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第二章 この天賦は誰が為
26.ヒエスラの騎士団長
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いつかは誰かしらが来る覚悟はしていた。ただ、あいつである可能性は露とも考えていなかった。騎士団長ともなれば現場へ出向く機会は減る。停戦中とはいえ敵国への使者として遣わされるなど万に一つもないと油断していた。
油断。そうだ。まさかのことが現実になったとしても、俺に帰国の意志はない。
ローギンには本心からそう伝え、彼も信じてくれた。
だったら大丈夫だなと胸を撫で下ろした様子で、これならすぐにでもコーシュロンへと戻れるなとつぶやいた。
「俺もロジーみたいに飛翔の術を使えたら手っ取り早いんだけどな」
「……ご教授できたらと思うのですが、理論で考えていないため、そういった点は苦手で……」
「ああ。おまえとジーニャの二人で力を合わせれば、そう遠くない日に理論化できるだろう」
よろしく頼むねと、笑顔で俺の背を叩いたローギンは、ではと中座することを詫びながらコーシュロンへと出発していった。
半月前に王都を発ったローギンは、北部にあるコーシュロンにて一ヶ月ほど滞在する予定だったのだが、この話をするためだけにわざわざ来てくれたらしい。
リュミトロフへ来て次に驚いたのは、屈託ないとも言える彼ら家族からの愛情だ。
ヒエスラへ帰るつもりがないのは、彼らからの愛を失いたくないから、そして信頼を裏切りたくないからが一番の理由だった。
「ねえロジー、街へ行くんだけど、一緒に行かない?」
ローギンを見送ったあと、さて部屋へ戻るかという廊下でエウゲニーが腕を絡めてきた。
「おまえ、まさか父上の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてないわけないでしょ。午後の話じゃん。お昼前には戻って来るからさ」
「だからって行くかよ。おまえと出かけると連れ回されるからめちゃくちゃ疲れるんだって」
「疲れると困るの? たかが騎士団長に会うだけでしょ?」
エウゲニーは、にやりと浮かべた悪い笑みで俺を覗き込んできた。
動揺を誤魔化しきれていなかったかもという懸念は続いている。どうしようと逡巡し、昼食は城で取るならとの約束で同行することにした。
「街になんの用があるんだ?」
動車に乗り込み、駆動させたあと向かいに悠々と座っているエウゲニーを睨みつけた。
動車は魔力で駆動する。微々たるものなのだが、エウゲニーは髪を黒く戻してしまいかねないと言って、必ず他者を同車させるのだ。父に似てあちこち出かける性質のくせに、いつも誰かしらが引っ張り回される。だいたいが幼なじみのキール・チェルノフという公爵子息がお伴してくれるのだが、今日は白羽の矢を俺に投げつけてくれやがった。
「ロジーの服を新調するためだよ」
「……俺の服? なんでそんなもん……まだ着られるのに必要ないって」
「必要あるよ。祖国の民に会うのは二年ぶりだろ? そんな身なりでいられたら待遇がわるいみたいじゃないか」
「待遇? わるいどころかいいくらいだろ……これもオーダーメイドしてもらったやつだし、着古してはいるけど、ぼろぼろってわけじゃないし」
「うん。でも、帰るつもりがないことを示すためにもさ、見た目は結構重要だよ?」
一理ある、かもしれない。
王族としてのものは必要十分にある。リュミトロフへ来たときにすべて揃えてもらえたのだが、買いに出るのが億劫という性格もあって、この二年まったく新調していない。
やってくるのが他でもない騎士団長ともなれば、見すぼらしさをさらけるより、ある程度はびしっとしているほうがいいだろう。
「わかったよ。何着か見積もってくれ」
