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告白
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一晩明けても、私の心はグチャグチャと掻き乱れていた。
「怪しいですって! 絶対、あの女は何か企んでいたんですよ。ダリア様を通じて、ローズウェル家に何らかの警告を入れたほうが良いかと思います!」
「う~ん……」
マリーの言い分にも一理あるかもしれない。けれど、今の疑惑の段階で、それほど大事にしたくない気持ちが私にはあった。
私の心をかき乱すもの。
それをよくよく見つめ直してみると、多分、二つの事柄が混じり合っている。
一つは、マリーのいうような、クラウディアの企み。
そもそも庭は、建物の構造的にお手洗いのついでに通りかかる様な場所ではない。
クラウディアは狙ってアルバートに会いに行ったのだろう。
もう一つは、クラウディアの本心だ。
時折見せるどこか厭世的な態度と、私に対する憎悪。それに、体に出ている不調から、こう思ってしまうのだ。
彼女は苦しんでいる。誰かに、助けて欲しいと思っているのでは、と。
もっとも、それを感じ取ったからって、何かしてあげようだなんて、お人好しにもほどがあるし、傲慢だとは思うのだけれど……。
「セレスティア様……! 悩まれている場合ではありません。一刻も早く手を打たなければ、取り返しのつかないことになるやも……」
マリーが心配しているのは一つ目。クラウディアとアルバートの接近だ。
「……そうね」
頭の中で、心配事がぐるぐるしているこの状況が、精神にどれほど悪いことなのかは、社畜時代で実感済みだ。
解決できることを一つずつ、解決していくしか、心を解放にするすべはない。
それならば、やはりもう一人の当事者であるアルバートに、きちんと真意を尋ねるべきだとは思うのだが……。
クラウディアとアルバートの二人を、庭で見つけた、あの時。
隣り合って立つ二人を見た時、やはり思ってしまったのだ。
お似合いだなぁ、と。
もしも、聞きたくない答えが返ってきたら……。あの時、そう思ったからこそ、アルバートを深く問い詰めることが出来なかったのだ。
私も、彼女の様に痩せていて、モデルさんの様に美しかったら……。
そう思うと、その後の夕食もあまり喉を通らず、「どうしたの? 普段はもっとよく食べるのに」とダリアに心配されてしまった。
「……うん、決めたわ。アルバートにきちんと、ことの次第を聞いてみましょう」
「そんな……!」
「だってマリー。アルバートは、そんな人じゃないと思うの」
口に出した答えは、拙い言葉だったが、自分の中ではひどくしっくりと来た。
リゼル村を出る時、私は迷った。
もしも、ロデリックと同じ様に、アルバートが私に対して、婚約破棄を切り出してきたら……。そう考えると不安で、ミアに背中を押してもらうまで、決心することが出来なかった。
そして今、私はその選択を、微塵も後悔していなかった。
「それに、もしも失敗してしまったら、その時は落ち込みたいだけ落ち込んで、それからまた、考えればいいわ」
「セレスティア様……」
今日のアルバートは公務があり、帰りは夕方になるとのことだった。その時間の少し前から、私たちは玄関ホールの奥の応接スペースに腰を下ろして彼を待っていた。
チョコレートを作って待っていた時は、早く帰ってこないかなぁと考えていたのに、今は逆だ。信じると決めたのに緊張して、その時がくるのを恐れている。
それでも、アルバートの帰りを待った。
そして、その時は不意に訪れた。セバスチャンが玄関の扉を開く。
「アルバート!」
「セレスティア嬢」
驚いた顔のアルバートを、応接スペースへと案内する。開けた場所なので、マリーには、離れたところで待機してもらうことにした。
「どうしたんだ、突然?」
「はい。…………実は、蒸し返してしまう様で大変恐縮なんですが……クラウディア様のことを、どう思っておられますか?」
「クラウディア嬢を?」
しばし考える様なそぶりを見せた後に、
「そうだな、一度、手合わせしてみたい」
と、斜め上の回答が返ってきた。
「……えっと、手合わせとは、剣での闘いということですよね……?」
「向こうの得物が何か知らないが、そうなるな。立ち姿や覇気でわかる。あれは中々の手練れだ」
「……そうなのですか?」
「間違いない」
うーん、アルバートが嘘を言っているようには全く見えないけれど……。
「ところで、どうして突然そんなことを聞く?」
