抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

文字の大きさ
13 / 49
第一章 憂鬱なる辞令

13.覚悟の結果

しおりを挟む
 どうなったのだろう。
 ジーナは店内で会ったときとは別人のように着飾り、ベータとは思えないくらいに綺麗だった。
 ロジオンは俺のほうが喜ぶはずだなどとのたまっていたが、ジーナはロジオンのことを見て嬉しげに頬を染め、俺のことなどろくに眼中に入っていない様子だった。
 つまり、ロジオンさえその気なら上手くまとまるのではという、クジマの期待どおりの展開になりそうだった。ロジオンの不安などまったくの杞憂で、俺のほうの不安が的中したというほどに、いい雰囲気のまま二人は部屋へと入っていった。
 
 俺の仕事は見張りである。ドアの前にいなければならず、ジーナのあられもない嬌声を耳に悶々としなければならない。
 俺の身体しか知らなかったはずの男が、初めて女を抱き、喜ばせて聞こえてくる声を耐えねばならない。
 男と違って柔らかいとか、ほぐす必要もなければ濡れてエロいとか考えて、あの見た目にそぐわぬ大きな物で何度も突き上げるのだ。
 どちらが抱かれる側なのかわからないあどけない顔で恥じらいながらキスをして、興奮が高まれば途端に雄々しく変貌し、終えたあとは自分より相手を気遣う優しさを見せる。ジーナはそんな紳士と野獣を併せ持ったロジオンに、参ってしまうに違いない。
 
 考えるほどに狂おしい。 
 いまかいまかと耳を澄ませてしまう自分がなんとも憐れだ。
 しかし、一時間は経っているはずが、一向になにも聞こえてこない。最初に聞こえていた話し声もここ数分はぴたりと止んでいる。
 シャワーでも浴びて、いまは序盤なのだろうか。
 覗き見たい気持ちを必死に抑えて、悶々としていたときだった。
 なにかがおかしい、と気がついた。
 宿は静まり返っている。音がしたわけでもなく、言うならば騎士としての第六感というやつだった。
 ぴんときて、俺は剣を引き抜いた。抜いておかねばならない気がした。
 
 ゆっくりと足を忍ばせて、こちらだと感じるほうへ歩みを進めた。
 二階建ての宿の、ここは二階部分である。階段へ行くと、上下二方向へ続いている。屋上があるらしい。俺はその上階のほう、屋上へと至る階段へ足をかけた。
 そのとき上方にちらと影が見え、捉えた瞬間に飛び掛ってきたそれに、剣を掲げて攻撃を受けた。
 あたりが赤く染まり、ぼんっという爆発音とともに剣が弾かれた。火魔法だったようだ。負けじと振りかぶった俺の太刀は、相手が次の手を撃つ前に懐へと入り、なんてこともなく倒すことができた。
 
 打ち倒した敵は小柄な体躯に黒い髪をたたえていた。鋼鉄を織り込んだ独特な生地の戦闘服、その隙間に見えるは褐色の肌。 
 魔族だ。
 確認するまでもなく魔法を使われた時点でわかったことだったが、信じがたかった。
 なぜこんなところに?
 全身真っ黒の衣服からは所属部隊を確認するための識別章は見当たらない。どこかに、と衣服に手をかけようとしたとき、微風が顔をかすめた。
 以前にも感じたことのある気配で、まずいと思って後ろへ飛び退いた。
 俺が寸前にまでいたところに雷が落ちる。バリバリと髪が逆立つのを感じながら、攻撃をしかけた相手を目視しようとあたりを見渡した。
 が、確認する前に次の攻撃がきた。
 避けたところに雷撃が届き、これはまずい、と唾を飲み込み駆け出した。
 
 魔族と戦って厄介なのは、姿が見えないときだ。一対一でも中隊長程度なら負けない自信はある。しかし、面と向かっている場合でのことに加え、おびき寄せることのできる装備を携帯していなかった。しかも遠隔攻撃をするための装備も外してしまっている。
 
 護衛の任務は名目上のことであり、ロジオンという強大な力を持つ存在がいた。
 たかがと今は言えるが、俺はそれらを理由に油断してしまっていた。なんとも迂闊で、己の浅薄さに腹が立つ。
 ぎり、と歯噛みをしたものの、なんの意味もない。
 
