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第一章 抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令
12.言い訳抜きの本音
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ショーが終演して食事も済んだあと、レストランを出て騎士たちを見送り、クジマのエアカーに乗り込んだ。
「ジーナからはすでに承諾の返事が来ております。ちなみにですが、わたしの名は出しておりません。ルキヤンという偽名でロジオン様の振りをして連絡をとりました」
いつの間にやらだが、クジマはロジオンの振りをしてジーナと通信し、街外れの宿を貸し切りにしていたらしい。
「皇族であることは絶対に気づかれてはなりません。半魔の皇族はロジオン様お一人しかおりませんので、正体が気づかれてしまう恐れがあります」
「……では今宵限りということなのですか?」
「その余地を残しておくということです」
クジマからはさらに、ロジオンは北の街に住む半魔であるとしか説明していないとの補足も受けた。
ジーナを完全には信用できないからというのが理由らしい。皇族との婚姻を求めて取り入ろうとするのではとの懸念があるようだ。
「ではここからはお二人で向かってください。入口でわたしの名を出すだけでことは済みます。貸切ですので、ベネフィン卿も空いた時間はお好きな部屋でお休みください」
くだんの宿まで数十メートルという手前でエアカーは停車し、クジマから降りるよう促された。
「では、朝になったらエフレムがお迎えにあがります。それまでロジオン様を外へお出しにならないように」
颯爽と去っていくクジマを見ながら、見張りながら休むことなんてできるのかと突っ込みを入れつつ、ずしりと気分が重くなった。
ロジオンはといえば、車内でも一言も喋らず、今もぶすっとした顔をしている。俺と同じように嫌で仕方がないといった様子に見えるが、無理やり話を進められたことに対する苛立ちかもしれず、緊張しているだけのようにも思えて本音までは読み取れない。
「……逃げ出しませんよね?」
聞くと、ロジオンは仏頂面のままぎくしゃくと歩き出した。
宿は街外れにありながら見た目には高級そうだった。街なかにある植物はほとんとが模造品であるというのに、宿を装飾するよう植えられた草木は本物のようで、手入れの行き届いている様子や、スタイリッシュな外観から窺うに上等なランクであることがわかる。
中にいた従業員も、一見アルファに見紛うごとくの物腰と気品を持つベータだった。部屋は航空機ほどではないにせよ豪華であるし、要人が利用する宿に違いない。
「どの部屋になさいますか?」
部屋数は十ほどだろうか。ロジオンに選ばせるため見て回っていると、それぞれに趣が違っていて、どれも居心地が良さそうだと目移りしてしまう。
「……どれでもいい。つーか、まじでさっきの人が来んの?」
「だと思いますけど……ここまで手を回しておきながら、クジマ様ほどのお方が虚言を吐くとは思えませんし」
平静を装いつつ持論を言うと、ロジオンは苦々しげに顔を背けた。
「だったら、おまえが相手をしてくれないか?」
「……は?」
「ジーナだっけ? その、これから来る人に口裏合わせてもらってさ……さすがに部屋の中にはカメラなんてないだろうし、俺じゃなくてもバレないだろ」
「バレないという問題ではないと思いますが……」
さすがは人嫌い。というか、単にビビリなだけだろうけど、ここまでお膳立てしてもらって、黙ってついてきたんだから覚悟は決めたもんだと思っていた。まだ決心を鈍らせているとは、どうしようもないやつだ。
「ジーナさんも俺よりおまえがいいに決まってる。アルファだし、っつーか、いい男だし、俺なんて相手にする意味がわからない」
呆れた。卑屈なことに自信がないらしい。
