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第一章 憂鬱なる辞令
20.暴力の代償
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なにはともあれリュミトロフへ入国した。
ここからが本番だ。
予定では動車をつかって三週間程度の旅程となる。その後ステーションのあるヒエスラ領へ入り、チューブを使ってハンナへ向かう。
ステーションが接収されたのは半年前。それまでは少なくないヒエスラ国民が、ハンナへ向かうためにリュミトロフを横断していた。動車用の道は舗装されているし、経由地の街にいる魔族はヒエスラ国民に慣れている。
奪還したことによる市民への影響はないそうで、むしろ歓迎しているという話だった。旅行者が利用することで生計を立てていたこともあり、むしろ早期の再稼働を望んでいるようだ。
だから総合的に懸念はないはずだった。あったのはロジオンが寝返る可能性くらいで、だからこそ平穏と予測される旅路で友好関係を築くことが目下の命令だった。
そのはずが、ロジオンがローギンに瓜二つだったという現実を知り、息子である可能性に気づかれないよう苦心する羽目になってしまった。
「あー、帰りたい」
何度目だろう。耳にタコができるほど聞いてうんざりしてきた。
初日は動車で五時間程度走った先にあるトルロンという街の宿に予約してあった。昼食は国境検問所の売店で弁当を購入していたこともあり、村などに立ち寄る手間もなく、午後早くには到着することができた。
魔族と顔を合わせることもなくやり過ごせてほっとしていたのだが、不満をこぼしっぱなしのロジオンが空気を悪化させていた。
「ハンナに行くとか言わなきゃよかった」
ロジオンは通された部屋へはいるなりベッドに寝転び、端末のない環境が苦痛でしかたがないと言って文句たらたらだ。
「まだ入国して半日と経っておりませんよ」
さすがのスヴェトキンも呆れている。
「もう無理。帰りたい」
ロジオンは最初、ヒエスラにはない魔術を用いた道具に嬉々として、周りの動車が迷惑を被るほどの速度で飛ばしていた。クジマが説明していたように、動車を動かすための魔力は微々たるものだったらしい。
だからとはしゃいでいたのだが、次第にテンションは下降し、最後にはおだてなければ魔力を動かしてくれない始末だった。道は単調なうえに暇をつぶせるものがなく、退屈に飽きてしまったようだ。
「でしたらロジオン様、電力の不要な娯楽で暇をつぶしましょう」
コンスタンティンはそんなロジオンを道中なだめすかしてゲームの話題を持ち出していたのだが、今もその一貫か、ポケットからカードの束を取り出しながら歩み寄った。
「なんだそれ?」
「ゆっくりご説明いたしますよ。……おい、クリノフとマクシミリアンも来い」
コンスタンティンの呼びかけに、クリノフたちだけでなくスヴェトキンも輪に入っていく。
「ノアですね。懐かしい」
「スヴェトキン殿も囲みますか?」
「ええ。是非。昔年の腕がなります」
なるほど、さすがコンスタンティンだ。要は電子機器類を使用できなくても暇を潰せればいいわけで、ロジオンがハマればノアはうってつけの娯楽になる。
「ベネフィン副長は囲まないのですか?」
クリノフから訊かれ、俺は「報告書をつくるから」と答えて断った。
「アラムはゲーム全般が苦手のようだから」
コンスタンティンがこっそり部下たちに耳打ちした声は俺の耳にも届き、口元をひくつかせた。
苦手なのは勝負事ではなく、賭け事のほうなのだが。
憤慨しつつも、にやりとした顔を向けてきたコンスタンティンを見て、無視をやめてくれたのならいいかと苛立ちを引っ込めた。
「要はシュターレンのなかにあるミニゲームみたいなものです。あれはこのノアを使ったピノグラフをベースとしたゲームなんですよ」
コンスタンティンはしゃくしゃくと説明を始め、ロジオンは興味津々といった様子で前のめりになった。
「……へえ。VRでもなく本物なんだもんな。面白そう」
「ええ。では、まずやってみますので、一度ご覧ください」
ノアとは電力を使うことなく遊べるものとして、古来より人気のある娯楽だ。片手で持てるサイズの長方形をした厚手の紙にそれぞれ異なった数字と絵が印刷されている。四十八枚あり、カードと呼ばれるそれを用いて様々なゲームを展開させることができる代物だ。
電力というものが発明されるずっと以前から存在しているものなのに、現代においてもいまだに廃れていない。理由は、賭け事に使われているからだっだ。
