抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第一章 憂鬱なる辞令

17.交わらない理解

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 景色を見下ろしつつ端末で現在位置をチェックすると、リュミトロフからカツフクへ入ったことがわかった。
 クジマたちのいる場所は把握している。直行できるのだが、先にロジオンと話をしておかなければならない。

「ロジオン様、あちらに森林公園があります」
「なに?」
「森が途切れるところに街灯が立っているのですが、確認できますか?」
「街灯……うん。あれがどうしたの?」
「そに降りていただけますでしょうか?」

 なぜ?と聞かれつつも頼み込み、公園の芝生へと着地してもらった。時間は深夜に足をかけている頃合いであり、街外れのそこはさすがに人の気配がない。安堵しつつ、万が一のことも考えて林の奥へとロジオンを誘導し、広場からは見えないであろう位置へ来て足を止めた。

「こんなところで、いいの?」
 
 すると何を勘違いしたのか、向かい合ったとたんにロジオンは俺を抱き寄せ、キスをしてきた。
 さっきの続きをするために立ち寄ったと思ったのだろうか。違うよ、バカ。

「話がしたいんだ」

 手で口を塞いで睨みつけてやった。気持ちはわからないでもないが、クジマとの通信を切ったといっても居場所は把握されている。理由は説明してあるので、必要以上の時間がかかってしまっては不審に思われる。

「……話って、もしかして俺をローギンと間違われたこと?」

 ロジオンはひょいと俺の手を口元から外し、拘束するつもり半分という感じで指を絡めてきた。
 
「おっしゃるとおりです」
「だからって、何を話すことがあるんだよ?」

 ロジオンは不満げに漏らしながら、尖らせた口を俺の首筋に這わせてくる。

「やめろって」

 続きをしている場合じゃないってのに。
 かくいう俺も途中で止められた火照りがくすぶっているらしく、振り払うどころか触りやすいよう首を傾けてしまう。
 
「似ているのはたまたまだよ。多少は平民にもリュミトロフの王族の血が混じるんだろ」

 ああ、もう。抵抗すべきなのに、できない。寸前でおあずけされたそれが、太ももに当たっていのも気になって、話どころじゃなくなってしまいそうだ。
 
「なにか、根拠がおありになるのですか?」
「あるよ。皇女を穢したのが魔王だったとか、普通に考えてあり得ない話だろ?」

 なんと、マルガリータ皇女がロジオンを身ごもることになった経緯は、変愛ではなく穢された結果だったらしい。機密情報もいいことをあっさりと告げられて冷や汗がでる。

「……そういった事情は伝わっておりませんので」

 深刻に受け止めた俺を他所に、ロジオンは大したことじゃないといった様子で上着のボタンを外してシャツの中へ手を滑らせてきた。
 
「そうだっけ? まあ、とにかくあり得ない話だから、話がその件っていうなら心配する必要はないよ」

 必要はある。ほとんど事実と言っていいことなのだから。
 しかし、疑念を抱いていることは、ロジオンに悟られてはならない。本人が頭ごなしにあり得ないと考えているのなら、そのまま乗っておいたほうがいい。無難どころかありがたいくらいだ。

「おっしゃるとおりであります。可能性は十分あり得ますね」
「だろ?」

 ロジオンは嬉しげに言い、ようやく話が終わったとばかりに俺のベルトを外してきた。
 さすがにやめろ。手で制し、ロジオンの胸を押し返してかしこばった顔をつくって向けた。
 
「ロジオン様、もう一点ご納得していただきたいことがあるのですが」
「まだあんの? もういいじゃん」
「よくはありません。ここへ来たのは話をするために──」

 耳朶を甘噛みしていたロジオンの口が、俺のを塞いできた。

「ん……」

 こじあけ、差し込まれた舌が蹂躙してくる。押し返そうとするも、気持ちよくなってきてあと少しなんて欲が出てきてしまう。
 くそ。
 拙さが愛らしくもあり、必死な様子に応えてやりたくなり、止めるべきなのに手が動かせない。

「アラム……好きだよ」

 ようやく解放されたと思ったら、脱力するようなことを言う。

「いま、その話をするつもりでした」
「なに? 俺と番うって話?」

 バカ野郎。できるわけないだろ。

「違います。逆で……おやめください」

 ロジオンの手が後ろへ回ってきたため、力を込めて掴んだ。

「いってえ……なんでだめなんだよ?」
「抵抗しきれないわたしも悪いのですが、この関係は継続すべきものではありませんので」
「なんで?」
「ロジオン様は皇族の方ですし、わたしは騎士でありますから」
「さっきもこの話したけど、なんの問題があるわけ? さっきは恋なのかわからないって言ったけど、多分恋だよ……ていうか愛?」
「やめてくれ」
「アラムのこと好きなんだ。おまえがいるんならハンナになんて行く必要ないし、家へ帰ろうよ」