「……ロジオン様、ジーナ嬢はロジオン様からお誘いを受けて承諾なされたのですよ? クジマ様がかかわっていらっしゃることも、皇族であることも知らないのです。ただロジオン様の魅力だけでいらっしゃる決意をなされたのですよ?」
「んなこと言ったって……俺が望んだことじゃないのに」
「……それは」
そのとおり、もっともな反論だ。
いくら目的のためとはいえ、お膳立てがすぎる。ロジオンが望んだことならまだしも、相手さえ勝手に決めて閉じ込めてしまうのは強引どころの話じゃない。
この国ではフリーセックスは当たり前のことで、むしろ推奨されている。クジマやジーナにとってなんてことはなくとも、ロジオンはそんな国の皇族でありながら童貞だった男だ。遅ればせながらだが、とんでもない事態だとしてうろたえるのも頷けてきた。
「でしたら、彼女とは会話だけでお過ごしになられたらいかがですか?」
「……会話?」
「一晩出られずとも、何をしろとまでは言われていないわけですから」
「でも……それだと、へたれだって思われない?」
思われるだろうなあ。向こうはやる気満々なんだろうから。
「思われてもいいではありませんか? 実際に乗り気ではないわけですし、仕方がないことかと」
「でも……」
ロジオンは、ジーナはそのつもりでくるのに、話をするだけなんてことになったら失礼だと逆に反論し始めた。
なんなわけ? せっかく俺がおまえの気持ちを汲んでやっているというのに身勝手極まりない。呆れつつも、なにが気にかかるのかを会話を重ねて窺ってみたところ、どうやら満足させてやれない不安を抱えているらしいことがわかった。
「その点に関しては自信を持たれてもよろしいかと存じます」
その不安は俺のせいである。誤解させたまま放置したことで本人は自分が下手だと思いこんでいるのだ。
ただ、不安に感じるということは、相手を満足させたいわけで、ロジオンはジーナを抱きたいと思っていることもわかった。口では望んでいないと言いながら、本心では相手にしたいと望んでいたらしい。
前向きではないと知ってほくそ笑んでいたというのに、腹立たしくなってきた。自信がなかっただけだったとは、とんだ思い違いをさせてくれたものだ。
「……自信を持てって、なんだよそれ。下手くそっておまえが言ったんじゃないか」
「申し上げておりません」
「言った。俺が下手で不満で、だからなかったことにしたいって言った」
「申し上げておりません」
「早すぎてキモくて、うざかったって」
「申し上げておりません。早すぎたなど、先にいったのは俺のほうですし、ロジオン様は初めてとおっしゃりながらも驚くほどよくて、不満どころかもっと……」
言いかけた途中で頭蓋内通信機に受付から連絡が入り、ジーナの到着を知らされた。
「いらっしゃったそうです。部屋をお決めするのはジーナ嬢をお迎えにあがってからにいたしましょう。ここからはルキヤン様とお呼びいたしますので」
言いながら振り返ると、ロジオンは熟れ過ぎたりんごのように顔を赤くしていた。
いざそのときが来て緊張するのはわかるが、早いところ覚悟を決めてもらわなければ困る。その気なのは確かなのだし、これ以上煩わせないで欲しい。ムカついてたまらないというのに、背中を押さなければならない俺の身になってくれないものか。
「ルキヤン様、あなた様は必ずご満足させておあげになられますので、ただ決意を固めさえすればよろしいのです」
俺の身になってくれと願っても、なってくれるはずのないロジオンを奮い立たせなければならない。腹立たしくも泣きたくなる、俺の任務なのである。
「ともかく、歩いてください。お一人でお待ちになられておりますので」
またも黙り込んだロジオンを動かすべく、仕方なくも腕を引いて歩き出した。のそのそとついてきてくれたが、ロジオンの足取りは重い。
「……じゃあ、なんで黙って帰ったんだよ」
ぼそりと言ったロジオンの言葉を聞いて、なんのことだと振り返った。
「なかったことにしたいってのは、なんなの?」
