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第一章 憂鬱なる辞令
18.洞察力
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エアカーに乗り込み、コンスタンティンたちと宿へ向かった。クジマたちが移動した宿に空室があると話を聞いて、報告も兼ねられるしとのことで同じ宿に決めたのだ。
「ロジオン様となにがあったんだ?」
車内で、コンスタンティンが言いづらそうに訊ねてきた。当然ながらにかなり困惑している様子だ。
「……甘ったれのお坊ちゃんなんだよ。リュミトロフに無断入国するし、過剰防衛はするし、わがままばかりだ。口で言っても聞かないから仕方なくやったまでだ」
「仕方なく? それで殴ったっていうのか?」
コンスタンティンはまったくもって納得できないというように声をあげた。後部座席のクリノフたちも戸惑ったままだ。
「規約に反してはいないだろ。手段は正当とは言えないが、他にやりようがなかったんだ」
「他にやりようがない? あるだろ? 何言ってんだ。他にあったのは手段じゃなくて理由だったんじゃないのか?」
「理由も手段も他にない。引きこもりだから自己中心的なんだ。こっちの都合はお構いなしだし、自分勝手過ぎるやつなんだ」
「やつって……」
コンスタンティンは呆れ返っている。
気持ちはわかる。コンスタンティンの立場なら俺も絶句していただろう。
じゃなくても、説明という言い訳を重ねながら、周囲が納得できる理由じゃないことは重々承知している。
規約に反していないのは明示されていないからであって、まずもってあり得ないことだからだ。ロジオンが訴えたら、騎士の地位を剥奪されかねないほどのことだった。
「おまえは仲間の中でも辛抱強いほうだし、なにより暴力に訴えることを忌避していたじゃないか」
「……騎士はそもそも暴力を行使する存在だ」
「だからこそだろ? 護衛対象で、なおかつ皇族だ。しかもロジオン様は丸腰だった。まあ、規格外の強さを持っているけど、それは別として戦意のない相手だっただろ?」
──アラムらしくない。
コンスタンティンはそう言いたいのだろう。おちゃらけてばかりで、規則など愚の骨頂と鼻で笑うやつが、珍しくも正論をぶつけてくる。
騎士としても、なによりアルファとしても最も恥ずべき行為を、なぜしたのか。
正直にすべてを話せばわかってくれると思うが、だとして、元も子もないことはできない。
隠すために殴ったのだ。──自己中心的な理由で。
相手のことはお構いなしで自分勝手。まさに俺だ。
矜持を傷つけられたからなんて、正当な理由とは言えない。
腹水盆に返らずだからと反論しているが、めちゃくちゃに後悔している。
なぜ暴力に訴えたのか、止める暇もなかったとはいえ、なぜロジオンを行かせてしまったのか。
押し寄せる後悔に目まいがしそうだった。
「よくやってくれました。ここまでベネフィン卿がしてくださるとは、報酬を与えたいほどです」
しかし驚くことに、クジマは俺の失態を責めるどころか、大喜びで褒め称えてくれた。
宿へ到着したあと部屋へと向かい、通信では濁していたロジオンが不在である説明を求められた。コンスタンティンが見たままを話して聞かせたのだが、クジマは露とも責めることはしなかった。
「表立って報酬を与えることはできかねますが、お灸を据えていただいて、わたしの溜飲はすっきり爽快なほど下がりました」
心底嬉しげな様子のクジマを見ていると、わからなくもない気がして苦笑してしまう。
逆にコンスタンティンたちは、狐につままれたように唖然としている。
クジマはそんな騎士たちを面白げに眺めると「実はですね」と切り出して、なんと秘めていたはずの裏の思惑を説明し始めた。
「……つまり、アラムはロジオン様と友人関係を築いていたってことですか?」
