16 / 49
第一章 憂鬱なる辞令
16.リュミトロフへの密入国
しおりを挟む
あの夜、もし別の店を選んでいたら、もしくは別の日に出かけていたら。
何度となく考えてしまう。任務で出会うのは必然だった。だとして、あの夜に会わなければ再会とはならなかった。再会でなければ、ただの護衛対象と騎士という関係でしかなかった。余計な感情に振り回されることも、今起きている事態に悩まされることもなかったのに──
「どちらへ向かわれているのですか?」
「え……いきなりなに?」
「向かわれている方向はリュミトロフですので……」
「まじ? 早く言ってよ。もう引き返せない」
下降していたのでまさかと思っていたら、やはり着地するためだったようだ。カツフクの夜景を通り過ぎ、森へと至ったあと、街という規模ではないが、森を切り拓いてつくった集落のようなものの近くに、ロジオンは降り立った。
「……入国してしまったじゃないですか。審査も経ていないのに、見つかったらまずいことになります」
「だったら気づいた時点で言えよ。夜目だったし、どこがどこやらわからなかったんだから」
「目的がわからなかったので……って、おい」
ロジオンは口を尖らせながら集落のほうへ歩いていく。
「待て。どこに行く気だ?」
「喉が渇いたから、酒でも買えないかと思って」
「はあ? ヒエスラに戻ってからにしろよ」
「……金ならあるし、ちょっと酒を買うだけだからさ。通貨は同じだろ?」
大昔は国として分かれていなかったため、ロジオンの言うように通貨や言語などは未だに両国とも共通している。だから答えるならイエスとなるが、そういう問題じゃない。
「金がどうこうじゃなくて、バレること自体が問題なんだって」
「バレるって、どうやってバレるんだよ? リュミトロフには認証機器なんてないんだろ?」
ロジオンが言うには、移動した距離は数キロほどでしかなく、カツフクの隣町といっていい場所なので、半魔や人間がいても不思議じゃないという理屈だった。
言わんとしていることはわかるし、正しいかもしれない。だとしても万が一ということもある。
「ヤバそうだったら逃げればいいじゃん」
「危険を犯すくらいなら、戻ったほうが早い。さっきの魔法は使えないのか?」
「使えるけど、疲れるんだよ。魔力が減ると喉が渇くし腹も減る。少し休ませてよ」
勝手に連れてきておいてと不満を覚えつつも、無理やり徒歩で戻るには時間がかかるし、急ぐなら頼ることになる。結局は押し切られる形で集落へと向かうことになった。
「すみません」
家が見えてきて、ロジオンは最初の家の選んで躊躇なくドアを叩いた。ビビリなくせに度胸がありやがる。もしかして、人間嫌いというのは魔族であれば平気という意味なのだろうか。
「はい?」
出てきたのは若い女性だった。黒い髪と瞳を持ち、褐色の肌をして小柄な体躯である。魔族の特徴を備えていること以外は人間と変わらない。その表情がロジオンを見た瞬間に驚愕があらわといった様子で硬直してしまった。
「道に迷って喉が乾いてしまって、少しお酒を分けていただけると助かる……ってなに?」
硬直していた女性は、ロジオンが喋りだしたとたんに五体投地をする勢いで床のうえに這いつくばった。
「ローギン様、これはご無礼をいたしました。どうかお許しください」
「は? 俺はローギンじゃなくロジ──」
俺は慌ててロジオンの口を塞ぎ、前へと躍り出た。
「すみません、失礼いたしました。彼は酔っておりまして、変化の魔法を多用する癖があるものですから、驚かせてしまったようで……」
「外見を変える魔法なんてないよ。薬ならあるみたいだけど、クジマが研究してる段階で完成品は存在してないはずだ」