ロジオンは今にも泣き出しそうな顔で、俺を窺うような目を向けている。
その困惑した顔を見て、自分が口走ってしまった内容をようやく自覚した。怒りのあまり口にすべきではなかった本音を漏らしてしまったらしい。どうしよう。
「……ロジオン様が、皇族の方と知らずにお誘いしてしまったからです」
「俺が皇族だとなにか問題があるわけ?」
「当然ながらにあります。わたしは騎士であり、今回もこういった任務に就いたわけですから」
「うん。それが?」
「……それが……問題と申しますか」
「なんで? 俺は皇族といっても傍系だし、ベータを相手にしていいっていうのなら、アルファのおまえに何の問題があるんだ? ……それとも問題は……俺が、半魔ってことなのか?」
半魔であることは関係ない。
気にしたことはないし、むしろその強さを目の当たりにしたいなどと浮ついた気持ちさえ抱いている。しかし、今この場では違うと断じていいものか迷う。
何を言っても反論にならず、これ以上の言い訳は思いつかない。今にも本音がバレてしまいそうで怖い。
だったら嘘をついたほうがいいのではないか。誤魔化すための嘘くらいなら構わないのではないか。
「……その点は問題ではありません」
ぐらりと誘惑に駆られたものの、そんな無情な嘘をつくことはできなかった。
ロジオンは半魔である己を嫌悪している。そのせいで母を亡くしたかもしれず、皇族でありながら引きこもっていることにも影響しているはずだ。
クジマからの任務は、そういった差別を受けている誤解を解けというものである。反するような嘘はつけないし、俺自身としても嫌だった。
「じゃあ、なんで?」
「申し訳ございません……とりあえず今は、ジーナ嬢のもとへ参りましょう。こちらからお誘いしているのにお待たせしてはなりません」
神妙な顔つきで訴えると、ロジオンは不服ながらに頷き返してくれ、なぜなぜ攻撃の手をようやく収めてくれた。
勘弁してくれよ。
助かったと思いつつも、胸中はざわついたままだ。
誤解は解いたんだから、どんな感情から逃げ出したのかなんてどうでもいいだろ。過ぎたことであり、二度目はないのだから。
──本当にないのだろうか?
ああ、ほら、まただ。またも期待が頭をもたげてくる。だから嫌なんだ。
ロジオンが俺を見て顔を赤くし、親しげに触れ、もじもじとしながらあの夜のことを問いかけてくるたびに、二度目があるんじゃないかと期待してしまう。
期待なんてしたくない。もしやと頭によぎる自分がたまらなく嫌だった。
俺はコンスタンティンに指摘されたとおり、一夜だけ気軽にセックスするなんてことができない性分だった。そのうえで男に抱かれたいなどとの厄介な欲望を抱えているものだから、どうしようもなく苦しみ藻掻いている。
男と恋に落ちるまではいい。ただアルファである俺の相手はオメガでなければならず、もしベータであったとしても抱く側に回らなければならない。
第二の性というのは、この国では大きな意味を持つ。ロジオンが半魔である己に苦悩しているように、誰もが自身の性によって人生を大きく左右されている。
俺はアルファなのでその点恵まれた立場にあるが、誇りに思うからこそアルファらしくあろうと努めて生きていた。
幼い頃に剣技の才を自覚し、極めるべく必要以上の努力をしてきた。それはすべて、あるまじき性癖を抱えていたからだ。アルファでありたかったがゆえに抑圧し、押し隠してきた。そして、努力は身を結び、俺は国の防衛機関のトップに立つ寸前のところにまできたのである。
俺の性癖が厄介なところは、努力を台無しにしてしまう点にある。アルファでありながら同性に抱かれる側であることを知られたら、俺は身を持ち崩すことになる。騎士団長という座が失われるどころか、騎士である道さえ閉ざされかねない。
そのためとうとう限界にきたときも、一夜限りという後腐れのない相手を探した。嫌でも他にどうしようもなかったからだ。
ロジオンが相手であったことを悔やみ、なかったことにしようとしたのは、その先の未来を俺自身が受け入れられないからだ。
