醒メて世カイに終ワリを告ゲルは

立津テト

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序.再開の門と、半裸の女神。

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 気が付いたらここにいた。

「でっけえ門……呆れて声も出ねえ」

 と、誰にともなく呟く。誰にともなく呟いたんだから、当然ツッコミはない。
 なので「声出てんじゃん」と自分でそっとつっこむ。
 ……当然虚しくなった。

 まあ、こんなところにこんな格好でいきなり……でもないな。放り出された経緯(いきさつ)を考慮して多少の混乱には目を瞑ろう。
 こんなところがどんなところかというのはおいおい考えるとして、とにもかくにもとりあえずこの格好をなんとかしたい。が、辺りを見回しても着替えのありそうな場所はない。

 どうしてそんなに着替えにこだわるかというと……恥ずかしい事に今の俺は着の身着のまま、薄っぺらい手術着一丁という大胆な姿なのだ。
 集中治療室から直行便だったから当然下は穿(は)いてない。風でも吹いたら有難くない十八禁お披露目だぞ、これ。

 とりあえず、落ち着こう。落ち着くために自分自身を確認しよう。
 俺は天堂宗(てんどうしゅう)。十六歳。元・高校生だ。
 元、というのは卒業したわけでも中退したわけでもない。死んでしまったから。
 死因は事故死……なんだろうな。なんだか頭がぼんやりしていてはっきり思い出せないが、ヘッドライトが眩しかったのを覚えていて、その直後から記憶が曖昧(あいまい)になっている。

 覚えてるのは名前と、身分と、死に際と……ああ後、いつかは忘れたが『こんな世界、ぶっ壊れちまえばいいのに』と思った気がする。
 ……いや、まあ、誰だって一度はそう思うこともあるよな、うん。ふつーふつー。
 とりあえず、今思い出せるのはこのくらいみたいだ。他のことは頭に霞(かすみ)が掛かったみたいではっきりしないが、完全に忘れちまったんじゃないのならそのうち思い出すだろ。

 そういうわけで俺は元・高校生。平平凡凡にして特に説明も不要なごく普通の小市民男子って具合でよろしく。何をよろしくするのかはご想像におまかせする。

 その小市民男子の目の前には巨大な門と行列があった。並んでいるのは誰もが俺と同じくらいの年齢の男子女子ばかり。みんな前後の人達と和気あいあいとおしゃべりしたり笑い合ったりしている。楽しそうだ。

 一般的日本人であればその行列に粛々と参列しなきゃなんねえんだろう。俺も普通に服を着ていればフラフラと並んだかもしれない。
 だが、俺は自分の格好を見下ろして溜息を一つ。これじゃちょっと恥ずかしすぎる。

 俺はツイッとその隣の建物に目を動かした。そこには四角いコンクリート造の建物がある。白を基調に派手で太い赤のボーダーが一本横に走っている。これがトレードマークだとしたら遠目からでもよく目立つ佇まいだが……ここ、門とこの建物以外に建造物がないから悪い意味で浮いてるぞ、コレ。
 高さはデカい門の半分くらい、ちょっとしたコンビニ程度の広さの建物で入り口の真上にはデカデカと看板が掲げられていた。
 その丸い看板には太陽みたいな顔――というか顔のついた太陽みたいな人物のモチーフが、湯気を立てるコーヒーカップを前に微笑――いや、ほくそ笑んでいる。そして円形の下半分を縁取るように店名が――。

「サンフロンツ……?」

 コーヒーショップらしい。
 初めて見る店名だが、その雰囲気はどこかで見た事のある某コーヒーチェーン店のそれそのまんまだ。例の看板も某コーヒーチェーン店のロゴのパクリっぽいし……喧嘩売ってるのかね、例の大手に。
 まあ、細かい事は気にすまい。どうせ死に際の夢か何かだろう。とりあえず俺は自分の置かれた状況を暇つぶしがてら考えてみようと、落ち着けそうなそちらへと足を運んだ。
 店の前にずらりとならんだパラソル付きのテーブルの一つに腰掛ける。一番端っこの、人気のあまりない所だ。どうしてそこを選んだのかと言うと、人目の無い所で落ち着いて考え事をしたかったから。
 そして考え事というのは他でもない、この場所の事だ。

 なんなんだここ。デカい門とコーヒーショップ以外はなんだか薄ぼんやりとしていてどんな景色か掴めねえ。
 公園みたいに緑が多い所にも、都会の様なビルの谷間にも、あれかこれかと考える度に、違う違うとせせら笑う様にその景色を変えて行く。

 しかしまあ、ここがどこなのかは大よそ見当はついている。
 ずばり、死後の世界だ。死んだんだからそれ以外にはありえないだろ。

 とりあえず天国か地獄かはまだ微妙な所だが、さしづめあの門がそのどっちかに繋がってる門で、俺はこれからあの門で最後の審判を受けるって感じなのかね。
 となるとあの門の下にいるのは閻魔様かケルベロスか、それとも中間管理職的な悪魔? って、地獄関連多いな。自慢じゃないが俺はこれといった悪行は積んでないぞ。善行も同じくらい積んでないが。

「ご注文はいかがいたしますか?」

 ぼけっと辺りを見回していた俺に、死角からそんな声がかかる。ここってオーダー取りにくるのか。珍しいコーヒーショップだな。
 声に釣られて振り向くと、そこには景色と同じくらい曖昧な姿の人間(?)が立っていた。人間の形をしているのに男か女かもわかりゃしない、気味の悪い店員だった。

「ご注文はいかがいたしますか?」

 その異様に俺が口を開けずにいると、曖昧マンがもう一度確認してきた。声だけはやたらはっきり聞こえてくるもんだから余計に気色悪い。

「いや、別にいりませんけど……」

 などと相手に釣られて俺の返事まで曖昧になる。
 いえ、すんません、曖昧な返事は癖です。他人様に理由をこじつけました。

「そうですか、では御用の際にはお呼びつけ下さいませ。ごゆっくりどうぞ」

 曖昧マンが丁寧な口調で腰を折る。そのまま踵を返してどこかに立ち去ろうとした背中を、俺は思わず呼び止めていた。聞きたいことがあったからだ。
 いかにもこの奇天烈な場所の関係者ですと言わんばかりの奇怪な人間なら、何か知ってるかもしれない。

「あの、すみません、ここ、どこですか?」

 まあ、ありきたりなのはこいつらはこうした作業的な部分を担うだけのロボット的な何かで、まともな話も通用しないか無視されるってパターンだけど……曖昧マンは俺の呼び止めに律儀にかかとを揃えて立ち止まり、振り返った。
 さて、どんな返事がくるか。

