少女は夜に道化師となる

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第4章

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小鳥の囀りと暖かな日の光で少女は目を覚ました。

「朝…」

重い体を起こし、部屋を出て洗面所へ向かう。
鏡に映っている少女は光の無い死んだような眼に、口角の下がった口をしている。そんな顔に冷たい水を当てる。
歯を磨き、腰まである長い栗色の髪をポニーテールにし、制服に着替えキッチンへ向かう。両親はまだ起きてこない。
少女はエプロンを着け朝ごはんを作り始める。
米を炊き、ウインナー卵焼きサラダを作り皿に盛る。米が炊き上がる前に豆腐とわかめの味噌汁を作る。丁度作り終わるのと同時にくらいに米も炊き上がる。味噌汁をお椀によそい、米を茶碗に盛り席に着く。
テレビを付ければ議員が詐欺行為をしたというニュース。時計を見れば7時半。少女は誰もいないリビングで朝食を食べ始める。20分程で食べ終わり、食器を洗い自室へ戻る。
学校の準備をし、マスクを着けリビングに両親への置手紙をし、家を出る。10月だから外は少し涼しくなっている。学生や会社員、お年寄り。沢山の人が歩いてる。
10分程で上ノ江中学に着いた。校門をくぐった先には見慣れたいつも通りの光景。いつもと同じ生徒指導の先生に挨拶担当の生徒会の生徒。何も変わらない。靴を履き替え階段を上がり教室へ向かう。その途中、同学年の生徒もいたが、皆挨拶もなくこちらを見てはヒソヒソ話し避けていく。
そして教室に着くと後ろから声が…。

「あー。今日も来たんだ。入らないの?」
「……入りますよ」

少女はドアを開けた。その瞬間バシャッと水がかかり、ガラガラと何かが転がる音がした。教室は静寂に包まれ、水の滴り落ちる音だけが部屋に響いた。
2、3秒後にはクラスメイト全員が歓声を上げた。少女がボーっと立っていると一際騒いでいる女子達が近づいてきた。

「ちょっと、何突っ立ってんのよ。奈・央・ちゃん。何か私に言うことないの?汚いから綺麗にしてあげたのに!」
「そうよそうよ!!」
「折角早紀さんが綺麗にしてくださったのに感謝も無いの!?」

取り巻き達が囃し立てる。
ビービー騒ぐ雛鳥達に呆れた奈央は言った。

「……ありがとう」

俯き、不服そうに言った奈央に不満があるのか早紀が文句を付けてきた。

「ありがとう…?ありがとうございますじゃないの!?クラスの家畜の癖に…!」

家畜というのは早紀が決めた。
自分にひれ伏さない、反抗してくる気に入らない存在をクラスの下位にして、ストレスなどのはけ口にするといったものだ。

「このクラスで一番可愛くて綺麗な飼い主様に歯向かうつもり!?タメ口でいいなんて決めてないし許さないわ!」

早紀はヒステリックになり、猿のようにキーキー喚いている。
それを横目に奈央は小さくため息を吐いた。

「……そうね。まだ躾が足りないみたいね。フフッ、弘人!男子の中から5人頂戴!」
「わかった。…宮野、永口、沢倉、木下、仲野!早紀んとこ行け」
「はい!!!!!」

素早く5人の男子たちは早紀の前に並んだ。

「じゃああんた達。奈央ちゃんと同じようになりたくなかったら上手く躾しなさい。今、ここで。やり方はわかってるでしょ。5分あげるからいいわね。ほら、とっとと始めなさい」

早紀の合図と共に男子の眼が変わった。2人が奈央の両腕を掴み、3人で交互に殴り蹴る。顔はすぐばれるため首から下しか痛めつけない。奈央は小さく呻き声を出す以外何も反応しなかった。それに気づいた早紀は更に不満を持ったのか男子を止めた。