「…………すみません、昨日、クラウディア様とアルバートが庭でお話しているのをお見かけして……少し、不安に思ってしまったものですから」
正直な気持ちを吐き出すと、アルバートは驚いた様に目を見開いた。
それから、また少し考え込む様な表情を見せた後、
「すまなかった」
と口にした。
「え?」
「開けた場所だったし、挨拶にと立ち寄られたから、つい応対してしまった。セレスティアを不安にさせてしまう、軽率な行動だった。申し訳ない」
「いえそんな! 私が勝手に、不安になってしまっただけですから……!」
頭を深く下げられて、逆にこちらが恐縮してしまった。
あたふたと戸惑っていると、頭を上げたアルバートの藍色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめてきた。
「好きだ」
「へ?」
「リゼル村を出る時、婚約を申し込んだ理由を聞かれて、『よく分からない』と答えただろう。それをそのまま放置したことも、不安にさせた原因だろう」
その言葉を、確かに私は良く覚えていた。
「今なら分かる。楽しそうにお菓子を作る姿が好きだ。一緒に作るのも楽しい。身分差なんて微塵も感じさせずに、村の人や使用人に接する姿が好きだ。悩みながらも、人を許そうとする姿勢を尊敬する。あの時の直感は、間違っていなかった。今は……ずっと傍にいたいと、そう思っている」
「アルバート……」
告げられた言葉を噛み締めていると、胸が締め付けられたみたいに苦しくなった。悲しみじゃない、暖かな涙があふれてくる。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「その……私の……見た目といいますか、体形といいますか、そのあたりについてはどう思っていますか……?」
アルバートは少し困った様な表情をした後、頬を微かに染めて言った。
「そうだな…………か、可愛いと思う」
「! 本当ですか……? もっとその、お菓子を我慢して痩せたほうがいいとか思いませんか……?」
「どうしてだ? そのままで良い」
すぐに返ってきたその言葉に、今までずっと、心の片隅に巣食っていた不安が、ふわりと溶けていくのを感じた。
「ありがとうございます……。そう言っていただけて、すごく、嬉しいです」
流れてきた涙をぬぐい、アルバートを見つめ返した。
「私も、……アルバートのことが大好きです!」
「怪しいですって! 絶対、あの女は何か企んでいたんですよ。ダリア様を通じて、ローズウェル家に何らかの警告を入れたほうが良いかと思います!」
「う~ん……」
マリーの言い分にも一理あるかもしれない。けれど、今の疑惑の段階で、それほど大事にしたくない気持ちが私にはあった。
私の心をかき乱すもの。
それをよくよく見つめ直してみると、多分、二つの事柄が混じり合っている。
一つは、マリーのいうような、クラウディアの企み。
そもそも庭は、建物の構造的にお手洗いのついでに通りかかる様な場所ではない。
クラウディアは狙ってアルバートに会いに行ったのだろう。
もう一つは、クラウディアの本心だ。
時折見せるどこか厭世的な態度と、私に対する憎悪。それに、体に出ている不調から、こう思ってしまうのだ。
彼女は苦しんでいる。誰かに、助けて欲しいと思っているのでは、と。
もっとも、それを感じ取ったからって、何かしてあげようだなんて、お人好しにもほどがあるし、傲慢だとは思うのだけれど……。
「セレスティア様……! 悩まれている場合ではありません。一刻も早く手を打たなければ、取り返しのつかないことになるやも……」
マリーが心配しているのは一つ目。クラウディアとアルバートの接近だ。
「……そうね」
頭の中で、心配事がぐるぐるしているこの状況が、精神にどれほど悪いことなのかは、社畜時代で実感済みだ。
解決できることを一つずつ、解決していくしか、心を解放にするすべはない。
それならば、やはりもう一人の当事者であるアルバートに、きちんと真意を尋ねるべきだとは思うのだが……。
クラウディアとアルバートの二人を、庭で見つけた、あの時。
隣り合って立つ二人を見た時、やはり思ってしまったのだ。
お似合いだなぁ、と。
もしも、聞きたくない答えが返ってきたら……。あの時、そう思ったからこそ、アルバートを深く問い詰めることが出来なかったのだ。
私も、彼女の様に痩せていて、モデルさんの様に美しかったら……。
そう思うと、その後の夕食もあまり喉を通らず、「どうしたの? 普段はもっとよく食べるのに」とダリアに心配されてしまった。
