抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第三章 ユートピアの片隅で

45.餅は餅屋に

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 リザヴェータはロジオンと同様に飛翔の術を使うことができる。フョードルを連れて自らやってきたものと思いきや、キツネにつままれたような顔を見るに、どうやらいきなり連れてこられたらしい。
 それは、フョードルからの問いに答えたロジオンの説明によって裏付けられた。

「……俺だよ。罠とかじゃないから大丈夫。飛翔の術を応用してみたんだ。できるかわからなかったけど、意外とできるものだね」
「やってみたって、思いつきで試されたのですか?」
「リザヴェータもできるんじゃないかな? って、そんなことより、アラムを治癒してくれ」

 ロジオンの言葉に二人ははっとした様子で、俺のもとへ駆けてきた。とたんに黄色い光に包まれ、お湯に入ったかのように身体が温かくなってきた。

「ぎりぎりでしたね。数分ほど遅れていたら間に合わなかったかもしれません。……ベネフィン卿、お加減はいかがですか?」

 じわじわと身体が楽になってくる。リザヴェータから訊かれ、微笑む気力すら湧いてきた。反対側から覗き込んでいたロジオンとも目が合い、安堵した様子で彼も笑みを返してくれた。

「よかった。……助かったよ。俺じゃ、どうすることもできなかったから……」
「お兄様が強情をお張りにならなければ、もう少し早く治癒できたのですけれど」

 リザヴェータはロジオンの殊勝な態度を受けても、不満が勝っているらしい。もとより俺を治癒するためにロジオンを相手にしていたから、ようやくという呆れが大きいのだろう。
 
「……フョードルがいるから大丈夫だと思ったんだ」
「お父様は確かに技術は秀でておりますが、わたしたちほどの魔力はないのです」

 リザヴェータがちらと横を見て、つられて追った視線の先にはいまだ疲れ切った様子のフョードルが地べたに座りこんでいた。
 面目ないと言った顔で苦笑し、歪めた口元から大きく息を漏らした。

「……おまえたちが異次元過ぎるんだよ。ベネフォン卿の怪我は一般的に助からないレベルなんだぞ」

 ──リザヴェータじゃなかったら助からなかった。
 フョードルは暗にそう言っているのだろう。やはりというか、魔族でさえ恐れおののくほどの魔力を持っていても、ロジオンには不可能だったようだ。必死に治癒魔法を施してくれていたが、到底治るようには感じられなかった。だから、あえて傷口に塩を塗るような真似をしてロジオンを煽り、この場から離れさせようとした。
 そのはずが、ロジオンはリザヴェータとフョードルをこの場へ連れてきてくれたのだ。
 
「ロジオンは、リザヴェータのことを認めてくれたのか?」

 フョードルは喜びを抑えきれないといった顔で、ロジオンを窺い見た。
 ロジオンはリザヴェータのことを、ほんの数十分まえは本気で殺そうとしていた。そんな相手を自ら呼び寄せたあげく、治癒してくれるよう頼み込んだ。口調はおよそ頼むといえるようなものではなかったが、あの怒り狂った様子から一転し、矛を収めたというだけでも、頭を下げたことと変わらないと言えるレベルだ。

「……俺にとってなによりも恐ろしいのはアラムが死ぬことだ。……他のことはもうどうでもいい」

 そっけない口調で答えたロジオンに対し、フョードルはさらに笑みを大きくし、俺も胸のうちで安堵のため息をついた。
 謝罪をするレベルにいくまでは多少の時間がかかるかもしれないが、今のロジオンはリザヴェータに対する殺意もなければ、どうやら負の感情もいっさいないようだ。
 むしろ魔術師として認めている。もしかしたら妹としての情を抱き始めているかもしれない。
 俺が最初に怪我を負ったとき、ロジオンは妹への殺意で頭が占められ、冷静さを失っていた。数時間と経たずに正反対ともいえる態度で彼女にすべてを一任する気になったのは、俺が瀕死だったことだけが理由じゃない。
 リザヴェータと戦いながら会話を重ねたことで、彼女の人柄を知ったからだ。