「止めなさい!5分経ったわ。それにしても奈央ちゃん、まだそんなに反抗的なのね。いいわ。誰かカッター持ってない?」
「…何するつもり?」
「私に口きかないで!」

バシンと教室に音が響いた。奈央の頬に赤い紅葉が浮かび上がった。
今までになかった要望にクラスメイトは皆顔を見合わせたり、戸惑っている。

「家畜の癖に私に口きくとかありえないわ!ほら!早く誰か頂戴!!」
「は、はい…!」

取り巻きの女の一人がプルプルと早紀にカッターを渡した。

「フフッ、皆で家畜を抑えてなさい!」

早紀がそうは言っているが、誰も動くことが出来なかった。
今まで殴る蹴るなどの行為はしていたが、刃物を使うことは無かったからだ。
クラス全員の顔に戸惑いと恐怖の色が浮かぶ。

「早く!何してんの!?全員家畜にするわよ!私のパパに頼めばあんた達なんて一瞬で消せるのよ!」


そういう早紀の顔は真っ赤で鬼の様だった。
それでも誰も動けないでいると、

「おい、川瀬。お前川辺と親友なんだろ。川辺の代わりにお前が受けるっつうならそこの親友さんは許してやるぜ。その代わり次の家畜は川瀬、お前な。それが嫌だったら川辺を押さえるんだな。早紀、これでいいか?」
「ありがとう。流石弘人ね。頼りになるわ」
「え…そんなこと…」

川瀬有希、彼女は奈央と親友だが、まさか自分が次の家畜になるなど考えてもいなかった。その為とても動揺していた。
しかし早紀はそんな事など気にも留めず、カチカチと刃を出し奈央に向けた。

「川瀬さーん。ほら、早く押さえてて頂戴。出来るでしょ?家畜になりたいの?」
「で、でも――」
「じゃあ、次はあなたね」

早紀はジロリと冷たい目で有希を見た。

「……!」

すると有希はガッと奈央を後ろから抑えた。

「ごめん!ごめん!ごめんね!」

奈央を押さえている有希の手は小さく震えていた。

「(そりゃそうだよね。私の代わりに家畜になりたいなんて思うわけないもんね。でも、もう…)あんたは親友なんかじゃない」
「……え…やだ、うそ…奈央!ごめん!本当に…!許して…!」
「(許してなんて今更、それに腕掴みながら言われても)…川瀬さん。もう私に話しかけないでね。友達でもないのだから」
「…な、奈央……」

有希は涙を流していたが掴む手の力は緩まなかった。悲しみの感情よりも服従と恐怖心が勝つのだろう。
早紀のカッターを持つ手が徐々に近づいてきた。
常人なら怖くて足が震え、涙でも流し許しを請うのだろうが、奈央は震えることもせず、涙を流すわけでもなければ言葉も発さない。
その態度が早紀を更に逆上させる引き金となった。
そして、カッターの刃先が奈央の首元僅か3センチ程に近づいたその瞬間、突然景色がスローモーションに見えた。
精神的に落ち着いてる奈央だが本能では危険と感じているのだろう。
2、3秒後には首の右側が暖かくなってきた。最初は痛みも何も感じなかったが、徐々に痛みが襲ってきた。手を当ててみるとヌルっとした感覚がした。
教室はシンと静まり返り、何人かは目を塞ぎ、また、何人かは座り込んでいる。
すると掴まれていた腕がフッと楽になり、早紀がカッターを押し付けてきた。
奈央は咄嗟に受け取ってしまった。
その時、教室の扉が開いた。

「皆おはよー……って!おい、川辺!なにしてんだ!」

入ってきたのは担任だった。

「せ、先生…!先生!奈央ちゃんが…奈央ちゃんが!!」

すぐに話し出したのは早紀だった。
目に涙を溜め今にも泣きだしそうな声で担任に向かって行った。

「(なんて演技派よ。さっきまで逆上してクラスの女王だったくせに、今は助けを求めて泣くクラスメイト。とんだ大女優ね)」
「雪城か。落ち着いて話してくれ。何があった?」
「…奈央ちゃんが…!私なんて居ても意味ないでしょとか言って…!ひっく…うっ、う…私の筆箱に入ってたカッターで首を切ろうとして…わ、私、止めようと押さえたんですけど…止まらなくて!うわああああん!私が、私が止められなかったから…!わ、私のせいで…ひっく…うっ…う…」

大声で泣きながら自分を責めているかのような反応をする。

「事情は分かった。ありがとうな雪城。でも雪城のせいじゃ無いから落ち着け。止めようとしてくれたんだろ?偉いじゃないか。だから泣き止むんだ。誰か一緒にいてやってくれ」
「は、はい。早紀、こっち来い」