「ここはスレシュマイファル。さて、なんとご説明したら解り易いか……」

 あれま、意外と話の分かる奴。曖昧なくせに言い回しがえらいハキハキしてるのが微妙に悔しい。

「お客様の世界に死に変わりの概念はございますか?」

「死に変わり? 生まれ変わりの逆みたいなものですか……?」

 逆? いや、むしろ一緒か? 言ってから考える。

「そうですね、生まれ変わり、転生、輪廻、化生、リィンカーネイション、サンサーラ……他にもいろいろな呼び方はございますが、そのようなものでございます」

「はぁ……ここがその転生する場所って事?」

「さようでございます」

「で、あれが転生の門、みたいな?」

 最初に目に付いたバカデカい門を見る。さっきまではいちいち入ってきていた相槌がないのを訝しんで俺が首を戻すと。

「……いねーし」

 曖昧マンが消えていた。ハキハキ喋るくせに説明の内容が中途半端とか。さすがだな、曖昧マン。

 俺はもう一度門を眺める。
 ここからだとだいぶ横手になってしまうが、あの四角い門からはそんなにおどろおどろしい物は感じない。パリの凱旋門を更に倍にしたような門の化け物だが、その両扉はずっと閉じられていて、俺が来てから開いた気配は一度もない。でも、長蛇の列に並ぶ顔ぶれはぼちぼち入れ替わってるみたいだ。

 あれか、門扉が何段階かに分かれていて、押した力の大きさに比例して開く段階が変わって……それで行き先が変わるとか? じゃあ取っ手付きの通用口はロクな所に繋がってなさそうだな。
 ……どうせ俺なんかじゃ一番簡単な門でさえ開けられるか怪しいし、そんなとこなら地獄みたいにつまんねえとこなんだろうな……って、その地獄から死んで来たんだっけか。んじゃあ元の世界に帰るって事になんのかね。やんなっちゃうなぁ。
 仁義なき競争社会だった元の世界を思い出して鬱々と息を吐く。

「あーあ、死んでもやっぱ忘れらんねえのなー」

 頭から生前の記憶の一部を追い出したくて、頭上に広がる赤いパラソルの内側にぼやいた。
 確かに俺の無能が原因だったのかもしれないけど、何もあんな言い方しなくったってなー……やる気なくすわー。最初からなかったけどさー。

 そうだ、なんで俺が死んだのかも思い出してきた。俺は自分の死因になったものを求めて学校の制服を着ているつもりでジャケットのポケットをまさぐろうとして、自分の脇腹をほとんど直に触れるような感触でこすりあげてゾワリと鳥肌を立てる。
 そういや、今は手術着しか着てないんだった……まあどうせスマホがあっても十中八九圏外だろうしな、あっても空しいだけか。

 そうして手持無沙汰に嘆息して視線を上げた向かいの席に、女の子がいた。
 そりゃもう唐突に。

 俺が視線を落としていた時間は一秒足らず、そして陣取っているテーブルは何十とあるオープンテラスのテーブル群の中でも一番端っこだ。人気はほとんどない。誰かが近づけば嫌でも気付く。人であったらだけど。だから曖昧マンは除外。

 目の前の女の子に見える女の子はどう見てもただの女の子だ。
 ただの、と言っては語弊があるか。その子は可愛かった。
 何かすごく特徴的な訳でも、芸能人みたいなオーラを放っているわけでもない、いわゆるクラスに一人はいそうな普通美人だが、とりあえず可愛いと思ったのは間違いない。

 見たこともない学校の洒落た制服をきちっと着こなした姿は俺と同い年くらいだろうか。整った顔立ちに嫌味にならない程度の薄化粧や、身に着けた小物のセンスの良さからもそこはかとなくリア充臭が漂ってきて俺はわずかに上体を反らす。

 しかし見た目は結構好みだ。焦げ茶っぽい艶やかな髪はわずかにうねりながら背中まで流れ、ほっそりとした小顔にすっと通った鼻筋、小さなお口は丸く開いて真っ白い歯が整然と並んでいるのが見て取れる。
 なにより目が好みだった。二重のぱっちり開いた少し茶色の瞳が、今はこれでもかというくらいまん丸に見開かれて俺を見ている。きらきら輝かんばかりの瞳に俺の間抜け面が映り込むほど、まん丸に。

 彼女は、驚いていた。それも声が出ないほどに驚いているようだった。いや奇遇だね、俺もかなり驚いてるよ。
 そうしてひとしきり驚きあった俺達は、

『誰?』

 これまた奇遇に声を重なり合わせた。

「あ、いや、やっぱいいです」

 先んじてそう言ったのは俺だ。正直、今はもう少し我が身の不幸を儚んでいたかった。あとこの格好で女の子の前とかどんな羞恥プレイだ。なのでこの相席は勘弁して欲しかったから逃げ出そうとした。
 別にコミュ障ってわけじゃないぞ。こんな、なんで相席になってるのかさっぱりわからん状況で、降って涌いて出た相手とすぐさま落ち着いて話せるだけの状況適応能力及び、コミュニケーション能力を持ち合わせてる人間の方が希少だろ。
 まずは距離を取って気持ちを落ち着かせて、出来ればそのままうやむやに――

「待って、待ってよ!」

 とか考えながら席を譲って立ち去ろうとする俺を、彼女が呼び止める。俺の身体は勝手に止まる。
 他人とのコミュニケーションを極力避けようとするのが俺の習性なら、他人の指図に素直に従ってしまうのも俺の習性だ。自慢じゃないが俺は良く出来た言いなり人間だと思う。思い出したくもないが、親のしつけが行き届いているもんでね。

「はぁ……なんでしょう?」

 俺は自分でも引き攣ってるとわかる愛想笑いで振り返った。表情筋があらぬ方向につられて痛い。

「ここは、どこですか? あなたは誰? どうしていきなり現れたの? わたしは……どうしてここにいるの?」

「……俺からも質問させてください」

 俺の断りに彼女はぐっと言葉を詰まらせたように前のめりになっていた胸を張った。これもやっぱりいつの間にかあった――たぶん彼女と一緒に現れた――コーヒーのボトルが押されて倒れたが、彼女は気にしない。