ヒエスラをユートピアたらしめているのは限界にまで発展した科学技術によるものだが、それら電子機器はほとんどがネットワークに繋がっている。目に見えない電波を経由して機器類が繋がっており、世界にあるすべての機器情報は情報として集められ、管理されている。いわば監視だが、賭博は国が定めた施設で行う以外は刑罰の対象となるため、個人間で密かに行う場合はバレないよう、ノアを用いるのだ。
「スヴェトキンが勝ってるのか?」
「そのようです。なかなかお強い」
「若い頃は負けなしでしたから」
静かに微笑んだスヴェトキンは、過去に名手と謳われていたらしく、見事な腕前を見せている。
コンスタンティンも夜ごとノアに興じているためかなりの手練れなのだが、悔しさより感嘆といった表情を見るに、スヴェトキンはよほどの腕らしい。
わいわいとゲームが進むにつれロジオンの表情も和らぎ、笑みまで見せている。機嫌が直ってきたようでほっとした。
「そろそろ夕食の時間です。一度切り上げてください」
しかし、耽ってばかりいられては困る。宿での食事は食堂なる場で取らねばならず、宿泊客は決められた時間に降りていかねばならないのだ。
ロジオンをリュミトロフの市民の前に出すことになるため、遅れたり部屋に運んできてもらうような目立つ振る舞いはしたくない。
「コンスタンティン、それにクリノフとマクシミリアンも、先に食堂へ行って席を取っておいてくれ」
責任者としての顔で鋭く命令し、有無を言わせず部屋から追い出した。
「スヴェトキン殿、ロジオン様のお姿を人目に晒さぬよう衣服を着替えさせていただきたい。そういったもののご用意はされてありますか?」
「はい。リュミトロフは寒冷地とお聞きしておりましたので、色々とご用意できるかと」
「では支度をお願いします」
すぐに、と目でも訴えて、スヴェトキンは承知した旨を態度で表したあと駆け出ていった。
これでようやく二人きりになれた。
ふうとため息をついてロジオンを見ると、ぶすっとした顔で椅子にもたれて、俺のほうを見ないようにしていた。
「ロジオン様、大変申し訳ありませんでした」
ようやく二人きり、つまり、ようやく謝罪する機会ができたわけだ。
俺はこれ以上無理というほど腰をかがめて頭を下げた。
「暴力を振るってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
数秒ほど静止し、そっと顔を上げてみた。
すると、ロジオンは受け入れるつもりがないらしく、そっぽを向いたまま壁を睨みつけていた。
覚悟していたとはいえ、これ以上どう改めればいいというのか。不服というなら、なにか言ってくれよ。口を利いてくれなきゃわからないだろう。
「大人げない振る舞いを致しました。申し訳ございません」
大人げない。それはいまだロジオンを皇族とは思えないからで、年下には変わりないが幼子みたいに考えてしまうせいだが、本来は敬うべき相手なのだ。自分に言い聞かせ、納得がいかずとも、平身低頭言葉を和らげながら近づいた。
「二度とあのような真似はいたしません。どうかお赦しいただけないでしょうか?」
殊勝に見えるよう項垂れて、ロジオンのまえで跪いた。見上げると、ぱちっと目が合い、ふんっと鼻を鳴らしてまたも壁のほうへ顔を背けられた。
「……謝られても困る」
やれやれ、ようやく口を効いてくれた。
土下座も必要かと思ったが、さすがにそこまでは不要だったらしい。
「謝罪させてください。心より反省しております」
立ち上がり、ロジオンの頬に手を寄せた。びくっと肩を震わせたロジオンは、おっかなびっくりした様子で視線を戻した。困惑した顔を向けられ、微笑みかけてやったあと、俺はそこへ唇も寄せ、目尻にキスをした。
「お赦しいただけますか?」
耳元でささやき、今度はロジオンの唇にキスをした。
これで機嫌が直るだろう。
そもそもの要因を考えれば元の木阿弥と言ってもいい行動だが、避けられたままではこの先やりづらい。とりあえず誠心誠意の謝罪を示すためにも、関係を戻すのが手っ取り早いと判断した。
「やめてくれ」
はずが、ロジオンは俺を突き飛ばし、見たこともない顔で睨みつけてきた。
「なんに対しての謝罪だ? 殴ったことか?」
まさか拒否されるとは思わなくて、反論の言葉が出てこない。
「謝るんならそこじゃないだろ? 半魔が理由だったんなら、最初に言えばよかったんだ。中途半端に皇族と騎士だからとか、一度だけの約束だったなんて誤魔化すから悪い。あんなふうに拒否するくらいなら、最初から本音を言えよ。弄んで楽しんでるのか?」