弘人が早紀の手を取って窓際へ向かった。そしてそれに続くように周りの女子が早紀の元に寄って行った。離れていった早紀は不気味な笑みを浮かべていた。

「じゃあ川辺、とりあえず今すぐ病院行くぞ」
「…いえ、深い傷じゃないので保健室で大丈夫です」

奈央は断ったが、

「首なんだ。それに血も結構出てるんだから病院だ」
「……はい。すみません」
「じゃあ皆は自習しててくれ。静かにな」

そう教室へ声掛ける担任を横目に奈央は教室を出た。
担任と奈央が居なくなった教室に1人の笑い声が響く。

「あっははははは!皆見た?奈央のあの顔!傑作だわ!先生も私の嘘に騙されちゃって…ほんとに笑えるわ!あはははは!」
「…早紀さん…カッターは流石にやりすぎじゃ…」

取り巻きの女子が喋る。

「は?何、私に口答え?何様なの?次の家畜になりたい?そういえばあなたのお家、定食屋さんよね。見た目もボロくて客も全然いない。パパに頼めばあなたのお家…1日よ」
「す、すみませんでした!!」
「…足りない」
「わ、私のようなゴミが早紀様に口答えしてすみませんでした…!」

ガバッと土下座する女子。

「ふふっ。理解が早くて素直なゴミは嫌いじゃないわ。アノ子と違って」

そう言い、ガタガタ震えてる女子を踏みつけた。

「うぅっ…」
「二度と私に逆らうんじゃないわよ。次やったら…まぁ、お利口なゴミならわかるわよね」

早紀は冷酷に淡々と言葉を発した。

「は、はい!!」
「わかったんならさっさとどいてくれる?邪魔」

土下座していた女子は、素早くその場から立ち退いた。
早紀は腕を組み、椅子に腰かけ脚を組んだ。
不敵な笑みを浮かべながら。

その頃、奈央は担任の車で病院へ向かっていた。

「川辺…何があったんだ?本当に自分でやったのか?」
「……先生はどう思いますか?」
「…俺は…すまん。わからない。自分でやったとも、人にやられたとも考えたくない。それに一歩間違えたら警察沙汰だし命にも関わる。お前は大事な生徒なんだ。ただ、もし誰かにやられたならちゃんと教えて欲しい。場合によっては事件にもなり得ることだからな」
「……そうですね。心配おかけしました。すみませんでした」

それから沈黙の時間が流れ、病院に着いた。

「よし、着いた。俺は受付してくるから、あっちのソファーで待ってろ。あ、ちゃんとそのタオル首に押し当てておくんだぞ」
「はい」
「じゃあ少し待っててくれ」

ガーっと自動ドアが開き、受付に進む担任とは逆方向に進み、待合室に向かう。
首を押さえながらボーっと座っていると、通りがかる人が皆怪訝そうに見ながら通っていく。
その中で一人ジーっとこちらを見てくる人物がいた。
見た目30代でパリッとした黒スーツに柄シャツを着ており、髪はオールバック、黒マスクをし、明らかガラの悪そうな男性が近づいてきて、隣に座った。

「(だ、誰…)」
「よう、お嬢ちゃん。そのケガどうした?」
「……なんでもないです」
「おっと、いきなり話しかけてすまねえ。そうだ…お嬢ちゃん、ピエロって知ってるか?」
「……サーカスのですか?」
「いや、まぁわかんねえか。いやぁ俺の息子がそいつに世話になってよ。お礼をしてえと思っててさ」
「そうですか」
「ああ。…お嬢ちゃん上ノ江中だろ?その制服」
「は…はい。そうですが」
「まだこの時間は授業だろうが、そんなに首をしっかり押さえて病院来るんざ、並大抵のケガじゃないんだろ?タオルに血滲んでるしな」
「……」
「まぁ間違いなく親御さんに連絡は行くだろうが…その腕の痣じゃ…なぁ」
「……わかりました。じゃあお兄さん、私の叔父のふりをしてください」
「理解が早えな。いいぞ、元からそのつもりだしな」
「ありがとうございます」
「いいってことよ。その代わり俺の頼み聞いてくれるか?」
「…頼みをきくかは内容によりますが、私も借りが出来るので…わかりました」
「よし、じゃあ放課後迎え行く。校門前で待ってろ」
「…はい」
「川辺待たせたな。…そちらは?」