もしもロジオンが俺との関係を続けたいと望んでくれていたとしても、応えられない。期待したくないし、させて欲しくない。
それが、言い訳抜きの俺の、丸裸の本音だった。
「ジーナからはすでに承諾の返事が来ております。ちなみにですが、わたしの名は出しておりません。ルキヤンという偽名でロジオン様の振りをして連絡をとりました」
いつの間にやらだが、クジマはロジオンの振りをしてジーナと通信し、街外れの宿を貸し切りにしていたらしい。
「皇族であることは絶対に気づかれてはなりません。半魔の皇族はロジオン様お一人しかおりませんので、正体が気づかれてしまう恐れがあります」
「……では今宵限りということなのですか?」
「その余地を残しておくということです」
クジマからはさらに、ロジオンは北の街に住む半魔であるとしか説明していないとの補足も受けた。
ジーナを完全には信用できないからというのが理由らしい。皇族との婚姻を求めて取り入ろうとするのではとの懸念があるようだ。
「ではここからはお二人で向かってください。入口でわたしの名を出すだけでことは済みます。貸切ですので、ベネフィン卿も空いた時間はお好きな部屋でお休みください」
くだんの宿まで数十メートルという手前でエアカーは停車し、クジマから降りるよう促された。
「では、朝になったらエフレムがお迎えにあがります。それまでロジオン様を外へお出しにならないように」
颯爽と去っていくクジマを見ながら、見張りながら休むことなんてできるのかと突っ込みを入れつつ、ずしりと気分が重くなった。
ロジオンはといえば、車内でも一言も喋らず、今もぶすっとした顔をしている。俺と同じように嫌で仕方がないといった様子に見えるが、無理やり話を進められたことに対する苛立ちかもしれず、緊張しているだけのようにも思えて本音までは読み取れない。
「……逃げ出しませんよね?」
聞くと、ロジオンは仏頂面のままぎくしゃくと歩き出した。
宿は街外れにありながら見た目には高級そうだった。街なかにある植物はほとんとが模造品であるというのに、宿を装飾するよう植えられた草木は本物のようで、手入れの行き届いている様子や、スタイリッシュな外観から窺うに上等なランクであることがわかる。
中にいた従業員も、一見アルファに見紛うごとくの物腰と気品を持つベータだった。部屋は航空機ほどではないにせよ豪華であるし、要人が利用する宿に違いない。
「どの部屋になさいますか?」
部屋数は十ほどだろうか。ロジオンに選ばせるため見て回っていると、それぞれに趣が違っていて、どれも居心地が良さそうだと目移りしてしまう。
「……どれでもいい。つーか、まじでさっきの人が来んの?」
「だと思いますけど……ここまで手を回しておきながら、クジマ様ほどのお方が虚言を吐くとは思えませんし」
平静を装いつつ持論を言うと、ロジオンは苦々しげに顔を背けた。
「だったら、おまえが相手をしてくれないか?」
「……は?」
「ジーナだっけ? その、これから来る人に口裏合わせてもらってさ……さすがに部屋の中にはカメラなんてないだろうし、俺じゃなくてもバレないだろ」
「バレないという問題ではないと思いますが……」
さすがは人嫌い。というか、単にビビリなだけだろうけど、ここまでお膳立てしてもらって、黙ってついてきたんだから覚悟は決めたもんだと思っていた。まだ決心を鈍らせているとは、どうしようもないやつだ。
「ジーナさんも俺よりおまえがいいに決まってる。アルファだし、っつーか、いい男だし、俺なんて相手にする意味がわからない」
呆れた。卑屈なことに自信がないらしい。
「……ロジオン様、ジーナ嬢はロジオン様からお誘いを受けて承諾なされたのですよ? クジマ様がかかわっていらっしゃることも、皇族であることも知らないのです。ただロジオン様の魅力だけでいらっしゃる決意をなされたのですよ?」
「んなこと言ったって……俺が望んだことじゃないのに」
「……それは」
そのとおり、もっともな反論だ。