誤魔化そうとした俺に、ロジオンが耳打ちをしてきた。
魔法は便利だからあり得ることだと思ったのに、ないのかよ。嘘をついてしまったじゃないか。
「必要なものがあればなんでも、どうぞお申し付けください」
どうしようと焦る俺を他所に、女性は平身低頭の様子でロジオンをローギンと思い込んでいる。
「じゃあ、酒をいただけませんか?」
「承知いたしまいした。どのようなものをご用意いたしましょう?」
「別になんでもいいんですけど、できればワインがいいかなあ。ウィスキーでもいいし」
「ワインですね。ただいまお持ちいたします」
ちらちらと俺を見ながら、女性は奥へと消えて行った。
俺が嘘をついたせいか、逆に信憑性を持たせてしまったのかもしれない。
彼女はロジオンを見てローギンであると思い込んだ。それがどういう意味なのかは、考えるまでもない。
ロジオンはローギンと瓜二つなのだろう。どれほど似ているのか比較してみないことにはわからないが、国民が驚くほどなのだから、息子かもという疑念は事実なのかもしれない。
こんな場所で大変な事実を知ることになるとは。
「あ……」
まさかと考え込んでいたとき、ロジオンがなぜか突然魔法を発動させた。風魔法のようで、いきなり竜巻のような風が巻き起こり、部屋の中のものがひっくり返った。風の轟音とともに、女性の驚く悲鳴も聞こえてきた。
「……いきなりどうしたんだ?」
「あの人捕まえたほうがいいと思う」
「あの人って……」
「鳥に魔術をかけようとしてたから、なにかを知らせるつもりかもと思って止めたんだけど、まだ粘ってる……魔法かけようとしてる」
なにをと驚き、すたすたと奥へと向かうロジオンを追い越して女性の消えて行った部屋へ押し入った。というかドアは開いていて、どういう原理なのかこちらの部屋ももみくちゃになっている。
鳥がバタバタと飛んでおり、女性は俺たちに気づきながらも捕まえようと手を伸ばし、ぶつぶつと口の中でなにごとかを唱えている。
「へただね。俺も人のこと言えないけど」
ロジオンは閉じられたままの窓に手をかざし、次の瞬間に壁が木っ端微塵となった。
「あ、ごめんなさい……」
壊れた壁から鳥がぱたぱたと飛び去っていった。
魔術をかけてなにかを知らせようとしていたとはロジオンの推測だが、事実だとしたらローギンではないことがバレて、不審人物だからと通報しようとしたに違いない。
くそ。
頭が回っていなかった。
似ているからといって、ローギン本人だと思い込むはずがない。
どれほどそっくりだとしても、一国の王が夜更けにこんな場所で、護衛一人だけをつけて、しかも人間と一緒にいることなど万に一つもないことだ。
そっくりな半魔を見てローギンの血を受け継いだヒエスラの者と気づいたのだろう。
あー、やばい。どうしよう。
ヒエスラの得ているローギンの情報はほとんどゼロと言っていい。
ヒエスラも同様で、リュミトロフとは互いに皇族や管理官などの情報を知られまいと厳重に機密処理をされている。
リュミトロフへは密偵が入り込んでいるものの、機械を持ち込むことができない。見つかるとその場で処理される規約が結ばれているため、盗撮なんかもできず、またローギン自身あまり表には出てこないタイプのようではっきりと姿を視認できなかったようなのだ。
そのためローギンのことは、容貌はもちろん、年齢や生い立ちなど、いっさいのことがわかっていない。
だから管理官を含め、クジマも知らなかった。
ロジオンは見てすぐに血縁者とわかるほど似ているなんて、誰も予測できなかったことだ。
だから仕方がない。そこまではいいが、やってきた今わかったわけだから、ハンナへ行く計画は取りやめたほうがいいんじゃないか?