「いいよお。男前に見えるよう、最高のスタイルで固めてあげる」
「男前じゃなくても、威厳がある感じにしてくれよ」
「威厳? 何度も言ってるけど、リュミトロフにそんな見た目だけの演出は不要なの。魔力の強さこそすべてなんだから、ロジーは黙ってても威厳たっぷりだよ」
そういう意味じゃなく、ガキっぽい服装にはしないでくれと言いたかったのだが。
あいつの前で威厳なんて演出しても今さらだ。
泣きっ面にバカっ面と、情けない姿を何度もさらしてきた。リュミトロフへ来てからいくぶんかはマシになったが、あいつの目から見れば以前と変わりないだろう。エウゲニーの言うように、敢えての演出など滑稽極まりない。
どう思われようとも、この会談は一度きりであり、二度と会うことはないのだから。
「やや、これはエウゲニー様! よくぞいらっしゃってくださいました。しかも、ロジオン様までいらっしゃってくださるとは、恐縮至極であります」
店にたどり着き、慣れた様子で店内へと入ったエウゲニーの後を追った。俺は二年ぶりだが、エウゲニーは毎週という頻度で来る常連らしい。
「今日はロジーの服を何着か新調しに来た。まずは流行カラーのパステル色を試してみたい。水色がいいかな?」
「パステル? 勘弁してくれよ」
「淡い色は黒髪に映えるよ? ロジーは半魔で肌が白いから、魔族よりパステルが引き立つと思う」
淡い水色のシャツを手にして、エウゲニーが近づいてきた。その手は茶色と言えるほど色が濃い。魔族の特徴だ。半魔である俺は人間よりも白くなるため、同じ黒い髪と目を持っていても、一見して見分けられるほど大きく違うのである。
「でも女みたいで嫌だ。勘弁してくれ」
「ヒエスラ出身で男女云々を語るなんて珍しいよね。リュミトロフに染まってきた証拠かな?」
女というのは言葉の綾で、ガキっぽく見られたくないというのが本音だった。ただ、エウゲニーの言うように、感化されているのは事実かもしれない。
リュミトロフは男尊女卑の文化があり、女性は男性を敬い、支えるべきという旧態依然とした意識が根強く残っている。その点、ヒエスラは第二の性があるせいか、男女の違いに明確な区別意識がない。
国交による影響があってか、差別意識を改革しようとの動きは半世紀前くらいから起きている。ローギンの二代前あたりから、差別意識を撤廃させようと励んでいるようだが、いまだ成功しているとは言い難いのが現状だった。
「いいじゃん、これ」
わあ!とエウゲニーが頬を緩ませたのは、濃いグレーのシャツと黒のパンツだった。一見して何の変哲もないシンプルさだが、だからこそ際立つというのか、シルエットがかっこいい。
俺の目にも他のとの違いがわかるレベルで、これなら少しはあいつからも見直されるのではと少し気分が浮き立った。
「ああ、じゃあ、これで」
「このスタイルが合うみたいだね。色違いで揃えよ。これも着てみて」
エウゲニーは三、四セットほど揃えるつもりらしく、ようやく決まったというのにまたもシャツを渡してきた。
もういいよ、と断っても強引で、こういう場合は問答するよりエウゲニーの意志どおりにすべきと思い直して好きにさせた。
「これで、ロジーが舐められることはないね」
帰りの動車でエウゲニーはご満悦だった。
「一応はヒエスラでも皇族の立場だったから、舐められるってことはないと思うけど」
「うん。だけど、騎士団長ってロジーが動揺するほどの相手なんでしょ?」
「……動揺なんてしてないって」
「ほら。隠すくらいの相手ってことじゃん」
「違うって。深読みっつーか勘違いだよそれ。なんも隠してないから」
「深読みでも勘違いでもないよ。だから、僕もできるだけのことをしなくちゃって。ロジーがヒエスラに帰っちゃったら、嫌だからさ」
徐々に涙まじりになってきた声を聞いて、ぎょっとエウゲニーを見ると、ぽろぽろと涙を落としていた。
泣くやつがあるか!