『あいつは、顔だけ見れば母そっくりだけど、中身はまるで似ていない。フョードルと勘違いするくらい似てるんだ』

 ロジオンがリザヴェータに殺意を抱いたのは、存在そのものが許せなかったからだった。ロジオンが十年もの間求め続けて得られなかった母からの愛を、生まれる前から得ていたことが理由だ。
 しかし不思議なのが、リザヴェータが宿る以前から一身に愛情を受けていた人物──フョードルに対しては、攻撃の刃を向けるどころか、微塵も悪く言わなかったことが引っかかっていた。
 リザヴェータは同じ子という立場で、フョードルは違うと言われたら元も子もないが、それでも妬む気持ちのひとつくらいはあってもおかしくないはずだ。リザヴェータは生まれてすらいない状態で憎まれていたのだから、と考えると、ロジオンにとってフョードルは憎むことのできない人格だったと推測できる。
 つまり、父子の内面がそっくりであるというのは、ロジオンにとって、妹に対する憎悪の念を薄れさせるに十分な要素となったのだろう。
 
「お加減はいかがですか?」

 考えに意識を散らしていた俺は、ふいにリザヴェータから訊かれ、どうだろうと指を動かしてみた。

「……だいぶ……かなりよくなりました」
「お水を飲まれますか?」

 ボトルを差し出されため、起き上がってみようと考えて腕を地面についてみた。すると半身を起こすことができて驚いた。
 ぴくりとも動けなかったというのに、こんな短時間でこれほどまでに回復できるとは。ロジオンといい、リザヴェータのほうも仰天するほどの魔術の使い手だ。
 礼を言って受け取り口をつけると、立ち上がれそうなほどの気力も湧いてきた。

「お陰でかなりよくなりました。どうにか動けそうなので、すぐに移動すべきと思います」

 ともすれば、ぐずぐずしている理由はない。
 
「それは……クジマ様たちが戻ってこられるからでしょうか?」

 なぜならと説明するまえにリザヴェータからクジマの名を出されて言葉に詰まった。

「お父様が信じがたいことを耳にされたのです。……ベネフォン卿もお目覚めになられていたのですね」

 驚いたことに、説明するまでもなくクジマたちが暗躍していたことを知っていた。
 俺が聞き耳を立てていたとき、フョードルも同様に意識を失った振りをしていたらしい。コンスタンティンにもすでに伝えてあるとのことで、フョードルは駐屯地へ向かいつつリザヴェータを呼び寄せ、合流して作戦を練ろうとしていたのだという。

「彼らはこれから避難地を攻撃し、人口を半分にする計画のようです」

 ならばと、フョードルが立ち去ったあと耳にしたことと、今にもここへ魔族や半魔たちを引き連れてロジオンを打ち倒しに向かってきていることを説明した。

「お父様……」
「ああ。……ベネフォン卿、リザヴェータとわたしがここに残ります。ロジオンとベネフォン卿は駐屯地へ行き、パラジャーノン師団長に伝えてください。可能であれば彼らと連携し、避難民たちを守っていただけたら幸いです」

 飛翔の術を使えるのはロジオンとリザヴェータだけだ。二人のどちらかが報せに向かわなければならない。
 二馬力であちこちの避難地へ直接伝令するほうが早いとはいえ、向こうから来てくれる状況であるなら戦力を減らす好機であるとの考えらしい。
 そして二手に分かれるのなら、ペアはこのままにして、魔法攻撃を仕掛けてくるのだから魔術師二人のペアが残るべきとの主張だった。

「逆がいいよ。フョードルたちが駐屯地へ向かってくれ」
「……お兄様、それではベネフィン卿が──」
「アラムのことは俺が死んでも守る。それに、避難地へ行くっていうんなら何万って数を守ることになるだろ? だったら防御魔法に長けてるおまえが行くべきだ」
「しかし、ロジオン」
「俺はといえば攻撃魔法だ。各々の得意なほうを担当したほうがいい」

 ロジオンは炎でも爆ぜたような目で不敵に笑い、空を仰いだ。

「それに、兄たちにはたっぷりと礼をしてやりたいからな」
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