リュミトロフを歩くたびに疑念の種を撒き散らすことにらる。
「とんでもございません。申し訳ございません。お許しいただけるとは思いませんが、どうかお命だけは」
考え込んでいる間、ロジオンと女性は謝罪の攻防を繰り広げていたようだ。
「だから命なんて獲らないって。酒が欲しいだけだから」
「本当にお酒だけでよろしいのですか? でしたら、ただいますぐに」
「あ、その場を動かないで場所を教えてよ。変なことされたら困るし。……アラム、そこの縄を取って」
言われて振り返り、瓶の横にあった太縄をロジオンに向かって投げつけた。ロジオンがそれを受け取ると途端にぼうっと発光し、魔法でもかけたのか虹色に煌めいた。
「何をしたんだ?」
「もう縛っていいよ。防御魔法をかけたから、これで捕縛すればちょっとやそっとじゃ解けない」
なるほど、魔法にどのようなものがあるのか詳しく知らないが、火や雷を操れるのだから焼き切るなり縄から逃れる術があるのだろう。納得した俺は、罪人を縛る要領で女性をきつく縛り上げた。
「ロ……ルキヤン様、ここを離れたほうがよろしいと存じます」
捕縛できたのなら、後はもう逃げるのみだ。
ロジオンにローギンと似ている理由を悟られたくない。これ以上ここにいては女性がへたなことを言うなりして、ロジオンに裏の思惑を気づかれかねない。
「うん。でもちょっと待って」
ロジオンはラッパ飲みでワインをぐいとやると、女性のほうへ近づいた。
「さっき、誰になんの連絡をしようとしたの? それを聞いたら帰るよ」
「……ローギン様がいらっしゃったため、上等なお酒をご用意しようと考えたまでです」
「俺が誰なのか気づいたの?」
さらりと訊ね、女性とともに俺もびくと肩を震わせた。
さすがにロジオンもバカではないようだ。ストレートに聞くとは彼らしすぎて目まいがするも、答えを聞くわけにはいかない。
「ルキヤン様、ご所望の品を手に入れたのですから、留まる理由はありません」
「あるって。半日もすれば誰かに気づかれるだろうし、いつかは縄を解かれる。そうしたら俺の情報が漏れるわけだろ?」
「…………はい」
「漏らされるのはいいとしても、どんな内容を漏らすつもりなのかは知っておかないと……てことで、なにもしないから知らせようとした内容だけ教えてくれない?」
鋭いやつだ。無理やりロジオンを連れ出す手もあるが、抵抗されたら意味がないうえに、なぜ無理強いしたかを問われることになる。
ロジオンは女性の前にしゃがみこみ、グラスに酒を入れて口をつけてやっていた。
「俺がローギンじゃないことはわかってるんだろ?」
女性は身体を震わせながらロジオンを見て、つぎに俺のほうへと視線を逸らした。窺うというより助けを求めて見える眼差しに、俺は眉根を寄せた。
何を怯えているのか。
考えてみたところ、もしやと思いついた。彼女はロジオンがローギンの息子かもと疑っているのだから、魔力の強さを知っているわけで、指摘したことで攻撃されるのではと怯えているのかもしれない。
俺がロジオンに悟られないようしていることをわかっていて、正直に告げるべきかの判断を委ねてくれているのかも。
わからないが、軽く首を振ってみた。
後ろにいる俺の動きはロジオンから見えていないはずだ。女性はかすかに顎を動かし、肯定のような反応を見せた。
「……ローギン様と思い違えましたが、申し訳ございません。よく見たら別の方でいらっしゃったようです。近頃ローギン様によく似た盗賊が出るとの噂があり、警備隊に通報しようとしたところでした」
「盗賊? 違うよ。欲しい物は言ったし、対価も持ってる」
「はい。大変失礼いたしました。そのような手口で押し入るものと思い違えたのです」
「手口? そうか……女性一人の家に、しかもこんな時間で突然だったもんな。申し訳ない」
「とんでもないことであります。ヒエスラの方でいらっしゃいますよね?」
「え……あ、そっか。アラ……いや、騎士がいるからわかっちゃうよね」
「はい。捕縛されたことは誰にも届け出ませんので、お見逃しいただけませんでしょうか?」
「そうだなあ……」
ロジオンは俺の反応を見るためか、答えを濁しながら振り返った。クジマからの連絡を待っていた俺は、同時に頭蓋内通信機に着電があり、胸を撫で下ろした。