担任が戻ってきた。

「私の叔父です。たまたま病院に来ていたみたいで」
「川辺さんの叔父さんでしたか。はじめまして、川辺奈央さんの担任の広川です。今回は川辺さんが首に傷を負ったので急ぎで病院へ来ました。すぐ連絡できず申し訳ありません。クラスメイトは川辺さんが自分でやったと言っていたのですが、このケガの重大さと片方の言い分だけではわからない為、川辺さんからも状況を聞きたいのですが、今はまだ話してくれないのでご家族の方から聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「そんな事があったんですね。わかりました。後で聞いておきます」
「お願いします。…川辺、親御さんに今回の事伝えなきゃいけないんだがー」
「あ、その事については大丈夫です。後で奈央の母に伝えておきます。診察も私が付き添いますので先生は戻られても大丈夫ですよ。終わったら学校に送っていきますから」
「わかりました。よろしくお願いします。ただ、川辺さんが来たくない場合は今日はそのまま帰られても大丈夫です。もし来る場合は保健室に居て大丈夫です。今回のケガは学内でのケガということで保険がききます」
「わかりました。ご迷惑おかけしました。ありがとうございます」
「それじゃあ川辺、また教えてくれ。お大事にな。それでは失礼します」

ぺこりとお辞儀し担任は学校へ戻っていった。

「ありがとうございます。助かりました」
「いいって。で、どうすんだ?学校行くのか?」
「はい」
「そうか。…自分でその首やったとか言ってたが…」

男は首を押さえてた奈央の手とタオルを取る。パサリと膝にタオルが落ちた。

「その傷跡じゃ自分じゃやりにくいよな。お嬢ちゃん右利きだろ?指にペンだこが出来てる。それに右利きが大抵自分で首切んなら、首の右側を外から内に切るか、首の左後ろ側から手前に斜めに切るかが多いがお嬢ちゃんのは首の右前の下側から首の左前の上側に斜めに入ってる。こんな切りにくい切り方自分じゃやんねえよな。…まあおおよそクラスメイトにやられたとかだろ」
「…」
「そうか。とりあえず治さねえとな」
「川辺奈央さん。5番診察室にお入りください」

アナウンスが響く。
いやに傷の付き方に詳しい男に奈央は少し警戒をした。

「お、呼ばれたぜ。行ってこい。それとも俺が付いていこうか?」
「大丈夫です。行ってきます」
「おう。行ってこい。ここで待ってるからな」

傷跡から自分でやった傷ではないと見破り、詳しくも聞かない。
何を考えているのか、礼と言っていたが目的は何なのか。怪しい男だが何故か安心感があった。
そんな初めての感覚に奈央は戸惑いながら診察室へ向かった。
傷はそこまで深くなく、無事診察を終え、待合室に向かうと男は退屈そうに待っていた。
薬を受け取り、男の車に乗り込む。

「女の子の体に傷がつくのは大したことないとは言えねえけど、命に係わるレベルじゃなくて良かったな」
「…はい」
「あ、そうだ。お嬢ちゃん今スマホ持ってるか?」
「…持ってますが」
「じゃ、連絡先交換してもいいか?」
「な、なんでですか?」
「そりゃ、迎えに行くんだから連絡できるようにしとくべきだろ。なんだ?嫌か?」
「…わかりました。でも、1つだけ約束して欲しい事があります」
「なんだ?」
「他の人に教えないでもらえますか?」
「なんだ、そういう事か。安心しろ、誰にも教えねぇ」
「それなら良かったです。…これです」
「ありがとうよ」

男と奈央は連絡先を交換した。
奈央は突然連絡先を交換したいだとかいう男を怪しんだが、ピエロという者を探していること、出会ったばかりの奈央を気にかけてくれることなど気になる事が多々あったので今は男を信じることにした。

