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第三話 春風の音色
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リディの後を追いかけて、私は音楽室の前に辿り着いた。
扉の隙間から、美しいピアノの音が漏れてくる。
「……綺麗な音色」
思わず呟いた。
リディも、扉の前で立ち止まって耳を澄ませている。
その横顔は真剣で——どこか切なそうだった。
「リディ?」
「……この曲、音色、すごく良いよね」
リディが小さく言った。
「うん。なんて優しい音なの……」
二人でしばらく、その音に聴き入った。
透明で、儚くて——まるで春の優しい雨みたいな音色。
曲が終わった。
リディが、そっと扉をノックする。
コンコン。
「……はい。どうぞ」
柔らかくて穏やかな声。
リディが扉を開ける。
私もその後ろから、恐る恐る覗き込んだ。
そこにいたのは——
紺色の髪、新緑の瞳。
姿勢が良くて、どこか品のある少年だった。
彼は少し驚いた顔で、私たちを見た。
「……もしかして聴いてくださったんですか?」
「うん。すごく綺麗な音だった」
リディが素直に言う。
「ありがとうございます」
少年は穏やかに微笑んだ。
「私はヴェルテと言います。今日は音楽室が空いていたので少し弾かせてもらっていたんです」
――ヴェルテ。
綺麗な名前だな。
しなやかな指先や所作まで何だか見惚れてしまいそう。
「ボクはリディ。こっちはクレア」
「初めまして」
私は少し緊張しながら頭を下げた。
ヴェルテも丁寧に頭を下げてくれた。
リディが一歩前に出た。
「ねえ、ヴェルテ。突然なんだけど、ボクたちとバンドを組んで欲しい!」
ヴェルテは目を見開いた。
「……え?」
「キミのピアノ、すごく良かった。ボクたちは今、バンドのメンバーを集めてて——」
リディの言葉に、私も頷いた。
「あの、ヴェルテ君。私たち、本気でバンドがやりたいんです」
ヴェルテは少し困ったような顔をした。
「ありがとうございます。でも……私、ピアニストを目指していて……」
「ピアニスト?」
リディが聞き返す。
「はい。師事している先生がいて……その先生が、私にとても期待してくださっているんです」
ヴェルテは少し俯いた。
「バンドをやってしまうと、その期待を裏切ってしまうような気がして……」
「……そっか」
リディの表情が曇る。
「でもとても魅力的な申し出をありがとうございます」
私は、悲しそうに微笑むヴェルテの言葉に少し違和感を覚えた。
――「先生の期待」って言い方、なんだか……。
でも、それ以上は何も聞けなかったし、言えなかった。
だって——ヴェルテ君の夢も、大切だから。
「ごめんなさい」
ヴェルテは深々と頭を下げた。
「……いや、いいよ。無理は言えないもんね……キミの気持ちもちょっとは分かるから」
リディは小さく笑った。
でも、その笑顔は寂しそうだった。
リディもヴェルテの夢を大事にしたいという思いは同じみたいだった。
音楽室を出て、廊下を歩く。
リディは黙ったまま、窓の外を見ていた。
「……リディ」
「ん?」
「大丈夫?」
リディは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「大丈夫だよ! まだ始まったばかりだし」
でも、その声は少し元気がなかった。
私は、何か言わなきゃと思った。
「あの、リディ」
「うん?」
「もっと探してみよう。私たちと一緒にやりたいって思ってくれる人! きっと見つかるよ」
リディは立ち止まって、私を見た。
「……ありがとう、クレア」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「そうだ! クレア、今から時間ある?」
「え? うん、大丈夫だけど」
「じゃあ、楽器屋さんに行こう!」
リディの目が輝いた。
「楽器屋さん?」
「クレアの新しいスティック、買いに行こうよ! ボクも新しい弦欲しいし!」
そして駅前の楽器屋さんに来た。
私は初めて入る店内に、少し緊張していた。
自宅での練習用スティックは両親からのプレゼントだったから、自分で選ぶなんてわくわくしちゃう。