「なんで、それを俺に訊くんですか」

「それは……その……あなたしか見当たらないし……?」

 なんだか疑問形ばっかだな、彼女も、俺も。

「ぶっちゃけ、俺もここがどこなのか、どうしてあなたがいきなり現れたのか、ましてやあなたが何でここにいるのかなんて、さっぱりわかんないっすよ」

 『俺は自分自身が何者なのかもわからないのさ……』とは言わなかった。さすがにそれはちょっと痛い。
 まあ、ここが輪廻転生の場だってのは、さっき聞かされたんで知ってるんだけど……それはこの娘がどんな人柄なのか判明するまで置いておこう。
 だってさ、いきなりそんなこと言われて信じる奴いるか? あ、いたわ。俺だ。

「そう……ですか……あの、そうしたら、これだけ聞かせて下さい」

 彼女はやけに差し迫った様子で強張った顔を向けてきた。なんだ、このわいせつ物陳列罪スレスレの格好の事か。

「あなたは、どうしてここにいるんですか?」

 そっちか。
 いやまあ、そりゃそうか。こんな格好である理由なんて、別に知りたくもないだろうな。俺だって野郎の半裸の理由なんて知りたくない。

「……あー、知りたい?」

 彼女はこっくりと頷く。

「どうしても?」

 今度は二回、こくこくと頷く。
 多分、わかってるんだろうけど受け入れ難いんだろうな。
 そりゃそうだ。こんな可愛い子なら人生順風満帆、これからが一番楽しい時期って時のはずだもんな。羨ましいよまったく。
 でもま、そうでなくてもふつーは受け入れられないか。自分は死んだんだ、なんて。俺は受け入れたからここにいるんだけど。

 勘違いしてもらっちゃ困るぜ。俺は自殺なんかしてないからな。
 つっても、別に誰かを助けようとして代わりにトラックに撥ねられたわけでも、苦しい闘病生活の果てに力尽きた訳でも、ましてやみんなを助けるために一命を投げ出したわけでもない。っていうか、俺の前世にそんなイベントなかったし。
 俺の事情なんて思い出すのも億劫なんで、この娘には現状だけを掻い摘んで説明しとこう。

「俺も、あなたも、死んだから」

 ちょっとあっさり言いすぎたか……?
 彼女はビシリと音がしそうなくらい身を硬くした。それから綺麗な唇が破れそうなほど悔し気に下唇を噛んで、泣きそうに潤んだ瞳を伏せて、

「やっぱり、そうだったんだ……夢じゃないんだ……」

 と、打ちひしがれた声で呟いた。
 よし、今の内に退散しよう。そろそろこの娘のリア充臭に当てられてクラクラしてきた。

「わたしは、仁科(にしな)エリっていいます……神奈川の高校の二年です――いえ、でした」

 わーお、語り出した。語り出されたらもう無視して立ち去れない俺の身体が恨めしい。
 聞かなきゃいけないって義務感みたいなものに足を掴まれて、立ち止まる。彼女は俯いたままだったので俺の動きに気付いていないっぽい。

「はあ、ご丁寧に……天堂宗、同じく元・高校二年です」

 仕方なく、俺は彼女の向かいの席にそろりそろりと戻った。話の邪魔しちゃいかんと思って、ゆっくりこっそりとだ。

「わたしは、悪くないと思うんです。だって、人の気持ちなんて誰かがどうこうする以前に、その人の問題でしょう?」

 俺の名乗りは当然のようにスルーされた。っていうか、何の話ですか。話がさっぱり見えません。
 当惑顔を浮かべる俺に気付いたのか、彼女――仁科さんは自分の失敗を認めるように小さく舌を出して苦笑した。うん、可愛いぞ、それで十分誤魔化せるほどに。

「いけないね、勝手に喋っちゃうのは悪い癖だって言われてたんだった」

 と言って、今度は急に表情を曇らせた。なんか勝手に忙しい娘だな。

「言ってくれたの、杏(きょう)ちゃんだったんだよね……ずっと、仲良しだと思ってたのに……」

 そのキョウって友達の事を思い出して、暗い顔になったのか。
 はてさて、一緒にいれなくなったってのはどういうことかね。そもそもその人、男? 女? それで大分俺の印象も変わるんだけど。
 しかし仁科さんは口籠ってその先を語らない。それならそれでもいいんだけど、俺はなんとなく気になってしまったキョウちゃんの性別を聞き出すべく、水を向けてみる事にした。

「その、キョウちゃんって人は、友達だったの?」

「……はい、幼い頃からずっと一緒だったんです。幼馴染っていうんですかね? 家が近くて、よく一緒にお泊りしたりして、ごはんもお風呂も寝るのもいつも一緒の、兄弟みたいな友達でした。高校は別々になっちゃったけど、今でもそうやって一緒にお泊りしたりするほど、仲がいいんですよ」

 ふむ、男だとしたらさすがに羨ましいな。俺は羨望の気持ちが顔に出ないよう細心の注意を払いつつ、頬杖を突く振りをして口元を杖の手で隠した。
 俺は口元に感情が出やすいらしい。クラスメートと賭け麻雀やポーカーをする時はいつもこうやって顔を隠すもんだから、『半顔の宗』と綽名されたもんだ。個人的には無駄にかっこいい気がして気に入ってたな。どうでもいいことだけど。
 しかし高校生にもなってお泊りが出来るとなると、親の目とかもあるから女友達の可能性が大きいな。もし男だとしたら『どこのギャルゲーだよ』って俺はちゃんとツッコむぞ。たぶん。

「だから、わたし、知ってたんです。杏ちゃんが新多(あらた)くんのこと好きだって」

 アラタ君って、いかにも男の名前だよな。男だよな。
 ってことはなんだ、キョウちゃんは女か。しかし、男の登場でなんとなく話が見えてきたな。

「新多くんは高校に入ってから知り合った同級生で、色々とわたしに優しくしてくれて、仲良くなって、キョウちゃんと三人でよく遊びに行ったりもしてたから、それで、キョウちゃんは彼のこと、好きになったんだと思うんですけど……」

「ははぁ、なるほど」

 俺は適当に相槌を打つ。
 しかし、なんか急に語り口がたどたどしくなったな。色々思うところがあって整理しながら話してんのかね。
 しかしその彼、アラタ君? どう考えても君狙いだよね。っていうか女の子二人と遊びに行くとか、しかも片方は結構美人とか、羨ましい限りですな。
 そういやここって死後の世界か。その辺歩いてないかな、うっかり爆発したとかで。目線だけでアラタ君っぽい奴がいないか探す俺の様子に気付いた風もなく、仁科さんの語りは続く。

