わたしに似た者をお見かけしたのはどこの場所でありましたか?」
「は? え? 似た者?」
「いつのことですか?」
「いつって、一昨日だろ?」
「……場所は?」
「スキップ通りのマルドリだっただろ?」
「では、そちらへ参りましょう」
「は? なんで?」
「話し合いの場をそこへ移します」

 これ以上この場で喋らせたらまずいと判断し、移動すべきと考えた。監視はされていても、盗聴まではされていないだろうところへ。
 俺はテーブルスクリーンを消して立ち上がり、ドアのほうへと数歩進んでロジオンのほうを振り返った。

「わたしに似た者と遭遇できるかもしれませんし、お酒もお楽しみいただけます」

 行くぞと示すべく顎をしゃくり、追いつけるであろう速度で歩き出した。
 廊下へと出たあたりで追いついてきたロジオンはなにかを言いたげにしながらも、ビルを出るまでは口を閉じていてくれた。

「行くんなら、エアカーがあるから」

 ぼそりとした声で引き止められ、すぐに現れたのはさすが皇族ともいえる立派なエアカーだった。自動ではないようで前部座席に初老の男が座っている。俺達が近づくと初老の男は機敏な動作で降りてきて、ロジオンに向かって頭を下げた。

「お早いお戻りで」
「あー、えっと、彼はハンナ行きの──」
「ベネフィン師団長ですね。ご連絡いただいております。ベネフィン師団長、わたしはロジオン様の従者を務めておりますスヴェトキンと申します」

 スヴェトキンは物腰の柔らかな紳士然とした服装をしている。社交の場にいても違和感のないような態度と、連絡をいただいているという言葉、そしてなにより白に近い金の髪と緑翠の瞳を持っていることから、アルファに間違いない。皇族の従者はアルファが務めるとも聞く。
 かしこばった挨拶を返したあと、先に乗り込んでいたロジオンに続いて後部座席へ乗り、前の座席へと座ってパネルを操作し始めたスヴェトキンが振り返った。

「ご自宅へ戻られますか?」
「いや、スキップ通りに……」
「今からでありますか?」
「うん。ベネフィンが行きたいって言うから……」
「お二方とも、その格好でよろしいのですか?」

 スヴェトキンから心配げに言われて、ロジオンと顔を見合わせた。俺はあきらかにアルファの騎士であることがバレバレな士官の制服姿だし、ロジオンなんて皇族用の正装をしている。なにごとかと騒がれるのが目に見える格好だ。

「では着替えのために、自宅へ向かっていただけますか?」

 提案すると、ロジオンは今さらながらに不満げな様子を見せた。

「つーか、なんでマルドリに行くわけ?」
「ロジオン様の混同されていらっしゃる記憶のご説明をさせていただくためです」
「説明するだけなら、今ここで言えばいいじゃん」

 こいつ、監視や盗聴されていることを知らないんじゃないか。可能性の高さにめまいがして、めんどくさくなってきた。しかし、関係を持ったことがバレてはまずい。意を決してロジオンの耳元に近づき、このくらいなら拾われないだろう声量で説明した。

「は? ……あ……へ? 陛下に筒抜けだったの?」

 触れてないのに熱が伝わるほど耳まで赤くしたロジオンは、やはり知らなかったらしく、豆鉄砲でも食らったかのように驚いている。ベータやオメガじゃあるまいし、機密を知れる立場でありながら無知にもほどがある。

「だったら、俺の屋敷でいいじゃん……マルドリより安全だと思う」

 昼間から魔窟へ行かないのであれば、それに越したことはない。ならばとエアカーの行き先はロジオンの屋敷に設定してもらった。

「どれくらいかかるんですか?」

 聞くと、前座席のほうから「乗客のある場合は五時間であります」と目眩のする答えが返ってきた。

「五時間?」

 引きこもりは、よほど人里離れた地がお好みらしい。しかし、そんなところから一昨日も今日も通ってくるとは、どんだけ暇なんだ?