走り始めて暫く経った頃、男が口を開いた。

「…お嬢ちゃん」
「あの…」
「ん?」
「そのお嬢ちゃんっていうのやめてもらえますか?」
「あー、すまねえ。何て呼べば良かったか?」
「名前でいいです」
「わかった。奈央ちゃんな」
「…」
「奈央ちゃん、本当に学校に向かって良かったのか?」
「はい。大丈夫です」
「誰か待ってるのか?」
「…まぁ、そんなとこです」
「そうか。…良かったな」
「…?」
「まぁ、あー、あれだ。気にすんな」
「はい」

気まずい沈黙が広がった。

「…あー、なんだ。今の学校に思い入れはあるか?」
「…あるわけないですよね」
「ま、そうだな」
「…さっきから何なんですか?」
「いや、何でもない。気を悪くしたならすまん」
「いえ…あまり学校の事は考えたくないんで」
「…」
「あ、そこの角でいいです」
「お、おう」

いつの間にか学校の傍に来ていたので近くで車を止めてもらった。

「ありがとうござました」
「いいって。それじゃ放課後迎えに来るからな。一応メールする」
「…わかりました」

軽くお辞儀し、奈央は校門へ向かった。
奈央を見送り、男はどこかに電話をかけ始めた。

「…あぁ、俺だ。…そのことに関してだが、ちょっと変更してくれ。……あぁ。そういう事だ。それじゃ16時までにやっといてくれ。…あぁ。頼んだ」

そして車は学校を後にした。
一方、奈央は保健室に向かっていた。ガラガラと扉を開け、空いてるベッドに腰かけた。
養護教諭の先生はタイミングよく職員室に行ったので保健室には奈央と、その隣にはカーテンが閉まり中にいるであろう生徒の二人だけなった。

「李花…いるんでしょ」

奈央は李花という人物に話しかける。

「今日…私のクラスであった事知ってるでしょ。……李花なら信じてくれると思うけど私はやってない。自分で自分は傷つけない。知ってるでしょ?」

居るかもわからない李花に向かって奈央は話しかけ続ける。

「別にさ、誰かに体を傷つけられるのはいいんだ。慣れてる。でも、やっぱり親友だと思って有希に裏切られた事が辛いんだ。確かにあのクラスで、あの場で私の見方になるのは生半可な気持ちと勇気だけじゃできない。でも、あの場で出来なくてもさ、もっと前に出来た事はあったんじゃないのかなって…助けられないのは結局“自分がイジメられたくない”、“早紀が絶対”、“自分が大事”だからだと思うの…。私も先生に助けを求める事も出来た。けど、先生も自分の立場があるし、きっと大事にできない。校長に言ったとこでもみ消されるだけ。言わないにしても教師という立場が大事だから実情を知っても何もしない。子供同士のおふざけだって軽い注意で終わる。そんな事子供の私にだってわかる。だから何も言えなかった…」

ソファに腰かけブラブラさせてた脚を止めた。

「…けどやっぱそれ以上に親友に裏切られたことが辛すぎる…。信じてた人に裏切られるってこんなに心が痛いんだね…こんなことなら信じるんじゃなかった…親しい友だなんて、結局ただの言葉でしかない。何も意味を持たない言葉なんだよ。ねぇ、李花は…李花は私の事裏切らないよね…?」

その声は震え、鼻をすする音が聞こえる。
数秒シンとした後、隣のカーテンの向こうから声が聞こえてきた。

「奈央、大丈夫。私は奈央を裏切らない。信じて。私はずっと奈央の味方だし、1番奈央を理解してるのも私だから」

カラカラとカーテンが開き声の主が姿を現した。

「…フフッ。やっぱり居た。良かった」
「私は毎日ココに居るよ。…伝えなきゃいけない事があるんだけど…」
「…何?」
「奈央が傷つくと思ったから言えなかったんだけど…もういいかな」
「え?何のこと?」
「…今更だし、傷口に塩を塗るようなことになるかもしれないんだけど…。それでも知りたい…?」
「こんなもったいぶって…気になるに決まってんじゃん。いいから教えて」
「あのね…元々有希は奈央の親友なんかじゃなかった」
「は…?何言って――」
「本当の事だよ。奈央を自分の都合よく騙してただけ」
「い、いや…でも…有希とはいじめられる前から一緒にいたし…何度も相談に乗ってくれてたし、最初いじめられた時も…た、助けてくれたんだよ!?」
「…仮に友達だったとしても、実際はそれすら嘘だったとしたら?」
「え…。で、でも証拠なんてないじゃん!今!李花が考えた事なんでしょ!?」
「…」
「…うそ…嘘だって言ってよ…」
「信じられないよね…これ、聞いて欲しいんだ」