「わたしは勿論、新多くんと杏ちゃんが結ばれるのを願ったんですよ? だから杏ちゃんから新多君に取り繋いでくれって言われた時、わたし、すっごく張り切ったんです。それで新多くんにその事を伝えたんですけど、いきなりその場で告白されて……」

 そりゃ、そうだろうな。

「わたし、ちゃんと断ったんです。確かに新多君は人気者だし、頭もいいし、実家も結構お金持ちだし、付き合ってもいいかなって思わなくもなかった。でも、わたしは杏ちゃんの気持ちを知ってたし、託されてたから……それを裏切るわけにはいかないじゃないですか」

 若干揺れ動いたような痕跡はあったが、人として踏み止まったと。美談ですな。
 しかしそうなると俺はどうしてこの下らない美談を聞かされてるんだい? 大体もうそれで解決してないかい? 仁科さんがしっかりアラタ君を振って、キョウちゃんの想いを伝えて、くっつけてあげればいいだけだよね?
 あ、それともアラタ君がごねたとか? それで修羅場っちゃった? わー、俺あんまそういう波風の荒い話苦手なんだよなー。こっそり耳塞いじゃおっかな。

「新多くんはわかってくれて、そういう事ならって、杏ちゃんと付き合う事を了解してくれたんです。わたし、杏ちゃんにこの事を包み隠さず話して、杏ちゃんも納得してくれたんです」

 「そうなんだ、よかった」と、あながちお世辞だけではなく返す。
 だって、平和が一番じゃん? 修羅場んなくて助かったよ。俺のメンタル的に。

「でも付き合って一か月した頃、いつも通り三人で帰ろうと駅のホームで電車を待ってたら、杏ちゃんが急に怒り出したんです」

『ねえ、エリ? なんでいつも一緒に帰んの?』
『え? だって、杏ちゃんとわたしはいつも一緒に帰ってるでしょ?』
『あんたさ、それ天然? それとも計算? 空気読んでよ』
『おい、キョー、エリに当たんなよ……』
『うるさい、大体あんたがはっきりしないから悪いんでしょ』
『え、ねえ、ちょっと待って、なんの話?』
『新多はね、まだあんたのこと好きなの』
『は? いやだって、それはちゃんと断ったし……』
『断ってもこうやって一緒に帰ってたら、その気があるって思われても仕方ないんじゃないの?』
『いやいやいや、ちょっと待ってよ! そんなの邪推にも程があるし!』
『新多、どーなの』
『俺は……キョーも可愛いと思うけど……やっぱ……』
『……ほらね』
『え、待ってよ、それってわたし関係ないじゃん! 二人の問題じゃない!?』
『だったら二人っきりにしてくれりゃいいのに、いつでもどこにも勝手についてきてさ! あんたいい加減鬱陶(うっとう)しい!』
『鬱陶しいって! だってわたしが二人を取り持ったんだもん、気になるじゃん! わたしのおかげなんだよ!? それをそんな言い方――』
『ああもう、黙ってあっち行ってよ!』
『っ!?』

「……杏ちゃんに押し飛ばされたわたしは、堪えきれなくて足をもつれさせてホームから転落、で、たまたま到着した電車に、多分、撥ねられたんですよね……それなら、こんなとこにいる理由も説明がつくし……」

 結局、修羅場ったよ。
 そこまで語った仁科さんは、両手で顔を覆った。その細い肩が、微かに震えている。泣いてるのかな。俺も泣きたい。油断してたところにこんな展開、うっかり想像した映像がホラー映画より心臓に悪い。

 っつーかツッコミどころの多い会話だよな。新造カップルに付き添う仁科さんも仁科さんなら、そこで「キョー、おまえだけだぜ」って言い切らないアラタ君も流石だし、いきなりブチ切れたキョウちゃんマジコエー。
 総評。自業自得だな。

「はぁ、なんか全部話したらすっきりした」

 そう言って顔を晒した彼女の瞳は、少し赤くなっていた。
 っつーか軽いな。自分が死んだってのに、それでいいのか。

「なんかお役に立てたなら光栄ですよ」

 俺は当たり障りない笑みを浮かべて耳当たりの良い返事をする。
 しかしまあ、人生いろいろですな。たまたま電車が到着とか不運にもほどがあるけど。俺には、そんな語るほどの人生もなかったなぁ……。

「きっと、わたしも、杏ちゃんも、新多くんも、みんな良かれと思ってやったことが裏目に出ただけだよね。話す前は杏ちゃんのこと、すごく恨んだりもしたけど、わたしもちょっとは悪かったと今ならわかるよ」

 ちょっとは、ね。この娘、結構いい根性してるよね。っていうかなんか急に馴れ馴れしくなってね?

「そういう風に思えるのは、かっこいいと思いますよ」

「ふふ、そう? ありがと」

 仁科さんは本当に嬉しそうに微笑んだ。心の底から、恨みつらみが消えたような清々しい笑みだ。
 羨ましいな。俺は手で隠したままの口元を真一文字に引き結んだ。油断すると、本心が出てきそうになったのだ。
 俺も、この胸の内を全部吐き出したらこんな風に笑うことができるのかなと、チラと思ってしまった。

「ね、君はどうしてここにいるの?」

「へ? 俺?」

 意識が胸の内に向いていた俺は、出し抜けの質問に素っ頓狂な声を出す。

「うん、君の。君の話も聞いてあげる」

 わー、なんて清々しい上から目線。この娘間違いなく、天然小悪魔だよ。語られてないだけで、修羅場もきっと五割はこの娘が原因だよ。
 まあ、可愛いし、どうせもうこの空間以降は関わらないだろうからどうでもいいけど。

 そう考えると、その誘いは抗いがたい魔力を持って俺の口をこじ開けようとしてきた。まさかこの俺が、身の上話を人にしたくなるとはね。
 この空間、なんかそういう気分にさせる成分でも漂ってんじゃないのか? ほら、転生前に心をすっきりさせるためとか。
 あー、そう考えたらいろいろ納得できるわー。コーヒーショップ然とした気軽に喋れる場所とか、どうにもこうにも語りたい気分とか、半ば強引に相手を引き合わせるとか……いい迷惑だよ。