いくら目的のためとはいえ、お膳立てがすぎる。ロジオンが望んだことならまだしも、相手さえ勝手に決めて閉じ込めてしまうのは強引どころの話じゃない。
この国ではフリーセックスは当たり前のことで、むしろ推奨されている。クジマやジーナにとってなんてことはなくとも、ロジオンはそんな国の皇族でありながら童貞だった男だ。遅ればせながらだが、とんでもない事態だとしてうろたえるのも頷けてきた。
「でしたら、彼女とは会話だけでお過ごしになられたらいかがですか?」
「……会話?」
「一晩出られずとも、何をしろとまでは言われていないわけですから」
「でも……それだと、へたれだって思われない?」
思われるだろうなあ。向こうはやる気満々なんだろうから。
「思われてもいいではありませんか? 実際に乗り気ではないわけですし、仕方がないことかと」
「でも……」
ロジオンは、ジーナはそのつもりでくるのに、話をするだけなんてことになったら失礼だと逆に反論し始めた。
なんなわけ? せっかく俺がおまえの気持ちを汲んでやっているというのに身勝手極まりない。呆れつつも、なにが気にかかるのかを会話を重ねて窺ってみたところ、どうやら満足させてやれない不安を抱えているらしいことがわかった。
「その点に関しては自信を持たれてもよろしいかと存じます」
その不安は俺のせいである。誤解させたまま放置したことで本人は自分が下手だと思いこんでいるのだ。
ただ、不安に感じるということは、相手を満足させたいわけで、ロジオンはジーナを抱きたいと思っていることもわかった。口では望んでいないと言いながら、本心では相手にしたいと望んでいたらしい。
前向きではないと知ってほくそ笑んでいたというのに、腹立たしくなってきた。自信がなかっただけだったとは、とんだ思い違いをさせてくれたものだ。
「……自信を持てって、なんだよそれ。下手くそっておまえが言ったんじゃないか」
「申し上げておりません」
「言った。俺が下手で不満で、だからなかったことにしたいって言った」
「申し上げておりません」
「早すぎてキモくて、うざかったって」
「申し上げておりません。早すぎたなど、先にいったのは俺のほうですし、ロジオン様は初めてとおっしゃりながらも驚くほどよくて、不満どころかもっと……」
言いかけた途中で頭蓋内通信機に受付から連絡が入り、ジーナの到着を知らされた。
「いらっしゃったそうです。部屋をお決めするのはジーナ嬢をお迎えにあがってからにいたしましょう。ここからはルキヤン様とお呼びいたしますので」
言いながら振り返ると、ロジオンは熟れ過ぎたりんごのように顔を赤くしていた。
いざそのときが来て緊張するのはわかるが、早いところ覚悟を決めてもらわなければ困る。その気なのは確かなのだし、これ以上煩わせないで欲しい。ムカついてたまらないというのに、背中を押さなければならない俺の身になってくれないものか。
「ルキヤン様、あなた様は必ずご満足させておあげになられますので、ただ決意を固めさえすればよろしいのです」
俺の身になってくれと願っても、なってくれるはずのないロジオンを奮い立たせなければならない。腹立たしくも泣きたくなる、俺の任務なのである。
「ともかく、歩いてください。お一人でお待ちになられておりますので」
またも黙り込んだロジオンを動かすべく、仕方なくも腕を引いて歩き出した。のそのそとついてきてくれたが、ロジオンの足取りは重い。
「……じゃあ、なんで黙って帰ったんだよ」
ぼそりと言ったロジオンの言葉を聞いて、なんのことだと振り返った。
「なかったことにしたいってのは、なんなの?」
ロジオンは今にも泣き出しそうな顔で、俺を窺うような目を向けている。
その困惑した顔を見て、自分が口走ってしまった内容をようやく自覚した。怒りのあまり口にすべきではなかった本音を漏らしてしまったらしい。どうしよう。
「……ロジオン様が、皇族の方と知らずにお誘いしてしまったからです」
「俺が皇族だとなにか問題があるわけ?」