『構いません。どの道入国する際には本名を届けねばなりません。それほどまでにローギンに似ていたことは想定外でしたが、入国する以上気づかれることであります。半魔の息子を探しているという話はまだ国民には伝わっていないはずですし、驚かれるだけですぐに騒ぎとなることではないと思われます。ご安心ください』
内容も安堵できるもので、一人悶々と頭を抱えていた問題からは無事に解放されることができた。
「ルキヤン様、彼女のことは信用していいと存じます。ルキヤン様が先ほどの魔術をご使用くださればすぐに帰国できますし、追っ手を差し向けないと確約してくだされば、捕縛も解いても構わないと存じます」
へたな嘘をついてしまったとき、俺は自分一人で判断すべき事態ではないことを察して、頭蓋内通信機を起動させた。ロジオンには気づかれないよう注意しつつも、リアルタイムでクジマに現状を把握してもらい、判断を仰ごうとしたのだ。
「……うん。わかった」
「喉の渇きは潤いましたか?」
「まあまあかな。戻ったあと充電すればいいし」
「承知いたしました。では、参りましょう」
女性の縄はすぐに外すことにした。敵国とはいえ相手は非戦闘員だ。刃を向けられたわけでもないのに非人道的な真似をしては心証が悪い。
改めて謝罪し、女性も謝罪を仕返してお互いに頭を下げつつ家を出た。
ロジオンは念のためと言って、どういったものなのかは不明だが、女性の家に魔法をかけていた。
そして、来たときのように空へと飛び上がり、一生慣れる気がしない冷や汗をかきながら、カツフクへと戻ったのだった。
何度となく考えてしまう。任務で出会うのは必然だった。だとして、あの夜に会わなければ再会とはならなかった。再会でなければ、ただの護衛対象と騎士という関係でしかなかった。余計な感情に振り回されることも、今起きている事態に悩まされることもなかったのに──
「どちらへ向かわれているのですか?」
「え……いきなりなに?」
「向かわれている方向はリュミトロフですので……」
「まじ? 早く言ってよ。もう引き返せない」
下降していたのでまさかと思っていたら、やはり着地するためだったようだ。カツフクの夜景を通り過ぎ、森へと至ったあと、街という規模ではないが、森を切り拓いてつくった集落のようなものの近くに、ロジオンは降り立った。
「……入国してしまったじゃないですか。審査も経ていないのに、見つかったらまずいことになります」
「だったら気づいた時点で言えよ。夜目だったし、どこがどこやらわからなかったんだから」
「目的がわからなかったので……って、おい」
ロジオンは口を尖らせながら集落のほうへ歩いていく。
「待て。どこに行く気だ?」
「喉が渇いたから、酒でも買えないかと思って」
「はあ? ヒエスラに戻ってからにしろよ」
「……金ならあるし、ちょっと酒を買うだけだからさ。通貨は同じだろ?」
大昔は国として分かれていなかったため、ロジオンの言うように通貨や言語などは未だに両国とも共通している。だから答えるならイエスとなるが、そういう問題じゃない。
「金がどうこうじゃなくて、バレること自体が問題なんだって」
「バレるって、どうやってバレるんだよ? リュミトロフには認証機器なんてないんだろ?」
ロジオンが言うには、移動した距離は数キロほどでしかなく、カツフクの隣町といっていい場所なので、半魔や人間がいても不思議じゃないという理屈だった。
言わんとしていることはわかるし、正しいかもしれない。だとしても万が一ということもある。
「ヤバそうだったら逃げればいいじゃん」
「危険を犯すくらいなら、戻ったほうが早い。さっきの魔法は使えないのか?」
「使えるけど、疲れるんだよ。魔力が減ると喉が渇くし腹も減る。少し休ませてよ」
勝手に連れてきておいてと不満を覚えつつも、無理やり徒歩で戻るには時間がかかるし、急ぐなら頼ることになる。結局は押し切られる形で集落へと向かうことになった。
「すみません」
家が見えてきて、ロジオンは最初の家の選んで躊躇なくドアを叩いた。ビビリなくせに度胸がありやがる。もしかして、人間嫌いというのは魔族であれば平気という意味なのだろうか。
「はい?」
出てきたのは若い女性だった。黒い髪と瞳を持ち、褐色の肌をして小柄な体躯である。魔族の特徴を備えていること以外は人間と変わらない。その表情がロジオンを見た瞬間に驚愕があらわといった様子で硬直してしまった。