そう言って李花がポケットからスッと出したのは、何か長方形の黒い機械だった。
そしてその機械のボタンを押すと、ザーッと砂嵐が流れ、音声が流れ始めた。

〔お?誰もいなーい。ラッキー〕
〔ねぇ有希。話って?〕
〔あー、美奈は知らないんだ。有希と奈央の関係〕
〔なになに?親友ってのは聞いてるけどどんな関係なの?〕
〔有希ー、教えてあげなよー〕
〔親友ねぇ…。皆から見たら確かにそうだよね〕
〔ってことは親友じゃなかったてこと?〕
〔あー、うん…〕
〔アハハ、まじー?やばすぎじゃん〕
〔それなー。てかなんで?わざわざ親友って言う意味〕
〔ん-、なんか1回少し優しくしたら懐いてきてさぁ、そしたら何かと都合良い感じに使えたから、親友の振りしてたっていうか?…まあそんな感じかな。私もよくわかんないんだけどね〕
〔へー。だから、奈央がイジメられ始めた時、助けなかったんだぁ〕
〔う、うん、当たり前じゃん。助ける理由もないし、相手は早紀じゃん。早紀って結構良いとこのお嬢さんなんでしょ?普通、一般家庭の人間が逆らおうなんて考えないからね〕
〔あー、早紀の家凄いよね〕
〔そうだっけ?〕
〔そうだよ!有名じゃん!〕
〔ん-、どんな家だったっけ?〕
〔はぁ?美奈知らないの?早紀の曾お爺さんがこの学校の創設者で、今の校長が早紀のお父さん。理事長がおじいちゃん。PTA会長がお母さん。んで、家族経営?みたいで、Snow roccaっていう会社を作って、確かその社長がお姉さん…じゃなかったけ?」
〔えぇ!?あのSnow rocca!?駅前にある洋服の?〕
〔そうそう〕
〔まじ!?凄いね!あそこJC、JKに超人気のとこじゃん!やばっ!〕
〔まぁ相手がそんなんだったら逆らうとか考えられないよね〕
〔うん…〕
〔ふーん。あ、でもさ、1つ気になるんだけどなんで奈央っていじめられてんの?〕
〔うちはあの子空気読めないしクールぶってるけど、頭良いから早紀の気に障ったって聞いたけど〕
〔私は家で虐待されてて、親から愛されない子供。略して親無い子って言われてるって聞いたよ。ほら、よくケガしてくんじゃん?〕
〔そっかー。まぁ事実がどうとか、私にはどうでもいいんだけどー〕
〔それなー〕
〔有希もそんな子といるよりうちらといた方がいいじゃんね〕
〔う、うん、そうだね〕
〔どうした?元気ないじゃん?〕
〔あー…つ、次の授業が憂鬱でさ。ほら、次数学だから〕
〔確かに…!鬼先じゃん…最悪ー〕
〔あ、そろそろ授業始まるね。行こ!〕
〔うん!〕

パタパタと走り去っていく音が聞こえ、また砂嵐が鳴り、そこで再生が終わった。

「奈央、大丈夫…?」
「うん。ちゃんとわかった。ありがとう。…これ、いつ録ったの?」
「先月かな。私がいつも通り、このベッドで横になってたら有希とその友達が来てさ。…3人だったかな。で、ベラベラ話し始めたから録っといた。ボイスレコーダー持ち歩いてて良かった」
「そうなんだ。本当にありがとう。…疑ってごめん」
「いいよ。疑うのも当たり前だし、そうなると思ってたから」
「…うん」
「…んで、どうするの?」
「あの3人は絶対に許さないよ。いつか…絶対地獄に落としてやる…」
「そっか。わかった。私も手伝うから何かあったら連絡してね」
「うん。…あ、じゃあそろそろ私帰るね。…李花、本当の事教えてくれてありがとう。じゃあね」
「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」

李花と別れ保健室を出てスマホを開いた。
そこにはメールが一件。

『三中公園前で待ってる』

それを確認し、奈央は三中公園へ向かった。
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