壁にはギターやベースがずらりと並び、奥にはドラムセットが展示されている。
「わあ……」
思わず声が出た。
「すごいでしょ?」
リディが嬉しそうに笑う。
「こっちだよ、スティックのコーナー」
リディに案内されて、スティックが並ぶ棚の前に立った。
「えっと……どれがいいのかな」
種類がたくさんありすぎて、選べない。
「店員さんに聞いてみようか」
リディが店員さんを呼んでくれた。
「初心者の方なら、このあたりがおすすめですよ」
店員さんが何本か見せてくれる。
私は一本一本、手に取ってみた。
重さ、太さ、長さ——それぞれ微妙に違う。
「……これ」
一本のスティックを握った時、しっくりきた。
「それ、良さそうだね」
リディが覗き込む。
「うん。なんだか、手に馴染む気がする」
試し打ちもさせてもらって、とても気に入ってしまった。
「じゃあ、それにしよう! ボクはいつもの弦を買う!」
そう言うと、リディが先に会計に行ってしまった。
「え、ちょっと、リディ!」
私は慌てて追いかけた。
リディはもう、決済しようとしている。
「待って! 私が払うよ!」
「え、いいよ。ボクが——」
「ダメだよ! これは私の大事なパートナーでもあるんだから、私が出すの!」
私は必死に言った。
リディは少し驚いた顔をして——それから、優しく笑った。
「……じゃあ、半分ずつにしよう」
「え?」
「クレアの大事なパートナーなら、ボクにとっても大事だから。半分ずつ、出させてよ」
リディは真っ直ぐに私を見た。
私は胸が急にドキドキしてしまう。
「……いいの? ありがとう、リディ」
そうして二人で、半分ずつお金を出した。
紙袋を受け取った時、私は思った。
――このスティックは、私とリディの、絆みたい。
お店から出ると、駅の時計台の近くで路上ライブをやっているパルフェ学園の制服を着た女の子が見えた。
「……あれ?」
リディも気づいて、足を止めた。
オレンジがかった茶髪のポニーテールが印象的な女の子が、ギターを抱えて歌っている。
明るくて、元気な歌声——
「行ってみようよ、クレア!」
「うん!」
リディと顔を見合わせて女の子の元へ駆け出していた。
扉の隙間から、美しいピアノの音が漏れてくる。
「……綺麗な音色」
思わず呟いた。
リディも、扉の前で立ち止まって耳を澄ませている。
その横顔は真剣で——どこか切なそうだった。
「リディ?」
「……この曲、音色、すごく良いよね」
リディが小さく言った。
「うん。なんて優しい音なの……」
二人でしばらく、その音に聴き入った。
透明で、儚くて——まるで春の優しい雨みたいな音色。
曲が終わった。
リディが、そっと扉をノックする。
コンコン。
「……はい。どうぞ」
柔らかくて穏やかな声。
リディが扉を開ける。
私もその後ろから、恐る恐る覗き込んだ。
そこにいたのは——
紺色の髪、新緑の瞳。
姿勢が良くて、どこか品のある少年だった。
彼は少し驚いた顔で、私たちを見た。
「……もしかして聴いてくださったんですか?」
「うん。すごく綺麗な音だった」
リディが素直に言う。
「ありがとうございます」
少年は穏やかに微笑んだ。
「私はヴェルテと言います。今日は音楽室が空いていたので少し弾かせてもらっていたんです」
――ヴェルテ。
綺麗な名前だな。
しなやかな指先や所作まで何だか見惚れてしまいそう。
「ボクはリディ。こっちはクレア」
「初めまして」
私は少し緊張しながら頭を下げた。
ヴェルテも丁寧に頭を下げてくれた。
リディが一歩前に出た。
「ねえ、ヴェルテ。突然なんだけど、ボクたちとバンドを組んで欲しい!」
ヴェルテは目を見開いた。
「……え?」
「キミのピアノ、すごく良かった。ボクたちは今、バンドのメンバーを集めてて——」
リディの言葉に、私も頷いた。
「あの、ヴェルテ君。私たち、本気でバンドがやりたいんです」
ヴェルテは少し困ったような顔をした。
「ありがとうございます。でも……私、ピアニストを目指していて……」
「ピアニスト?」
リディが聞き返す。
「はい。師事している先生がいて……その先生が、私にとても期待してくださっているんです」
ヴェルテは少し俯いた。