違う。伝わっていないことはわかっていたが、誤解してしまっている。
「半魔は理由じゃない。一言も言ってないだろ!」
「アルファがどうのと持ち出しきたじゃないか! 差別なんてしないって顔するやつほど直接的な言葉を避けるんだ」
「深読みのしすぎだ! あれは俺自身の問題であって、おまえが半魔であることは関係ない」
わかってもらいたくて俺が近づくと、まるで怯えるようにロジオンは後ずさっていく。
「もう、やめてくれ。気まずい空気が嫌なら辞職するか、耐えてくれ……気持ちの整理をつけるとか、諦めるとか、俺には簡単にできないんだ」
壁に行き止まり、ロジオンは背を丸めてうつむいた。両手で顔を覆って、まるで泣いているかのように縮こまっている。
「気持ちの整理ってなんだよ」
関係が表沙汰になるのが嫌なだけで、ロジオン自身のことは拒否していない。むしろまっすぐに向けてくる好意を好ましく感じ、応えたいどころか自らキスをするくらい……俺のほうも他にはない想いを抱えている。
そっと、驚かさないよう優しくロジオンの両肩を抱いた。
すると「やめろ」と振り払われ、直後に魔術を使ったのか、目の前に膜が張られたように空間が歪んだ。
「だから、こんなふうに二人きりになりたくないし……キスするとか、期待させるようなことはしないで欲しい」
顔をあげたロジオンは、必死な顔で俺を睨みつけ、風を巻き起こしながら部屋を出ていった。
謝罪をしても見当違いと断じられ、現状を打破する手段はないと突きつけられた。
第二の性がないから理解してもらえないのは仕方がない。不服ではあったが、ロジオンは別の意味に取り、勘違いも甚だしく過敏に反応しやがった。第二の性を持たない人間、半魔であることによほどの引け目があるらしい。
「半魔なんて、むしろおまえの魅力だろ!」
アルファでもオメガでもない。ベータですらないからこそよかった。ベータと思い込みながらも惹かれていたのは、自分なりに感じ取っていたからかもなんて考えて、半魔であることに魅力を感じていた。
だから、想いに応えることを謝罪に用いた。本音では、俺自身が望んでいたからだ。
しかし正解じゃないというならどうすればいい?
ハンナへ着くまでの間、このまま耐えろと吐き捨てられた。殴りつけた代償としては余りあることじゃないか? 倍返し以上のものだと呆気にとられ、目まいを覚えてその場にしゃがみこんだ。
ここからが本番だ。
予定では動車をつかって三週間程度の旅程となる。その後ステーションのあるヒエスラ領へ入り、チューブを使ってハンナへ向かう。
ステーションが接収されたのは半年前。それまでは少なくないヒエスラ国民が、ハンナへ向かうためにリュミトロフを横断していた。動車用の道は舗装されているし、経由地の街にいる魔族はヒエスラ国民に慣れている。
奪還したことによる市民への影響はないそうで、むしろ歓迎しているという話だった。旅行者が利用することで生計を立てていたこともあり、むしろ早期の再稼働を望んでいるようだ。
だから総合的に懸念はないはずだった。あったのはロジオンが寝返る可能性くらいで、だからこそ平穏と予測される旅路で友好関係を築くことが目下の命令だった。
そのはずが、ロジオンがローギンに瓜二つだったという現実を知り、息子である可能性に気づかれないよう苦心する羽目になってしまった。
「あー、帰りたい」
何度目だろう。耳にタコができるほど聞いてうんざりしてきた。
初日は動車で五時間程度走った先にあるトルロンという街の宿に予約してあった。昼食は国境検問所の売店で弁当を購入していたこともあり、村などに立ち寄る手間もなく、午後早くには到着することができた。
魔族と顔を合わせることもなくやり過ごせてほっとしていたのだが、不満をこぼしっぱなしのロジオンが空気を悪化させていた。
「ハンナに行くとか言わなきゃよかった」
ロジオンは通された部屋へはいるなりベッドに寝転び、端末のない環境が苦痛でしかたがないと言って文句たらたらだ。
「まだ入国して半日と経っておりませんよ」
さすがのスヴェトキンも呆れている。
「もう無理。帰りたい」
ロジオンは最初、ヒエスラにはない魔術を用いた道具に嬉々として、周りの動車が迷惑を被るほどの速度で飛ばしていた。クジマが説明していたように、動車を動かすための魔力は微々たるものだったらしい。
