抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第三章 ユートピアの片隅で

41.慈悲

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 不安げだったコンスタンティンの表情が、痛ましげなものに変わった。

「……ロジオン様は──」
「ロジオン様は、リザヴェータ様が追ってくださっております」

 言い淀んだコンスタンティンを制するように、クジマが割って入ってきた。

「おとなしく捕縛されるおつもりはないようで、派手な追跡劇が繰り広げられていらっしゃいますよ」

 なにを、と驚くあまり身体を起こすと、堪らえようのないほど咳が出てきて止まらなくなった。

「おい……大丈夫か? アラム?」

 コンスタンティンが支えてくれて、背中をさすってくれた。しかし止まらない。覗き込んできた彼にこくこくと頷くも、咳き込むたび胸に激痛が走る。喘鳴がひどく、息を吸い込んでも、まったく入らないとばかりに苦しい。
 
「……起き上がるか?」

 コンスタンティンが差し出してくれた手に頭を振って答えた。少しでも動くだけで苦しいというのに、とてもではないが起きられない。
 
「診たところ、肺に血が溜まっていらっしゃるようでしたから、抜けきれていないのかもしれません。治療が済むまで動かさないほうがよろしいかと」
「治療はまだ済んでいないのですか?」
「ええ。ですからパラジャーノン師団長、ベネフィン卿のことはわたしたちにお任せください。それよりもカツフクの騎士団と合流なさって、住民の避難を進めてはいかがですか?」
「……ですが」
「ご安心ください。フョードル様がだいぶ治癒を進めてくださいましたから、あとは、わたくしどもにお任せください。……リザヴェータ様も少ししたのちに戻って来られると存じます」
 
 クジマはだから大丈夫とばかりに安堵を誘う顔で言い添えたが、リザヴェータが元気に戻ってくるというのは、ロジオンは逃げ切れず、打ち倒されるはずとの見込みを持った発言だ。
 コンスタンティンは賛意を表すのも憚られるといった様子で目を泳がせ、俺にまたも切なげな目を向けてきた。
 
「捕縛するべきとのお考えは理解できます。ですが、できたところで死罪は逃れられないのですから……ヒエスラの皇族でありリュミトロフの王族ともあろうお方が、無慈悲なまでにめちゃくちゃな攻撃をなさっていらっしゃって……あのままリザヴェータ様にお任せして差し上げたほうが、御本人にとってもお気持ちは楽と存じます」
「リザヴェータ様がロジオン様を……捕らえることを黙認なされるのですか?」
「ええ。考え得る限り最も慈悲深い結末です。妹君が見送って差し上げるのですよ……母上のいらっしゃるもとへ」

 クジマの言葉が事実なら、リザヴェータはロジオンを打ち倒すだけに留まらず、命まで狙っているということになる。
 ロジオンを排除すべく練っていた彼らの計略は、妹の手によってロジオンを殺させるという絵図だったようだ。
 なんというおぞましさだろう。兄二人が弟と義理の妹を殺し合わせるなんて、悪の所業だ。絶対に止めさせなければならない。

「……くっ」

 しかし、こんな状態の俺になにができるというのか。
 少し動くだけでも激痛が走る。息苦しく、うめいただけでも咳が出てしまうほど衰弱している。瀕死の状態と言っていい。
 どうしたらいい? 今の俺になにができる?
 いや、俺でなくても他の誰かに頼むのはどうだろうか。すぐ近くには、リザヴェータの父であり、ロジオンの師であるフョードルがいる。

「……フョードル様」

 俺は左手を動かせるだけ伸ばし、フョードルの肩に触れ、できるだけの力で揺すってみた。

「どうした? フョードル様が心配なのか?」

 コンスタンティンもまだそばにいてくれている。彼に頼んでフョードルを、と考えて、すぐにだめだと唇を噛んだ。コンスタンティンに頼ってはいけない。クジマはまだしもコンスタンティンには魔術に抗う術がない。巻き込んでしまっては命を危うくすることになる。

「そうだ……だから、駐屯地へ向かうときにフョードル様もお連れしてくれ。こんなところに寝かせておいては危険だ」
「ベネフィン卿のおっしゃるとおりです。フョードル様は魔力が枯渇なされただけですので、安全なところで休ませておあげになったほうがよろしいと存じます」

 クジマの口添えに、コンスタンティンは頷くしかないといった様子で了承し、フョードルを抱き上げて駆けていった。
 
「やはり、目覚めていらしたようですね」

 クジマは俺のそばへ来て、しゃがみこんだ。にやりと口角を釣り上げられ、ぞっとした。
 彼は本当にクジマなのだろうか。
 疑わしく思うほどの殺意をあらわに、非情なまでの目つきで俺を見据えている。

「……俺はこのまま助からないんだろう?」
「ええ。惜しいところまで回復できましたが、残念です。……実を申しますと、フョードルが見事な治癒魔法を施してくださったお陰で、命は取り留めております。このまま休んでいらっしゃれば、ご自身の足で歩くこともできましょう。ですが……」

 クジマは先を続けず、俺の頬に触れてきた。氷のように冷たい感触に、全身がわななく。
 しかし、怯んでいる場合じゃない。死に恐怖を感じていないし、受け入れる覚悟もできている。
 ただ、このまま野垂れ死ぬわけにはいかないとの不安があるだけだ。