「バンドをやってしまうと、その期待を裏切ってしまうような気がして……」
「……そっか」
リディの表情が曇る。
「でもとても魅力的な申し出をありがとうございます」
私は、悲しそうに微笑むヴェルテの言葉に少し違和感を覚えた。
――「先生の期待」って言い方、なんだか……。
でも、それ以上は何も聞けなかったし、言えなかった。
だって——ヴェルテ君の夢も、大切だから。
「ごめんなさい」
ヴェルテは深々と頭を下げた。
「……いや、いいよ。無理は言えないもんね……キミの気持ちもちょっとは分かるから」
リディは小さく笑った。
でも、その笑顔は寂しそうだった。
リディもヴェルテの夢を大事にしたいという思いは同じみたいだった。
音楽室を出て、廊下を歩く。
リディは黙ったまま、窓の外を見ていた。
「……リディ」
「ん?」
「大丈夫?」
リディは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「大丈夫だよ! まだ始まったばかりだし」
でも、その声は少し元気がなかった。
私は、何か言わなきゃと思った。
「あの、リディ」
「うん?」
「もっと探してみよう。私たちと一緒にやりたいって思ってくれる人! きっと見つかるよ」
リディは立ち止まって、私を見た。
「……ありがとう、クレア」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「そうだ! クレア、今から時間ある?」
「え? うん、大丈夫だけど」
「じゃあ、楽器屋さんに行こう!」
リディの目が輝いた。
「楽器屋さん?」
「クレアの新しいスティック、買いに行こうよ! ボクも新しい弦欲しいし!」
そして駅前の楽器屋さんに来た。
私は初めて入る店内に、少し緊張していた。
自宅での練習用スティックは両親からのプレゼントだったから、自分で選ぶなんてわくわくしちゃう。
壁にはギターやベースがずらりと並び、奥にはドラムセットが展示されている。
「わあ……」
思わず声が出た。
「すごいでしょ?」
リディが嬉しそうに笑う。
「こっちだよ、スティックのコーナー」
リディに案内されて、スティックが並ぶ棚の前に立った。
「えっと……どれがいいのかな」
種類がたくさんありすぎて、選べない。
「店員さんに聞いてみようか」
リディが店員さんを呼んでくれた。
「初心者の方なら、このあたりがおすすめですよ」
店員さんが何本か見せてくれる。
私は一本一本、手に取ってみた。
重さ、太さ、長さ——それぞれ微妙に違う。
「……これ」
一本のスティックを握った時、しっくりきた。
「それ、良さそうだね」
リディが覗き込む。
「うん。なんだか、手に馴染む気がする」
試し打ちもさせてもらって、とても気に入ってしまった。
「じゃあ、それにしよう! ボクはいつもの弦を買う!」
そう言うと、リディが先に会計に行ってしまった。
「え、ちょっと、リディ!」
私は慌てて追いかけた。
リディはもう、決済しようとしている。
「待って! 私が払うよ!」
「え、いいよ。ボクが——」
「ダメだよ! これは私の大事なパートナーでもあるんだから、私が出すの!」
私は必死に言った。
リディは少し驚いた顔をして——それから、優しく笑った。
「……じゃあ、半分ずつにしよう」
「え?」
「クレアの大事なパートナーなら、ボクにとっても大事だから。半分ずつ、出させてよ」
リディは真っ直ぐに私を見た。
私は胸が急にドキドキしてしまう。
「……いいの? ありがとう、リディ」
そうして二人で、半分ずつお金を出した。
紙袋を受け取った時、私は思った。
――このスティックは、私とリディの、絆みたい。
お店から出ると、駅の時計台の近くで路上ライブをやっているパルフェ学園の制服を着た女の子が見えた。
「……あれ?」
リディも気づいて、足を止めた。
オレンジがかった茶髪のポニーテールが印象的な女の子が、ギターを抱えて歌っている。
明るくて、元気な歌声——
「行ってみようよ、クレア!」
「うん!」
リディと顔を見合わせて女の子の元へ駆け出していた。
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