だからとはしゃいでいたのだが、次第にテンションは下降し、最後にはおだてなければ魔力を動かしてくれない始末だった。道は単調なうえに暇をつぶせるものがなく、退屈に飽きてしまったようだ。
「でしたらロジオン様、電力の不要な娯楽で暇をつぶしましょう」
コンスタンティンはそんなロジオンを道中なだめすかしてゲームの話題を持ち出していたのだが、今もその一貫か、ポケットからカードの束を取り出しながら歩み寄った。
「なんだそれ?」
「ゆっくりご説明いたしますよ。……おい、クリノフとマクシミリアンも来い」
コンスタンティンの呼びかけに、クリノフたちだけでなくスヴェトキンも輪に入っていく。
「ノアですね。懐かしい」
「スヴェトキン殿も囲みますか?」
「ええ。是非。昔年の腕がなります」
なるほど、さすがコンスタンティンだ。要は電子機器類を使用できなくても暇を潰せればいいわけで、ロジオンがハマればノアはうってつけの娯楽になる。
「ベネフィン副長は囲まないのですか?」
クリノフから訊かれ、俺は「報告書をつくるから」と答えて断った。
「アラムはゲーム全般が苦手のようだから」
コンスタンティンがこっそり部下たちに耳打ちした声は俺の耳にも届き、口元をひくつかせた。
苦手なのは勝負事ではなく、賭け事のほうなのだが。
憤慨しつつも、にやりとした顔を向けてきたコンスタンティンを見て、無視をやめてくれたのならいいかと苛立ちを引っ込めた。
「要はシュターレンのなかにあるミニゲームみたいなものです。あれはこのノアを使ったピノグラフをベースとしたゲームなんですよ」
コンスタンティンはしゃくしゃくと説明を始め、ロジオンは興味津々といった様子で前のめりになった。
「……へえ。VRでもなく本物なんだもんな。面白そう」
「ええ。では、まずやってみますので、一度ご覧ください」
ノアとは電力を使うことなく遊べるものとして、古来より人気のある娯楽だ。片手で持てるサイズの長方形をした厚手の紙にそれぞれ異なった数字と絵が印刷されている。四十八枚あり、カードと呼ばれるそれを用いて様々なゲームを展開させることができる代物だ。
電力というものが発明されるずっと以前から存在しているものなのに、現代においてもいまだに廃れていない。理由は、賭け事に使われているからだっだ。
ヒエスラをユートピアたらしめているのは限界にまで発展した科学技術によるものだが、それら電子機器はほとんどがネットワークに繋がっている。目に見えない電波を経由して機器類が繋がっており、世界にあるすべての機器情報は情報として集められ、管理されている。いわば監視だが、賭博は国が定めた施設で行う以外は刑罰の対象となるため、個人間で密かに行う場合はバレないよう、ノアを用いるのだ。
「スヴェトキンが勝ってるのか?」
「そのようです。なかなかお強い」
「若い頃は負けなしでしたから」
静かに微笑んだスヴェトキンは、過去に名手と謳われていたらしく、見事な腕前を見せている。
コンスタンティンも夜ごとノアに興じているためかなりの手練れなのだが、悔しさより感嘆といった表情を見るに、スヴェトキンはよほどの腕らしい。
わいわいとゲームが進むにつれロジオンの表情も和らぎ、笑みまで見せている。機嫌が直ってきたようでほっとした。
「そろそろ夕食の時間です。一度切り上げてください」
しかし、耽ってばかりいられては困る。宿での食事は食堂なる場で取らねばならず、宿泊客は決められた時間に降りていかねばならないのだ。
ロジオンをリュミトロフの市民の前に出すことになるため、遅れたり部屋に運んできてもらうような目立つ振る舞いはしたくない。
「コンスタンティン、それにクリノフとマクシミリアンも、先に食堂へ行って席を取っておいてくれ」
責任者としての顔で鋭く命令し、有無を言わせず部屋から追い出した。
「スヴェトキン殿、ロジオン様のお姿を人目に晒さぬよう衣服を着替えさせていただきたい。そういったもののご用意はされてありますか?」
「はい。リュミトロフは寒冷地とお聞きしておりましたので、色々とご用意できるかと」
「では支度をお願いします」
すぐに、と目でも訴えて、スヴェトキンは承知した旨を態度で表したあと駆け出ていった。
これでようやく二人きりになれた。
ふうとため息をついてロジオンを見ると、ぶすっとした顔で椅子にもたれて、俺のほうを見ないようにしていた。
「ロジオン様、大変申し訳ありませんでした」
ようやく二人きり、つまり、ようやく謝罪する機会ができたわけだ。
俺はこれ以上無理というほど腰をかがめて頭を下げた。