「普段は五十分くらいで着く」
「五十分? どういうことなん……で、ありますか?」
「風魔法を使うから……でも、人を乗せていると使えないし」

 ロジオンが言うには、普段はエアカーに魔法をかけて風速を時速三百キロ以上にまであげるため短時間で行き来することが可能だが、抵抗や圧力に慣れていない他人を乗せる場合は一般速度で走行するようにしているという話だった。
 
「ご心配には及びません。わたしは騎士でありますから、高速機の飛行運転等、加速に耐える訓練は受けております。三百キロくらい問題ありません」

 アルファでしかも師団長ともなれば、それくらい屁でもない。二人とも不安げだったが、ならばとロジオンが魔法を発動し、エアカーは徐々にスピードを上げ始めた。

「シートベルトをしたほうがいい」

 加速とコントロールに集中しながらもロジオンから心配され、ぐんぐんと上がる速度におののきつつ、慌ててシートベルトを引っ張った。

「承知いたしまし……っ」
 
 しかし、運転が荒いというか、物凄いスピードで他のエアカーや障害物を避けているため、振動どころではないくらいの圧がかかって右へ左へ振り回されてしまう。無様な姿を晒したくないというのに、あと少しというところでベルトはバックルにはまらず、ガチャガチャとやりながらロジオンにぶつかり、窓にも当たったりと情けない。
 
「アルファが何やってんの?」

 ロジオンはベルトもしていなければ、どうやってか姿勢を安定させている。慣れた様子なのが腹立たしくも悔しい。
 
「……あ、アルファは……っ関係ないだろ?」
「じゃあ、士官がって言えばいい? 心配には及ばないとか言って息巻いてたくせに」
「仕方ないだろ。飛行訓練でもこんな……っ」

 ──こんなもみくちゃにはされない。
 ぐらりと揺れた反動で俺は座席から落ちて、床のうえに転がってしまった。掴まることのできるような突起も見当たらず、シートは光沢のある材質でつるつると滑る。こうなっては踏ん張ることもできない。ごろごろ転がり、洗濯機の中に入れられたみたいに天地がわからなくなってきた。

「仕方ない……って言うくらいなら、我慢しろよ」

 ロジオンは呆れた声で言いながら、めまいを起こしていた俺のうえに伸し掛かってきた。
 すると途端に振動が減少し、不思議と身体が安定してきた。

「……どういうことだ?」
「俺自身に風魔法をかけてるから。でも他人の分までバランスを取るにはくっつかないとできない」

 なるほど魔法は便利なものだと感心しつつ、状況が落ち着いてきたせいで、胸中は逆に穏やかじゃなくなってきた。
 ロジオンの熱と匂いと重みを感じて、一昨日の夜のことがちらちら頭によぎってしまう。

「……ちょっと、態勢変えていい?」

 ロジオンも同様だったのか、耳まで赤くなった顔で窺うように訊いてきた。

「お好きなように」

 どんなふうに変えるのか。どきどきとしながら見ていると、ロジオンは俺の横に寝そべり、抱きしめるように首の下に腕を入れて足を絡めてきた。

「……なん──」
「やりたくてやってるんじゃないからな。触れてないと魔法をかけられないからってだけで、離れたらさっきみたいになるぞ」

 どちらのほうがマシかを考えて、ロジオンにしがみつくほうを選んだ。
 ロジオンの背中に手を回すと、抱き合うような格好となって恥ずかしい。顔が赤くなっている気がしてあげられず、華奢な胸に顔を埋めて息を詰める。ロジオンの心臓の鼓動が耳に頬にと伝わり、ふと鼻にかすめる匂いは、まざまざとあの夜の情景を蘇らせる。
 五時間のほうを選んでおけばよかった。
 今さらながらに後悔しながら、五十分の道程を耐え忍ぶべく目を閉じた。
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