普段は俺をガキ扱いしてくるくせに、珍しくも殊勝な態度をとられると焦ってしまう。
「ないって。絶対にないから」
「……本当?」
「本当だって」
「……じゃあ、教えて? アラム・ベネフィンって、ロジーにとってなんなの?」
──やはり、騎士団長とはアラムのことだったのか。
確信していながらも、もしかしたらという期待が少しあった。しかしだったら、そもそも騎士団長なる立場の者が来るはずない。俺を見失った責任を取って失脚したのではなどと考えたが、甘い期待にすぎなかった。
なればこそ、覚悟を決めるべきだ。
アラムをまえにしても動揺をせず、エウゲニーには勘付かれないよう徹底する。しなければならない。そのためにこの地へと逃げてきたのだから。
「あれだよ。ハンナ行きに帯同した騎士の、責任者だった男だ」
「責任者?」
「そう。ただ、それだけ。ヒエスラでは引きこもっていたから、友人と呼べるようなやつもいなかったし、旅路で多少は親しくなったんでやってきたんだろ」
「……ふうん」
説明不十分といった様子のエウゲニーだが、そっけない口調を鵜呑みにしてくれたのか、それ以上の追求はしてこなかった。
胸を撫で下ろしつつ、次は本人をまえにこの調子でいかなければならないと考えて、気が重くなってきた。
できることなら二度と会いたくなかった。
アラム・ベネフィンは、忘れようとしても忘れられない男だったからだ。
アルファとしての特徴を多分に持った彼は、それでいて稀に見るほどの美貌を持っていた。通った鼻筋とくりくりとした目のバランスは凛々しさと愛らしさを兼ね備えており、金に近い薄茶色の髪は光を浴びてきらきらと輝き、ヒエスラの至宝ガーネットなんか目じゃないくらい美しい男だった。
怒った顔や悔しげに泣いた顔、俺の手によって引き出した快楽に悶えた美しさもすべて、写真を撮ったかのごとく脳裏に焼き付いている。
──俺自身の問題であって、おまえが半魔であることは関係ない。
ぶつけられたときは、ここまできて嘘をつくのかとショックを受けた。しかし後から知った事実と合わせてみるに、あれは掛け値なしの本音であったことを知った。
アラムは、俺を差別してもいなかったし、不快に感じてもいなかった。ただ、積年の想いを遂げられたがゆえに、俺を拒否しただけだった。代わりなど不要になったのだ。
アラムが想い続けてきたコンスタンティンは、同じアルファであり親友だ。優しくて気遣いのできるいい男なのだから、スヴェトキンがいなければなにもできない半魔の俺なんかが、敵う相手じゃない。
リュミトロフへ来たことで、どれほど俺が無知で甘ったれだったかを痛感させられた。
この国では王族といえども自分のことは自分でしなければならない。食事は用意されるし、洗濯もしてもらえるが、衣服の用意や部屋の掃除、買い物なんかは自力ですべきことだった。
ヒエスラでの俺は、ただゲームをして引きこもり、生きている意味があるのかみたいな生活を送っていた。怠惰で無価値な日々だ。皇族だからと敬われていただけなのに、待遇を当然としてあぐらをかき、半魔だからと恐れられていることを厭って人を避けていた。
そんな俺に魅力などあるはずがない。
いまでもまざまざと思い出せるアラムの笑顔。思い出すたびに二度と見ることはできないと胸が締め付けられ、いっそ記憶を消したいと苦悩に悶えていた。
そんなアラムと再会することになってしまったのだ。
どうすべきか。素知らぬ顔をする以外にないのだが、顔を見たらどうなってしまうのか、自分の手綱を取れるか不安で仕方がなかった。
「僕は部屋で研究してるから、終わったら報告してね」
王城へと戻って昼食をとったあと、いざと席を立った俺にエウゲニーは不安をあらわに声をかけてきた。
「ああ。断固とした姿勢で迎え撃ってくるよ」
一応は生まれながらの皇族だから、形式張った態度は取れる。心を鎮めて、動揺などいっさい表に出さないぞとの覚悟で謁見の間へと向かった。
外交用の謁見の間には玉座があり、脇に俺やエウゲニー用の席も設置されている。しかし今回は会談という建前なので、長椅子が二脚用意されており、お茶の置けるテーブルも置かれていた。
そのうちの上座にあたる位置に腰を下ろした俺は、侍女の淹れてくれた茶を手に深呼吸をした。
大丈夫。動揺する必要はない。
よしと背筋を伸ばして一口すすったとき、ちょうどノックの音がして、手を震わせないよう慎重にカップを置いた。
「リュミトロフ国第二王子ロジオン・リュミトロフ殿下に拝謁いたしますは、ヒエスラ国騎士団副団長のコンスタンティン・パラジャーノンであります」
従者に連れられて現れた騎士は、アラムじゃなかった。
なぜおまえが?