「おっしゃるとおり。暴力は確かに行き過ぎたことと言えるでしょう。ですが、その結果なのですから仕方がありません。いえ、ロジオン様なら至極当然とも言えます。パラジャーノン殿も友人という目でお付き合いいただくとお気づきになると思われますが、本当に人を苛立たせるお方なんですよ」
やれやれと語るクジマは、よほど迷惑を被っていたらしい。
生きた屍のごとくなんの活動しないロジオンに辟易していると言って愚痴り始めた。
ロジオンは皇族でありながら式典に出席したことが一度もなく、また半魔の会合にも顔を出さないため不在の理由を説明するのが大変らしい。それらはまだマシな方で、自宅でできる範囲の義務を突き付けても鼻であしらい、ならば特権を剥奪すると脅しつけると魔術で威嚇し、屋敷に引きこもって出てこなくなるのだそうだ。
「クジマ様」
見かねたエフレムが口を挟み、クジマははっとしたように忌々しげな顔を笑みに変えた。
「失礼いたしました。ともかくですね、ベネフィン卿はよくやってくれました。ロジオン様が黙って殴られたとは、よほどベネフィン卿に心を開いているのでしょう。ローギンと間違われたことで、ならばハンナ行きは取りやめたいなど、つまりベネフィン卿がいらっしゃるなら行く必要はないなどと言い出すのを恐れておりましたが、そのへんの手綱は取ってくださったようですね。いえ、さすがとしか言いようがありません」
あっぱれと喜色満面に拍手をするクジマを見て、背筋がぞくりとおののいた。ロジオンの思考を完全に読み切っている。
まさか友人どころじゃない関係に至っていることまでは、さすがに気づいていないよな?
冷や汗をかきつつも、話は以上とのことで、クジマは俺たちにゆっくり休養するようにと部屋へ下がる旨を告げてきた。
「据えたお灸も一晩経てばすっかり直るでしょう。……では明日」
微笑を浮かべ、クジマはエフレムたちを連れて部屋を出ていった。
朝になればと言うが、ロジオンは本当に戻って来るのだろうか。
クジマに褒められても罪悪感はまるで薄れず、言い訳を重ね時間が経つごとに気が咎めてくる。
理由は別としても手段に関しては俺のほうに非があった。
ロジオンに謝るべきかもしれない。いや、かもどころか謝ったほうがいい。謝るべきことをしたのだ。謝りたい。
考えだしたら落ち着かなくなり、朝まで待っているのも無理だとばかりにクジマを追いかけた。
「クジマ様」
廊下を歩くクジマを呼び止めた。騎士たちはそれぞれの部屋へ向かったようで、エフレムと二人だった。
「いかがされたのですか?」
「申し訳ありません。ロジオン様が、どちらにいらっしゃるかクジマ様にはおわかりになるのでしょうか?」
聞くと、クジマはまさかといった様子できょとんとし、次ににやーっと面白げに目を細めた。
「……朝には帰って来ると思いますが、それでも探しに向かわれたいと?」
「はい。クジマ様からはお赦しいただけましたが、やはり行き過ぎたことと存じまして、謝罪をすべきかと思い直しました」
俺が説明している途中で、クジマはふふっと耐えきれないというように笑い声を漏らした。
なにがおかしいのだろう。ふと胸がざわつき、なぜか追いかけるべきじゃなかったとの思いに駆られた。
「それほどまでにお親しくなられたとは……いえ、さすがですベネフィン卿。わたしの見立てに狂いはありませんでした」
くっくと笑いを噛み殺しながら、クジマは俺のほうへ近づいてくる。
なにも変なことは言っていない。俺の立場でロジオンに謝罪をすべきと訴えるのは、当然とも言えることだ。
それなのに、この言いようのない不安はどこから来ているのか。
クジマは俺の前で立ち止まり、やおら胸に手を当ててきて、思案するように目をつむった。
「おそらく貴殿への思念に満ちておられるでしょう……ほら。やはり」
クジマは納得した様子で一人頷き、嬉しげに頬を紅潮させて俺を見上げてきた。
「東の端に湖があります。そこにおられますよ。ここからはエアカーで……エフレム?」