 そうきたか。
 いや、そもそもハンナへ行くより閉じこもらせたほうが安全ではないか?
 クジマは太鼓判を押していたけど、勘違いされるほど似ているのならリュミトロフへ行かないほうが賢明だ。
 もともと引きこもり体質だというし、本人もあらぬ疑いをかけられては迷惑だろうから、場末の酒場へも行かせないよう説得できるかもしれない。

「アラム……好き……いい匂い」

 俺が考えこんでいる間にも、ロジオンはせっせと肌を撫でたりキスの雨を降らせたりと忙しくしている。

「いい加減にしろよ。だめだって言ってんだろ」
「なんでだよ? さっきはおまえのほうからしようとしてくれたのに」
「それは……」
「嫌じゃないんだろ? ……おまえには他にいないんだし」

 他にいない。抱いてくれる相手がという意味なら事実だが、かちんときた。
 もしかして、ビビリで消極的なはずのロジオンが俺に対してだけはやけに積極的なのは、弱みを知っているからなのだろうか。
 俺が泣いて懇願したせいで、自分の他に俺の性欲を満たす相手がいないからと、余裕ぶっているのかもしれない。
 ふざけるなよ。
 本当のことでも、癪に障る。
 頭にきて怒鳴りつけてやろうとした、そのとき、遠くからエアカーの走行音が聞こえてきて、はっと意識がそれた。
 どんっとロジオンの胸を押して、慌てて乱れた制服を直した。

「なんだよ?」

 よろけたロジオンは困惑した様子で、すがめた目を向けてきた。
 
「コンスタンティンたちかもしれない」
「だったら、なんなんだよ」
「おまえとこういう関係なのを気づかれたくないんだ」
「だから、なんで?」
「仕事に支障をきたすからだ」

 走行音はみるみる近づいてくる。やはりコンスタンティンたちだ。こんな時間に公園の中に入ってくるなんて他に考えにくい。

「ハンナ行きを取りやめたら任務は解消だろ?」
「任務がどうこうの問題じゃない」
「どういうことだよ?」

 ヘッドライトの灯りが差し込んできた。視界が塞がれ、手で影をつくりながら眺めていると、やはり俺たちめがけて走ってくる。もう数分とない。

「アルファの俺が男に抱かれていることを知られたくないんだ」
「……そんな理由?」

 言い訳を重ねる暇はないからと本音を伝えると、呆れたともいえる声が返ってきて、かっと頭に血が上った。

「俺にとっては死活問題なんだよ! 騎士の地位も剥奪されるし、アルファとして落ちぶれることになる」

 アルファから転落したらどうなるか。第二の性を持つ者なら瞬時に理解できる。
 
「だったら俺が養ってやるよ」

 しかし、半魔であるだけのロジオンにはまったく伝わらなかった。
 だからなんだ?とばかりに皇族であることを餌のようにぶら下げられ、ぶちっと頭の中で何かが切れる音がした。
 相手は護衛すべき対象で、敬うべくの皇族である。しかしいっさいが頭から吹き飛び、血が上った勢いで、ロジオンを殴りつけた。
 どさっと地面に倒れる音が聞こえた、同時にエアカーの停車音が重なって、白く染まっていたあたりが暗闇に包まれた。

「なにやってんだ?」

 停車したエアカーから、慌てた様子でコンスタンティンが飛び出してきた。

「……なんでもない」
「なんでもなくないだろ? なんでおまえ」

 おろおろとするコンスタンティンの後ろに、尻もちをついて放心しているロジオンが見える。
 怒っているというよりかは、困惑している様子だ。
 そこへ、エアカーから降りてきた部下である騎士のクリノフやマクシミリアンが駆け寄った。
 ロジオンは騎士たちから差し出された手を拒否して自分で立ち上がり、俺のほうへぶすっとした顔を向けた。

「検問所には朝になったら行くから」

 ぼそっと言い、風を巻き起こしていなくなった。返事をする間もなく、物凄いスピードで空へと飛び上がってしまった。
 
「朝って……すぐに発つよう言われていたのに」

 コンスタンティンは空を見上げながら苦笑した。
 ロジオンは魔術で対抗することもなく、やられるがままに俺の拳を受けた。意表を突かれて驚いたからか、受け止めるべきと考えたのか。

「半日の猶予ができたんだ。どこか宿を探して休むぞ」
 
 なんにせよ、俺のしたことは懲罰物だ。
 騎士として、護衛の任務を預かる責任者としては失格だし、暴力で訴えるなんて年上としても大人げなかった。
 ただ、アルファとしては矜持を守れた。
 あの場面でろくな反論ができないんじゃ沽券に関わる。

「探さなくていいのか?」
「どうやって探すんだ。行くぞ」

 そもそもがこれくらい必要だ。言って聞かないのだから仕方がない。
 関係がバレてはまずいというのに、まるで気にしない態度じゃ困る。相手をするにしても、隠してもらうのは絶対条件だ。
 言い方はまずかったかもと反省しつつ、後悔はしていなかった。そのときはまだ、大したことじゃないと安易に考えていた。
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