「俺は……なんとなく、死んじまった」

「……自殺?」

 仁科さんが眉を顰める。

「いんや、死因そのものは交通事故、なんだけど……なんか、生きるのがめんどくさくなった」

 『お前に金をかけるのは……無駄だな』
 俺の胸の中で、男の声がそう言った。父親の声だ。母さんは憐みの目で俺を見るだけで、それを否定はしなかった。

 俺の家は政治家の家だった。確か、曾じいちゃんからずっと政治家をやってる。
 代々の政治家屋って訳じゃないけど、ぼちぼちそういうのを期待される家柄だった。
 そういう訳で、俺は小さい頃からじいちゃんや父さんに『お前も将来は国の、人の未来を背負って立つ男になるんだ』と言い聞かされて育ってきた。俺もそうなるもんだとずっと思ってこの歳まで生きてきた。

「つもりだったんだけどなぁ……」

「嫌になったの?」

 仁科さんが無遠慮に俺の遠い目を覗き込む。
 なんでそんなに興味津々なんですかあなたは。っていうか、俺、なに語ってんだ。でもなんか……ここまで話したらやめるわけにもなぁ……気持ち悪いし。

 俺が急に口を噤んだことで、仁科さんが不思議そうに小首を傾げた。対面で座ってる彼女は、テーブルの上に身を乗り出して俺の顔をまじまじと見詰めてくる。上目遣いで。
 なんだこれ、こういう精神攻撃か。チャームの追加効果か。いや、どうでもいいんだけどさ。
 俺はいつの間にか晒していた口元をもう一度隠して、仁科さんから目を逸らした。

「嫌になった……とか、そういうはっきりした意思もなかったな。必死に勉強して高校入ったら、なんか急にいろいろやる気がなくなって」

「あー、燃え尽き症候群ってやつ? わかるー」

 わかるのかー。俺にはわからん。

「頭ではまだ政治家になるんだって、大学に行って、出て、それから父さんの秘書しながら仕事覚えて、いつか所属する党までいろいろ考えてんのにさ、どれもこれもイマイチピンとこないっていうか……どんなシミュレートにも、俺がいないんだ」

「君の妄想なのに?」

 妄想……。

「そうだな、俺の妄想なのに、だ」

 自嘲する。
 そっか、俺の未来予想図なんて夢なんて輝かしい物じゃなくて、全部ただの妄想だったのか。だから、有耶無耶で、荒唐無稽で、無味乾燥としてて……楽しくないのか。

「自分なりに色々考えてたつもりだったんだけどなぁ……自分で何も決めてなかったんだなぁ」

 仁科さんがふっくりとした下唇に人差し指を添えた。しーっとする仕草より、ちょっと指が下だ。
 なんのポーズかと思ったら、どうやら何かを考えているらしい。くりっとした目があっちにこっちに泳いで、やがて答えを見つけたように俺の上で止まった。

「何も決めないで生きてこられる人間なんていないと思うよ」

「いやまあ、そりゃ、そうですけど……」

 正論過ぎてなんの慰めにもなってない。

「君、誰かに勝手に決められたって決めつけて、逃げてない?」

 そもそも慰めてなかとですか。

「そういうわけじゃ……俺だってわかんないんすよ、本当についこの間までは親の後を継ぐって真剣に考えて……」

 る、つもりだった。でも、ディベートコンペで一回戦敗退した晩に、父さんがポロリと溢した言葉。無駄、の一言。
 俺には弟がいる。やっぱり将来は政治家を目指す弟だ。奴は俺を見てきたせいかおかげか、色々要領よく立ち回って、努力も苦労も小器用にこなしている。親の期待がそっちに移るのも無理はないって、兄である俺が思っちまうほど優秀な奴だ。
 両親には俺より優秀な弟がいる。急にやる気を失った俺に賭ける時間も金も無駄。そりゃそうだ、俺もそう思う。

 じゃあ俺はもう頑張って政治家目指さなくてよくなったから好きなことをして遊んでいればいいって、そう簡単な話でもなかった。
 好きなことがわからなかった。遊び方がわからなかった。
 人並にクラスメートと遊びに行ったり、ゲームしたり読書したりスポーツしたり、そういうことは出来る。でも俺は、人生の全てがいずれ将来政治屋になった時にどう生かせるかって尺度でしか見てこなかった。今更決められたレールから外れてもいいと言われても、レールがないと走れなくなってた。

 何のために生きてるのかわかんなくなった。

「で、定年したサラリーマンみたいに第二の人生を探しつつ、歩きスマホでゲームしてたら、同じく運転スマホしてた車に撥ねられたと」

「で、死んじゃった?」

 なんか返事がお座成りだな。飽きてきたって感じだ。
 いつの間にか身体を戻していた仁科さんは、長い髪を細い指でくるくる弄り回している。

「うんにゃ、その時はまだ生きてた。集中治療室で目を覚まして、身体も動かないし今話したようなことを走馬灯代わりにぼんやり考えてたら、なんかがんばって生きるのがどんどんめんどくなってさ、もういっかーってとりあえず寝たら永眠した。みたい」

 死ぬつもりはなかったんだが、ここにいるってことはそのまま死んじまったってことなんだろう。どうにも間抜けな話だ。
 あ、思い出した。意識が途切れる直前に思ったのが『こんな世界、いっそぶっ壊れちまえばいいのに』だった。
 これはちょっとイタいから黙っておこっと……。

「ふーん……君って、完璧主義なんだね」

「……は?」

 自分の思考はやや邪気眼寄りなのかと真剣に悩んでいた俺は、思わぬ話の飛躍に呆気にとられた。
 今の話のどっからそんな単語が出てくる。
 仁科さんは人差し指を下唇に当てて、こっくりと首を傾げる。

「だって、自分はこうじゃなきゃいけない、周りはこう思ってるって、中と外の期待に応えようとして、でも結局実力が伴わなくて、完璧に応えられなくて、自分に幻滅して、がんばれなくなっちゃったんでしょ」

 えらい言われようだ。でも、否定できない。正解だからか? それとも言い返して波風立てるのがめんどいから?
 いんや……もうどうでもいいんだろう。だって、死んじゃってるしな。今更俺の精神構造をどうのこうの言われたって、生まれ変わった先まで持っていくつもりはない。

「そんなこと、今更言われてもな……これから生まれ変わるってのに」

「生まれ変わる? なにそれ、ここ天国じゃないの?」

「ああ、そういや言ってなかったっけ……ここは生まれ変わるための――」

 なんつってたっけ? スレス……シュトレ……? ま、いいや。

「通過地点みたいなもので、あの大きな門から新しい人生を始められる……んですよ」

 曖昧マンはそこまではっきりとは言ってなかったが、多分そういうことなのだろうと推量で話しとく。ついでに、いつの間にかタメ口になってた口調も戻す。
 いや、別に仁科さんのこと尊敬してるとか、そういう深い意味はないんだが……なんか、彼女の『自分カワイイから』的なオーラが苦手だ。だからついつい距離を取ろうとして敬語っぽくなるんだ、と思う。