「暴力を振るってしまったこと、深くお詫び申し上げます」
数秒ほど静止し、そっと顔を上げてみた。
すると、ロジオンは受け入れるつもりがないらしく、そっぽを向いたまま壁を睨みつけていた。
覚悟していたとはいえ、これ以上どう改めればいいというのか。不服というなら、なにか言ってくれよ。口を利いてくれなきゃわからないだろう。
「大人げない振る舞いを致しました。申し訳ございません」
大人げない。それはいまだロジオンを皇族とは思えないからで、年下には変わりないが幼子みたいに考えてしまうせいだが、本来は敬うべき相手なのだ。自分に言い聞かせ、納得がいかずとも、平身低頭言葉を和らげながら近づいた。
「二度とあのような真似はいたしません。どうかお赦しいただけないでしょうか?」
殊勝に見えるよう項垂れて、ロジオンのまえで跪いた。見上げると、ぱちっと目が合い、ふんっと鼻を鳴らしてまたも壁のほうへ顔を背けられた。
「……謝られても困る」
やれやれ、ようやく口を効いてくれた。
土下座も必要かと思ったが、さすがにそこまでは不要だったらしい。
「謝罪させてください。心より反省しております」
立ち上がり、ロジオンの頬に手を寄せた。びくっと肩を震わせたロジオンは、おっかなびっくりした様子で視線を戻した。困惑した顔を向けられ、微笑みかけてやったあと、俺はそこへ唇も寄せ、目尻にキスをした。
「お赦しいただけますか?」
耳元でささやき、今度はロジオンの唇にキスをした。
これで機嫌が直るだろう。
そもそもの要因を考えれば元の木阿弥と言ってもいい行動だが、避けられたままではこの先やりづらい。とりあえず誠心誠意の謝罪を示すためにも、関係を戻すのが手っ取り早いと判断した。
「やめてくれ」
はずが、ロジオンは俺を突き飛ばし、見たこともない顔で睨みつけてきた。
「なんに対しての謝罪だ? 殴ったことか?」
まさか拒否されるとは思わなくて、反論の言葉が出てこない。
「謝るんならそこじゃないだろ? 半魔が理由だったんなら、最初に言えばよかったんだ。中途半端に皇族と騎士だからとか、一度だけの約束だったなんて誤魔化すから悪い。あんなふうに拒否するくらいなら、最初から本音を言えよ。弄んで楽しんでるのか?」
違う。伝わっていないことはわかっていたが、誤解してしまっている。
「半魔は理由じゃない。一言も言ってないだろ!」
「アルファがどうのと持ち出しきたじゃないか! 差別なんてしないって顔するやつほど直接的な言葉を避けるんだ」
「深読みのしすぎだ! あれは俺自身の問題であって、おまえが半魔であることは関係ない」
わかってもらいたくて俺が近づくと、まるで怯えるようにロジオンは後ずさっていく。
「もう、やめてくれ。気まずい空気が嫌なら辞職するか、耐えてくれ……気持ちの整理をつけるとか、諦めるとか、俺には簡単にできないんだ」
壁に行き止まり、ロジオンは背を丸めてうつむいた。両手で顔を覆って、まるで泣いているかのように縮こまっている。
「気持ちの整理ってなんだよ」
関係が表沙汰になるのが嫌なだけで、ロジオン自身のことは拒否していない。むしろまっすぐに向けてくる好意を好ましく感じ、応えたいどころか自らキスをするくらい……俺のほうも他にはない想いを抱えている。
そっと、驚かさないよう優しくロジオンの両肩を抱いた。
すると「やめろ」と振り払われ、直後に魔術を使ったのか、目の前に膜が張られたように空間が歪んだ。
「だから、こんなふうに二人きりになりたくないし……キスするとか、期待させるようなことはしないで欲しい」
顔をあげたロジオンは、必死な顔で俺を睨みつけ、風を巻き起こしながら部屋を出ていった。
謝罪をしても見当違いと断じられ、現状を打破する手段はないと突きつけられた。
第二の性がないから理解してもらえないのは仕方がない。不服ではあったが、ロジオンは別の意味に取り、勘違いも甚だしく過敏に反応しやがった。第二の性を持たない人間、半魔であることによほどの引け目があるらしい。
「半魔なんて、むしろおまえの魅力だろ!」
アルファでもオメガでもない。ベータですらないからこそよかった。ベータと思い込みながらも惹かれていたのは、自分なりに感じ取っていたからかもなんて考えて、半魔であることに魅力を感じていた。
だから、想いに応えることを謝罪に用いた。本音では、俺自身が望んでいたからだ。
しかし正解じゃないというならどうすればいい?
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