契約交際

未音

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第2章

セクハラ

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 初出勤から1週間。

「木田、コーヒー。」

「そのくらいじぶっ…」

「コーヒー。」

「…わかりました。」

 
 俺はというと、大倉さんのためにコーヒーを淹れていた。

「何でこんなことにっ…!」

 他の新人は、一から教えてもらうだけではなく、仕事も任せられているというのに。俺だけめっちゃ出遅れてるし…。

 そんな事を思いながらハァと溜息をつくと、俺の肩をトントンと誰かが叩いた。

 振り返るとそこには、隣のデスクの大湯さんがいた。

「大湯さんっ…!」

「木田君、大変だねぇ。あ…大倉は、ブラックが好きだよ。」

「そうなんですね!教えていただき、ありがとうございます!」

「…まぁ、大変だとは思うけど、大倉は実力がある。…確かに、一番悪いクジを引いたって思うだろうけど、良いクジでもあると思うよ。」

「…そうなんですか?」

 正直に言うと、全然そうは思えない。俺は手取り足取り教えてもらった方が仕事効率も上がるタイプだと思っているからだ。


「…まぁ。」

 そう呟くと、大湯さんが俺と距離を詰めてきた。

「…大湯さん?…っ!」

 すると、大湯…いや、このセクハラおっさんが俺の尻を撫で回してきた。

「…俺もいるしね。…仕事、少しずつ教えてあげるよ。」

「…あの、仕事は教えてもらいたいですけど、離してくださいっ…!」

「…へぇー?大倉のコーヒーの好み教えてあげたのに、何のご褒美もくれないってことかー。……冷たいねぇ、今の若いモンは。」

 すると、スッと手を離して給湯室から出ていったエロオヤジ。

 …面倒だ、それが俺の感想だった。普段なら回し蹴りでも喰らわすところだけど…隣のデスクだし、一応上司だからそんなこともできない。

 俺は、色々と考えながらも頼まれたコーヒーを淹れ、大倉さんの所へ持っていった。

「大倉さん、コーヒーです。」

「…随分遅かったな。コーヒーを淹れるだけでそんなに時間がかかるのか?」

「…すみません。でも、味には自信があります。」

「ふーん?」

 そう言いながら、俺の淹れたコーヒーを口に含んだ大倉さん。

「…どうですか?お口に合いましたか?」

 恐る恐るそう聞くと、大倉さんはフッと笑いながら…


「……まぁ、お前にしては上出来なんじゃない?」

 と、そう言った。
 …お前にしては、というところに若干引っかかったものの、初めて大倉さんに褒められた俺は、たかがコーヒーを淹れただけではあるが、少しだけ嬉しくなった。

「あっ…ありがとうございます!!」

「まぁ、一つでも俺の役に立つことがあって良かったな。」

 喜んだのも束の間…嫌味を言われたので、嬉しさは半減してしまった。


 自分のデスクに戻ると、隣の大湯が俺の机に付箋を貼っていた。

『それで、どうする?俺に仕事教えてもらいたい?』

 そんなシンプルな内容だった。
 確かに…ここで少しでも仕事に慣れておいて、いざ仕事を与えられた時にできることがあれば、大倉さんから嫌味を言われることも減るだろう。

 そして何より…今はこの隣にいるエロオヤジよりも、教育係である大倉さんへの怒りの方が強かった。

『わかりました。仕事教えて下さい。』

 そうやって書いた付箋を隣に貼り戻し、その内容を確認した大湯は、ニヤりと笑うと、俺の太ももに手を置いて、待っていたかのように俺に近寄って来た。

「…それじゃあ、俺が教えてあげるね。色々と…ね?」

 そう耳元で囁かれ、そのまま太ももに置いた手を上の方へとずらして来た。

 …気持ち悪い。だけど、これぐらいは我慢しなきゃいけないな、と思い直して俺はその行為を受け入れた。

 俺はその時、大倉さんがこっちを見ているということに気付きもしなかった。

 際どい部分を触られながらもじっと耐えながら、仕事のやり方を聞いていたそんな時だった。

「おい、木田。」

 その声に反応した大湯の手は、俺からスルスルと離れていった。

「な…何ですか?」

「俺がいつ、大湯に仕事内容を聞けと言った?」

「いやっ…その……」

「俺のやり方に文句があるんなら、そのクズにでも仕事内容聞いとけ。」

 クズという言葉には同感だが、流石に否定しないのも良くないと思った俺は、大倉さんに反発した。

「…確かに、大倉さんは仕事が人一倍できる人だとは思いますが流石にクズは…」

 と言いかけた時、大倉さんがそばに来て俺の耳元で囁いた。

「…へぇ?触られてんのに、そっちを庇うんだな。…お前は、正真正銘の大馬鹿野郎だな。」

「なっ……!」

 この男っ…!気付いてて…!!

「…まぁ、勝手にしろよ。俺は別に干渉とかしないからさ。なぁ?…大湯さん?」

 すると、大湯は大倉さんのことを怯えたような目で見上げ、今にも消え入りそうな声で返事をしていた。

 そして、大倉さんは何事もなかったかのように自分のデスクに戻って行った。


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