「ふーん、それって一からやり直せるってこと?」

「そういうことですね」

「マジで? らっきー、じゃあ次は男の子やってみたいなー」

 まるで演劇の配役を決めるような気軽さ……前の人生に悩みとかなかったのかね。

「女の子は友達付き合いとかおしゃれとか男あしらいとかもう面倒臭くなっちゃってたし、次は気楽そうな男の子がいい! 男の子ってあんまり難しく考えなくてもいいから羨ましかったんだ~」

 ああ、彼女には彼女なりの気苦労があったのね。なんか男に対してえらく失礼だけど。
 俺が仁科さんの物言いに顔を引きつらせていると、彼女は嬉々とした顔をこっちに振り向けてきた。

「ねえ! って、およ? 不細工な顔してどうかした?」

 何かを言いかけて、そんな事を聞いてくる。

「ごめんなさいねぇ、不細工な顔は生まれつきなものでして」

 そんなに言うほど不細工でもないと思うんだが……必死に平静を装おうとするが、ショックは否めない。

「あ、ごめん、そういう意味じゃないよ。変な顔っていいたかったの」

「それも大して変わってないけど……」

「もう、そんな拗ねたこと言わないでよ。普段の顔はむしろわたし好みだから、機嫌直してよ」

「……そういうことにしておきます」

「うん、そういうことにしておいて」

 お世辞でも、それなりに可愛い子に言われると悪い気はしない。俺だってお年頃だし。
 でもまあ、もし付き合ってくれって言われても、仁科さん相手はちょっと悩むとこだな。
 俺、こういう可愛いのを自覚してる娘、苦手だ。自分に自信がないからか、こういう子はきっと持て余す。まあ間違ってもそんな話にはならないだろうけど。

 だってなぁ、『わたし好みだから機嫌直して』だって。わたしに好かれるのは光栄なんだよ? って言ってるようなもんだろ。
 すげえ自信。羨ましいことこの上ないね、無自覚無根拠に自分を信じられるのは。
 なんか、そう思ったらこの娘の前に座ってんのもうんざりしてきたな……とっととあの行列に並んで、転生させてもらいますか。

「さて、じゃあ俺は行きますよ」

「え? もう行っちゃうの?」

 ぶっちゃけると、これ以上仁科さんと同じ場の空気を吸っていたくなかった。この人のあっけらかんとした明るさは、俺に毒だ。

「ええ、ここにいても仕方ないし」

「えー、もうちょっとお喋りしていこうよー。わたし、もっと君のこと知りたいよー」

 こりゃまた男心をくすぐる台詞だこと。でも残念、俺はそういう狙ったようなのが苦手なんだってばよ。適当にあしらってさっさと離れるか。

「転生した後ならいくらでもしますよ」

「ほんと? じゃあ約束ね!」

 傍目には心底嬉しそうな彼女の笑顔が眩しい。だから、そういう充実した顔が嫌なんだってば……。
 リア充氏ねとまでは言わないけどさ、どこか余所でやってくれ。親に言われるまま頑張って、ちょっと迷っただけで見捨てられて、気付いたら空っぽの人生歩んでた俺には眩し過ぎんだよ……。

 俺はテーブル席を立つと、門の行列に向けて歩き出す。
 そりゃ、単なる僻(ひが)みだってのはわかってるさ。でも仕方ないだろ。中途半端な自分を悩む時間すら与えられずに死んじまったんだ。妬むな嫉(そね)むなって方が無茶な話だ。それに――。

「……なんでついてくるんすか」

 その主原因が後からちょこちょこついてくるんだから、いつまで経っても俺の気持ちは休まらない。

「え? 君が行っちゃうならわたしもさっさと転生っていうのしようと思って」

 そんな会話をしながら俺と仁科さんは行列の最後に並ぶ。勿論、ここに着いた順だから俺の直後に仁科さんが並んでいる。
 どうやらもうしばらく、俺は彼女に付きまとわれる運命らしい。なかなかうんざりする。

 俺は他に何か気を紛らわすものはないかと首を巡らせる。行列は最初に見た時とほとんど変わらない長さだ。顔触れは変わっているようだから全然動いていないという訳ではなさそうだが……こりゃ、どこぞの夢の国の順番待ちよりも時間が掛かりそうだな。
 まあ、他にすることもないし気長に待つか……それにしても、だ。並んでいる人達の様子がおかしい。

 もし俺だったらの話だが、こんな際どい格好をした――手術着一丁の自分の事だ――男子が突っ立ってたら、思わずチラ見する。俺はする。
 だが、仁科さんを除いた俺の周囲を取り巻く人間にはその気配が全くない。

「なんか、おかしいな……」

「おかしい? なにか楽しい事でもあった?」

 俺の独り言に、すっかり馴れ馴れし――打ち解けた様子の仁科さんが、嬉々として首を突っ込んでくる。いかん、余計な事を口走った気がする。

「いや、その……」

「なになに?」

 どうやら彼女もかなり手持無沙汰だったらしい。俺がうっかり落とした餌にがっちり食いついて話さない構えだ。俺は仕方なく思ったことを説明する。

「なんか、他の人達、俺らのこと見えてはいるのに無視してるっつーか、認識できてない? って感じでなんか違和感があるっつーか……」

「あー、なんとなくわかるー」

「俺の格好を見ても誰も変な顔しないしな」

「へ? なんで変な顔されるの?」

「いやだって、こんな手術着……」

 ……もしかして巷(ちまた)じゃ流行ってんのか? 流行の最先端なのか?
 いや、ねーわ。あったとしてもねーわ。
 怪訝な顔をする俺を、仁科さんは胡乱なものを見るような目で見ている。

「手術着? わたしにはふつーに制服に見えるけど……」

「は? これのどこが――」

 と、自分の身体を見下ろすとあら不思議。俺はいつの間にか着慣れた制服に身を包んでいた。
 一年着続けてくたびれたブレザージャケットも、ボタンがことごとくとれたスラックスも、事故直前に着ていた物そのまんま、俺の制服だ。
 ……なんだこりゃ?