驚愕と混乱に、俺は返す言葉もなく絶句した。
油断。そうだ。まさかのことが現実になったとしても、俺に帰国の意志はない。
ローギンには本心からそう伝え、彼も信じてくれた。
だったら大丈夫だなと胸を撫で下ろした様子で、これならすぐにでもコーシュロンへと戻れるなとつぶやいた。
「俺もロジーみたいに飛翔の術を使えたら手っ取り早いんだけどな」
「……ご教授できたらと思うのですが、理論で考えていないため、そういった点は苦手で……」
「ああ。おまえとジーニャの二人で力を合わせれば、そう遠くない日に理論化できるだろう」
よろしく頼むねと、笑顔で俺の背を叩いたローギンは、ではと中座することを詫びながらコーシュロンへと出発していった。
半月前に王都を発ったローギンは、北部にあるコーシュロンにて一ヶ月ほど滞在する予定だったのだが、この話をするためだけにわざわざ来てくれたらしい。
リュミトロフへ来て次に驚いたのは、屈託ないとも言える彼ら家族からの愛情だ。
ヒエスラへ帰るつもりがないのは、彼らからの愛を失いたくないから、そして信頼を裏切りたくないからが一番の理由だった。
「ねえロジー、街へ行くんだけど、一緒に行かない?」
ローギンを見送ったあと、さて部屋へ戻るかという廊下でエウゲニーが腕を絡めてきた。
「おまえ、まさか父上の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてないわけないでしょ。午後の話じゃん。お昼前には戻って来るからさ」
「だからって行くかよ。おまえと出かけると連れ回されるからめちゃくちゃ疲れるんだって」
「疲れると困るの? たかが騎士団長に会うだけでしょ?」
エウゲニーは、にやりと浮かべた悪い笑みで俺を覗き込んできた。
動揺を誤魔化しきれていなかったかもという懸念は続いている。どうしようと逡巡し、昼食は城で取るならとの約束で同行することにした。
「街になんの用があるんだ?」
動車に乗り込み、駆動させたあと向かいに悠々と座っているエウゲニーを睨みつけた。
動車は魔力で駆動する。微々たるものなのだが、エウゲニーは髪を黒く戻してしまいかねないと言って、必ず他者を同車させるのだ。父に似てあちこち出かける性質のくせに、いつも誰かしらが引っ張り回される。だいたいが幼なじみのキール・チェルノフという公爵子息がお伴してくれるのだが、今日は白羽の矢を俺に投げつけてくれやがった。
「ロジーの服を新調するためだよ」
「……俺の服? なんでそんなもん……まだ着られるのに必要ないって」
「必要あるよ。祖国の民に会うのは二年ぶりだろ? そんな身なりでいられたら待遇がわるいみたいじゃないか」
「待遇? わるいどころかいいくらいだろ……これもオーダーメイドしてもらったやつだし、着古してはいるけど、ぼろぼろってわけじゃないし」
「うん。でも、帰るつもりがないことを示すためにもさ、見た目は結構重要だよ?」
一理ある、かもしれない。
王族としてのものは必要十分にある。リュミトロフへ来たときにすべて揃えてもらえたのだが、買いに出るのが億劫という性格もあって、この二年まったく新調していない。
やってくるのが他でもない騎士団長ともなれば、見すぼらしさをさらけるより、ある程度はびしっとしているほうがいいだろう。
「わかったよ。何着か見積もってくれ」
「いいよお。男前に見えるよう、最高のスタイルで固めてあげる」
「男前じゃなくても、威厳がある感じにしてくれよ」
「威厳? 何度も言ってるけど、リュミトロフにそんな見た目だけの演出は不要なの。魔力の強さこそすべてなんだから、ロジーは黙ってても威厳たっぷりだよ」