「道に迷って喉が乾いてしまって、少しお酒を分けていただけると助かる……ってなに?」
硬直していた女性は、ロジオンが喋りだしたとたんに五体投地をする勢いで床のうえに這いつくばった。
「ローギン様、これはご無礼をいたしました。どうかお許しください」
「は? 俺はローギンじゃなくロジ──」
俺は慌ててロジオンの口を塞ぎ、前へと躍り出た。
「すみません、失礼いたしました。彼は酔っておりまして、変化の魔法を多用する癖があるものですから、驚かせてしまったようで……」
「外見を変える魔法なんてないよ。薬ならあるみたいだけど、クジマが研究してる段階で完成品は存在してないはずだ」
誤魔化そうとした俺に、ロジオンが耳打ちをしてきた。
魔法は便利だからあり得ることだと思ったのに、ないのかよ。嘘をついてしまったじゃないか。
「必要なものがあればなんでも、どうぞお申し付けください」
どうしようと焦る俺を他所に、女性は平身低頭の様子でロジオンをローギンと思い込んでいる。
「じゃあ、酒をいただけませんか?」
「承知いたしまいした。どのようなものをご用意いたしましょう?」
「別になんでもいいんですけど、できればワインがいいかなあ。ウィスキーでもいいし」
「ワインですね。ただいまお持ちいたします」
ちらちらと俺を見ながら、女性は奥へと消えて行った。
俺が嘘をついたせいか、逆に信憑性を持たせてしまったのかもしれない。
彼女はロジオンを見てローギンであると思い込んだ。それがどういう意味なのかは、考えるまでもない。
ロジオンはローギンと瓜二つなのだろう。どれほど似ているのか比較してみないことにはわからないが、国民が驚くほどなのだから、息子かもという疑念は事実なのかもしれない。
こんな場所で大変な事実を知ることになるとは。
「あ……」
まさかと考え込んでいたとき、ロジオンがなぜか突然魔法を発動させた。風魔法のようで、いきなり竜巻のような風が巻き起こり、部屋の中のものがひっくり返った。風の轟音とともに、女性の驚く悲鳴も聞こえてきた。
「……いきなりどうしたんだ?」
「あの人捕まえたほうがいいと思う」
「あの人って……」
「鳥に魔術をかけようとしてたから、なにかを知らせるつもりかもと思って止めたんだけど、まだ粘ってる……魔法かけようとしてる」
なにをと驚き、すたすたと奥へと向かうロジオンを追い越して女性の消えて行った部屋へ押し入った。というかドアは開いていて、どういう原理なのかこちらの部屋ももみくちゃになっている。
鳥がバタバタと飛んでおり、女性は俺たちに気づきながらも捕まえようと手を伸ばし、ぶつぶつと口の中でなにごとかを唱えている。
「へただね。俺も人のこと言えないけど」
ロジオンは閉じられたままの窓に手をかざし、次の瞬間に壁が木っ端微塵となった。
「あ、ごめんなさい……」
壊れた壁から鳥がぱたぱたと飛び去っていった。
魔術をかけてなにかを知らせようとしていたとはロジオンの推測だが、事実だとしたらローギンではないことがバレて、不審人物だからと通報しようとしたに違いない。
くそ。
頭が回っていなかった。
似ているからといって、ローギン本人だと思い込むはずがない。
どれほどそっくりだとしても、一国の王が夜更けにこんな場所で、護衛一人だけをつけて、しかも人間と一緒にいることなど万に一つもないことだ。
そっくりな半魔を見てローギンの血を受け継いだヒエスラの者と気づいたのだろう。
あー、やばい。どうしよう。
ヒエスラの得ているローギンの情報はほとんどゼロと言っていい。
ヒエスラも同様で、リュミトロフとは互いに皇族や管理官などの情報を知られまいと厳重に機密処理をされている。
リュミトロフへは密偵が入り込んでいるものの、機械を持ち込むことができない。見つかるとその場で処理される規約が結ばれているため、盗撮なんかもできず、またローギン自身あまり表には出てこないタイプのようではっきりと姿を視認できなかったようなのだ。
そのためローギンのことは、容貌はもちろん、年齢や生い立ちなど、いっさいのことがわかっていない。
だから管理官を含め、クジマも知らなかった。
ロジオンは見てすぐに血縁者とわかるほど似ているなんて、誰も予測できなかったことだ。
だから仕方がない。そこまではいいが、やってきた今わかったわけだから、ハンナへ行く計画は取りやめたほうがいいんじゃないか?
