抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第一章 憂鬱なる辞令

21.ボトルとともに

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 食堂に現れたロジオンは、フードを目深に被っている以外は周囲に溶け込むかのような地味な出で立ちだった。濃いブラウンのローブの下は生成り色のシャツを着て、麻のズボンがマッチしている。
 ぱっと見た感じには不審人物に見えない。顔が見えなくとも、光に過敏だからという理由で隠していると言われて納得できる自然さだった。

 そのせいか、リュミトロフの市民とすれ違ったり顔を合わせても、騒ぎ立てられることはなかった。
 むしろ俺たちのほうがよほど目立っていたくらいだった。久しぶりにヒエスラ国民を見たと声をかけられ、どこに行くのかを問われてハンナと答えると、これで客がまた戻って来ると言って誰もが嬉しげだった。ロジオンには目もくれないことに安堵しつつ、リュミトロフの国民が思っていた以上に友好的で驚かされた。
 
 無事に夕食を済ませたあとは、またロジオンの部屋へ集まってのノア会が始まった。夜遅くまで盛り上がり、翌朝寝坊しかけたのには呆れたが、打ち解けてきているのはいいことだ。
 翌日も同じように騒がれるようなことは起きず、ノアのお陰でロジオンは不満の声をあげることなく過ぎ去った。
 そのようにして、不安だったリュミトロフの旅程は平穏に過ぎていった。

「ちょっとあの街で休憩したいんだけど」

 動車の中で、ロジオンは俺のほうへおずおずと目を向け、窺うよう尋ねてきた。慣れてきたもので、操縦しながらもノアで遊ぶことを覚えたロジオンは、道中の不満もないようだった。

「構いません。予定より進んでおりますので、一時間程度なら留まる時間はあります」
 
 さらには精神的に落ち着いてきたらしく、俺をあからさまに避けるようなことも減ってきていた。
 必要最低限の受け答えするし、今のように話しかけることも増えてきている。ただ、以前どおりではない。護衛騎士と雇い主といった立場さながらに壁のある感じだ。
 つまり、まさに俺が望んでいた関係となっていた。
 ロジオンとの一夜はまるでなかったかのように、体面上の問題はなにもない。ロジオンの態度から疑われる不安もなく、俺の性癖が悟られる心配はなくなったわけだ。
 安堵すべきで、事実俺はほっとしていた。俺だけがぎくしゃくとしていても、ロジオンはコンスタンティンたちとかなり親しくなってきており、クジマからの任務は遂行されている。このまま行けば、無事にハンナへ着けるだろう。
 だから、多少の苛立ちや不満は引っ込めるべきなのだ。望んでいたとおりに収まっているのだから。
 面白くなかろうが、現状がベストであり、藪をつつくような真似はすべきじゃない。

「アラム、入ってもいいか?」

 十日ほど経ったある夜、宿の部屋で一人休んでいたところ、コンスタンティンがノックをして顔を覗かせてきた。

「珍しいな。まあ入れよ」

 手招きをすると、コンスタンティンは酒のボトルを掲げて中へ入ってきた。
 
「……昨日負けが立て込んでな。今夜は断ったんだ」

 ソファへ促し、俺は備え付けの棚からグラスを二つ取ってテーブルに置いた。部屋はベッドとテーブル、椅子は一つしかない。トイレは水栓のものが設備されているが、風呂は共同で、ロジオンの部屋にしか付属していない中層ランクの部屋だ。

「それほどスヴェトキン殿が強いのか?」

 さんざんコンスタンティンに負けを食らった過去を思い出し、揶揄しつつも聞くとコンスタンティンはボトルの栓を抜きながら苦笑した。

「ロージャがなかなか力をつけてきてな」

 ロージャとはロジオンの愛称だ。同じ趣味があるからと急激に仲を深めていた二人だが、三日ほどすると互いにロージャとコースチャと幼子のように愛称で呼び合うまでに至り、意気投合どころではないほど親しくなっていた。

「それは誤算だったな」

 ボトルを傾けられ、グラスを持って杯を受けながらにやりと笑みを返した。
 
「ロージャはゲーム全般に強いようだ」

 俺にとってはなんのことやらだが、コンスタンティンは如何にロジオンが規格外かを滔々と語りだした。
 この親友は俺に匹敵するくらいの負けず嫌いである。親しくなりつつも負けが続いて鬱憤が溜まってきていたらしい。
 コンスタンティンから思わぬ態度を取られて憤慨していたものの、避けられていたのは半日程度のことだ。互いに言葉としてはいまだ出していないが、両成敗として水に流そうと暗黙のうちに了承し、いまや以前どおりとなっていた。

「……久々に飲んだな」

 酒を酌み交わしながら愚痴に頷いてやっていたのだが、聞くばかりのせいか杯が進んでしまう。
 最近の俺は、毎晩ノアに興じるロジオンたちから離れて一人暇を弄び、リュミトロフの書物を読むことに耽っていた。酒を飲むと集中できないこともあって夕食でも避けていたのだが、久しぶりのせいか回るのが早いようだ。
 
「もっともらってくるか?」

 コンスタンティンが持ってきたのは二本だった。すでに空となり、一本注文したのも飲みきってしまった。
 さすがにこれ以上飲んだら明日に響く。
 
「いいよ。ここじゃ金がかかるし」
「金が理由かよ? せっかくおまえと飲んでるんだ。そんな理由ならもらってくる」

 コンスタンティンは止める間もなく部屋を出ていき、数分とせず戻ってきた。その手には三本ものボトルがあって呆れたが、飲みきったやつより色が濃く芳醇そうで、久しぶりだしいいかと思い直した。

「おまえ、コースチャって呼ばれるたびにキレまくってたじゃないか。ロージャにはキレないのか?」

 酔いが回ってきたこともあり、軽口ついでに気になっていたことを訊いた。
 忘れもしない十年前、それまでコースチャ呼びで応えていたはずのコンスタンティンが、突如激昂し、一発お見舞いしてくれたのだ。
 年頃で愛称呼びが不満だったのはわかるとしても、だったら先に説明しろと喧嘩に発展し、周囲が止めなければどちらかが病院送りになるほどやりあったのである。

「これも必要なことだ」
「つまり、任務の一貫として我慢しているってことか?」
「いやいや、あの男のことは好きだ。この年でと最初は躊躇ったが、ロージャが呼びたいと言うから、いいかと」

 コンスタンティンはおもむろに立ち上がり、ボトルを片手にベッドの端に座っていた俺の横に腰を下ろした。
 
「珍しく惚れ込んでるな」

 差し出されたため受け取り、ボトルから直接ぐいと煽った。
 
「ああ。わがままなやつだが純粋で気のいいやつだ」

 そのとおり。基本的な性質は悪くない男なのだ。厄介だが優しいし、強引さはなく気遣いも見せる。

「だからこそおまえと引き離したかったんだ」

 頷いていたところコンスタンティンから肩を抱かれ、なにをと横を向いたときにキスをされた。
 ガシャンと、驚いて手から滑り落ちたボトルが、床の上で粉々になった。
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