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近いです
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「セレスティア嬢。おれと婚約してくれないか?」
————どさッ。
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちてしまった。
「大丈夫か?」
心なしか心配そうな無表情で、アルバートが覗き込んでくる。空いた口がふさがらず、あごが外れてしまったのではないかと思い始めた頃、ようやく返事ができた。
「こ、こし……」
「?」
「…………腰が、抜けてしまいました……」
少し目を見開き、アルバートが私の近くにしゃがみ込んだ。
「帰って安静にしたほうがいい。失礼する」
宣言のすぐ後で、アルバートの手が私の背中と膝裏に回された。
「え? あ、ちょっと! あの、私は重たいのでーー! おろし……、おろしてくださーい!」
「歩けるのか?」
「…………歩けませんけど……。でも、その、重たいでしょう?」
「そうなのか?」
「そうなのです……」
とは言ったものの、本当に軽々と私を抱えて、アルバートは歩き出していた。体つきから筋肉があるのは分かるし、王立騎士団と一緒に魔物狩りに行けるくらい体力があるのだろうけれど、それにしたって申し訳ない。
それになにより……。
体が密着した状態の上に、顔が近い。しかし、近いですと訴えたところで逃げ場もない。腰が抜けた状態で、抱えあげられてしまった以上、自力で飛び降りることは出来ないのだ。
「~~ぅぅ」
鏡を見なくても分かる。顔が真っ赤だ。あんなセリフを言われた後にこの状況。今すぐこの場を逃げ出して心を落ち着けたい気持ちでいっぱいである。
そんな私の心境を知ってか知らずか、アルバートが覗き込んできた。深い海の底のような藍色の瞳と目があう。慌てて進行方向に視線をそらした。
「すまない」
アルバートの言葉が耳朶に響く。
……まただ。この言葉には、どこか寂しい思いが込められている。
「突然すぎて驚かせた。それで腰を抜かしたんだろう?」
「…………えぇ、まぁ……」
こんな時、嘘をつけない自分がもどかしい。会話はそこで止まってしまった。
私を抱えたアルバートの足が、黙々と村へ向かう。
「……あの、アルバート様」
もうすぐ村の入り口が見える。そのタイミングで、ようやく私は口を開いた。頬はまだ赤い。脳も混乱している。
それでも、聞いておかねばならないだろう。
「さっきの、その……婚約、のことなのですが……」
「あぁ」
「なぜ私に? その、公爵家の嫡男ならば、もっとふさわしい相手がたくさんいるかと……。あ! もちろん身分だけじゃなくて、アルバート様は素敵だと思いますけれど……!」
いやこの言い方だと本当は思っていなさそうで失礼じゃない⁉︎ わわわダメだ、すっかり混乱している。
「正直、よく分からない」
混乱した頭に降ってきたのは、静かな、そんな言葉だった。
「ただ、この村を発つと決まった時にな。……このまま貴殿に会えなくなるのは、嫌だと、そう思ったのだ」
「……アルバート様……」
早朝であることが幸いして、誰にもすれ違うことなく、教会の前に辿り着くことができた。誰かに見られたら、すでに限界突破している恥ずかしさがどうなっていたか、自分でもよく分からない。
「……もう歩けるか?」
「……すみません、家とはいえ教会ですから、入っていただいて構いません。礼拝堂の長椅子に下ろしていただけると……」
昨日と同じように二人きりになることへ配慮したのだろう。入り口で足を止めたアルバートにそう言った。
長椅子にゆっくりと下ろしてもらい、ようやく一息つくことができた。うぅ、心臓に悪かった……。
「あの、運んでいただいてありがとうございました」
視線が合わせ難く、そっぽを向いてぺこりと頭を下げる。頭を上げたらぱっちりとアルバートと目があった。
なぜそこに!
