抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第一章 抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

15.八つ当たり

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 ただただ触れたい。キスをして抱きしめたい。欲望に支配された頭でロジオンの唇に吸いつき、舌を入れて絡めた。吐息を感じ、熱く柔らかなものが触れるたびに、あの夜へと立ち戻っていく。
 ──俺もおまえ以外はだめなんだよ。
 ロジオンに抱かれたあの夜以降、それまで不埒な目で見ていた男たちに対して、なにも感じなくなった。
 無意識に、いやはっきりと意識をしながら比較してしまうようになった。完全に好みと合致する男を見ても、抱かれたいと思わなくなってしまった。

「……アラム」

 息を喘がせ離れると、ロジオンは熱が出たみたいに身体を熱くしていた。キスしかしていないのに。
 
「なんだよ」

 いや、する前から真っ赤な顔をしていた。二人きりというだけで、たかがそんなことだけでも、ロジオンは思春期の少年のように動揺するらしい。
 
「……いいの?」
「んなこと聞くな」

 許可なんて必要ないだろ。俺のほうから求めたのだから。前回も、今も。

「ちょ……えっ?」
 
 どれほど触れたかったか。念願を叶えてくれた雄々しいそれに、もう一度と何度夢に描いたかわからない。

「責任取れよ」

 求めたのは俺でも、その気にさせたのはおまえだ。
 身勝手な苛立ちに気持ちを逸らせながら、ロジオンのベルトを外して、目当てのものを揉みしだく。

「……あっ、あの……俺がやりたいんだけど」
「だめだ」
「っ……俺にやらせて」

 下着に入れようとした手を掴まれ、ロジオンからキスをされた。ロジオンはそのまま逆に俺のシャツを乱して肌に触れていく。

「んっ……」

 大切なものでも愛でるように優しく触れられ、身体がぞくぞくと痺れたみたいに強張ってしまう。

「アラムの肌、好き……すべすべしてて気持ちいい」

 喋ると息が肌にかかる。熱い唇で吸い付かれると熱が伝染したみたいに広がっていく。
 
「……んんっ……ふっ」

 首元から胸へと至り、乳首へとたどり着いた。身体がびくと反応してしまうのが恥ずかしい。

「ここも綺麗。っていうか、かわいい?」
「感想を言うな……っ」
「ごめん……本当に綺麗で……ていうか食べたい」
「……んっ、やめ」

 ぴんと硬く尖ったせいで、優しく舐めていた舌がしゃぶりつくような愛撫へと変わった。ロジオンは舌で乳首を転がしながら、反対側のほうは指でつまんだりいじったりして、頭の先まで痺れるような感覚に声が漏れてしまう。

「んっ……んんっ……はあっ、あっ」
 
 抵抗できない。いや、できないのではなく、したくないのかもしれない。熱に浮かされたような顔で俺を満たそうとするロジオンの腕を振り解きたくない。むしろ触れやすいようにとソファへ背をもたれ、膝を割ってしまう。

「気持ちいい?」

 聞かずともわかるだろうに。恥ずかしくも下半身はすでに硬く張り詰め、ロジオンの身体に擦れるたびにびくびくと反応してしまうのだから。

「っ……聞くな……んっ、はあっ……っ」
「かわいい、アラム……もっと気持ちよくなって」

 熱を帯びた顔で、ロジオンは俺の顔を覗き込んできた。
 とろんとした目で愛しげに見ないで欲しい。
 欲望を解消するためにしていることなのに、胸のほうが満ちていく感覚に戸惑ってしまう。
 俺はロジオンを引き寄せて、唇に吸い付いた。抱きつき、抱き締められ、キスが深くなっていく。
 何も考えたくない。胸が熱くなる理由を探したくない。考えたら、身体だけの関係ではない、別の意味を見つけてしまいそうで怖かった。考えず、ただ情欲に流されていたい。
 貪り合うようにキスをして、身体を起こしていられないと床のうえへ倒れそうになった、そのときだった。

「お迎えにあがりました」

 ドアがノックされる音とともに、クジマの声が聞こえてきた。
 はっと青ざめた俺は、考えるより先にロジオンの胸を強く押して立ち上がり、乱れていた衣服を着直した。

「アラム?」
 
 あっけに取られた様子のロジオンを見てやばいと思い、ソファのうえにあったクッションを投げつけた。不自然な膨らみを見られたらまずい。

「……失礼いたします。お怪我はありませんか?」

 有事だからか返事を聞かずに入ってきた。当然のこととはいえ、あわやの一歩手前だ。クジマにエフレム、コンスタンティンたちと全員揃い踏みで部屋へ入ってきた。

「無事であります。敵は魔族でした。三十名ほどおりましたが、ロジオン様が処理してくださいました」

 このときばかり騎士の制服に感謝したことはない。太ももあたりにまである丈が興奮の余韻を隠してくれなければ、何ごとかと訝しまれるところだ。

「……ええ。こちらも攻撃を受けました」
「えっ?」
「街中でしたが、十名ほどの賊に狙われましてね」
「クジマ様も?」
「われわれを狙ったものなのかは判断がつきかねますが、可能性を考慮すべきと考えます。ですので、宿へ戻らずこのまま──」

 クジマの言葉を遮るように轟音が響き、天井や床ががたがたと震えた。
 爆弾でも投げ込まれたような衝撃だ。
 なにを?とクジマを見たところ、ロジオンの方へ視線を向けていて、はっとロジオンを見ると怒りの形相で窓のほうを睨みつけていた。

