太りすぎと婚約破棄されたぽっちゃり令嬢はお菓子作りで無双する

愛良絵馬

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決心

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 今日の昼過ぎには、この村をたつ。
 だから、返事はそれまでにしなくてはならない。分かっているのに、全然考えがまとまらなかった。

 歩こうと思えばそろそろ歩けそうなのに、アルバートが下ろしてくれたまま、礼拝堂の長椅子に腰掛けている。まるで、そうしていれば神様が答えを教えてくれると信じているみたいだ。そんなこと、絶対にありえないのに。

 そんな時、教会の扉が急に開け放たれた。振り返ると、興奮した様子のミアが立っていた。

「セレスティアさま!」
「ミアさん⁉︎」

 スキップでもしそうな勢いでこちらに近づいてくる。

「えっと……急にどうしたの?」
「聞いてください! お茶会の後、実はエルダンさんに朝の散歩に誘われていまして……。今日の昼には王都に向かわれるそうなんですが、手紙のやりとりをすることになりました!」
「そうなのね……!」
「はい! 王立騎士団の方なので、不安だったんですが、出身は平民とのことですごく気さくな方でした……。いえ、もちろん騎士様なんですが……!」

 上級貴族であった場合、いくら好きでも現実問題として厳しい側面が数多くある。

 この世界では、平民から騎士に取り上げられるのは武勲を上げた優秀な兵士だ。
 騎士は立派な職業だが、前世の歴史上の騎士よりも採用される基準が緩く、平民と結婚することも少なくないようだった。

「良かったわね……」
「……どうしたんですかセレスティアさま? なんだか、元気がないようですが……?」

 不思議そうな顔でミアが覗き込んできた。
 うん、そうね……。

「あの、実はねミアさん。さっきその……アルバート様からその……」

 一人で抱え込んで悩んでいるのに耐えきれず、口を開いた。しかし、喋り始めたものの、気恥ずかしすぎて続きが言えない……。

「? 本当にどうしたんですか、セレスティアさま? アルバート様と何か?」
「だからその……こ、こ、婚約! ……を、申し込まれてしまったの……」
「えええええええ!!!!???」

 思い切って打ち明けたところ、ミアはあんぐりと口を開いてそんな叫び声を上げた。
 昨日、アルバートの身分を知った時以上の衝撃だったようだ。
 そりゃ、そうだよね……どう考えたって釣り合ってないものね。

「それで、セレスティアさまはなんと返事をしたんですか?」
「……考えさせてくださいって言ったわ」
「そんな! 昼過ぎには村をでるって言ってましたよ⁉︎ もうすぐ時間ではないですか!」

 私と同じくらい慌てた様子で、ミアは手をバタバタと動かしている。何をそんなに忙しなく動いているのだろう。

「ほら、セレスティアさま。何をボサっとしているのです! 荷物をまとめて……、あ! 時間がなかったら村長父さんへの挨拶はいらないですからね!」
「! ちょ、ちょ、待って。私は考えているところで……」
「何を悩む必要があるのです!」

 力強いミアの言葉に、心が強く反発を覚える。

 いや、あるでしょ、考えること。

 ミアから見れば貴族と同じ一括りなのかもしれないが、私は男爵家のご令嬢で、しかも勘当された身だ。
 ……正直前世の記憶があるせいで、身分や格差と言った部分を、あまり意識しない方ではあるけれど。
 ……ああ、違う。これは本音じゃない。私の、本音は——。

「ミアさん。私、この村に来れて良かったなって思っているの。
 この世界に生まれてきて……ずっと流されて生きてきたけれど、甘味スイーツを作るって決めて、そのおかげであなたや、村のみんなとも仲良くなり始めていて……。
 こんなのんびりした生活が、ずっと続くのもいいなって、そう思うのよ」

 にっこりと、微笑んで見せる。
 
「セレスティアさま……。それは、セレスティアさまの本心ですか?」

 ミアは、なぜか泣き出しそうな顔で言った。

「昨日のお二人を見てて、あたし、思ったんです。お二人が並ぶと、なんだかとっても良い雰囲気だなって。
 エルダンさんも、アルバートさまが笑顔を浮かべたり、女性に興味を示したことは一度もなかったと言っていました……! このままアルバートさまと別れて……後悔しませんか?」

「それは……」

 好きになりかけている、と思った。
 でも、婚約という言葉を聞いた時、溢れてきたのは、喜びではなくて戸惑い、そして、恐れだった。

『肥え太る貴様は見ていられん!』
『君との婚約を破棄する』

 あの時、私はロデリックの言葉を、案外すんなりと受け入れていた。
 でもそれは、蓋をしただけだ。前世での過酷な労働の影響だろう。私は、自分の感情に蓋をするのが上手い。
 ……けれど、もう自信がない。
 同じ言葉を、アルバートから聞かされたら? 彼が同じように、私に幻滅して、その手を離してきたら?

 もう一度あの言葉を吐かれて。どうしようもないほど、傷ついてしまうくらいなら……私は、やっぱりこの村で、ずっと美味しいお菓子を作っていたい。

「もうすでに一度、婚約破棄された男爵令嬢なんですよ。しかも、理由が太りすぎ。私なんかより、アルバート様には、もっとふさわしい方がいらっしゃると思いますから」
「…………やっぱり、行きましょう! セレスティアさま、急いで準備してください!」
「ちょ、ミアさん⁉︎」

 ミアの手が私の手を握りしめて、長椅子から引っ張りあげられた。戸惑う私を、ミアは真正面から、見つめてくる。

「だって、セレスティアさま、嫌だって、言ってないじゃないですか。婚約、嫌ですか? アルバート様のこと、嫌いですか?」
「…………嫌、ではないけれど……」
「ですよね? だったら……だったら、セレスティアさまが恐れているのは失敗ではないですか? 昨日、あたしに教えてくれましたよね。失敗は、悪いことばかりじゃないって……!」
「…………!」

 確かに、昨日、私はミアにそんな話をした。
 世界最高の失敗作、タルトタタンの話を。

「絶対うまくいくとか、そんなこと、あたしからは口が裂けても言えません。それでも……失敗したら、その時こそ、いつでもこの村に戻ってきてください!」

 満面の笑みを浮かべるミアの手を、そっと握りしめる。

「ほんとうに、良いのかしら……こんな私が……アルバート様の、婚約者だなんて」

 震える私の手を、ミアはしっかりと、握り返してくれた。

「ええ! だって、セレスティアさまは——世界一優しくて、可愛いらしい貴族の方ですから!」
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