つまらない話、つまる話

キョクアジサシ

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隙間時間にどうぞ

大根は是非風呂吹き大根に

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 少しばかり前のことだったか、はて、大昔のことだったかは思い出せないがあるところに、清八という名の男が喜兵衛という百姓に雇われていた。喜兵衛は、約一町ばかりの田畑をもつ農家であった。とても家族だけでは手に負える広さでは無かった為、猫の手でもかりたいほどであった。
 そこで雇われたのが清八だったのである。清八は決して怠けたりする男ではなかったのだが、草抜きを頼めば野菜を抜き、稲刈りを頼めば稗や粟を刈ってきてしまうといったような粗相を毎日して、猫の手ほども働けたのかどうかも怪しいものであった。
 
 
 ある日、清八は大根を街の八百屋に持っていくよう仕事を頼まれた。清八は、「わかりました」と一言、街に飛んで出た。清八は珍しく何も問題を起こさずに八百屋にたどり着けたようだが、「清八や、おめえさんは一体全体、歌舞伎役者をそんなに連れてきて、歌舞伎の祭りでも開きなさるのかい。ここに来たということはもしや、また昨日みたいにカブを届けろと言われてカブと歌舞伎役者を勘違いして、歌舞伎役者を集めてきたんじゃ」
「ちげーよ。俺は一度やった間違いは二度とやらねー。うちの旦那が、大根をあんたの所に届けてくれというものだから、こうやって大根を呼び集めてきたんだよ。ほら見てくれよ、選りすぐりの大根たちだぜ」と清八が言うように、確かに清八は確かに一度やった間違いは二度とやらないのではあるが、それは単に次から次へと常に粗相の新作を生み出しているから同じ粗相をする暇がないというだけであって、決して自慢のできることでない。清八のことで突っ込みを入れ始めるときりがないものであるから、今最も突っ込みを入れるべきはそこではないのである。その今突っ込むべきところはこれから八百屋が突っ込んでくれるようである。
「おめえさん、それは大根じゃなくて、大根役者だろう。道理で見たことない顔ばかりじゃ。おめえさんが頼まれたのは大根だ。だ、い、こ、ん」
 清八は恥ずかしくてものも言えない。慌てて戻り、大根を荷車に積んで再び戻ってきた。
 八百屋は、大根を受け取りながら、「やっぱ、大根は風呂吹き大根だね。あ、そういえば味噌は家になかったかなあ」といった。清八はもちろん風呂吹き大根を知らなかったが、風呂吹き大根とはいったいなんだい?などとは尋ねなかった。先程の赤っ恥が効いていたのだろう「当たり前だろ。フロフキダイコンにしなきゃ、大根様に失礼ってもんよ」とだけ言って八百屋をあとにした。
 空っぽになった荷車をおしながら清八はそもそも空っぽの頭を精一杯働かせながら、風呂吹き大根とは何かを考えていた。すると、彼の友人である三郎に出会った。清八は風呂吹き大根について三郎から聞き出したかったのだが、自分の無知を晒せば三郎からまたからかわれると考え、風呂吹き大根が何かとは尋ねずに、「俺は今晩フロフキダイコンをやってみようと思っててな、お前もどうだ」と言った。清八は三郎がなにか手掛かりになることを言ってくれるのではと期待していたのだが、残念なことに三郎もまた風呂吹き大根が何であるのか、そもそも食べ物であるのかもわかっていなかった。清八が ”やってみよう” 等と見当違いなことをいうものであるから、三郎は清八以上に混乱し、「お前もついにあれをやるのか、風呂が綺麗になるぞ」などとあてずっぽうなことを言い出す始末。三郎もまた知らないことを清八に知られたくなかったのであった。
 三郎と別れた清八は、そういや、フロフキダイコンには味噌がいるんだっけな、買って帰るとするか、と味噌を買って家に帰ることにした。
 
 
 さて、困ったことに清八は三郎のあてずっぽうをまるっきり信じてしまった。家に帰るや否や、清八は持って行かなかった型崩れの大根を集めフロフキダイコンの支度にとりかかった。普段の粗相を挽回したい。そういうわけで彼の心はフロフキ一色に染まっていた。
 暫くして、喜兵衛が夕飯の支度に大根が必要になったので清八に大根を切ってもらおうと風呂場へやってきた。風呂場では、清八が両手に最後の一本の大根をにぎり風呂場を懸命にこすっているところだった。あたり一面に大根おろしの山がうずたかく積みあがっていた。日常、清八の所業に慣れているはずの喜兵衛もさすがにあきれてものが言えなかった。喜兵衛が来たことに気づいた清八はより一層仕事に励み「どうなさいました、旦那?今極上のフロフキダイコンにとりかかっているところで」と言いかけたが、清八は、喜兵衛のただならぬ様子に気がついた。がそれでも、清八の手によって大根おろしは生産され続けていた。
 いつも、清八は粗相を起こしたことに気づくまで少し時間がる。気付いてから考えはするのだが、ついに自分では何がいけなかったのかわからないままであるから主人の喜兵衛から説教を受けてはじめて自分の粗相を理解していたのだ。この時も、清八はなにが主人の機嫌を損ねたのだろうかと考えていた。
 しかし、この時はいつもと違ったようだ。少しして清八はパッと顔を輝かせ何かを理解したかのような顔をしていた。人間早い遅いはあるものの必ず成長するようである。毎回想像を超える清八の粗相には驚かなくなっていた喜兵衛もこのときばかりは驚いていたようである。そんな喜兵衛の期待に応えるかのように清八は、「フロフキダイコンにはなくてはならないものが欠けていたようですな。仕上げの味噌をつけるのを忘れていました。今すぐお付けいたしますので」
 その一言であわれ喜兵衛の期待は風船を針で刺したかのようにしぼんでしまった。そしてため息をつくようにして言った。
「味噌ならもう、とっくの昔からおめえさんの顔についてるよ」
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