 ロジオンの存在はバレているのだろうか?
 駆けつけたいが、行動を起こして居場所を悟られては元も子もない。
 迷ったあげくに屋上へ向かうことにした。宿の受付からなんの連絡もないことから、隠密の侵入であると判断した。連絡する間もなく意識を奪われた可能性は、今の時点では加味しない。したところで一人しかいない現状、最も可能性のあるほうへ行くしかないからだ。

 見えない敵の攻撃はいまだ続いていて、あたりは雷撃によって光が放射し、あちこち焦げ付いている。火が付いたら惨事だが、上等な宿なので自動鎮火装置は備えてあるだろう。
 廊下の角をまがった瞬間、どうっという轟音とともに俺は吹き飛ばされた。続いてあたりが真っ赤に染まり、風と火の魔法を立て続けに食らわされたと気づく。

「……くそ」

 咄嗟に頭を護るために出した腕に火がついてしまった。鎮火させる暇もなく攻撃が続き、剣をないで風圧を起こすしかできない。
 何人いるのかもわからないというのに、俺は相手に目視されている。
 不利だが百も承知だ。だからと怯んでいる場合じゃない。
 攻撃の方向がわかったことで相手の居場所も同時に把握し、俺は火のくり出てくる方向へ思いっきり剣を投げつけた。もう一太刀鞘から引き抜き、すぐさまそこへ突進する。手応えがあり、刃が肉を斬る独特の感触が手に伝わってきた。
 よし。血しぶきがかかるのを感じながらお次はと倒れた身体をまたぎ超えて階段を駆け上がる。ドアを蹴り開けて真横へ移動する。俺のいた場所に雷撃が落ち、やはりと得心を得て、雷撃の直後に屋上へと飛び出した。

「見つけた」

 姿が見えたらこっちのもんだ。手の動きで魔法攻撃を放つタイミングもわかる。届く直前に避けながら相手に近づき、喉元をかき斬った。
 これは自慢だが、俺の足についてこれる騎士は一人もいない。敵にとっては目にも留まらぬ速さだっただろう。
 などとまたも俺は油断してしまった。
 はっと気づいたときには時すでに遅しで、視界は真っ赤なうえに、聞こえるは轟音というか耳鳴りのような音だけだった。
 俺は一瞬の隙に、特大の火魔法を食らって全身を炎に包まれてしまっていた。
 どうやら死ぬらしい。
 こんな炎の渦中にいたら、もし今すぐに火が消えても手遅れだ。

「大丈夫。先に防御魔法を発動させたから」

 死を覚悟したとき、驚くことにロジオンの声が聞こえてきた。轟音はまだ続いていて目の前も真っ赤なのに、すぐ近くにロジオンの姿があり、声もはっきりと認識できた。
 なにがなにやらわからない。
 びっくりしていたところ、ロジオンは俺を地面に下ろしてくれた。気づかぬうちに抱き上げてくれていたらしい。

「手当たり次第に燃やしてみたんだけど……もう十分だよな?」

 言い終えぬうちに煌々と燃える火は掻き消えて、あたりは元の暗闇に戻った。遠くに街明かりが夜景となっている、何の変哲もない景色だ。
 汗もかいておらず、身体に痛みもない。死が迫ったことによるパニックで頭になかったが、そういえばと思い出すと熱さを感じた覚えもない。
 ぷすぷすと火のくすぶる音と、肉の焼けた匂いが鼻につくことから、現実だったことはわかるが、夢を見ているみたいだった。

「五人いたみたい」

 ロジオンが指をさした方向には、丸焦げとなった死体が転がっている。

「えっと……ジーナ嬢はどちらに?」
「無事だよ。遅くなったのは彼女を先に避難させてたからなんだ。加減できるか心配だったんで」
「加減?」
「できたほうだろ?」

 なんのことやらと思いきや、ロジオンの攻撃についてだったらしい。
 屋上は物置として使われていたようで、人間の他に物置や家具などの丸焦げた姿がある。ロジオンと俺の立つ場所以外はすべて黒ずみとなっているのだが、これほどの威力の魔法を軽々と使っているのは初めて見たので、加減ができた結果なのかは判断がつかない。
 
