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炊きたてごはんの良い匂いがお店に広がる。
休憩を終えて、日が真上から少し傾いた頃、店内は、元気な子供達と子育て中のお母さんたちの憩いの場になります。

おにぎりも、子供達のサイズに小さく、食べやすく。
今日のおやつおにぎりは、きな粉、青さノリと胡麻、赤紫蘇とじゃこの3種類を用意しました。
残念ながら、緑茶はございません。この国に存在すらしておりませんし、知ってる人も妖精もおりません。紅茶はあるのですが、高級食材な為、庶民には手が届きませんよ。
そのかわり、出汁を飲みやすく澄まし汁にしてご用意しております。

36歳独身だった記憶が戻ってから、何というか、私に初々しさが無くなった気がします。ちょっとのことでは動揺しませんので、男の子にスカートをめくられそうになろうが、お店の中を駆け巡られようが、おじさんにセクハラされようが、ナンパだろうが、普通に対処することが可能です。
目の前の問題を除いては。


白に近い金髪、ダイヤモンドの瞳に、清潔感のあるパリッとした白シャツにセンスの良いズボン。俗に言う“壁ドン”しながら、私を見下ろす見目麗しい人物。本人は、否定しますけど、ご本人様そっくりですよ。この国の国王陛下様に。

視界の端で、お客様たちが、何事かと心配している声と、まさか、という黄色い声が混ざっております。

私はというと、視線をそらしながら退路を見つけ出そうと必死です。

「ねえ、やっと見つけたんだよ、“コレ”を作ったお店。まさか、若い娘が一人で運営していると思わなかったから、随分時間がかかってね。」

下顎に優しく手を添えられて、上をむかされる。視線が合いそうになるのを、根性でそらしながら、妖精さんたちに助けを求める。

「おにぎりを、ぉ、お気に召されて、ありがとうございます。ぁ・・ま、周りにお客様もいらっしゃいますので、まずは離れていただけると・・」

持っていたお盆で顔を隠しつつ、壁横へ静かにズレながら避難していく。妖精さんたちも頑張って、彼との間に入ろうとしてくれているのだが、いとも簡単に払われてしまいます。

グイッと手を引かれると、距離が近い!近すぎです!!
もう、イケメンが眩しすぎるのと、国王様だったらどうしよう、とで目眩がするほど、混乱しています。

「ねえ、リズ。私の嫁になれ」
彼は耳もとで、甘く囁きます。他のお客様に聞こえないように。

私は、まだ名乗っておりません。何故名前をっというより、言われたことが理解できず聞き返そうとすると、額にキスされました。
もう、私は限界で、驚きのあまり腰が抜けで、放心状態です。

彼はクスクスと笑いながら、まるで子供をあやすように私の頭をポンポンし、満足したのか、何事もなかったように、お持ち帰り用のおにぎりを持って、去っていかれました。

「からかわれた?」
と、思えば、恥ずかしいけれど、腹立たしくもあり、何ともやるせない感情がフツフツと・・・

「うがあぁぁぁぁぁ!」と頭を抱えて叫びたくなるのを堪えます。お客様がいますからね!!何事も無かったように立ち上がり、何事も無かったように、業務へ戻ろうと、思います。

しかし、お客様からみえない、キッチンへ入ると、やっぱり足に力が入りません。ヘナヘナと座り込み、キスをされた額に手を添えます。だって、初めてだったのよ、36年+16年たし算しても、親と動物以外にキスされるの(額ですけれど!)
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