「はい。湖でしたら……二十分程度かと。深夜ですし、飛ばせばそのくらいです」
意外とロジオンは近くにいたようだ。
なにはともあれ、居場所がわかったのはありがたい。魔術の凄さと不可解なクジマの反応に驚きつつも、その点は胸を撫で下ろした。
「……ベネフィン卿」
「はい」
「ハンナへは行かねばなりません。時間がかかっても結構ですので、必ずやロジオン様をお連れしたいのです」
クジマはもしロジオンを見つけたら、行きたくないとして駄々をこねる懸念があるようだ。
「はい。心得ております」
「結構です。エアカーならわたしのものをご使用くだかい。エフレム、パスワードを」
クジマのエアカーは特別仕様なため、流しのをレンタルするよりもスピードが出せて安全だ。
俺は深く礼を言って、クジマたちと別れた。
この奇妙な焦燥感は、クジマに関係を悟られたかもしれないとの懸念からきているのだろう。含みのある笑みや、なんでも見通しているような態度を見ていると、すべてを見透かされている気がして落ち着かない。
もし気づかれていたら……だとしても、クジマは歓迎するかもしれない。任務を解かれたりはせず、そのまま関係を継続させろと言われる気がする。
友情より愛情のほうが絆としては強い。人間との絆をつくる目的でいえば、これ以上の成果はないからだ。
この不安感は、もしかしたらクジマの手のひらのうえで踊らされているように感じるせいなのかもしれない。
「どこに行くんだ?」
階下へ行くというところで、後ろからコンスタンティンに声をかけられた。
「ロジオン様をお迎えに、今から行ってくる」
「ロジオン様を? 居場所がわかったのか?」
コンスタンティンは不安げな顔になった。いや、不安が増したようなと言い換えたほうがいいかもしれない。
俺を心配してか、公園へ迎えに来てくれてからのコンスタンティンは、いつにない様子を見せている。
陽気であっけらかんとしている男が、陰鬱にも苦悩しているかのように不安そうなのだ。
「クジマ様にお伺いしてな」
「それは……謝罪のためか?」
「やはりと考え直したんだ。反省したというか」
「……朝にはお戻りになられるのにか?」
ますます顔を陰らせたコンスタンティンは、必死な様子で俺の腕を掴んできた。
なにをと少し怯んだが、殴られたことの反撃に、あの強大な魔術で仕返されるのではと心配しているようだ。
「心配しなくても大丈夫だ。一応は騎士団に敵なしだぞ?」
「……騎士団長を除いて、だろ。行ってどうするんだ? 宿へ連れてくるのか?」
「当然だろ。金は持っているようだが、湖にいるみたいだから、宿を取るのを諦めたのかもしれない。必要もないのに皇族を野宿させるわけにはいかないからな」
やんわりとコンスタンティンの腕を外して、俺は歩き出した。移動されては探す羽目になる。立ち話をしている暇はない。
「……二人きりになって、さっきの続きをするつもりじゃないだろうな?」
しかし、コンスタンティンは行かせまいとするように再び俺の腕を掴み、ぐいと引き寄せた。
廊下の壁に押しつけられ、何ごとかとやや苛つきながらコンスタンティンを見上げた。
するとなぜかコンスタンティンのほうも、不安げな様子はどこへやら、急に苛立ったように目つきが鋭くなっている。
「……謝りに行くんだから、続きなんてするわけないだろ」
「喧嘩のほうじゃない。おまえ、ロジオン様に抱かれただろ?」
ぽかんとしてしまった。
なんだって?
「おまえがいつ俺に許してくれるのか、ずっと機を窺っていた。覚悟を決めるまで時間がかかると思っていたし、俺以外にいないからと余裕を持っていたが……」
コンスタンティンは俺の腰を抱き、ぐいと抱き寄せてきた。
「落ち着けって。いきなりなんなんだよ」
両手で抵抗するも、困惑のほうが勝って触れるくらいの力しか出ない。
何を言っているんだ、こいつは?
なぜ俺とロジオンの関係を知っているんだ?