「魔法は間に合わなかった? どこか怪我してる?」

 俺が唖然としていたからか、ロジオンは不安げな様子で俺の身体を見渡してきた。

「大丈夫です。あれは魔法だったんですか?」
「うん。敵の火魔法が見えたから防御魔法を発動させたんだけど……って火傷してんじゃん!」

 心配してくれているのは、廊下で負った腕のところだ。確かに焦げているが、屋上ではロジオンのお陰でなんの痛みもなかったばかりか、怪我一つ負わなかった。
 
「これは階下で負ったものですし、大したことはなさそうです」

 平気だと示すために袖をまくり、患部を確認すると肌のほうに傷はなかった。騎士の制服は特殊な繊維を織り込まれてある。あの程度の攻撃ならなんてこともない。

「よかった。おまえの綺麗な肌に傷なんてつけたら大変だもんな」

 え……と、ロジオンを見ると、心底安堵した顔でにこにこと笑っていた。しかし、俺がきょとんとしてしまったせいか、途端にやばいと言った様子で青ざめ、今度は頬を朱に染めた。

「あ、えっと……俺のこと一晩中見張らなきゃならないんだろ? ……部屋に戻らないと」
「……いえ、こんなことがあったのですから部下たちを呼び出して、別の場所へ移動すべきと存じます」
「え……そうなの?」
「はい。残党もいるかもしれませんし。ですが、なんにせよここにいても仕方がありません。下へ降りましょう」

 とりあえずとロジオンを促して階段へ向かった。ドアを通ったあと駆け上がってくる音が聞こえてきて、やはり残党がいたかと剣を引き抜いた。

「アラムは下がってて」

 しかし、敵の姿が見える前にのんきな声が聞こえてきて、眩いほどの閃光が迸った。視界が暗転し、同時に耳をつんざくほどの轟音も聞こえて全身がぴりぴりと痺れる。

「大丈夫。今も防御魔法をかけてるから」

 ロジオンは硬直していた俺の腕を掴んで歩いていく。見える景色は無惨なほどに木くずと成り果てている廊下だ。壁はなくなり、部屋の中が丸見えになっている。
 加減がどうのというレベルじゃない。これまでに見てきた魔法攻撃とは桁違いの凄さだ。
 抉られた天井からは鉄骨が見え、半分ほどに減った照明は残りもバチバチと点滅している。
 まるで竜巻でも通り過ぎたような廊下の中を、俺はロジオンから腕を引かれてひた走った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪解けに愛を囁く

ノルねこ
BL
平民のアルベルトに試験で負け続けて伯爵家を廃嫡になったルイス。 しかしその試験結果は歪められたものだった。 実はアルベルトは自分の配偶者と配下を探すため、身分を偽って学園に通っていたこの国の第三王子。自分のせいでルイスが廃嫡になってしまったと後悔するアルベルトは、同級生だったニコラスと共にルイスを探しはじめる。 好きな態度を隠さない王子様×元伯爵令息(現在は酒場の店員) 前・中・後プラスイチャイチャ回の、全4話で終了です。 別作品(俺様BL声優)の登場人物と名前は同じですが別人です! 紛らわしくてすみません。 小説家になろうでも公開中。

【完結】異世界はなんでも美味しい!

鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ  異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。  頭は良くない。  完結しました!ありがとうございますーーーーー!

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが

カシナシ
BL
聞いてくれ。 騎士科学年一位のアイツと、二位の俺は同じ部屋。これまでトラブルなく同居人として、良きライバルとして切磋琢磨してきたのに。 最近のアイツ、俺のシャワー中に絶対入ってくるんだ。しかも振り向けば目も合う。それとなく先に用を済ませるよう言ったり対策もしてみたが、何も効かない。 とうとう直接指摘することにしたけど……? 距離の詰め方おかしい攻め × 女の子が好きなはず?の受け 短編ラブコメです。ふわふわにライトです。 頭空っぽにしてお楽しみください。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。 ――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。 「私の結婚相手は、彼しかいない」 一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。 仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。 「当たりが出るまで、抱いてみる」 優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。 ※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」 最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。 そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。 亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。 「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」 ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。 彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。 悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。 ※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。   ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

処理中です...