「当然ながらにあります。わたしは騎士であり、今回もこういった任務に就いたわけですから」
「うん。それが?」
「……それが……問題と申しますか」
「なんで? 俺は皇族といっても傍系だし、ベータを相手にしていいっていうのなら、アルファのおまえに何の問題があるんだ? ……それとも問題は……俺が、半魔ってことなのか?」
半魔であることは関係ない。
気にしたことはないし、むしろその強さを目の当たりにしたいなどと浮ついた気持ちさえ抱いている。しかし、今この場では違うと断じていいものか迷う。
何を言っても反論にならず、これ以上の言い訳は思いつかない。今にも本音がバレてしまいそうで怖い。
だったら嘘をついたほうがいいのではないか。誤魔化すための嘘くらいなら構わないのではないか。
「……その点は問題ではありません」
ぐらりと誘惑に駆られたものの、そんな無情な嘘をつくことはできなかった。
ロジオンは半魔である己を嫌悪している。そのせいで母を亡くしたかもしれず、皇族でありながら引きこもっていることにも影響しているはずだ。
クジマからの任務は、そういった差別を受けている誤解を解けというものである。反するような嘘はつけないし、俺自身としても嫌だった。
「じゃあ、なんで?」
「申し訳ございません……とりあえず今は、ジーナ嬢のもとへ参りましょう。こちらからお誘いしているのにお待たせしてはなりません」
神妙な顔つきで訴えると、ロジオンは不服ながらに頷き返してくれ、なぜなぜ攻撃の手をようやく収めてくれた。
勘弁してくれよ。
助かったと思いつつも、胸中はざわついたままだ。
誤解は解いたんだから、どんな感情から逃げ出したのかなんてどうでもいいだろ。過ぎたことであり、二度目はないのだから。
──本当にないのだろうか?
ああ、ほら、まただ。またも期待が頭をもたげてくる。だから嫌なんだ。
ロジオンが俺を見て顔を赤くし、親しげに触れ、もじもじとしながらあの夜のことを問いかけてくるたびに、二度目があるんじゃないかと期待してしまう。
期待なんてしたくない。もしやと頭によぎる自分がたまらなく嫌だった。
俺はコンスタンティンに指摘されたとおり、一夜だけ気軽にセックスするなんてことができない性分だった。そのうえで男に抱かれたいなどとの厄介な欲望を抱えているものだから、どうしようもなく苦しみ藻掻いている。
男と恋に落ちるまではいい。ただアルファである俺の相手はオメガでなければならず、もしベータであったとしても抱く側に回らなければならない。
第二の性というのは、この国では大きな意味を持つ。ロジオンが半魔である己に苦悩しているように、誰もが自身の性によって人生を大きく左右されている。
俺はアルファなのでその点恵まれた立場にあるが、誇りに思うからこそアルファらしくあろうと努めて生きていた。
幼い頃に剣技の才を自覚し、極めるべく必要以上の努力をしてきた。それはすべて、あるまじき性癖を抱えていたからだ。アルファでありたかったがゆえに抑圧し、押し隠してきた。そして、努力は身を結び、俺は国の防衛機関のトップに立つ寸前のところにまできたのである。
俺の性癖が厄介なところは、努力を台無しにしてしまう点にある。アルファでありながら同性に抱かれる側であることを知られたら、俺は身を持ち崩すことになる。騎士団長という座が失われるどころか、騎士である道さえ閉ざされかねない。
そのためとうとう限界にきたときも、一夜限りという後腐れのない相手を探した。嫌でも他にどうしようもなかったからだ。
ロジオンが相手であったことを悔やみ、なかったことにしようとしたのは、その先の未来を俺自身が受け入れられないからだ。
もしもロジオンが俺との関係を続けたいと望んでくれていたとしても、応えられない。期待したくないし、させて欲しくない。
それが、言い訳抜きの俺の、丸裸の本音だった。
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