「アルファで同性に抱かれたいとなれば、相手を見つけるのにも苦労する。なかなか踏ん切りがつくことじゃない。だから何年も……おまえが覚悟を決めるまで待っていた。なのに……なんで他の男に抱かれてんだよ!」
コンスタンティンはいつの間にやら俺の苦悩を知り、性癖を見抜いていたという。
だからこそ決意を固めるまで待っていたと言い、まったく処理できないでいる俺に、その大柄な体躯を丸めて激しく口づけてきた。
「ロジオン様となにがあったんだ?」
車内で、コンスタンティンが言いづらそうに訊ねてきた。当然ながらにかなり困惑している様子だ。
「……甘ったれのお坊ちゃんなんだよ。リュミトロフに無断入国するし、過剰防衛はするし、わがままばかりだ。口で言っても聞かないから仕方なくやったまでだ」
「仕方なく? それで殴ったっていうのか?」
コンスタンティンはまったくもって納得できないというように声をあげた。後部座席のクリノフたちも戸惑ったままだ。
「規約に反してはいないだろ。手段は正当とは言えないが、他にやりようがなかったんだ」
「他にやりようがない? あるだろ? 何言ってんだ。他にあったのは手段じゃなくて理由だったんじゃないのか?」
「理由も手段も他にない。引きこもりだから自己中心的なんだ。こっちの都合はお構いなしだし、自分勝手過ぎるやつなんだ」
「やつって……」
コンスタンティンは呆れ返っている。
気持ちはわかる。コンスタンティンの立場なら俺も絶句していただろう。
じゃなくても、説明という言い訳を重ねながら、周囲が納得できる理由じゃないことは重々承知している。
規約に反していないのは明示されていないからであって、まずもってあり得ないことだからだ。ロジオンが訴えたら、騎士の地位を剥奪されかねないほどのことだった。
「おまえは仲間の中でも辛抱強いほうだし、なにより暴力に訴えることを忌避していたじゃないか」
「……騎士はそもそも暴力を行使する存在だ」
「だからこそだろ? 護衛対象で、なおかつ皇族だ。しかもロジオン様は丸腰だった。まあ、規格外の強さを持っているけど、それは別として戦意のない相手だっただろ?」
──アラムらしくない。
コンスタンティンはそう言いたいのだろう。おちゃらけてばかりで、規則など愚の骨頂と鼻で笑うやつが、珍しくも正論をぶつけてくる。
騎士としても、なによりアルファとしても最も恥ずべき行為を、なぜしたのか。
正直にすべてを話せばわかってくれると思うが、だとして、元も子もないことはできない。
隠すために殴ったのだ。──自己中心的な理由で。
相手のことはお構いなしで自分勝手。まさに俺だ。
矜持を傷つけられたからなんて、正当な理由とは言えない。
腹水盆に返らずだからと反論しているが、めちゃくちゃに後悔している。
なぜ暴力に訴えたのか、止める暇もなかったとはいえ、なぜロジオンを行かせてしまったのか。
押し寄せる後悔に目まいがしそうだった。
「よくやってくれました。ここまでベネフィン卿がしてくださるとは、報酬を与えたいほどです」
しかし驚くことに、クジマは俺の失態を責めるどころか、大喜びで褒め称えてくれた。
宿へ到着したあと部屋へと向かい、通信では濁していたロジオンが不在である説明を求められた。コンスタンティンが見たままを話して聞かせたのだが、クジマは露とも責めることはしなかった。
「表立って報酬を与えることはできかねますが、お灸を据えていただいて、わたしの溜飲はすっきり爽快なほど下がりました」
心底嬉しげな様子のクジマを見ていると、わからなくもない気がして苦笑してしまう。
逆にコンスタンティンたちは、狐につままれたように唖然としている。
クジマはそんな騎士たちを面白げに眺めると「実はですね」と切り出して、なんと秘めていたはずの裏の思惑を説明し始めた。
「……つまり、アラムはロジオン様と友人関係を築いていたってことですか?」
「おっしゃるとおり。暴力は確かに行き過ぎたことと言えるでしょう。ですが、その結果なのですから仕方がありません。いえ、ロジオン様なら至極当然とも言えます。パラジャーノン殿も友人という目でお付き合いいただくとお気づきになると思われますが、本当に人を苛立たせるお方なんですよ」