「ほんとだ……制服着てる……」

「でしょー? ワケわかんないこと言うねー、大丈夫?」

 何がおかしいのやら、そう訊いてケタケタと仁科さんが笑う。そういうのが苦手なんだっつの……どう反応すりゃいいのかわかんねーよ。
 笑えばいいのか顰めりゃいいのかわからないまま、そういった表情が混ざり合った顔で俺が立ち尽くしてると、仁科さんは馬鹿笑いをたちまち引っ込めて真面目な顔に戻る。

「でさ、さっきの話」

「さっきの?」

 制服の衝撃が大きすぎて何の話してたのか忘れたよ。おかしいなぁ……確かにさっきまでぺらっぺらな格好だったはずなのに。ナイロンのやたらつるつるした肌触りも、すーすーと心許ない股座(またぐら)の肌寒さもしっかり覚えてんのに……俺、なんか変な願望でもあるんだろうか?

「周りの人が存在感薄いって話」

「ああ、そういや……」

 そんな話してたっけな。
 そうだな、確かになんかおかしいんだよな。自分の世界に入り込んでるっつーか、モブみたいっつーか……とにかく、俺達が認識してる世界とずれてる感じだ。
 目の前で会話しているはずなのに声もよく聞こえないし、なんとも気味の悪い感じだが……死後の世界だしな、難しく考えても仕方ないか。

 俺は人の頭が並ぶ向こうに聳(そび)える門を見た。細かい彫刻が施された石造りの四角い門は、相変わらず厳めしい佇まいで人の群れを少しずつ捌いている。
 しかしまあ、俺、正直別に転生したいわけじゃねえんだよな……。

「あんなもんがある場所だしな、そういうもんなのかも……しれないよ」

 ぶっきらぼうに「しれねえよ」と言いかけて、なんとか修正する。出来ればこの娘とは距離を取っておきたい。俺は見た目よりも中身派だからな。反りが合わない相手はごめんだ。
 そんな評価を下されてるとは気付く由もない仁科さんは、俺の言葉にあざとく眉根を寄せ、小首を傾げている。

「そういうもんって、どういうもん?」

「ああいう門」

 巨大な門を指さす。

「おもしろくない! オヤジギャグじゃん!」

 そう言ってまた馬鹿笑い。
 いや待てあんた、面白くないって言いながら馬鹿笑いしてるけど……なんなの、もう……。

「冗談はともかく、そういう空間なんじゃないかなって、思ってる」

「やっぱりさっぱりわからん。どゆこと?」

「あくまで俺の想像なんだけどさ。ここはこれから転生する人間が、新しい人生を間違いなく過ごせるように、死んでなお抱えているわだかまりや心残りを、似たような立場の人間に話すことで解決……とまではいかなくても、ちょっとでも軽くするための場なんじゃないかってさ」

「あーあー、だからわたし、さっきあんな軽く君に話せちゃったのかー」

「俺もね。あんなこと誰にも話した事なかったのに、初対面の仁科さんになんの気後れもなく話せた。それがずっと気にかかっててね」

「エリでいーよ」

「……で、話す相手なら仁科さんじゃなくても――」

「エリ」

「……エリさんじゃなくても――」

「エリっ!」

「……なんでそんな、名前呼ばせたがるんですか」

「要するに、わたしと君は運命の相手なんでしょ?」

「ただの当て馬だって言おうとしてたんですけどね、俺は」

「どっちでもいいよ。今、この世界にはわたしと君しかいないも同然。じゃあ、わたしは君と仲良くしたい」

「俺は……」

「君がわたしを避けてるのはわかってるよ。でも、わたしは君と仲良くしたい」

 だったら、なんで俺の名前を呼ぼうとしないんだよ……。仁科さんはさっきからずっと、俺の事を『君』としか呼ばわらない。
 それとも、もしかして自分じゃ気付いてない? 自分から俺に対して壁を作ってる事に。
 ま、どうでもいいや。さっさと話を終わらせて、この人とはオサラバするに限る。

「……わかった。それじゃあ、話を戻すけど、この空間はそういう『共感できる相手』を選び出して、お互いに話をさせるための空間なんだろうなと、考えてる」

「なるほどなるほど、別に気にしなくてもいいっていうのがよく分かった」

「そりゃ、ようござんした……」

 確かにそうなんだけどさ……あんだけすったもんださせておきながら一刀両断だよ……なんか、どっと疲れた。

「じゃあ、わたし達はもうこのまま転生すべきなんだね」

 その言葉が出てくるってことは、彼女の気持ちが十分に晴れているということだろうか。
 それに自分が一役買ったってのは、悪い気もしないけど……俺の気持ちはさっぱり晴れてない。

「そうでしょうね」

 気が付けば、列は半分ほど進んでいた。一人転生させんのにどんだけの手間がかかるのかわかんないが、相当手際よく転生させなきゃここまで早く列の消化は出来ないだろう。担当官がいるとしたら、相当な辣腕なんだろうな。
 まあ、俺達の後ろにもさっきと同じくらいの長さで列が出来てるから、どんな辣腕だろうが終わる事の無いデスマーチに変わりはないのか。ちょっと同情する。

 なんにしろ、俺と仁科さんはこの分だと間もなく転生することになる。

 転生がどんなもんかは知ってる。最近のラノベじゃ使い古されたネタだ。暇に飽かしてそんな話を何本も呼んだから、わかりすぎるくらいわかってるつもりだ。
 転生して、新しい人生をやり直す。後悔をなかった事にする。叶えたい望みを達成する。諦めずに努力する。それらは俺にとって、どうにもこうにも口に出すのも憚られる恥ずかしい話だった。正直、馬鹿馬鹿しいとさえ思う。
 まあ、人生やり直せるってのはなかなか面白いなと思うが、実際自分がやり直せる立場に立ってみると……俺が、そんな物語の主人公達みたいに人生を良い方向に舵取り出来るなんて、能天気には考えられないな……。
 むしろ逆だ。どうせ俺は、同じ人生を繰り返す。

「だよなぁ……」

 溜息と共にそんな言葉が漏れる。折角与えられた好機、このまま不意にするのももったいないとは思う。
 でも、俺には意味も理由もないのだ。やり直してまで生きる意味も、理由も。そしてそれはとりもなおさず生き返る――転生する意味も、理由も見出せないという事だ。
 物語のように、確固たる意志をもって、こうしようって方向が見えないんだ。
 このまんま放り出されても、迷子になりそうで怖い。そうか、俺は一人で放り出されるのを怯えているのか……。

「どしたの?」

 仁科さんが溜息を聞き咎めて、俺の猫背越しに顔色を窺ってくる。

「いや、別に……」

「わたしと君の仲でしょー、教えてよー」

 背中から圧し掛かって、耳元で喚かれる。うるさい重い柔らかい! ってかそんな仲になった覚えなはい!