リュミトロフを歩くたびに疑念の種を撒き散らすことにらる。
「とんでもございません。申し訳ございません。お許しいただけるとは思いませんが、どうかお命だけは」
考え込んでいる間、ロジオンと女性は謝罪の攻防を繰り広げていたようだ。
「だから命なんて獲らないって。酒が欲しいだけだから」
「本当にお酒だけでよろしいのですか? でしたら、ただいますぐに」
「あ、その場を動かないで場所を教えてよ。変なことされたら困るし。……アラム、そこの縄を取って」
言われて振り返り、瓶の横にあった太縄をロジオンに向かって投げつけた。ロジオンがそれを受け取ると途端にぼうっと発光し、魔法でもかけたのか虹色に煌めいた。
「何をしたんだ?」
「もう縛っていいよ。防御魔法をかけたから、これで捕縛すればちょっとやそっとじゃ解けない」
なるほど、魔法にどのようなものがあるのか詳しく知らないが、火や雷を操れるのだから焼き切るなり縄から逃れる術があるのだろう。納得した俺は、罪人を縛る要領で女性をきつく縛り上げた。
「ロ……ルキヤン様、ここを離れたほうがよろしいと存じます」
捕縛できたのなら、後はもう逃げるのみだ。
ロジオンにローギンと似ている理由を悟られたくない。これ以上ここにいては女性がへたなことを言うなりして、ロジオンに裏の思惑を気づかれかねない。
「うん。でもちょっと待って」
ロジオンはラッパ飲みでワインをぐいとやると、女性のほうへ近づいた。
「さっき、誰になんの連絡をしようとしたの? それを聞いたら帰るよ」
「……ローギン様がいらっしゃったため、上等なお酒をご用意しようと考えたまでです」
「俺が誰なのか気づいたの?」
さらりと訊ね、女性とともに俺もびくと肩を震わせた。
さすがにロジオンもバカではないようだ。ストレートに聞くとは彼らしすぎて目まいがするも、答えを聞くわけにはいかない。
「ルキヤン様、ご所望の品を手に入れたのですから、留まる理由はありません」
「あるって。半日もすれば誰かに気づかれるだろうし、いつかは縄を解かれる。そうしたら俺の情報が漏れるわけだろ?」
「…………はい」
「漏らされるのはいいとしても、どんな内容を漏らすつもりなのかは知っておかないと……てことで、なにもしないから知らせようとした内容だけ教えてくれない?」
鋭いやつだ。無理やりロジオンを連れ出す手もあるが、抵抗されたら意味がないうえに、なぜ無理強いしたかを問われることになる。
ロジオンは女性の前にしゃがみこみ、グラスに酒を入れて口をつけてやっていた。
「俺がローギンじゃないことはわかってるんだろ?」
女性は身体を震わせながらロジオンを見て、つぎに俺のほうへと視線を逸らした。窺うというより助けを求めて見える眼差しに、俺は眉根を寄せた。
何を怯えているのか。
考えてみたところ、もしやと思いついた。彼女はロジオンがローギンの息子かもと疑っているのだから、魔力の強さを知っているわけで、指摘したことで攻撃されるのではと怯えているのかもしれない。
俺がロジオンに悟られないようしていることをわかっていて、正直に告げるべきかの判断を委ねてくれているのかも。
わからないが、軽く首を振ってみた。
後ろにいる俺の動きはロジオンから見えていないはずだ。女性はかすかに顎を動かし、肯定のような反応を見せた。
「……ローギン様と思い違えましたが、申し訳ございません。よく見たら別の方でいらっしゃったようです。近頃ローギン様によく似た盗賊が出るとの噂があり、警備隊に通報しようとしたところでした」
「盗賊? 違うよ。欲しい物は言ったし、対価も持ってる」
「はい。大変失礼いたしました。そのような手口で押し入るものと思い違えたのです」
「手口? そうか……女性一人の家に、しかもこんな時間で突然だったもんな。申し訳ない」
「とんでもないことであります。ヒエスラの方でいらっしゃいますよね?」
「え……あ、そっか。アラ……いや、騎士がいるからわかっちゃうよね」
「はい。捕縛されたことは誰にも届け出ませんので、お見逃しいただけませんでしょうか?」
「そうだなあ……」
ロジオンは俺の反応を見るためか、答えを濁しながら振り返った。クジマからの連絡を待っていた俺は、同時に頭蓋内通信機に着電があり、胸を撫で下ろした。
『構いません。どの道入国する際には本名を届けねばなりません。それほどまでにローギンに似ていたことは想定外でしたが、入国する以上気づかれることであります。半魔の息子を探しているという話はまだ国民には伝わっていないはずですし、驚かれるだけですぐに騒ぎとなることではないと思われます。ご安心ください』
内容も安堵できるもので、一人悶々と頭を抱えていた問題からは無事に解放されることができた。
「ルキヤン様、彼女のことは信用していいと存じます。ルキヤン様が先ほどの魔術をご使用くださればすぐに帰国できますし、追っ手を差し向けないと確約してくだされば、捕縛も解いても構わないと存じます」