やれやれと語るクジマは、よほど迷惑を被っていたらしい。
生きた屍のごとくなんの活動しないロジオンに辟易していると言って愚痴り始めた。
ロジオンは皇族でありながら式典に出席したことが一度もなく、また半魔の会合にも顔を出さないため不在の理由を説明するのが大変らしい。それらはまだマシな方で、自宅でできる範囲の義務を突き付けても鼻であしらい、ならば特権を剥奪すると脅しつけると魔術で威嚇し、屋敷に引きこもって出てこなくなるのだそうだ。
「クジマ様」
見かねたエフレムが口を挟み、クジマははっとしたように忌々しげな顔を笑みに変えた。
「失礼いたしました。ともかくですね、ベネフィン卿はよくやってくれました。ロジオン様が黙って殴られたとは、よほどベネフィン卿に心を開いているのでしょう。ローギンと間違われたことで、ならばハンナ行きは取りやめたいなど、つまりベネフィン卿がいらっしゃるなら行く必要はないなどと言い出すのを恐れておりましたが、そのへんの手綱は取ってくださったようですね。いえ、さすがとしか言いようがありません」
あっぱれと喜色満面に拍手をするクジマを見て、背筋がぞくりとおののいた。ロジオンの思考を完全に読み切っている。
まさか友人どころじゃない関係に至っていることまでは、さすがに気づいていないよな?
冷や汗をかきつつも、話は以上とのことで、クジマは俺たちにゆっくり休養するようにと部屋へ下がる旨を告げてきた。
「据えたお灸も一晩経てばすっかり直るでしょう。……では明日」
微笑を浮かべ、クジマはエフレムたちを連れて部屋を出ていった。
朝になればと言うが、ロジオンは本当に戻って来るのだろうか。
クジマに褒められても罪悪感はまるで薄れず、言い訳を重ね時間が経つごとに気が咎めてくる。
理由は別としても手段に関しては俺のほうに非があった。
ロジオンに謝るべきかもしれない。いや、かもどころか謝ったほうがいい。謝るべきことをしたのだ。謝りたい。
考えだしたら落ち着かなくなり、朝まで待っているのも無理だとばかりにクジマを追いかけた。
「クジマ様」
廊下を歩くクジマを呼び止めた。騎士たちはそれぞれの部屋へ向かったようで、エフレムと二人だった。
「いかがされたのですか?」
「申し訳ありません。ロジオン様が、どちらにいらっしゃるかクジマ様にはおわかりになるのでしょうか?」
聞くと、クジマはまさかといった様子できょとんとし、次ににやーっと面白げに目を細めた。
「……朝には帰って来ると思いますが、それでも探しに向かわれたいと?」
「はい。クジマ様からはお赦しいただけましたが、やはり行き過ぎたことと存じまして、謝罪をすべきかと思い直しました」
俺が説明している途中で、クジマはふふっと耐えきれないというように笑い声を漏らした。
なにがおかしいのだろう。ふと胸がざわつき、なぜか追いかけるべきじゃなかったとの思いに駆られた。
「それほどまでにお親しくなられたとは……いえ、さすがですベネフィン卿。わたしの見立てに狂いはありませんでした」
くっくと笑いを噛み殺しながら、クジマは俺のほうへ近づいてくる。
なにも変なことは言っていない。俺の立場でロジオンに謝罪をすべきと訴えるのは、当然とも言えることだ。
それなのに、この言いようのない不安はどこから来ているのか。
クジマは俺の前で立ち止まり、やおら胸に手を当ててきて、思案するように目をつむった。
「おそらく貴殿への思念に満ちておられるでしょう……ほら。やはり」
クジマは納得した様子で一人頷き、嬉しげに頬を紅潮させて俺を見上げてきた。
「東の端に湖があります。そこにおられますよ。ここからはエアカーで……エフレム?」
「はい。湖でしたら……二十分程度かと。深夜ですし、飛ばせばそのくらいです」
意外とロジオンは近くにいたようだ。
なにはともあれ、居場所がわかったのはありがたい。魔術の凄さと不可解なクジマの反応に驚きつつも、その点は胸を撫で下ろした。