そういう意味じゃなく、ガキっぽい服装にはしないでくれと言いたかったのだが。
あいつの前で威厳なんて演出しても今さらだ。
泣きっ面にバカっ面と、情けない姿を何度もさらしてきた。リュミトロフへ来てからいくぶんかはマシになったが、あいつの目から見れば以前と変わりないだろう。エウゲニーの言うように、敢えての演出など滑稽極まりない。
どう思われようとも、この会談は一度きりであり、二度と会うことはないのだから。
「やや、これはエウゲニー様! よくぞいらっしゃってくださいました。しかも、ロジオン様までいらっしゃってくださるとは、恐縮至極であります」
店にたどり着き、慣れた様子で店内へと入ったエウゲニーの後を追った。俺は二年ぶりだが、エウゲニーは毎週という頻度で来る常連らしい。
「今日はロジーの服を何着か新調しに来た。まずは流行カラーのパステル色を試してみたい。水色がいいかな?」
「パステル? 勘弁してくれよ」
「淡い色は黒髪に映えるよ? ロジーは半魔で肌が白いから、魔族よりパステルが引き立つと思う」
淡い水色のシャツを手にして、エウゲニーが近づいてきた。その手は茶色と言えるほど色が濃い。魔族の特徴だ。半魔である俺は人間よりも白くなるため、同じ黒い髪と目を持っていても、一見して見分けられるほど大きく違うのである。
「でも女みたいで嫌だ。勘弁してくれ」
「ヒエスラ出身で男女云々を語るなんて珍しいよね。リュミトロフに染まってきた証拠かな?」
女というのは言葉の綾で、ガキっぽく見られたくないというのが本音だった。ただ、エウゲニーの言うように、感化されているのは事実かもしれない。
リュミトロフは男尊女卑の文化があり、女性は男性を敬い、支えるべきという旧態依然とした意識が根強く残っている。その点、ヒエスラは第二の性があるせいか、男女の違いに明確な区別意識がない。
国交による影響があってか、差別意識を改革しようとの動きは半世紀前くらいから起きている。ローギンの二代前あたりから、差別意識を撤廃させようと励んでいるようだが、いまだ成功しているとは言い難いのが現状だった。
「いいじゃん、これ」
わあ!とエウゲニーが頬を緩ませたのは、濃いグレーのシャツと黒のパンツだった。一見して何の変哲もないシンプルさだが、だからこそ際立つというのか、シルエットがかっこいい。
俺の目にも他のとの違いがわかるレベルで、これなら少しはあいつからも見直されるのではと少し気分が浮き立った。
「ああ、じゃあ、これで」
「このスタイルが合うみたいだね。色違いで揃えよ。これも着てみて」
エウゲニーは三、四セットほど揃えるつもりらしく、ようやく決まったというのにまたもシャツを渡してきた。
もういいよ、と断っても強引で、こういう場合は問答するよりエウゲニーの意志どおりにすべきと思い直して好きにさせた。
「これで、ロジーが舐められることはないね」
帰りの動車でエウゲニーはご満悦だった。
「一応はヒエスラでも皇族の立場だったから、舐められるってことはないと思うけど」
「うん。だけど、騎士団長ってロジーが動揺するほどの相手なんでしょ?」
「……動揺なんてしてないって」
「ほら。隠すくらいの相手ってことじゃん」
「違うって。深読みっつーか勘違いだよそれ。なんも隠してないから」
「深読みでも勘違いでもないよ。だから、僕もできるだけのことをしなくちゃって。ロジーがヒエスラに帰っちゃったら、嫌だからさ」
徐々に涙まじりになってきた声を聞いて、ぎょっとエウゲニーを見ると、ぽろぽろと涙を落としていた。
泣くやつがあるか!