「いや、マジで面白くない話だから」

「だったらなおさら聞きたい」

 どこかふざけた調子だった仁科さんの声が、急に落ち着いた。俺はその変調にどきりとした。……なんでだ? いまさら仁科さんにときめくとか意味わからん。
 そんな気持ちを誤魔化すように口が独りでに、今まで言いにくかった本心を暴露する。これも、この場所の雰囲気というか、力だってことにしておこう……そう思っとかないとこっぱずかしい。

「……ぶっちゃけ、転生する意味も理由もわかんなくてさ……」

 今抱えてる気持ちとはかけ離れた本心。
 今なら理解できる。俺がここに並んだのは仁科さんから逃げる為だ。転生したかったわけじゃない。
 ぶっちゃけ、俺はずっとこのぼやけた世界でボケッとしていたい。わざわざ別の世界で苦労なんてしたくない。

 俺はそんな本心を隠すように、口元を片手で覆い隠していた。嘘を吐いたりなにかを誤魔化す時に出る癖だ。
 わかってるのにやっちゃうのは、こうしていると気持ちが落ち着くから。仁科さんはこれがそんな癖だって知らないだろうし別に問題はないだろうけど。

「俺、目標とか努力とか、そういうのに必死になってんの、なんかかっこ悪いって思っててさ……でも、わかってんだよ、そういうの馬鹿にしてる自分が一番かっこ悪いって思ってんの……」

「そだねー、必死になれないのはしょうがないけど、必死な人を笑うのはマジでかっこ悪いと思う」

「はっきり言うねぇ……」

「自分の取柄だと思う事にしてる」

 俺を突き飛ばすように、仁科さんが背中から離れる。俺は列を崩さないように踏ん張ってから、仁科さんに向き直った。

「俺、転生せずにここに残ろうかと思う」

 なんとなく口を衝いて出た言葉だった。深く考えたわけじゃない、ボケッとしてたら何か思いつくんじゃなかろうか……程度のものだ。
 しかしまあ、言ってみて思う。やっぱ急いで転生しなきゃいけない要もなし、もうしばらくのんびりしててもいいんじゃないか?
 そんな俺に、仁科さんは険しい眼差しをぶつけてきた。

「逃げるの?」

「逃げるわけじゃない。ただ、もう少し落ち着いて考えたいんだ。転生して、何をするかとか」

「そんなの、生まれ変わってから考えればいいじゃん」

「考えるとか、わかんないんだってば……」

「そういうのを探すために、転生するんじゃ駄目なの?」

 その言葉に、ハッとする。
 ハッとしながらも、口じゃ反論していた。

「……そう、都合よくいかないだろ」

「やってみたら、いくかもよ?」

「能天気すぎる」

「それも取り柄だと思う事にしてる」

 確かに、俺だって自分が臆病で心配性なだけの気もするさ。
 それでも仁科さんの態度は自由過ぎる気がする。けど……それでも……彼女の前向きなの言葉には、耳を傾けたくなる力があった。

 俺は決して頭が悪いわけじゃない。学校の勉強ってのは単なる知識だが、その単なる知識を効率よく吸収するためにはあれこれ勉強法の工夫が必要だ。勉強できないやつらは頭が悪いからじゃない、勉強の仕方が悪いんだ。
 その勉強の仕方は人間の能力や癖といった様々な雑学を上手く活用し、工夫する所にその真髄がある。
 つまり、頭の使い方を工夫すれば、学校の勉強は結構簡単に身につくのだ。将来の役に立たないとか、意味が分からないってのは言い訳に過ぎない。

 だから俺はわかってる。俺には将来を考える方法が分からないだけで、その方法さえ手に入れてしまえば俺に考えられないはずがないんだって。
 しかしわかったところでどうしようもない。
 俺はそういう方法を、他所から――本とか講習から得てきたから、自分で生み出すってのはやっぱり苦手だからだ。

「……わかっちゃいるんだけどさ……わかんないんだよ、ずっと、他人の指図で生きてきたから」

 何をすればいいのかはわかるのに、どうやって動けばいいのかわからない……そんな感じだ。
 俺の気持ちは見えない壁で出来た迷路の中にいるみたいに、混乱していた。容易く見通せるのに、絶対にそこへは辿りつけない、生殺しの迷宮だ。
 自分の無力が歯痒い。確かに見つけ方がわからないんじゃ、仁科さんの言う通り、ここで一人頭を捻ってたって、将来を選ぶ方法なんて一生でてこないかもしれない。もう死んでるけど。
 どこかに、将来を選ぶ方法があれば……せめて、道標になるようなものでもあれば……。

「ねえ」

 黙り込んだ俺に、仁科さんが呼びかけてくる。俺は反射的にそちらを見て、真摯な瞳に呑まれた。もう、視線を外せなくなる。

「君はそのままでいいの?」

 いいわけない。

「よくはないと、思ってますけど……」

「じゃあ、どうにかしないと」

「そのどうにかする方法がわかんないんですってば」

 人の話聞いてたのか、こいつは。

「じゃあさ、次の人生は君の好きなように生きてみたら?」

「好きなように?」

「うん」

「好きなようって、どんな風に……」

「簡単だよ。お腹が空いたら食べたいものを食べて、眠たくなったら寝て、動きたくなったら動く」

「……それってなんか、人生の負けパターンじゃね?」

「だって、わかんないんじゃしょうがないでしょ。簡単なとこから始めないと」

「簡単なところ……つまり、少しずつ自分で考えて決める事に慣れていけばいいと?」

「そうそう、そゆこと!」

 確かに、話は乱暴だが中身に筋は通っている。気がする。

「好きなように生きる……か、出来るかな」

「やればできる!」

 なんだかすさまじく無責任な響きだが……やりたいようにやるってのは、いいかもしれない。
 自分の欲求をどうやって叶えていくか、それを一つずつ積み重ねていけば、その内難しく考えずに自分の事を自分で決められるようになる、ということか。
 それは要するに勉強と同じだ。まずは方法のコツを掴むとこから始めるのだ。

「はぁい、次の方ー」

 なんとなく方策を掴んだ気になった俺を、聞き慣れない間延びした声が振り向かせる。
 病院の呼び込みのような、どこか投げやりな女の人の声だった。振り返り、目を疑う。
 目の前には公序良俗という言葉にガチンコ対決を仕掛ける女性が佇み、片手に持つカルテのような金属プレートを確認していた。
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