へたな嘘をついてしまったとき、俺は自分一人で判断すべき事態ではないことを察して、頭蓋内通信機を起動させた。ロジオンには気づかれないよう注意しつつも、リアルタイムでクジマに現状を把握してもらい、判断を仰ごうとしたのだ。
「……うん。わかった」
「喉の渇きは潤いましたか?」
「まあまあかな。戻ったあと充電すればいいし」
「承知いたしました。では、参りましょう」
女性の縄はすぐに外すことにした。敵国とはいえ相手は非戦闘員だ。刃を向けられたわけでもないのに非人道的な真似をしては心証が悪い。
改めて謝罪し、女性も謝罪を仕返してお互いに頭を下げつつ家を出た。
ロジオンは念のためと言って、どういったものなのかは不明だが、女性の家に魔法をかけていた。
そして、来たときのように空へと飛び上がり、一生慣れる気がしない冷や汗をかきながら、カツフクへと戻ったのだった。
37
あなたにおすすめの小説
雪解けに愛を囁く
ノルねこ
BL
平民のアルベルトに試験で負け続けて伯爵家を廃嫡になったルイス。
しかしその試験結果は歪められたものだった。
実はアルベルトは自分の配偶者と配下を探すため、身分を偽って学園に通っていたこの国の第三王子。自分のせいでルイスが廃嫡になってしまったと後悔するアルベルトは、同級生だったニコラスと共にルイスを探しはじめる。
好きな態度を隠さない王子様×元伯爵令息(現在は酒場の店員)
前・中・後プラスイチャイチャ回の、全4話で終了です。
別作品(俺様BL声優)の登場人物と名前は同じですが別人です! 紛らわしくてすみません。
小説家になろうでも公開中。
【完結】異世界はなんでも美味しい!
鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ
異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。
頭は良くない。
完結しました!ありがとうございますーーーーー!
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが
カシナシ
BL
聞いてくれ。
騎士科学年一位のアイツと、二位の俺は同じ部屋。これまでトラブルなく同居人として、良きライバルとして切磋琢磨してきたのに。
最近のアイツ、俺のシャワー中に絶対入ってくるんだ。しかも振り向けば目も合う。それとなく先に用を済ませるよう言ったり対策もしてみたが、何も効かない。
とうとう直接指摘することにしたけど……?
距離の詰め方おかしい攻め × 女の子が好きなはず?の受け
短編ラブコメです。ふわふわにライトです。
頭空っぽにしてお楽しみください。
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
王子殿下が恋した人は誰ですか
月齢
BL
イルギアス王国のリーリウス王子は、老若男女を虜にする無敵のイケメン。誰もが彼に夢中になるが、自由気ままな情事を楽しむ彼は、結婚適齢期に至るも本気で恋をしたことがなかった。
――仮装舞踏会の夜、運命の出会いをするまでは。
「私の結婚相手は、彼しかいない」
一夜の情事ののち消えたその人を、リーリウスは捜す。
仮面を付けていたから顔もわからず、手がかりは「抱けばわかる、それのみ」というトンデモ案件だが、親友たちに協力を頼むと(一部強制すると)、優秀な心の友たちは候補者を五人に絞り込んでくれた。そこにリーリウスが求める人はいるのだろうか。
「当たりが出るまで、抱いてみる」
優雅な笑顔でとんでもないことをヤらかす王子の、彼なりに真剣な花嫁さがし。
※性モラルのゆるい世界観。主人公は複数人とあれこれヤりますので、苦手な方はご遠慮ください。何でもありの大人の童話とご理解いただける方向け。
贖罪公爵長男とのんきな俺
侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。
貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。
一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。
そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。
・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め
・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。
・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。
・CP固定・ご都合主義・ハピエン
・他サイト掲載予定あり
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる