もしかしなくても

あおさのみそしる

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もしかしなくても、

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もしかしなくても、こいつの事が好きかもしれない。


そんな事を考えた秋の午後だった。


隣で車を運転する凛々しい横顔と、シャツを捲った綺麗な腕。
見事なハンドルさばき、などなど。

俺の隣で優雅にセダンを運転しているのは、会社の後輩の篠宮という男だ。
イベント企画を主とするウチの会社の営業として採用されたのだが、この男、とんと愛想というものがないのが第一印象であったのをよく覚えている。
身長は180センチでやせ型だが、空手をずっとあっているらしく筋肉があって姿勢が良い。
切れ長の瞳に、本人の性格を表したような真っ直ぐな黒髪ツンツン頭。
いわゆるクール系というやつなのかもな。知らんけど。
入社当時、会社内(といっても、規模50名程度の会社だが)での女子人気総取りであったこともあり、俺は当初にこにことこいつの教育係をしていた裏でだいぶこいつの事が嫌いだった。
篠宮、許すまじとは季節のイベント(バレンタインやクリスマスや誕生日やハロウィン)の度に思って呪いの人形にくぎを刺す勢いだった。しないけど。

が、仕事は出来る。笑わないが誠実だ。嘘がないので、真摯な客の取り方をするし、何よりリピーターが多い。俺のようにへらへら営業しているやつとは正反対なのだ。
だが、仕事での姿勢は、むしろこちらが学ぶことの方が多いから、頭も上がらないし、俺はそれでいいと思っている。
俺には所謂プライドというものがないのだ。
だからだろう。特に営業成績を抜かれても妬むことはないし、焦ることもない。
こいつがあんまりナチュラルな態度で淡々と仕事をこなすので、張り合いがないというのも、まあ、理由のひとつではあるのだが。

だから俺はプライドもなくこんな事を言ったりできるのだ。


「もしかしたら、俺はお前が好きなのかもしれんな」


篠宮は無感情にちらりと俺を見ただけで、冷たくあしらう。

「はあ…かわいそうに、ついに脳障害を患って…」

「ほんきもほんき、まじよ」

「先輩は、損してますよ」

篠宮はため息をついて、赤信号で止まったタイミングで真っ直ぐ俺を見た。
あ、こいつちょっと瞳の色茶色なんだな。
そんなどうでもいい事を考えたりして、全く俺はいい加減な気持ちで篠宮を見ていた。

「せっかく頭もいいし、機転もきくのに、馬鹿なふりをする」

「ふりじゃねえよ。俺おばかだもーん」

「苛々するんです」

「はっきり言うねえ」

「その、馬鹿なふりにまんまと騙される周りに、ですよ」

意外な返しだった。驚いて、へ、と首を傾げていると、いきなり篠宮に襟元をぐわしと掴まれた。

(あ、キス顔…)

強い力で引き寄せられ、篠宮の顔が近づく、鼻がぶつからないように少し顔の位置をずらすのも、強く引いたわりに触れる瞬間はひどく優しいのも、唇の柔らかさも、全てが意外だった。
何って、そりゃ、

「篠宮」

「はい」

「お前、恋愛経験そんなにないだろ」

「……」

震えていたからだ。全ての動作がぎこちなく、緊張がこちらまで伝わってくる。むきになっているのか、むくれているのか、口をへの字に曲げてまた俺を引き寄せようとする篠宮の脇に、俺はすばやく腕を入れーーークラクションを思い切り鳴らした。
びくっと止まる彼とその驚いた顔が、まあなんともかわいらしいこと。
お前、切れ長な目のくせに、見開くと意外と真ん丸なあどけない顔になるのな。

「せんぱ、」

「信号。青だから」

はよ行け。
さすがに後ろの車からもクラクションが鳴らされる。篠宮はなにやら物凄くおっかない顔で俺を睨み(人も殺せるんじゃ?というほどの眼光だ)運転に戻ったが、ギアを引く動作がなんとなく乱暴だった気がする。
再び動き出した車の中。だらだら流れるラジオの音に、いい加減飽きてきた俺はラジオを切って窓を開けた。
ごう、と勢いよく風が舞い込み、車内の空気をひっくり返してくれる。
夏はとっくに盛りを過ぎ、これから冬がやって来る。冬は最高に嫌いだ。寒いのに活動するなんて馬鹿げている。夏も嫌いだ。このくらいの季節がいい。この、中間でゆらゆらと心地よく漂っているような、ふわふわした曖昧な季節が好きだ。

「秋っていいなあ、俺、好きなんだよなあ」

「……」

篠宮は黙っている。大方、さっきの反省でもしているのだろう。

(馬鹿なやつ)

俺は車が好きだ。自分が何もしなくても、周りが動いてくれるおかげで退屈しない。
過ぎ去る景色を見ながら、俺はたばこに火をつけて、吸い込んだ吐息を窓から思い切り外に吐き出した。
あー最高。

「この車、会社の車ですよ。禁煙です」

「はは、そーかよ」

「報告します」

「しねーよ」

車が高速に乗った。もう信号で止まることはない。ここから1時間も走れば、会社の近くの出口まで到着する。
昨日まで立て続けに続いたイベントも終了し、業者による撤去も終了。現場監督をしていた俺と篠宮は直帰してもいいのだが、この馬鹿は律儀に会社に車を返しに行くのだと言い出した。
まだ時刻は午後15時。余裕で皆働いているし、上司ももちろんいる。真面目な篠宮のことだ。今日の仕事の報告も兼ねて、本当に俺の喫煙をチクるだろう。
そうなれば俺の評価はもちろん下がる。年末ボーナスに響くだろう。それも含めた上で、言っているのだこいつは。今すぐ吸うのをやめろ、と。
俺は笑った。

「なぜ笑うんです」

「お前は報告しねーっつってんだ」

「します」

「俺ん家くるだろ、今日」

篠宮が俺を見る。怖いくらい鋭い眼光で、探るように俺を観察している。
この目を俺は知っている。お前はずっとそうやって俺を見て来たのだから。
その意味が分からないほど、俺は馬鹿ではないし、馬鹿な振りして騙されてくれるほど、こいつも単純じゃあない。


「呑もうぜ、篠宮。俺と、ふたりで」



もしかしなくても、こいつは俺の事を好いている。



だから俺はこいつを呑みに誘ったことはない。誘われても断っていた。


今の今まで、ずっとだ。



「酔った俺、見たくねーの?」



煙草を持った手で窓枠に頬杖をつき、篠宮に煙を吹っ掛ける。
奴は煙草を吸わない。途端に咳き込み、自分側の窓を開けて煙を逃がした。

「はは、そんなにいやかよ」

「あんたは子どもか!げほ、げほ……」

「かーいいな、お前ほんと」

「かもしれない、なんですか」

「あ?」

「好き、かもしれない、って段階なんですか。俺の事」

「そうだなあ。俺最初お前のこと嫌いだったしなあ」

「はあ!?なんですかそれ、初耳です」

「言ってねーもん。お前が知るわけねーだろ」

「くそ、騙された…」

「でも、今日お前と呑んだら、なんか変わるかもな」

突如、篠宮がハンドルを切って高速を降りた。会社の近くの出口ではない、全く別の。

「先輩の家、俺知りません」

むすっと言う篠宮。俺はまた笑う。

「じゃあ当てずっぽうに降りんなよ。ここから下道じゃ会社より時間かかるよ」

「先に言ってくださいよ」

「無茶言うなよ!?お前が先におりたんだろーが」

「先輩は嘘ばっかりだ。入社した時だって…」

「オボエテマセーン。あ、コンビニ寄れよ」

「ゴムならあります」

「いや、酒だよ…お前ヤる気まんまんかよ…」

正直すぎるのも考え物だな。
俺はまた過ぎ去る景色に視線を戻した。

玄関開けてすぐ襲われたらどうしよう。

そんな事を考えたが、隣でガチガチに緊張している後輩を見ていると、まあ、そんときはそん時考えるか、と考え至った。

結局、人生どうにでもなるのだ。

「先輩は適当すぎます」

「なんだよ突然。悪口なら間に合ってマス」

「もしかしてってなんですか、もしかしてって…」

「はあ…そんなこと?」

「もしかしなくても、俺はあんたが好きなんですよ…!」

「知ってるよ、んなこたあ」

おばかなやつ。普段のクールさはもう微塵もない。
本当は分かっていた。社内で俺を見ると少し表情が変わることも、俺が言ったことに対して真摯な対応を取ることも、へらへら笑って社内で蔑ろにされている俺をこいつだけは決して見下さないことも。

全部知っているから、俺も。


「好きだよ」


車外の景色をぼんやり目で追いながら、煙に乗せて呟いた。聞いているのか、いないのか。
とにかく隣でハンドルに体を持たれかけながら「ずるい…」と小声で言ったのは分かった。

時刻は午後15時半。家までは1時間。時間はたっぷりある。俺の部屋に来て、お前は門口一番、なんて言うのかな。


秋が好きだ。煙草の煙も、車の中から眺める、一瞬で過ぎ行く景色も。曖昧で、ふわふわしてて、ほっとくと跡形もなく消えてしまうものが好きだ。


だが、今日はそこから一歩進んで、明日へ繋がるものを選んでみようと思う。

こんな気持ちになったのも、お前のせいだと、言ってやろう。

不器用で、優しい、嘘のないお前のせいだ。



もしかしなくても、俺はお前が好きだよ。


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