「どいつもこいつも邪魔しやがって」

 言うと、ロジオンは窓へと突進し、開けもせず飛び出していった。ガラスの割れる音とともに空が昼間のように明るくなり、つづいてなにか透明な液体に覆われたように不思議な感覚が身体を包みこんだ。

「ベネフィン卿しか守ってくださらないようですね」

 やれやれというクジマの声がして、全身が痺れるほどの轟音とともに天井が崩落した。
 逃げなければ死ぬ。しかしどこへ?
 一瞬ですべての天井が落ちたらしく、視界は瓦礫しか見えない。怯みつつも死を覚悟をしたところ、瓦礫は俺を避けるかのように当たる寸前で跳ね、あたりへ飛び散っていく。潰されたら即死レベルの固まりさえ、俺の手前で避けていく。
 唖然と周りを見ると、確認する間もなく足元がぐらつき、立っていたはずの足場に亀裂が入り、割れた。
 落ちる。
 身構えて着地に備え、物凄い量の粉塵と瓦礫とともに落下した。
 鼓膜が破れるのではと怯むほどの衝撃音が続き、手前で跳ねていくバカでかい瓦礫に唖然としながら、夜空が天井と成り代わった。が、空はチカチカと暗転し、またも昼へと代わり、再び夜へと何度も繰り返される。そのたびに爆発音がして、爆撃の集中砲火を浴びている真っ只中にいるかのようだった。

「無事か?」

 そんな中をコンスタンティンが駆け寄ってきた。俺と同じように、彼に向かって飛んできた瓦礫や衝撃は身体の手前で弾かれている。

「ああ。どこにも怪我はない」
「魔法だよな? あの衝撃で傷一つ負わないとは凄まじいものだな」

 コンスタンティンや他の騎士たちにも怪我はないようだ。ロジオンなのかクジマか、全員に防御魔法を張ってくれていたらしい。
 
「一般人のことも頭にないとは、相当お怒りのご様子ですね……」

 クジマの声がして周りを見てみると、あたりは戦場かのごとくの様相だった。攻防は終わったようで、轟いていた音はやみ、ガラガラと細かい破片が崩れる音だけが響いている。宿はコンクリートの固まりとなり、草木はひしゃげて焼け焦げ、道路はぐしゃぐしゃだ。ここが町外れで、敷地が広くなければ大惨事だっただろう。

「退避が完了した人数は三十四名です」

 エフレムが端末を手にクジマへと近づいた。

「ちょうどですね。ご苦労。では魔法を解除します……まったく、大した攻撃でもなかったのに過剰防衛です。皇族が一般人を殺傷したともなれば問題になるどころではないというのに」

 ちらとクジマの視線が俺のほうへ向き、どきりと心臓が跳ねた。

「ベネフィン卿、カツフクの騎士団に連絡をして事情をご説明いただけますか?」
「あ、はい。申し訳ありません」

 しっかりしなければ。尻を叩かれるまでぼうっとしてしまうとは不覚極まりない。

「応援はお断りください。すべて魔族がやったこととして、反撃はわたしによるものとご説明ください」
「……承知いたしました」
「済みましたら、ロジオン様を連れてリュミトロフへ出発してください。荷物は──」
「あります」

 エフレムが言い、コンスタンティンが背筋を伸ばして敬礼した。
 手際がよい。まるで備えていたようだが、ロジオンが狙われていることはわかっていたのだから、俺が先回りして考慮しておくべきことだった。
 名を出していなくとも皇族の航空機でカツフクへ来たのだ。もしやと疑念を抱かれてもおかしくない。

「申し訳ございません」

 油断に次ぐ油断。襲撃に備えて防備を手薄にしてしまっていただけでなく、数多の可能性を考えておくべきだった。
 たとえ航空機はクジマが提案したことだとして、あちこち観光したのは予定外のことだったとしても。

「貴殿はよくやってくれています。反省すべき点はありません。むしろ期待以上の働きをしてくださっているのですから」

 言いながら空を仰いだクジマにつられて、俺もと見上げた。そこにはすっきりとした顔のロジオンがいて、目が合った途端にっこりと笑みを浮かべて降りてきた。

「飛翔もおできになるのですか?」
「数分程度だけど、できるようになった。それより喉が乾いた」
「あれだけの魔力を使って喉の渇きだけとは恐れ入ります。わたしは今にも休みたいところです。エフレム」

 クジマの呼びかけで、エフレムが携帯ボトルを持ってロジオンに近づいていく。

「酒はないの?」
「ロジオン様がここまで過剰な反撃をなされなければありました。何千シルという希少ワインを破壊しつくすとは……賠償金はすべてロジオン様に請求させていただきますからね」

 エフレムからボトルを受け取り、ごくごくと飲み干したロジオンは不貞腐れた顔で俺のほうへ近づいてきた。
 
「来るのが早すぎるんだよ」

 なあ?とでも言うように俺を覗き込み、おずおずと手を握ってきた。なにをと振り解こうとしたが、できなかった。握られた瞬間に身体は宙に浮いていて、離してしまっては落ちてしまうと怯んだからだ。

「ロジオン様……」

 下から巻き上がる風圧に突き上げられながら、ぐんぐん上昇していく。
 
「ないなら探しに行こ」

 街の灯りが夜景へと変わっていく。身ひとつでこれほどの高さにまで来たらさすがに足がすくむ。
 
「なにを? どこへ?」
「酒を見つけて、おまえと二人になりたい」

 熱っぽい声が聞こえて、ちゅっとキスをされた。
 この状況でなにを言ってるんだこいつは。
 呆れながらもしがみつくことしかできず、どこぞへと進路を変えたロジオンのなすがまま、闇夜の中で息を詰めた。
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