藍色の瞳がジッとこちらを射抜くように見つめていた。
「セレスティア嬢……返事を頂けると、嬉しいのだが」
「あ…………。えっと、その」
息が詰まる。目を逸らす。
「……すみません、しばらく、考えさせてください……」
ようやく絞り出せたのは、どっちつかずの、情けない言葉だった。
————どさッ。
あまりの衝撃に膝から崩れ落ちてしまった。
「大丈夫か?」
心なしか心配そうな無表情で、アルバートが覗き込んでくる。空いた口がふさがらず、あごが外れてしまったのではないかと思い始めた頃、ようやく返事ができた。
「こ、こし……」
「?」
「…………腰が、抜けてしまいました……」
少し目を見開き、アルバートが私の近くにしゃがみ込んだ。
「帰って安静にしたほうがいい。失礼する」
宣言のすぐ後で、アルバートの手が私の背中と膝裏に回された。
「え? あ、ちょっと! あの、私は重たいのでーー! おろし……、おろしてくださーい!」
「歩けるのか?」
「…………歩けませんけど……。でも、その、重たいでしょう?」
「そうなのか?」
「そうなのです……」
とは言ったものの、本当に軽々と私を抱えて、アルバートは歩き出していた。体つきから筋肉があるのは分かるし、王立騎士団と一緒に魔物狩りに行けるくらい体力があるのだろうけれど、それにしたって申し訳ない。
それになにより……。
体が密着した状態の上に、顔が近い。しかし、近いですと訴えたところで逃げ場もない。腰が抜けた状態で、抱えあげられてしまった以上、自力で飛び降りることは出来ないのだ。
「~~ぅぅ」
鏡を見なくても分かる。顔が真っ赤だ。あんなセリフを言われた後にこの状況。今すぐこの場を逃げ出して心を落ち着けたい気持ちでいっぱいである。
そんな私の心境を知ってか知らずか、アルバートが覗き込んできた。深い海の底のような藍色の瞳と目があう。慌てて進行方向に視線をそらした。
「すまない」
アルバートの言葉が耳朶に響く。
……まただ。この言葉には、どこか寂しい思いが込められている。
「突然すぎて驚かせた。それで腰を抜かしたんだろう?」
「…………えぇ、まぁ……」
こんな時、嘘をつけない自分がもどかしい。会話はそこで止まってしまった。
私を抱えたアルバートの足が、黙々と村へ向かう。
「……あの、アルバート様」
もうすぐ村の入り口が見える。そのタイミングで、ようやく私は口を開いた。頬はまだ赤い。脳も混乱している。
それでも、聞いておかねばならないだろう。
「さっきの、その……婚約、のことなのですが……」
「あぁ」
「なぜ私に? その、公爵家の嫡男ならば、もっとふさわしい相手がたくさんいるかと……。あ! もちろん身分だけじゃなくて、アルバート様は素敵だと思いますけれど……!」
いやこの言い方だと本当は思っていなさそうで失礼じゃない⁉︎ わわわダメだ、すっかり混乱している。
「正直、よく分からない」
混乱した頭に降ってきたのは、静かな、そんな言葉だった。
「ただ、この村を発つと決まった時にな。……このまま貴殿に会えなくなるのは、嫌だと、そう思ったのだ」
「……アルバート様……」
早朝であることが幸いして、誰にもすれ違うことなく、教会の前に辿り着くことができた。誰かに見られたら、すでに限界突破している恥ずかしさがどうなっていたか、自分でもよく分からない。
「……もう歩けるか?」
「……すみません、家とはいえ教会ですから、入っていただいて構いません。礼拝堂の長椅子に下ろしていただけると……」
昨日と同じように二人きりになることへ配慮したのだろう。入り口で足を止めたアルバートにそう言った。
長椅子にゆっくりと下ろしてもらい、ようやく一息つくことができた。うぅ、心臓に悪かった……。
「あの、運んでいただいてありがとうございました」
視線が合わせ難く、そっぽを向いてぺこりと頭を下げる。頭を上げたらぱっちりとアルバートと目があった。
なぜそこに!
藍色の瞳がジッとこちらを射抜くように見つめていた。
「セレスティア嬢……返事を頂けると、嬉しいのだが」
「あ…………。えっと、その」
息が詰まる。目を逸らす。
「……すみません、しばらく、考えさせてください……」
ようやく絞り出せたのは、どっちつかずの、情けない言葉だった。
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