普段は俺をガキ扱いしてくるくせに、珍しくも殊勝な態度をとられると焦ってしまう。
「ないって。絶対にないから」
「……本当?」
「本当だって」
「……じゃあ、教えて? アラム・ベネフィンって、ロジーにとってなんなの?」
──やはり、騎士団長とはアラムのことだったのか。
確信していながらも、もしかしたらという期待が少しあった。しかしだったら、そもそも騎士団長なる立場の者が来るはずない。俺を見失った責任を取って失脚したのではなどと考えたが、甘い期待にすぎなかった。
なればこそ、覚悟を決めるべきだ。
アラムをまえにしても動揺をせず、エウゲニーには勘付かれないよう徹底する。しなければならない。そのためにこの地へと逃げてきたのだから。
「あれだよ。ハンナ行きに帯同した騎士の、責任者だった男だ」
「責任者?」
「そう。ただ、それだけ。ヒエスラでは引きこもっていたから、友人と呼べるようなやつもいなかったし、旅路で多少は親しくなったんでやってきたんだろ」
「……ふうん」
説明不十分といった様子のエウゲニーだが、そっけない口調を鵜呑みにしてくれたのか、それ以上の追求はしてこなかった。
胸を撫で下ろしつつ、次は本人をまえにこの調子でいかなければならないと考えて、気が重くなってきた。
できることなら二度と会いたくなかった。
アラム・ベネフィンは、忘れようとしても忘れられない男だったからだ。
アルファとしての特徴を多分に持った彼は、それでいて稀に見るほどの美貌を持っていた。通った鼻筋とくりくりとした目のバランスは凛々しさと愛らしさを兼ね備えており、金に近い薄茶色の髪は光を浴びてきらきらと輝き、ヒエスラの至宝ガーネットなんか目じゃないくらい美しい男だった。
怒った顔や悔しげに泣いた顔、俺の手によって引き出した快楽に悶えた美しさもすべて、写真を撮ったかのごとく脳裏に焼き付いている。
──俺自身の問題であって、おまえが半魔であることは関係ない。
ぶつけられたときは、ここまできて嘘をつくのかとショックを受けた。しかし後から知った事実と合わせてみるに、あれは掛け値なしの本音であったことを知った。
アラムは、俺を差別してもいなかったし、不快に感じてもいなかった。ただ、積年の想いを遂げられたがゆえに、俺を拒否しただけだった。代わりなど不要になったのだ。
アラムが想い続けてきたコンスタンティンは、同じアルファであり親友だ。優しくて気遣いのできるいい男なのだから、スヴェトキンがいなければなにもできない半魔の俺なんかが、敵う相手じゃない。
リュミトロフへ来たことで、どれほど俺が無知で甘ったれだったかを痛感させられた。
この国では王族といえども自分のことは自分でしなければならない。食事は用意されるし、洗濯もしてもらえるが、衣服の用意や部屋の掃除、買い物なんかは自力ですべきことだった。
ヒエスラでの俺は、ただゲームをして引きこもり、生きている意味があるのかみたいな生活を送っていた。怠惰で無価値な日々だ。皇族だからと敬われていただけなのに、待遇を当然としてあぐらをかき、半魔だからと恐れられていることを厭って人を避けていた。
そんな俺に魅力などあるはずがない。
いまでもまざまざと思い出せるアラムの笑顔。思い出すたびに二度と見ることはできないと胸が締め付けられ、いっそ記憶を消したいと苦悩に悶えていた。
そんなアラムと再会することになってしまったのだ。
どうすべきか。素知らぬ顔をする以外にないのだが、顔を見たらどうなってしまうのか、自分の手綱を取れるか不安で仕方がなかった。
「僕は部屋で研究してるから、終わったら報告してね」
王城へと戻って昼食をとったあと、いざと席を立った俺にエウゲニーは不安をあらわに声をかけてきた。
「ああ。断固とした姿勢で迎え撃ってくるよ」
一応は生まれながらの皇族だから、形式張った態度は取れる。心を鎮めて、動揺などいっさい表に出さないぞとの覚悟で謁見の間へと向かった。
外交用の謁見の間には玉座があり、脇に俺やエウゲニー用の席も設置されている。しかし今回は会談という建前なので、長椅子が二脚用意されており、お茶の置けるテーブルも置かれていた。
そのうちの上座にあたる位置に腰を下ろした俺は、侍女の淹れてくれた茶を手に深呼吸をした。
大丈夫。動揺する必要はない。
よしと背筋を伸ばして一口すすったとき、ちょうどノックの音がして、手を震わせないよう慎重にカップを置いた。
「リュミトロフ国第二王子ロジオン・リュミトロフ殿下に拝謁いたしますは、ヒエスラ国騎士団副団長のコンスタンティン・パラジャーノンであります」
従者に連れられて現れた騎士は、アラムじゃなかった。
なぜおまえが?
驚愕と混乱に、俺は返す言葉もなく絶句した。
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ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
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