「……うん、決めたわ。アルバートにきちんと、ことの次第を聞いてみましょう」
「そんな……!」
「だってマリー。アルバートは、そんな人じゃないと思うの」
口に出した答えは、拙い言葉だったが、自分の中ではひどくしっくりと来た。
リゼル村を出る時、私は迷った。
もしも、ロデリックと同じ様に、アルバートが私に対して、婚約破棄を切り出してきたら……。そう考えると不安で、ミアに背中を押してもらうまで、決心することが出来なかった。
そして今、私はその選択を、微塵も後悔していなかった。
「それに、もしも失敗してしまったら、その時は落ち込みたいだけ落ち込んで、それからまた、考えればいいわ」
「セレスティア様……」
今日のアルバートは公務があり、帰りは夕方になるとのことだった。その時間の少し前から、私たちは玄関ホールの奥の応接スペースに腰を下ろして彼を待っていた。
チョコレートを作って待っていた時は、早く帰ってこないかなぁと考えていたのに、今は逆だ。信じると決めたのに緊張して、その時がくるのを恐れている。
それでも、アルバートの帰りを待った。
そして、その時は不意に訪れた。セバスチャンが玄関の扉を開く。
「アルバート!」
「セレスティア嬢」
驚いた顔のアルバートを、応接スペースへと案内する。開けた場所なので、マリーには、離れたところで待機してもらうことにした。
「どうしたんだ、突然?」
「はい。…………実は、蒸し返してしまう様で大変恐縮なんですが……クラウディア様のことを、どう思っておられますか?」
「クラウディア嬢を?」
しばし考える様なそぶりを見せた後に、
「そうだな、一度、手合わせしてみたい」
と、斜め上の回答が返ってきた。
「……えっと、手合わせとは、剣での闘いということですよね……?」
「向こうの得物が何か知らないが、そうなるな。立ち姿や覇気でわかる。あれは中々の手練れだ」
「……そうなのですか?」
「間違いない」
うーん、アルバートが嘘を言っているようには全く見えないけれど……。
「ところで、どうして突然そんなことを聞く?」
「…………すみません、昨日、クラウディア様とアルバートが庭でお話しているのをお見かけして……少し、不安に思ってしまったものですから」
正直な気持ちを吐き出すと、アルバートは驚いた様に目を見開いた。
それから、また少し考え込む様な表情を見せた後、
「すまなかった」
と口にした。
「え?」
「開けた場所だったし、挨拶にと立ち寄られたから、つい応対してしまった。セレスティアを不安にさせてしまう、軽率な行動だった。申し訳ない」
「いえそんな! 私が勝手に、不安になってしまっただけですから……!」
頭を深く下げられて、逆にこちらが恐縮してしまった。
あたふたと戸惑っていると、頭を上げたアルバートの藍色の瞳が、まっすぐにこちらを見つめてきた。
「好きだ」
「へ?」
「リゼル村を出る時、婚約を申し込んだ理由を聞かれて、『よく分からない』と答えただろう。それをそのまま放置したことも、不安にさせた原因だろう」
その言葉を、確かに私は良く覚えていた。
「今なら分かる。楽しそうにお菓子を作る姿が好きだ。一緒に作るのも楽しい。身分差なんて微塵も感じさせずに、村の人や使用人に接する姿が好きだ。悩みながらも、人を許そうとする姿勢を尊敬する。あの時の直感は、間違っていなかった。今は……ずっと傍にいたいと、そう思っている」
「アルバート……」
告げられた言葉を噛み締めていると、胸が締め付けられたみたいに苦しくなった。悲しみじゃない、暖かな涙があふれてくる。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「その……私の……見た目といいますか、体形といいますか、そのあたりについてはどう思っていますか……?」
アルバートは少し困った様な表情をした後、頬を微かに染めて言った。
「そうだな…………か、可愛いと思う」
「! 本当ですか……? もっとその、お菓子を我慢して痩せたほうがいいとか思いませんか……?」
「どうしてだ? そのままで良い」
すぐに返ってきたその言葉に、今までずっと、心の片隅に巣食っていた不安が、ふわりと溶けていくのを感じた。
「ありがとうございます……。そう言っていただけて、すごく、嬉しいです」
流れてきた涙をぬぐい、アルバートを見つめ返した。
「私も、……アルバートのことが大好きです!」
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