「……ベネフィン卿」
「はい」
「ハンナへは行かねばなりません。時間がかかっても結構ですので、必ずやロジオン様をお連れしたいのです」
クジマはもしロジオンを見つけたら、行きたくないとして駄々をこねる懸念があるようだ。
「はい。心得ております」
「結構です。エアカーならわたしのものをご使用くだかい。エフレム、パスワードを」
クジマのエアカーは特別仕様なため、流しのをレンタルするよりもスピードが出せて安全だ。
俺は深く礼を言って、クジマたちと別れた。
この奇妙な焦燥感は、クジマに関係を悟られたかもしれないとの懸念からきているのだろう。含みのある笑みや、なんでも見通しているような態度を見ていると、すべてを見透かされている気がして落ち着かない。
もし気づかれていたら……だとしても、クジマは歓迎するかもしれない。任務を解かれたりはせず、そのまま関係を継続させろと言われる気がする。
友情より愛情のほうが絆としては強い。人間との絆をつくる目的でいえば、これ以上の成果はないからだ。
この不安感は、もしかしたらクジマの手のひらのうえで踊らされているように感じるせいなのかもしれない。
「どこに行くんだ?」
階下へ行くというところで、後ろからコンスタンティンに声をかけられた。
「ロジオン様をお迎えに、今から行ってくる」
「ロジオン様を? 居場所がわかったのか?」
コンスタンティンは不安げな顔になった。いや、不安が増したようなと言い換えたほうがいいかもしれない。
俺を心配してか、公園へ迎えに来てくれてからのコンスタンティンは、いつにない様子を見せている。
陽気であっけらかんとしている男が、陰鬱にも苦悩しているかのように不安そうなのだ。
「クジマ様にお伺いしてな」
「それは……謝罪のためか?」
「やはりと考え直したんだ。反省したというか」
「……朝にはお戻りになられるのにか?」
ますます顔を陰らせたコンスタンティンは、必死な様子で俺の腕を掴んできた。
なにをと少し怯んだが、殴られたことの反撃に、あの強大な魔術で仕返されるのではと心配しているようだ。
「心配しなくても大丈夫だ。一応は騎士団に敵なしだぞ?」
「……騎士団長を除いて、だろ。行ってどうするんだ? 宿へ連れてくるのか?」
「当然だろ。金は持っているようだが、湖にいるみたいだから、宿を取るのを諦めたのかもしれない。必要もないのに皇族を野宿させるわけにはいかないからな」
やんわりとコンスタンティンの腕を外して、俺は歩き出した。移動されては探す羽目になる。立ち話をしている暇はない。
「……二人きりになって、さっきの続きをするつもりじゃないだろうな?」
しかし、コンスタンティンは行かせまいとするように再び俺の腕を掴み、ぐいと引き寄せた。
廊下の壁に押しつけられ、何ごとかとやや苛つきながらコンスタンティンを見上げた。
するとなぜかコンスタンティンのほうも、不安げな様子はどこへやら、急に苛立ったように目つきが鋭くなっている。
「……謝りに行くんだから、続きなんてするわけないだろ」
「喧嘩のほうじゃない。おまえ、ロジオン様に抱かれただろ?」
ぽかんとしてしまった。
なんだって?
「おまえがいつ俺に許してくれるのか、ずっと機を窺っていた。覚悟を決めるまで時間がかかると思っていたし、俺以外にいないからと余裕を持っていたが……」
コンスタンティンは俺の腰を抱き、ぐいと抱き寄せてきた。
「落ち着けって。いきなりなんなんだよ」
両手で抵抗するも、困惑のほうが勝って触れるくらいの力しか出ない。
何を言っているんだ、こいつは?
なぜ俺とロジオンの関係を知っているんだ?
「アルファで同性に抱かれたいとなれば、相手を見つけるのにも苦労する。なかなか踏ん切りがつくことじゃない。だから何年も……おまえが覚悟を決めるまで待っていた。なのに……なんで他の男に抱かれてんだよ!」
コンスタンティンはいつの間にやら俺の苦悩を知り、性癖を見抜いていたという。
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