「だったら、最期に一目だけでもロジオンに会わせてくれ」
「ロジオン様に? ……会ってなにをお伝えするおつもりですか?」
「……話したいことがあるわけじゃない。死ぬのなら、俺を殺すというのなら、あいつを一目見てからにして欲しいだけだ」
「……ロジオン様の目の前で殺されたいとおっしゃられるのですか?」
「できるんだろう? 惨殺といった手段じゃなく、治癒魔法が効かなかったというように見せかけて、俺を殺すことが」

 苦々しげに吐き捨てると、クジマはふむと指を口元に当てて考え込むような素振りを見せた。
 するとエウゲニーが近づいてきて、「いいんじゃない?」と言いながらクジマの肩に手を置いた。

「……一目会わせてあげるくらいさ。ロジオンに打撃も与えられるわけだし」
「目の前でこいつが死んだらショックを受けるっていうのか? 俺はだからおかしく思うんだが」
「おかしいって、なにが?」
「こいつもロジオンがどうなるかは承知しているはずだ。自分の欲のためにあいつを傷つけるようとするなんて、おかしな話じゃないか?」
「そうかな? 好きな人の死に目に遭わせてあげるのは慈悲のある行為だよ。アラムが求めるのも当然だと思うけど」
「慈悲……」
「クジマにはない感情だからぴんとこないだけだよ」
「はっ、わたしにだって慈悲の心くらいある」

 鼻で笑ったクジマは、いいだろうと言って魔法を発動させた。俺の身体はふわりと浮き上がり、エウゲニーとクジマの肩に抱かれるような格好となって、どこぞへと運ばれ始めた。

「忌々しい……飛翔の術が使えれば楽だというのに」
「リザヴェータは天才だったね。女だったからよかったけど、男だったらあんな化物を二人も排除しなきゃいけなくなるところだった」
「化物というのは同意するが、厄介な存在じゃない。あいつは父上の血を引いてもいないし、失われゆくヒエスラの末端皇族でしかないんだから」
「……あ、そっか。僕らの妹ってわけじゃないんだもんね」

 遠慮はやめたらしい。クジマたちは俺が聞き耳を立てていたときと変わらぬ親しげな会話を交わしながら、悠々と移動し、俺を動車へと運んでくれた。
 乗ったとたんに出発し、がたがたと揺れる悪路を進み始めた。
 行けども景色は一向に変わらない。ロジオンとリザヴェータが戦かった跡なのか、レストラン付近と同じく煤と瓦礫の山ばかりだ。
 街は跡形もないというくらいにぐしゃぐしゃで、二人の魔力の凄まじさに顔が強張ってしまう。

「住民の避難は進んでいるのか?」
「うん。場所が場所だけに魔族が多くいたしからね。敵国だっていうのにヒエスラ国民を守ってくれたみたいで、今のところ目立った人的被害はないみたいだよ」
「そうか。なら避難場所を攻撃するだけで済むな」

 なにを、と思わずクジマの顔を見た。
 彼は涼しいともいえる顔を窓の外に向けている。瓦礫の山を見ても胸を痛めないどころか、どうでもいいとばかりだ。
 
「……本気なの?」
「なにをいまさら……怖気づいたのか?」
「……いや……」

 答えながらも目を逸らしたエウゲニーに、クジマは嘲るような笑いを向けた。
 
「摂理のひとつに割合ってものがある。数と比例して増えるもので、わたしたちにとって面倒極まりないことに、人間の数が多いほど反乱分子も増えるという論理だ。キーンズを攻撃するまえに国内の人口を減らす必要があるのは、統治を容易くするためだ。総数を減らすことで、同時に反乱分子も減ることになるからな」

 ふざけたことを言いやがって。
 エズラを我が物とするだけに留まらず、なんの咎もない国民を虐殺しようなどと、許しがたい所業だ。
 怒りのあまり目の前が暗くなり、なんとしてでも止めてやるとの思いで睨みつけた。
 しかし身体の自由が効かない俺になにができるというのか。歯ぎしりはできても、剣を握ることはおろか、彼らに対してはどうしてやることもできない。

「じゃあ、ロジオンたちが死んでも、例の計画は進めるってこと?」
「ああ。あいつらが事切れたとしても、これほどの惨状をつくりあげた当人の仕業じゃないなんて、誰もが疑わないはずだ」
「じゃあ、数も……予定どおり?」
「そうだ。現在エズラには九千万の人間がいる……五千万くらいがちょうどいいだろう?」

 人を人とは考えていない口ぶりに苛立ちがいや増しになる。
 まるで別人のようだと感じたクジマだが、こちらのほうが本性だったのだろう。ロジオンだけでなく俺たちヒエスラ国民すべてが、まんまと騙されていたようだ。宮廷魔術師として高い地位にいながらも飽き足らず、卑劣な野心を抱えていたとは思いもよらなかった。
 今の彼は、悪辣で非情なうえに人の心を持っているとは思えない。
 国王になるなどと甚だしく身の程知らずで、統治するどころか悪の側にいるといっていい。
 彼を評するとしたら、世界の敵と呼んでしっくりくる。
 打ち倒さなければならないのは、彼らのほうだ。
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